日曜日に気軽にピザ食べながら話していただけなのに、Tanu先生ってばメモっていたのかと思うくらい詳細に話の内容を覚えているんですね。記憶のメカニズムが違うんでしょうかね。
評価について話をしたんですが、概要はTBしたTanu先生のブログを見ていただくとして、ちょっとつれづれなるままに評価に関して雑感を。
評価とはいったい何ぞや、とか評価の定義というのはつまらないのでバッサリ捨てます。またいつか書きましょうね。
評価の方法についてだけ集中してみましょう。
評価といえばForm、というのが定番になっていて、これが評価が誤解されたり嫌われたりする理由です。これは皆さん実感していることと思います。時間もかかるし、言葉にするのが億劫で、言いたいことが言えないような、書いても意味がないような、書いたら書いたで何か問題が起きそうな気がしたり・・・
とにかくForm Evaluationというのは問題山積です。それでも特にAcademiaの人は使いたがるし、Formとか何らかの「客観的」「数値化できる」ものでないと研究対象にできないという悲しい宿命を感じてしまいます。
Formだけが悪いわけでもないですし、評価する上では必要なことも多いのですが、使えば使うほどFormから得られる情報に意義を見出せなく感じているのです。特に現在所属しているフェローシップでは評価という名前ではなくても、対話の中で非常にたくさんの評価をしてもらえますし、フィードバックにもつながっています。これ以上の評価方法はないだろうと感じます。対話を通じた気づき・振り返り、そしてそこからの行動変容。これが一番難しいけれど一番大切な評価のプロセスだろうと思います。本当はその先に患者さんや公衆衛生という点から見た「結果」(平均寿命とか何とか病の発症率の低下とか)が最後に続くのでしょうが。
こういった評価が難しいのは、大きな枠組みの中で仕事をせざるを得ない医師の職場環境にあります。幸い家庭医療というのは狭い環境の中で仕事をしますので、特にトレーニングという意味では評価が上質なものになりやすいのです。一緒にいつも外来に出て、プリセプトや往診、レクチャーや回診などをすることで密接な一対一の観察ができ、継続的な評価が可能になります。しかも観察した内容を踏まえた対話的な気付き・振り返りを促すことも可能です。
唯一欠点は研修医の「大量生産」ができないことです。このフラストレーションは良質な指導医を同時に育てることで解決できるのかもしれません。ああ、先は遠い。
最後に評価にまつわるトピックをあげます。面白いと思ったトピックにコメントで投票してください。多い順にまた書いていこうと思います。
1.誰を評価するのか
2.何のために評価するのか
3.評価の悪用・乱用
4.Competency-basedのCompetencyって何か
5.評価とフィードバックの違い
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トピックですが、2に一票投じさせてください。評判悪い(^_^;)成果主義などを見聞きすると、評価って何のために?という疑問を感じるからです。