龍の尾亭<survivalではなくlive>版

いわきFCのファンです。
いわきFCの応援とキャンプ、それに読書の日々をメモしています。

8/28(火)午後11:00~Eテレに國分功一郎センセが出演。

2012年08月27日 00時27分44秒 | 社会
國分功一郎(哲学者)×哲夫(笑い飯)×吉木りさ(グラビアアイドル)の3人で作る、新感覚哲学バラエティー 「哲子の部屋」
哲学×サブカル=ハイブリッド哲学エデュテイメントが
8月28日(火)放送[Eテレ] 後11:00~11:30
にオンエアーされます。


http://ameblo.jp/philosophysells/image-11337961958-12155024520.html
 [Eテレ] 後11:00~11:30

映画『ファイトクラブ』

國分功一郎『暇と退屈の倫理学』
の二つを予習しておくと万全、とか(笑)。

『ファイトクラブ』
この前レンタルしたのに見そびれちゃったんですよねえ。
そういう見そびれ映画って、何故か何度も見そびれしちゃったりする傾向があったりして。
無意識に忌避してるんですかね?
明日あったらまた借りてこよう……。


「山の学校」のラテン語入門講座を受講した(4)

2012年08月26日 23時43分43秒 | 大震災の中で
そろそろ、楽しい記憶ばかりメモメモしてないできちんと活用暗記をせんかい!

という自前のツッコミが入ってはいるものの、もう一つだけ書き留めておきたいことが。

先生のお話(4)---------------------------

日本の文法中心の英語教育は評判が悪いですけど、これはヨーロッパのラテン語教育のメソッドなんです。
だから、ある意味では日本で英語の文法に苦しめられたように、欧米のラテン語では多くの人が苦しめられたし、今もそれは続いているんです。
それにはそれなりの意義があって、ラテン語は日本でいえばある時期の漢文みたいな古典としての意義がある。
つまり、ヨーロッパの言語・文化のルーツっていう意義ですね。
ちょうど夏目漱石の素養に漢文があったように。
アメリカなんかでも、小学校でも一部ではラテン語が授業で取り上げられています。古典教養を差別化して取り組んでいますっていういわゆるエリート校でしょうけどね。
今の日本は、すぐに役に立つことが中心で、古典学習が少し足りないような気がします。
(最後の一文は、私の方で受け取った妄想かもしれません<笑>。でも文脈はそういうことでした)
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山下センセは、(おじいさんかな?)子供の頃、夕食後に漢文の素読を家族みんなでやっていたんだそうです。
中学校になって漢文を初めて勉強するときに、「ああ、あのときのあれかあ」と思ったっておっしゃってました。

ちなみに、ほとんど独学でラテン語を習得してホッブズを訳しきった渡部さんは福島県の片田舎で小学校教師をしておられるんですが、彼が言っててたのはほとんど同じことでした。
「漢文の素読か、四字熟語を暗記させるのがいいんだ」
って言ってました。

古典の意義って、こういう時代だからこそ、絶対に声を上げてその重要性を「語って」いく必要があると思います。

わたしゃ若い頃は断然「古典回避派」だったんですがねえ。
いや、昔のものが全部大切、丸暗記しておけばいい、とかは思わないですよ、今だって。
でも、そういう教養の総体にアクセスする回路を持っていないと、薄っぺらなところで閉塞しかねない。

凡人が「溜め」を持つには、目の前に役に立つことばかりじゃなく、それがある時たとえ逃避であっても、古典を学ぶっていうのは「暇つぶし」というかメチャメチャ大切なことなんじゃないか(暇つぶしがなぜメチャメチャ大切なのかはまた別席で)、ということですね。

時の風雪を乗り越えて残った古典は、人間の脳味噌が外部化された結晶のようなものです。
同じ外部化された記憶でも、HDDや個人のクラウドに吹き溜まった「ゴミ」のごときデータとは訳が違う。

いや、たとえそんな「ゴミ」の集積であっても東浩紀は敢えてそこに「一般意志」を見ようとするのかもしれない。

単純に「古典」「古典」と叫べば問題が解決するわけでもなければ、その魅力と必要性の源泉の「わけ」を説明できるわけでもない、確かに。

さてでは、どうするか。
結局簡便な方法なんてないんだけどね。
とりあえず寝る前に名詞変化を復習ですな(笑)。




「山の学校」のラテン語入門講座を受講した(3)

2012年08月26日 21時27分44秒 | インポート
先生のお話(3)--------------------------------------------------

ラテン語の古典といえばカエサルとキケロ。

カエサルの『ガリア戦記』は言葉をそぎ落として無駄の一切無い表現が魅力。
反対に
キケロの文章は、1ページずっと「.」がないような息の長い一文があったりするのに、極めて流麗で、曖昧だったり意味が取れなかったりするところがが全くない、素晴らしい文学性を備えている。

一年しっかり勉強していけば、この二つのテキストにチャレンジすることが十分可能です。

キケロはどちらかというとギリシア哲学よりも一段低くみられがちです。
自分の節を全面に打ち出して主張するのではなく、多角的にそれぞれの視点を踏まえて文章を展開していく。
たとえば……

といって本棚から出してきて下さった本が岩波書店の『キケロ選集』第11巻
『神々の本性について』でした。

キケロは複数の哲学者の視点を設定して、総合的に思考を進めていく。そこにキケロの思想の特徴があるんです。しかも、自分の思想とは違った側にたって、そちらの方が説得力があるのではないか?というところにまで言及している……
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全く未知=無知の領域なので「へー、ふーん」とお話を伺うしかなかったのですが、
キリスト教以降の神という唯一かつ超越的なものに向かう感じよりは、むしろ「複数性」を前提とした議論の総合みたいなところにポイントがありそうにお話を受け止めました。

不肖の受講者ですんません。

でも、びっくりしたのはその後です。

京都から帰って来た日の深夜、玄関に積んであったアマゾンクリックの成果=残骸を夜中にごそごそと探っていたら、
『西洋哲学史』Ⅰ(神崎繁・熊野純彦・鈴木泉)講談社選書メチエ
の序文をぱらっと見たところ、

不干斎ハビアンは16世紀末から17世紀初めにかけて、神学や哲学を、しかもラテン語で学んだほとんど最初の日本人である。だが、学んだのは単なる知識としてではない……

という文脈で、日本人ハビアンの思想的背景に
「キケロの『両方の側から( in utramque Studiorum)』議論を見るという、特有の見方があるように思われる」

という部分が出てきます。しかもキケロ選集11巻、まさに山下先生の訳した『神々の本性について』の引用を前提にして。
「両方の側」から、という視点。

不干斎ハビアンは、イエズス会の布教の結果キリスト教を信仰し、仏教、儒教、神道をそれぞれ批判した挙げ句、キリスト教まで批判していくことになるのです。

その背景に、キケロが親しんだヘレニズム期の懐疑論があったのではないかっていう(神崎繁センセの)話です。

全くよく分からないけれど、面白い(笑)。
アリストテレスだけじゃないんだよって所だけでも、素人にとっては十分興味深いお話でした。

余談ながら、16世紀末に優秀な人材がイエズス会の宣教師として東洋の宣教に加わった理由として、16世紀半ば以降、スペイン・ポルトガルではマラーノ(改宗ユダヤ人)を公職追放したので、その結果日本に優秀な人材が宣教師として流れ着いたなんて背景もあるんだとか(『西洋哲学史Ⅰ』P3)。
それもまた、面白い。

スピノザも、その流れを汲んでオランダに移住したマラーノの末裔なんですよね。

そんなこんなで「ををっ」って感じが重なっています。





「山の学校」のラテン語入門講座を受講した(2)

2012年08月26日 20時25分56秒 | 大震災の中で
先生のお話(2)-----------------------------

先生「東京でも講座を開講したんですよ。」

生徒「そうなんですよね、それを知らないで京都に申し込んじゃいました。でもまあ旅行がてらいいかな、と」

先生「そうじゃないんです。東京は今年初めてなんです。お二方(九州と東北)から京都の講座申し込みがあって、その後東京の開講を決めたんです。幸い東京の講座(内容は京都と同じ)は定員を満たし、お断りするほどでした。

 今まではずっと、京都で講座を開いていて、おいでになる方はどうぞ、というスタンスでやっていました。
 でも、そういうことではなくて、こちらから名古屋とか東京とか(場合によって大阪にも)出かけていくことが必要かなと考えるようになったんです。」
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ネットで検索をかけると、確かにいくつか大学の公開講座も組まれてはいる。語学学校の講座もないわけではない。
だが、大人が仕事を持ちつつ学習する時に参加できるラテン語講座は必ずしも多くない。

土日に組まれているのは、私が検索した範囲では

アテネ・フランセの講座

山の学校の講座
の二つだけだ。

例のホッブズの主著を翻訳した渡部さんは、アテネ・フランセで学んだそうだ。
まあ、ある意味ラテン語はほぼみんな独学でやるモードなのかもしれないが、古典ラテン語を学習した後、17世紀のラテン語を読むのにはさらに別の苦労があったという。

だろうねえ……。
とてもたどり着ける場所ではなさそうだが、まあボチボチ歩いていこうと思う。







この夏、ラテン語入門講座を受講した。

2012年08月26日 20時11分14秒 | インポート

この夏、京都の「山の学校」(山下太郎)でラテン語入門講座を受講した。
8月18日19日の二日間、計6時間の初心者講座である。

なぜ今更ラテン語入門か?

理由1 お金の(あまり)掛からない老後の楽しみ
理由2 スピノザのテキストを原文と訳を対比で眺めたい。
    (原文で読みたい、と言い切れないのが心の弱いところ)
理由3 講座を口実に、フラフラ遊びにでかけられる。

まあ3,2,1の順番かな。

でも、とても楽しかったのでちょっと感想を。
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京都の夏は暑い。
福島だってそう負けてはいないが、お盆過ぎの京都はとにかく熱い。

鴨川沿い(正確には高野川?)のホテルから歩いて約30分。
16日の夜、大文字焼きの「大」の文字が見えた山のちょと北側の山を少し登ったところ、北白川幼稚園に「山の学校」はある。

いささかならず汗ばみながら階段を上ってようやく到着。
授業は教室ではなく、離れの一室で、とのこと。

集まった生徒はなんと2名!
一人(私)は東北から、もう一人の方は九州からの参加だった。

なんとも贅沢な講習になりそう。

山下太郎先生(北白川幼稚園の園長先生でもある)は大学でラテン語を教えていて、その後家業?の幼稚園の先生に。

生まれてからこのかた高校以外は左京区から出たことがないという生粋の京都っ子だ。

そういう先生が、地元の子供達(そして勿論私たちのような大人たちもなのだが)を育てていく、文化力の地層の厚さが垣間見える。

授業は生徒二人なので、中身は充実していて、かつ速度も速い。
練習問題は二人しか生徒がいないのだから、交代で解答しなければならないのが大変だが、3時間たっぷり休みなしの授業があっという間だった。

1,発音
2,アクセント
3,第一変化動詞
4,第一変化名詞
5,sumの現在変化
6,第二変化名詞
7,第二変化動詞
8,第一代に変化形容詞

第3変化の前まで。
まずは暗記すべき基本ルールを徹底的に、ということだろう。


活用変化を音読する→書き写す→暗唱する。

基本的にラテン語は無理に「喋らなくてもいい言語」なので、大人の独習には向いている言語だ。
そう思って取り組もうとしているわけだし。

だが、それにしてもまずは教わっておいた方がいいことはあるはず。
そう思って受講して正解だった。

名詞の第3変化、そして動詞のさまざまな時制による変化を学習するあたりから本当の「初級」が始まるのだろう。
その予感というか、まず入門を二日間で手ほどきしてもらった。

いろいろ興味深いお話も聞いたのだけれど、すぐにここにメモをアップしなかったせいで、大分忘れてしまった。

でも、いくつか印象に残った言葉があるので以下、メモ代わりに書き留めておく。

先生のお話(1)---------------------------------------------
語学学習には大きく二つの山登りの仕方があって、
一つは今回のような文法学習から入るもの。
もう一つはダイレクトメソッドといって、その言語をとにかく直接読んでいく中で習得していくもの。

後で調べたらアテネ・フランセのラテン語入門講座は、
Lingua Latina Pars 1: Familia Romana
を使ったダイレクトメソッド。

今の日本の英語教育は、どちらかというと文法優先のやり方から離れて、高校の新課程でも英語で英語を教える方法が取られていくようだ。

当然ながらどちらかだけでいいということはない。
大人が短期間で習得するには、文法学習が適していると思う。
ダイレクトメソッドはやはり時間が掛かるので。

ただし、一つ重要な点がある。

文法学習から入る語学は、その文法が本当にしっかり頭に入っていて使えるように常に訓練しておかないと、

「全てが崩れていきます」
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んー、ここがもっとも印象的だった。
そうですよねぇ(><;)。
頑張らねば。

湯浅誠・國分功一郎・東浩紀を並べて眺める

2012年08月26日 18時27分55秒 | 大震災の中で
湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』朝日新聞出版

を読んだ。

ヒーローとはとりあえず、橋下徹大阪市長のことである。

だが同時に、湯浅は橋下個人を問題にするのではなく、彼が掲げる個々の政策に反対しているのでもない

(もちろん言うまでもなく、湯浅誠の考える政策は、橋下徹の考える政策とはかなり違います。正反対といっていい面もありますね。)

問題は、議会制民主主義や政党政治そのものに対する不信が高まっている、つまり政治不信が新たな次元に移ったことだ、と湯浅は指摘します。

「溜め」を失い、地域コミュニティが弱体化し、いったんそれを吸収した擬制的共同体の「会社コミュニティ」も解体してしまうと、「政治二流、経済一流」といった高度経済成長のシステムのままではどうしても立ちゆかなくなっていまう。

でもその「溜め」を失った状態で「生涯競争社会」にさらされると、人は身動き採れない現状の政治に対する不信が募り、熟議の時間と空間を確保できないまま、強いリーダーに決めてもらう「お任せ民主主義」に雪崩を打ってしまうのではないか、という危惧……を湯浅は橋下徹「現象」を踏まえながら指摘している。

ここには、國分功一郎が

東浩紀『一般意志2.0――ルソー、フロイト、グーグル』(講談社)

の書評で述べている
「三つの苦しさ」

と響き合う(同じではありません。かなり位相が違います。でもそこにある課題、として指し示されている「困難さ」の質は、互いに無縁ではない、と感じるのです)側面があります。

ポイントの一つは政治の本来的な複数性と、政治の正統性という形で要求される単一性とのせめぎ合いです。

それは当然、民主主義に対する大きな「疑義」をもたらさずにはいられません。
そこをタブー視せずに、21世紀の今、民主主義はどのようにして可能か、どの局面で勝負していくべきか?

政治を語ることは本当に困難を伴うことだと思います。

東浩紀も、湯浅誠も、國分功一郎も(そしておそらくは橋下徹も)、違った位相から、その民主主義の困難と向き合おうとしている。

私たちは、青い鳥のように「民主主義」をないものねだりするのではなく、どこで私たち自身が主権者として「権力」とか「行政」とかと向き合い、自ら主体として振る舞い得るのか、を考える上で、必要不可欠な視点を提供してくれていると感じます。

湯浅誠の『ヒーローを待っていても世界は変わらない』
<決めたい>のか<決めてほしい>のか
「おまかせ民主主義」という危機

國分功一郎センセのブログもぜひ参照を。

http://ameblo.jp/philosophysells/
【再掲】「東浩紀『一般意志2.0』書評」(『文學界』2012年2月号掲載)
【再掲】「思想はあった首相から思想もない首相へ」(『文藝春秋』2012年8月号掲載)
【再掲】「「民主主義について考えるのを中断する」(『一冊の本』2012年5月号掲載)
三本セットで「民主主義」<再考>論になっています。



徐京植『フクシマを歩いて』は「半分だけ」読める。

2012年08月21日 21時51分09秒 | 大震災の中で
『フクシマを歩いて』徐京植
を読んだ。

半分だけうなずけた。

「戦争や植民地支配によって離散者(ディアスポラ)となった人々の声を刻み続けてきた」
と、腰巻き惹句(コピー)に著者紹介が書かれている。

ディアスポラとは祖国の地を失って長く異国の地で生活を営む者、とでもいう意味だろう。(狭い意味ではユダヤ人の状態のことを指すか?)

作者は在日朝鮮人。
「私のような在日朝鮮人も、植民地支配と民族分断という外的な圧力によって離散させられたディアスポラであるといえる。」(P11)
とある。

「フクシマに住んでいたものもまた、あの事故以後ディアスポラとなった」

という含意が、この著作には込められているだろう。
また、それが「半分」うなずけた理由でもある。

郡山市の朝鮮初中級学校に著者が訪ねたくだり、

「公立学校ならば政府が~(中略)~表土の除去作業の費用を負担してくれる。しかし朝鮮学校はこのような施策の埒外に置かれており、自分達から求めなければ必要な情報も得られない。表土除去費用は700万円以上に上るというが、実施するとすればこれを自己負担しなければならないのである」

といった指摘も重要だ。
被害の中にもまだ、差別は厳然として存在し続けている。
私たちは、誰と何を共有しえるのかまたすべきなのか、真剣にその最初のところから問い直さねばならない。

一方、うなずけない残りの半分は「それでもなお、フクシマの地に止まろうとする」私たちの鬱屈・屈折には、文章が届いていないという点にある。

権力的なるもの、植民地支配と民族分断という「外的な圧力」を「敵」と設定するフレームから、この文章は十分に外には出ていない。

だから、結果として「間」や「裂け目」への「想像力」が十分に働いてはいない。
そこが不満だ。

ディアスポラという視点でフクシマを見ることは必要であり、重要だ。
そういう意義はこの本に確実に存在する。

でも、私は、私たちはその視点で回収しきれない残余にこだわっていかねばならない。


一つ苦言を。

こういう言い方をするとなんだけれど、わずかな回数、ちらりと福島を訪れただけで、しかも福島の人間との濃密な接点も感じられない程度で題名を

『フクシマを歩いて』

とするのは、ちょっと営業サイドよりの出版姿勢と取られても仕方がないだろう。
すくなくても私は、私たちはそう受け止めた。


それは、無論訪れた回数の問題ではない。
文章がどこを向いているか、の姿勢に関わる。

私たち福島の生を主題としているのではなく、材料にしている。

それはこの人のスタイルだろうし、この原稿群の真の主題は外のところにあるのだろうから、それはそれでいい。

しかしもしこの程度がこの著者のいう「想像力」だとするなら、もっと想像力の不可能性をきちんと描くべきだ。

「不可能であるのに、そこを考えずにはいられない」

私たちはそういう場所に立っている。
おそらくはこの著者もまた、本当はそういう場所に立っているのではないか?

だとするなら、のこりの半分の不足は、必ずしも福島に対する理解不足の問題ではなく、この著者の「哲学」が問われることでもあるかもしれない。





久しぶりの同級会で(2)

2012年08月14日 14時01分37秒 | 大震災の中で
この機会にもう少し考えをまとめてみたい。
まず、開沼博も指摘している「植民地的状況」を考えよう。
過疎化が進んだ「田舎」は、慢性的に雇用不足だった。
出稼ぎや集団就職でそこをしのぎ、高度経済成長のなかで現金収入を得て行ったのはそんなにむかしのことじゃない。

私たちは、そんな田舎の当たり前の現実さえ忘れさせてもらっていた(苦笑)。
つまりは、原発誘致よって地元の雇用が生まれ、人を都会に奪われなくてすむようになった、という現実がある。

福島以外の原発設置地域自治体が今なお再稼働を容認していくことと深い関連がある。

もちろん、誰だって危ない橋は渡りたくない。故郷を、

東電福島第一原発周辺地域のように

「住めない場所」

にしても平気だ、構わないと思っている人はいまい。

だが、「安全です」と「お上」が言うなら、それを受け入れたいと思う心性は確実に存在する。

それが開沼の指摘する「植民地的状況」だ。

あたかもプランテーション農業のように、宗主国のもとめるもの、この場合は「電力」を提供しつづけ、現金収入を得て雇用も安定していく。けれど結果としてはその土地に住めなくなってしまうリスクを一方的に背負わされている。

最初から対等な経済的取引ではなく、
Nimby(Not In? My? backyard =必要は分かるけど、うちの裏じゃないところにしてね)施設を受け入れるのは、いつだって一つの例外もなく宗主国=中央からみると貧しい地域であったし、今もそうであり続けている。

「原発立地自治体も経済的に潤っていたじゃないか」、という言い方はだから、いささかならず幼稚な意見といわざるをえない。

金にあかせて自分たちが背負いたくないひどい 役割を押しつけておいて、「おまえも同罪だぜ」というのは、頭の悪いいじめっ子の論理と対して変わらないのだから。

その誘致を拒むためには、それができるだけの「相応の準備」が必要だ。
そして、雇用が十分に確保できない貧しい地方が、登場原発誘致を拒む手だては、そう多くはないのではなかったか。

第一、拒み得るところに「宗主国」は手をださない。
もっと困っているところ、もっと弱いところを探すだけだ。

それが福島の双葉郡だったのだし、青森県の六ヶ所村だったのだし。

ある意味では、アメリカに侵攻され、占領されつづけ基地を戦後背負い続けていた沖縄と共通する面さえある。

原発事故の問題は、戦後の経済=政治システム全体を問い直すことを私たちに迫っている。

問題は電力供給量の話ではないのだ。
もっといえば、単なる原発施設の危険度の問題でもない。

安全基準の問題が取り沙汰される。それはそれとして重要だが、お墨付きがほしい「植民地」と、「宗主国」の首都に住む人間とでは基準値ひとつとってもおそらく溝は埋まるまい。

きっと、「宗主国」の首都に住む人たちは、原発施設の設置自治体の住民や政治家たちを実は「愚か」だとどこかで思っているか、もしくはその「宗主国」面をしている政府とか東電とかだけが悪いとでも思っているのかもしれない。

福島市でも、いわき市でも大飯原発再稼働反対の決議が議会で否決された。

それは、この問題が、原発の安全性のレベルではないところで今も推移していることを明らかにしてくれている。
これを単純な議員の知能レベルとか、個人的な利権に矮小化しているうちは、問題の在処さえ見えてこないと思う。
議員は、誤解を恐れずに言えば、地域の利益を守ろうとしてさえいる。

結果として住めなくなってしまうとしても、棲めるうちは住みたいじゃないか?
原発施設の反対派が「転向」していく理由が郷土愛だ、という逆説は、せめてハイデッガーでも読まなきゃいられない状況だ、と思いませんか?




久しぶりの同級会で

2012年08月13日 19時54分05秒 | 大震災の中で
18年前卒業したクラスの同級会があった。
ちょうど私が今の彼らの年齢だった頃の卒業生。

40名ちょっとのクラスで30名弱の参加は、ちょっとした驚きだった。

高校卒業直後の同級会なら、分かる。
逆に子育てが終わってから、ならそれもありだろう。

でも、働き盛り、子育て真っ最中の30代半ばでの同級会としては破格の参加率だ。

理由は、震災があったからだ、と幹事のIくんが教えてくれた。
3月からずっと連絡先の「聞き込み」を続けていたのだという。

20年前は、携帯電話の番号もメールアドレスも普通の高校生には無縁のものだった。

そう、ポケベルがまだ現役だった時代じゃないかな。

だから、その頃存在しなかった同級生の携帯番号やアドレスを「集める」のはかなり難しい。

実家に電話を掛けて、「○○さんの同級生だった△×ですが」といっても、親しかった者でなければ、胡散臭い電話ととられかねない。

googleとフェイスブックでまず検索をかけ、実家への直電もふくめてジワジワ情報を拾っていったのだそうだ。

5ヶ月もかけて「会いたい」を成就させたI君には頭が下がる。

そこで出会った地元以外(多くは東京組)は、

「福島の人はおとなしすぎる」
「いわきはもっと怒るべきだよ」

「福島のモノは食べられない、ってこっちの人が平気でいうたび、悔しくってね。『みんな普通に食べてますよ!』って思わずいいかえしちゃっった」

「3/11の翌日、実家から家族を呼んだの。ダンナは快くオッケーしてくれたけど、いわきナンバーが二台並んでるのをみた近所の人の反応は微妙だったね」

「僕らは離れていて何もできないけど、福島といわきのことをいつも考えてる。一番大切な場所だもの」

と、口々に語る。

うんうん、とその言葉の全てにうなずきながら、「守り」に入ってしまっている「いわき市民」「福島県民」としての自分を「説明」したりもした。

親や兄弟、親戚を失ったりもし、さらに事故の被害を受け続けている故郷を思う彼らの気持ちが、痛いほど伝わってきた。

と同時に、大飯原発再稼働反対宣言の採択を否決してしまう議会と、「安全宣言」の賭けに「勝った」市長とを持ついわき市は、彼らの「思い」とはいささかズレたところで震災以後を「生きて」もいる。

さらにその「政治」とも違うところで、「いっぱいいっぱい」になりながら日々をなんとかやり過ごしている「自分」もいる。

でも、
福島県民・いわき市民はもっと怒るべきじゃないのか?
という言葉は改めて、ぐっと切っ先を突きつけられた思いがした。

そう、私たちは怒り続けねばならない。

社会的な世界像の裂け目から顔を覗かせた「理不尽さ」への怖れを見失わないこと。
それは、自分の内側がその世界の裂け目に怯えた「初期衝動」を把持しつづけることでもある。

社会的=政治的な動きというより、「親密圏」における「初期衝動」の把持とそれに基づく表現=行為の重要性ということでもあるだろうか。

とにかく「ヤ」だよ、ってことだ。
電力供給の必要性なんてクソくらえ。こんな風に生活の日常像を引き裂く現実を目の当たりにしたら、
「悪いことはいわないから止めておけ」
という以外に選択肢はない。

今なお声高に語られる必要性も安全性も、封鎖された警戒区域の空間の前に立ったら色あせる。
日本であって日本でない場所の前に立てば、そこで起こっていることの意味が分かる。

そう思う。

この「初期衝動」の把持は、実際に安全か、危険か、という選択の問題ではない。
だから、限定された科学的基準の問題でもない。

もっといえば、原発反対、とかいう「政治」=「社会」的行動でもないのだ。

私たちは科学的基準で生きてるのではない、ということを、「人為」=テクネーの裂け目において「知る」ということだし、それは生きるということの宗教的水準としての「裂け目」を体験した、ということだ。

「安全神話」をなおも説得するこの国の「政治」レベルや、科学的に「安全」や「危険」を「声高」に主張する両側の人達には理解できない話かもしれないけれど。

動物的に、あるいは人間的に、ナイーブに怯えることとは異質の、「人為=≠自然」の裂け目に瞳を凝らそうという話だ。

いわきを離れ、遠方で懸命に生きている彼らの「無力」でかつ「切実」な声は、むしろ地元で「守り」に入っている人々よりも的確に、その「初期衝動」を手に持ちつづけているのかもしれない、と感じた。

まだ整理しきれないけれど、間違いなく貴重な一夜だった。




教員のメンタルヘルス

2012年08月07日 21時28分58秒 | インポート
知人・友人たちの中に、「鬱病」で戦線離脱を余儀なくされる人が相次いでいる。

ここ一年のうちに知り合いの教師が四名も心を病んで現場を離れてしまった。

教員のメンタルヘルスの調査統計については、以下のデータを参照のこと。

教員のメンタルヘルスの現状
平成24年1月22日
文部科学省
初等中等教育局初等中等教育企画課
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/088/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2012/02/24/1316629_001.pdf

病休全体の6割以上を精神疾患が占めており、教員全体を分母としても全体の0.5%に達している。

0.5%精神疾患って、200人に一人ということか。

しかし、被災した教員の範囲に限って言えば、その比率では到底収まらない印象を抱く。
親しい人達の中でも、真面目で尊敬に値する人達が、精神的にしんどい、といってリタイアしていくこの状況は、普通ではない。

自分も他人事ではない、と思う。
仕事がうまくいかなかったり、忙しかったり、責任が重かったりして、その重圧に悩む、ということはどんな職場でもあり得ることだろう。

しかし、教師は「感情労働」の最先端にある。
管理強化が進む職場の中で、被災した裂け目を自分の存在でなんとか「普通」に保とうとして引き裂かれていくと、

「もうダメだよ」

という声は、リタイアした知人の心からばかりではなく、自分自身の心の中からも聞こえてくる。

特に、震災以後、みんながいっぱいいっぱいになっているときは、余計なことをせず、じっと身を潜める身振りも大切なのではないか。

3.11から一年半が経って、いよいよ精神的にしんどい時期になってきた、という思いは深い。

どこまでこのままやっていけるのか?
いや、むしろ、どうやったらきちんと戦線を縮小していけるのか?

四〇代、五〇代の教師は、日本全国正念場らしいしね。




東電は、事故後の記録映像を全面公開すべきだ。

2012年08月07日 20時49分07秒 | インポート
東電から、東京電力福島第一原子力発電所の事故直後の映像が一部公開された。

内部資料だから、公開するかどうかの裁量権は東京電力にある、というコメント付きでごく一部。
しかもモザイク。
さらに公式の事故調査が出揃った後での公開。

たいそう不満である。
事故原因の究明を国民と共にやりきろうという姿勢はみじんもない。
そういうことは最初から考慮の外、なんだろうね。

単なる私企業なら、それを消費者が判断して買うなり買わないなりすればいい。
でも、電力は事実上の独占企業。しかも半分「国策的」。

端的にいって、私(一人の福島県民=国民)は大層不満だ。

モザイクは社員のプライバシーを守るため、ともあった。
それは分かる。
裁量権がほとんどなく、命令によって動くしかない下っ端社員の一挙手一投足をあげつらうことだってマスコミは平気でやっちゃうだろうから。

でも、一〇〇時間以上あるものを数十分のみ、しかも編集後のものを、録画/録音を禁止して、期間を区切って一部のマスコミのみに公開するっていう手法は、多くの人が、情報の共有さえ厭い、渋々いやいや限定公開しているという印象を抱かざるをえないのではないか。

守秘義務を持ったしかるべきメンバーが観る、とか、数種類ある事故調に提出し、公開の基準を委ねるとか、未曾有の原発事故と真摯に向き合うなら、やれることはもっとある。

法律上、自分達の裁量の範囲内だ、と言っておきたい企業防衛の「欲望」が、こんな中途半端な「公開」を選ばせたのか?
そうかもしれない。

だが、これは極めて短期的な戦術として有効なだけだろう。
必要か必要でないかは、東京電力の裁量範囲ではなくなるべきだ。

刑事告訴の捜査範囲として、押収し、吟味するという方法もある。

ただ、刑事責任だけがこの事件の責任の全てでもあるまい。

ひたすら残念だ。国民がこの事件の課題を共有するために情報公開すべきだ、ととりあえず書き付けておく。