みぃちゃんの頭の中はおもちゃ箱
略してみちゃばこ。泣いたり笑ったり
 



2cmほどの細長い葉がびっしり!

鮮やかな輝きと透明感に目を奪われました。

葉っぱは、みんなとても嬉しそうな顔で日なたぼっこをしています。笑いさざめく声が、絶えず緑の間に響いています。

それにしても、この世界にはいろいろな形の葉があるものです。緑色が大好きなこともあり、葉っぱを見つけると、つい見入ってしまいます。うろこのような形の葉を見つけて、まじまじと眺めてみたりね。特に、葉の色がういういしいこの季節は、道端で葉っぱを見つけては顔をすりつけるように眺め、少し歩いてはまた別の葉っぱを眺め……と、かなりの不審人物ぶりを発揮してしまいます。

調べてみるとこの木はキャラボクのようですが、正確には分かりません。

葉っぱを観察しているうちに、先っぽがつんととがったところが、茎わかめを薄くスライスしたものに似てる気がしてきた……。


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先日、スペアミントの新芽を収穫しました。なくなった先端の代わりに、わき芽が伸びてきました。

こんもりとした形に作れるといいんだけど。



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「努力すれば、いつか思いを実現できる」と考える人がいます。

「努力すれば運を呼び込める」と言う人もいます。

「努力しても思いがかなうとは限らない」と言う人もいます。

私の考えは違います。

努力をする → 思いがかなう

という原因・結果の論理ではありません。

この論理には重大な誤りが潜んでいます。暗黙のうちに「○○をすれば○○になる」という前提が置かれています。

「セロトニンを増やせば、うつ症状が改善される」
「肉じゃがを作れば、男性に喜ばれる」
「豪華なお供え物を用意して熱心に祈れば、神様に願いが通じる」

本当に「○○をすれば○○になる」のでしょうか。

努力の話に戻しましょう。

物事は、単純な因果関係で成立しているとは限りません。

かと言って、すべて時の運によるわけでもありません。

チャンスというものは世の中にたくさんあって、目には見えませんが、常に周りを飛び交っています。

捕まえようとすれば捕まえられます。

ただし、飛び交うチャンスを捕まえるには、捕まえるための準備をしておかなければなりません。準備が整っていないと、チャンスは、するりと指の間を抜けて飛び去ってしまいます。鹿を見つけて弓を射ようとしても、弓の弦 (つる) が切れていては矢を放てません。矢を放っても、腕が悪ければ鹿に当たりません。矢が鹿に当たっても、矢尻が鈍ければ鹿の体に刺さりません。

闇雲に走っても何も得られません。チャンスを捕まえるには何をするべきかよく考えて行動しなければ、空振りするだけで、失敗から学ぶこともできず、単なる徒労に終わります。

そのチャンスを捕まえるための準備が、毎日毎日の積み重ねです。

私は、自分が毎日積み重ねていることが努力だとは思っていませんが (自分の関心に従って、やるべきことをしているだけです)、それを努力と呼ぶならば、努力とは、綿密な考察のもとで狙いを定めて行う、狩りの準備だと言えます。


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懸賞でもらった地域産品詰め合わせの最後の1品、真っ白い芋粉が、真っ黒な芋団子に変身しました。

飾り気のない、素朴な味です。よくかむと、じわりじわりと芋の味が染み出してきます。ぱくぱくと勢いよく食べるより、ひとつひとつじっくり味わって食べたい。


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トラックが行き交う川沿いの道で、オレンジ色の花を見つけました。

花びらは4枚。花の中では、大きな雌しべが多くの雄しべに取り囲まれています。こんもりと丸い雌しべの形がサボテンみたいです。

flower125C2.jpg: ナガミヒナゲシの葉と茎

草丈は膝ほど。茎には毛が生えています。ずいぶん毛深いこと。葉は、主脈を中心として葉身が左右交互に枝分かれする複雑な形をしています。茎も葉も、かなり黄緑色に近い薄い色です。

ナガミヒナゲシでした。先ほどの、柱頭 (雌しべの先端) が丸い子房 (種ができる部分) の上に直接乗っているのはケシ科の特徴なんだそうです。

花を一見してポピーだと思いましたが、ポピーもヒナゲシも同じだと知った次第。


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