三島史学

歴史を中心に日本を論じるブログです。卒業生のみなさん、御参加下さい。

学校の体育教師の無能力

2017-04-19 04:28:01 | 日記
 今日<2017年4月19日>のニュースに、学校の体育教師の女生徒への開脚強制などへの処罰が発表されている。

 こういうことは、昔からあった。

 問題は、大学の体育教師の指導に起因する。

 大学の体育教師は、ほとんど大学院に進学していない、高校から配置転換されたり、教育委員会の職員の体育担当から「出世」してくるのだ。

 ところが、かれらは研究論文を書いたことがない。


 わたしは教育学部に在籍したことがあるが、同年(30歳)の体育講師のために、紀要投稿論文の誤字脱字を直してやったことがある。約30枚の論文で、ミスは50ヶ所以上あった。漢字が書けないのだ。

 その年に、小学校教員養成課程の「社会科」の講義を担当したが、体育の学生と家庭科の学生が、最低点の評価にせざるにえなかった。なんせ漢字を知らないのだ。
 5年ぐらいして、別の講義に、体育の学生を不合格にした。カンニングである。机の下にテキストを隠し、1ページ丸写しをしたのだ。問題とはまったく関係ない答案である。わたしは体育の主任教授に会って、不正行為を教務委員会に通告すると申し上げた。その主任教授は剣道七段で、全国的にもトップの人で、また人格者だった。のちに学長もなさった。その先生に、十分叱責をするからレポートを書かせてくれと懇願された。かねがね尊敬している教授であったから、わたしは妥協した。
 ところが、その学生は、授業テーマに沿ったレポートを書かず、「江戸の男が好きだ」とかいう、授業とは無関係の文章を、それも400字詰め原稿用紙一枚を書いてきた。わたしが拒否すると、くだんの教授に言われてきたと、わあわあ泣くだけなのだ。本人も剣道3段くらいだったと思う。これは毎日繰り返された。

 まだ32歳であったわたしは、剣道七段の先生の懇願に屈服した。
 しかし、その時から、その学生は、わたしに挨拶をせず、傲岸不遜の態度を取った。

 数年後、その学生はどこかの中学校に就職し、生徒を連れて大学にやって来たが、わたしと会っても、挨拶をしなかった。七段の先生は、学長になってもわたしに気を使ってくださったが。割り切れない感情が、今モ残っているる。

 転任後、前任校の紀要の委員が、わたしに新刊号を送って来た。わたしが紀要の創刊に数年尽力したこともあっての寄贈であろう。そこに体育の新任教員の論文が掲載していた。例によって50ヶ所くらいの誤植があった。
 転任した大学は、さすがに優秀だった。ただし、ある機械を使った身体活動の論文ばかりで、わたしは判断できなかった。しかし文章の初歩的ミスはなかった。多分、主任教授のきびしいチェックがあったものと思う。
 



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