三島史学

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国文学者の正体ーーニュースセンター試験の大ミス

2017-05-16 19:32:55 | 日記
 旧聞に属するが、江藤淳崇拝者のバカさ加減の一例を示す。

 島崎藤村の「夜明け前」を例に、国文学者のバカさ加減を示す。
 
 1995年の入試センター試験の国語で、藤村の「夜明け前」が出題されたが、文中の「岩倉様」を「岩倉具視のこと」と注記していた。

 わたしは試験場の監督で、試験開始後問題を広げてみると、文中の「岩倉様」に、「岩倉具視のこと」と注記されているのに驚いた。もちろんミスを指摘する人がおり、2日後の各紙に、「別人」と訂正された。
 しかし「別人」ではない。東山道先鋒総督は、岩倉の十五・六歳の次男具定と三男具経の兄弟が、総督と副総督を務めていたのである。実権は参謀の薩摩藩士伊地知正治と土佐藩士板垣退助が掌握しており、年貢半減令を宣伝していた赤報隊を上諏訪に招集し、全員を処刑したのは、伊地知の命令による。
 この事件は、家永三郎先生の教科書裁判で取り上げられ、草莽隊や、藤村が参考にした「大黒屋日記」研究の第一人者の高木俊輔氏(信州大学教授。国文学研究資料館教授のち館長)の証言で、家永先生の劇的な勝訴となった箇所である。
 一方で赤報隊と名乗る右翼が活動し、朝日新聞神戸支局に乱入し、若い新聞記者を射殺した事件を起こしている。

 入試センターには、多分、主要な辞典類は備え付けられている筈で、当番の国語担当者が日本史事典を見れば、簡単にわかる筈だ。当日は、社会科の日本史の委員も待機している筈だから、何とかなったろう。また高木氏のような著名な研究者に、緊急に問い合わせれば、岩倉兄弟の名前は簡単に分かった筈だ。

 この問題を作成した国語・国文学者たちは、島崎藤村の文体にしか興味がなかったのだろう。かれらは藤村の『夜明け前』を、学問研究でとしてではなく、ひとりよがりの文学趣味として読んでいるだけなのだ。史実などどうでもいいのであろう。江藤を崇拝する筈だ。

 この事件で、出題者にはなんらかの処分が行われたのだろうか。あるいは、自ら進退伺を出さなかったのであろうか。

 
 
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