三島史学

歴史を中心に日本を論じるブログです。卒業生のみなさん、御参加下さい。

大学図書館と授業

2017-04-20 02:35:12 | 日記
 1960年代に、大学進学率は10パーセントを越えたが、これは戦前の中等学校進学率と同じであった。
 評論家の大宅壮一は、これを「駅弁大学」と揶揄した。駅弁を打っている都市には、たいてい大学があるという皮肉である。今や、進学率は同一年齢層の50パーセントに達し、駅弁を打っていない駅周辺にも大学は開設されている。
 1960年代には、大学開設基準に、学生数に対する図書冊数の基準があった。しかし今はない。1990年代以降の新設大学に行ってみられるとよい。図書数は市立図書館よりはるかに少ない。

 1970年代に、文部省は、指定図書制度を設け、アメリカの巨大大学のように、汎用図書の複数所蔵のために特別予算を出した。50人の出席の必修講
義であれば、5冊くらい購入させ、受講生全員が年間で10冊以上読めるように運用することを勧めた。

 趣旨はよかったが、各大学の運用が駄目だった。
 農学部の教員が、百姓の人生についての書を推薦してきた。これを人文学部の哲学の委員が却下した。同席したわたしは弁護したが、この委員はキエルケゴールの研究者で、百姓の哲学なんていらないというのだ。
 教養部の教員が、アフリカのフランス植民地から新規に独立国々についての新刊書を推薦してきた。この教員はフランス語の教員だが、アフリカ研究会を主宰している先生である。しかし人文学部の新任教員で帝国主義研究の委員が、これを却下した。この人は南米を研究していて、アフリカなんか要らないというのだ。同じ人文学の委員で長老の先生が、アフリカに目を向けるのも、いいことだ。あなたの学問と違ってもいいではないか、と説得したが、アフリカなんて研究する価値がないと強弁した。
 中国文学の教師は、中国に関する参考書の推薦をすべて却下し、新しく出た5万円の漢和辞典を購入せよと主張した。わたしは、それはあなたの研究費でお買いになればいいので、指定図書の予算を使ってはならないと主張した。ところが教養部の国文の教員も、1万円以上の辞典を推薦したので、それは筋違いだといったが、聞かなかった。教員のエゴである。、

 こういう教員のエゴで、指定図書制度は崩壊したのだ。

 ある私立の工業大学は、10学科からなっている。図書館には学科ごとの閲覧室があり、それぞれ1000冊以上の図書を並べている。
 コンピュータ関係の本や、数学の基礎の本などは、学室にあり、なかには複数の図書を備えている。

 館外貸し出しは、すべて一夜貸しである。夜の6時か7時から貸出し、翌日午前9時までに返却させている。
 
 わたしは、後悔することがある。
 就職した一年目に担当した史料講読で、図書館にある一冊しかない参考書の館外貸し出しを禁じた、しかし一人の学生が遠隔地から通学しているという理由で、強引に貸し出しを要求するのだそうだ。
 バスで90キロ先で、最終バスが午後4時発だという。わたしは強く注意したが、実際には図書館で利用している学生から奪い、借り出して行っていたそうだ。
 わたしの監督不行届きだった。図書館は学生からの希望で購入していると思ったのだが、2冊は買わないそうだ。わたしはその学生を呼んで中止したのだが、遠隔地通学者の権利という。他の複数の学生から訴えがあり、厳重に注意しても、わたしには承諾しても、その日も無理やり借りて行ったそうだ。

 わたしに大学から供与される研究費は、当時年間3万円。(初月給は手取り3万2000円)。それで3000円もする図書を、わたしが購入して、図書館常置にしておけばよかったらしいのだが、その仕組みを知らなかった。

 晩年に上記の工業大学の図書館を見学し、強く後悔した。
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