78回転のレコード盤◎ ~ほぼ週刊サンマイ新聞~

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◎アスペルガー症の疑いを持つ男が学生時代を振り返る

2017-06-14 17:33:52 | 追憶の自分史

<追憶(1):はじめに>

 

 2009年12月に『アスペルガー症の疑いがあると宣告されて2年半……』という記事を書いた。

 

 当時自信満々にキーボードを叩いてUPしたはずの記事を、7年半が経過した今になり読み返してみると、その結論に疑問を覚えてしまうのだった。

 

>病気のせいにして自分の行動を正当化していたのは本当に昔の話。

>1年以上も前から、そんなことは一切無くなっていた。

 

>仕事が出来ないのは病気のせいではない。

>仕事で悩んでいる人はいくらでもいる。

>当方だけが特別ではないのだ。

 

 この考えは決して間違いではない。しかし、そこで考えを止めたのが間違いだったと今では思っている。

 

 大学時代、診断された当初は「病気に逃げていた」――それは間違いだった。

 新聞配達をしていた7年半前は「病気から逃げていた」――それも間違いだったのではないか。

 

 確かに病気のせいにしてはいけないが、病気と真剣に向き合う必要はあったのではないか。

 ろくに向き合ってこなかった結果が「今」だとするなら――。

 

 当方がもしアスペルガー症候群であるとするなら、今の仕事や生活における問題点を見直さなければならない。そして当方の過去を病気の視点から改めて振り返ることにも意義があるかもしれない。

 今回は後者、特に学生時代を振り返ることに焦点を当てたい。当方はどのような「勉強」をしていたのか、「受験」においてどのような葛藤があったのか、可能な限り思い出し、この場に残していきたい。反面教師となって同じような悩みを抱える学生たちの一人でも多くに「生きるヒント」を与えることが出来れば幸いである。

 

※決して勉強が出来なかったことを病気のせいにしたいのではない。学生時代の時点で病気に気付き、それを素直に認め、それに見合った方法で努力をしていかなかった自分が悪いと思っている。

 

 

<追憶(2):中学受験をしなかった謎>

 

 まずは小学時代。といってもほとんど覚えていない。算数や国語のテストは100点を取ったことが数回あると思う。算数は好きだった。対して暗記科目、つまり理科と社会は良い成績だった記憶は無い。そして数名の生徒にいじめられていた。

 小6になると人生で最初の大きな選択に迫られる。中学受験をするかしないか、である。

 一学年上の兄が居た。彼は前年、中学受験をするも失敗し、学区の関係で公立のS中学校に進学。そこは不良が多いことで有名で、彼もいじめられていた。

 

 兄が身をもって「S中学は怖いところ」だと教えてくれたのに、当方は中学受験という道を選ばなかった。

 その明確な理由は今でも思い出せない。

 学費で親に迷惑をかけたくないから?――違う、学費は高くない。受験できる中学は国立の一校しか無かった。

 成績が低く無謀だと感じたから?――少なくとも国語と算数の成績は良かった。理科と社会さえ努力すれば可能性はあっただろう。

 倍率3倍というハードルの高さが最初から諦めさせたのか?――うーん、少しはあったかもしれない。

 

 

<追憶(3):いじめられた中学時代>

 

 結局、兄と同じ公立のS中学に入学した当方。小学時代とは比べ物にならないほどの人数の不良からいじめを受けていた。内容も次第に暴力が伴う過激なものになっていった。その悩みは中1の秋から中3の春まで長期にわたり続いた。いじめによって生まれた古傷は一箇所のみとはいえ今でも少々の痛みを伴う時がある。

 

 いじめの原因は当方にもあるので、受験して国立の中学に入ればいじめられなかったと断言は出来ない。ただ、倍率3倍である以上、不良はほぼ居なかったと思うので、いじめられる確率はかなり下がっていたと思う。

 

「アスペルガー症候群の子供には、できるだけ偏差値の高い学校に行けと言っています。

そういう学校なら、人格を成績で判断されるので、浮かなくてすむからです」

(国立成育医療研究センター心理科医長 宮尾益知氏)

 

 とにかく不良だけは多く、彼等は授業中に大声で雑談しまくり、酷い時は紙飛行機の飛ばし合いまで行われ、授業の妨害が教師の号泣を招くこともあった。未熟かつ多感な中学生なら珍しくない光景だと思っていたが、他の高校の生徒にこの話をすると必ず驚かれ、そこでS中が異常なだけだと初めて気付いた。

 

 

<追憶(4):学習塾を活かせず高校受験失敗>

 

 高校受験の失敗については『高校で落ちこぼれる原因を徹底分析してみた』でも少々触れている。

 

>当方の中学は、決してレベルの高い所ではなかった。市内で不良が一番多く集まっていた。

>そこの中3で、200余名いる学年で最大15位にまで昇り詰めた。

>今思えば全体のレベルが低かったのだろう。

>偏差値が解れば良かったのだが、あいにく偏差値制度は既に廃止されていた。

 

 学校の成績や順位は当てにならない。中1の春から3年間、学習塾に通い続けた。偏差値70のA高校合格を目指す志の高い者だけを集めた少数精鋭の塾だった。数学と英語は褒められるほどの好成績を収め、国語もそこそこ良かった。しかし、小学時代に続きここでも暗記科目の苦手は克服できなかった。数学と英語で90点以上取る反面、理科と社会が50~60点、酷い時は40点台と、教科による偏りが顕著になった。

 

 アスペルガーの特徴の一つに「興味のあることしか頑張れない」がある。

 数学は興味を通り越して好きだと言い切れた。

 しかし、どう足掻いても理科と社会は興味を持てなかった。

 理由を伴わない丸暗記は苦手だった(←これはアスペルガーの特徴に反するとも言われている)。

 

「歴史は興味を持てば良いんですよ」

 

 塾長ですらこのようなアドバイスしか出来ない。だがそのアドバイスで塾の他の生徒はほぼ全員成績を上げたのもまた事実。悪いのは当方であり、興味を持てないことから病気を疑うべきだった。塾の生徒ほぼ全員が出来て当方だけ出来ない理由を真剣に考えるべきだった。

 

「当方さんの社会の成績が悪く、このままではA高校の合格は絶望的です。集中講座の受講をおすすめします」

 

 塾長が助け舟を出してくれたが、当方はそれを断った。他にも「市販の参考書は買うな、塾の教材だけを信じろ」というアドバイスもくれたが平気で破った。アスペルガーの特徴の一つに「常人と異なる考えを持つ」というものがある(俗に「空気が読めない」とも言われている)。当方は自分の思考の誤りに気付かず、また他人の意見も受け入れられない頑固者になっていた。

 

「今日は信頼について話しました。(信頼とは)理論的な根拠がない状況下で、相手の判断を受け入れられるかということです」

(『サクラダリセット』アニメ版1話、春埼美空)

 

 理論的な根拠が無くても人を信用できるか。理由を伴わない学習が苦手な当方には、それすら簡単なことではなかった。

 

>その理社も何とか頑張って多少は上げたが、それでも足かせとなり県内一の進学校のレベルには到達できなかった。

>そこで、次元の違う「高専」というものを母親に勧められた。

 

 というわけで当方は高専を受験し、無事に合格した。そこに進学するということは必然的にA高校の受験自体を断念せざるを得ないことを意味していた(※高専の入学説明会と公立高校の試験が同日だった)。

 

 

 

<追憶(5):高専中退>

 

 高専に入学し、僅か3クールで中退した件については『絶望と希望のフラッシュバック ~高専~』でも触れている。

 

>まず、友達が出来なかった。

>学力も急激に下がった。

>勉強が苦手になった。

>機械が動かせなかった。

>化学実験さえもろくに出来なかった。

>大好きなパソコンの授業も、プログラミングでいきなり挫折した。

>製図の授業も嫌だった。

>剣道の授業すら辛かった。

>何もかもが嫌になっていた。

 

 まず学力。最高記録は国語で70点前後だろうか。全ての科目でそれを上回ることは一度も無かった。

それどころか、得意だったはずの数学で30点を取った。数学が嫌いになった。

中学の数学は目に見えて分かりやすかったが、高校数学はバーチャル世界に居るような感覚で実態が見えてこない。

 

 そして「機械」「製図」「プログラミング」といった「専門科目」における不器用さが顕著に現れた。特にプログラミングの試験では0点を取ることもあった。

他の学生には出来ることを当方は出来ない。「興味のあることしか頑張れない」がここでも当てはまるのだとしたら――。

 

 追い討ちをかけたのは体育。運動も苦手だったがそれ以上に、

 

「2人以上でグループを作り行動しろ。さもないと成績に影響する」

 

 この言葉が当方をとうとう不登校にさせた。

 

>11月の半ばから授業をサボることが多くなり、やがて不登校になった。

 

 辞めたい。今すぐにでも辞めたい。当然ながら両親には反対され、当時通っていた予備校の講師に相談した。すると、

 

「僕も高校時代ぼっちでした」

 

 講師が自らの苦悩時代を語り始めた。

 

「一浪して高校に入ったんですよ。だからクラスで一人だけ浮いていて、年齢が上なだけでクラスメイトは僕を避けていた。

それでもノートの取り方だけは得意で、ノートを周囲の席の生徒に回して見せることで、話すきっかけだけは頑張って作っていました」

 

 当方よりも不利な状況下において必死に足掻いてきた成功者が目の前に居る。しかしそれだけでは当方が立ち直るきっかけにはならなかった。

 

 人生で初めて「逃げた」のは、それから2ヶ月後のことだった。

 

 

<追憶(6):人生初の快挙だと思い込んだ大検合格>

 

 高専を中退した人間の選択肢はただ一つ、「大検(現:高卒認定試験)」を受験し、9科目全てに合格することだった。

前述の予備校には引き続き通い続けたが、自宅での学習は全くと言って良いほど手に付かなかった。高専を辞めたショックから、うつ病にもなっていた。

 おそらく4~5ヶ月はろくに勉強してこなかったと思う。

そんなある日、これは今となっては恥ずかしい話だが、当時好きだったアイドルに励まされる夢を見た。それだけで当方は目を覚まし、本気を出して勉強を始めた。

7月、大検の本番は訪れた。実質2ヶ月にも満たない勉強期間にも関わらず、9科目中8科目に一発合格。翌年2月に最後の一科目にも合格し、正式な大検の合格となった。

 

 高校受験に失敗した当方にとって、これが初めての「成功」だった。そう思いたかった。

 実際は、大検はとても簡単な試験であったことを後に知ることになる。

 

 

<追憶(7):大学受験も失敗>

 

 大検の合格により気持ちに余裕が生まれ、うつ状態は軽減された。この頃は人生がとても楽しかったことだけは覚えている。何せ学校に行かずとも高校卒業と同等の資格を得られたのだ。

 

 しかし、大検の経験は大学受験の勉強には全くと言って良いほど活かせず、予備校の試験の成績は一向に良くならなかった。

 前述の講師には酷く怒られた。英単語だけはワンツーマンで指導という特別扱いを受けるも、英語の成績は悪いまま。努力が成果に結びつかないことで人生も楽しくなくなり、当方は再びうつ病を患うのだった。

 

 アスペルガーの特徴の一つに「二次障害を引き起こす」がある。逆に言うと、二次障害のほうが先に露になり、原因を探るうちにアスペルガーに気付くケースもあるということ。当時は心療内科に行き、うつ病と診断されたが、それがアスペルガーによる二次障害の可能性までは考えなかった。

また「集中力が続かない」というのも特徴だった。集中力の無さは親に何度も指摘されたが、具体的なアドバイスは無く、ただ「集中しろ」だった。もしそれが病気によるものだと気付いていれば、もっと効率的な対策を立てられたかもしれないのだ。

 

 勉強を英語と国語に絞り、東京の文系の大学を受験するも不合格。地元のFラン大学に進学することとなってしまった。

 

 その後も上手くいかない人生は続き、大学4年にもなってようやく「アスペルガー症候群」という言葉を知り、その疑いに気付くのだった。当時はそれだけでパニックになり、大勢の通行人の前で発狂することが何度もあった。

 就職後はブラック企業を転々とし、今いるコンビニ業界は6個目の仕事である。なんやかんやありながら5年以上も続けていることは奇跡だと思う。

 

 

<追憶(8):どうすれば良かったのか>

 

 後悔だらけの人生ではあったが、中学時代だけは不思議と後悔していない。友人を作り、意中の女子に片想いするという貴重な経験も出来た。確かにいじめられてはいたが、それ以上に得るものも大きかったと思う。

 強いて言うなら高校受験をもっと深く考えるべきだった。県内一のレベルとなるA高校を目指し、それが無理だったからと興味の欠片も無い高専に進学したことは完全な失敗だった。別に県内2位でも3位でも良かったではないか。余計な専門科目の無い公立高校で、普通の科目だけを頑張るべきだった。仮に公立に進学できたとしても数学が出来ずに落ちこぼれていたのかもしれない。それでも高専を中退し大検を選んだ時点で公立高校に挑戦するチャンスそのものを失った。その後悔は計り知れない。

 人生は一度きりなのだ。その時その時で良く考え、あらゆる人に相談をし、あとで後悔しない選択をするべきだった。親と担任に薦められただけでろくに調べもせず高専に決めてしまった当方は完全な間違いだった。

 また、高専に入ったのが間違いだったとしても、逃げて良いわけがない。高専の専門科目が苦痛だったとしても、どうせ長い人生のどこかで、それくらいの壁は一度は訪れるし、一度は乗り越えなければならない。当方は高専という壁を放棄したことで、その後それ以上の大きな苦痛が訪れることとなった。

 

<追憶(9):おわりに>

 

 繰り返しになるが、決して勉強が出来なかったことを病気のせいにしたいのではない。学生時代の時点で病気に気付き、それを素直に認め、それに見合った方法で努力をしていかなかった自分が悪いと思っている。それはアスペルガーに限った話ではない。自分が何の病気に侵されているかを一刻も早く把握し、それと向き合いながら最善の方法を探ることを考えて欲しい。一人でも多くの方が、当方が出来なかったことを実行し、人生の成功者になってくれることを切に願う。

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