総督府は1911年朝鮮教育令を公布し、日本の教育勅語にもとづいて皇室を尊び日本国家への忠誠を求め日本語の普及に力を入れました。
1938年からは韓国語の教科書は無くなり1940年には韓国語の使用は禁止されました。