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83歳(終末期後期高齢者)のジジイの50回の旅行97ヵ 国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「台湾」編 2・28事件4

2017年03月30日 08時17分45秒 | 台湾

 

 休館日ということで仕方なく「二二八和平公園」をぶらついていたときこのような掲示板に出会いました。以下冒頭の部分を転記します。

 

「一九四五年、日本が降伏し戦争に負けたことが伝わると、台湾の人々は、不平等で正義にもとる植民地支配が終わりを告げたことの歓びに湧き返った。しかし、台湾接収の重責を担った台湾行政長官の陳儀は、人々の期待に反して、民情に疎く、偏った施政を行い、台湾の人々を差別した。官紀の腐敗、産業生産の落ち込み、物価の高騰、深刻な失業なども加わり、人々の不満は爆発寸前となった。

 一九四七年二月二十七日、専売局の取締官が台北市延平北路で闇タバコの取り締まりを行った際、煙草売りの婦人を殴打し、近くにいた市民を誤って射殺したことが人々の憤懣に火をつけた。翌日、怒りを抑えきれない人々が取締官の処罰を求めて行政長官公署に向かいデモを行ったところ、発砲を受け幾人もの死者が出たことから怒りの炎は台湾全土に広がった」

 

 以下少し注を入れます。

①    「怒りの炎」の抗議の声に「シナチャンコロは帰れ」がありました。「シナチャンコロ」は日中戦争中の日本人の中国人への最大の侮蔑語でした。その言葉を台湾のひとが中国国民党政府に対して発したのです。また「島から逃げ出す一匹の犬(日本人)と入ってくる一匹の豚(外省人)」を描いたポスターが貼られその説明に「犬はうるさいが人を守ることはできる。豚は食って寝るだけだ」とありました。「外省人」とは日本統治が終わった後に中国本土から来た人たちを言います。200万~100万といわれています。彼らがその後政治的実権を持ちます。

②    二二八事件後国民党政権は戒厳令(1987年まで)を発し投獄者は15万人、犠牲者は2万8000人~1万8000人といわれています。

 

 この項の冒頭で228事件が台湾人の親日である最大の要因であると述べたことを以上の228事件の紹介でご理解いただけたと思います。誤解を恐れず単純化すれば国民党政権への怒りが日本植民地支配への怒りを帳消しにしたということですね。豚より犬(日本)の方がましということで日本が免罪されたわけですね。

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