イタリアの泉

2006年8月29日より再・再渡伊。
苦節10年2016年2月フィレンツェ大学を無事卒業(美術史専攻)
さて今後は?

Venezia

2017年01月30日 15時43分52秒 | 

”ヴェネツィアを訪れると、幸福な人はますます幸福になり、不幸な人は更に不幸を感じる”
ツルゲーネフ

今週はヴェネツィアに行くので積読しておいた宮下規久朗先生の「ヴェネツィア 美の都の一千年」という本をここ数日メモを取りながら読みました。
新書にこれだけの情報を詰め込むのか、良くも悪くもという気もしますが、筆者の意図通りガイドブックとして充分活用できる本でした。

緒方惟直という日本人が明治時代初頭、ヴェネツィアで日本語を教えていたこと、そしてこの地で没し墓地の島、サン・ミケーレ島に埋葬されていることも初めて知った。

でも何より心に残ったのは、美術史家である筆者が
「美術だけでなく、人生にもこの世にも意味を見出せなくなって現在にいたっている」と書いた件。
理由は数年前に最愛のお嬢さんを病気で亡くしたことにある。
想い出深いヴェネツィアの地を訪れることは2度とないだろうと。

ツルゲーネフも言っているように
”すでに自分の生涯を生きてしまった人、人生に打ち砕かれた人、そうした人はヴェネツィアを訪れても無意味である。”
と言っている。

筆者は 
「やはりヴェネツィアは人生の喜怒哀楽の試金石であり、追憶の中でこそいっそう輝く町であるにちがいない」と書いている。

私にとってもヴェネツィアはフィレンツェ以上に思い入れのある街で、仕事を辞めてイタリアに行こうと思ったのも、ベネツィアのカーニバルを見るためだった。
でも、私にとってのヴェネツィアは決して「追憶の中で輝く町」ではない。 
例えこの町が死へと向かっているとしても、この町は今生きている。

ということで今週は久々の雨模様のようですが、今年は死後500年を記念して特別展も行われるGiovanni Belliniを中心に久しぶりの教会巡りをしようと思っています。
こうしてニースの話も中途半端なまま…
そして今日も手抜きでごめんなさい! 

『海外』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ニース その4 マルク・シ... | トップ | フェニーチェ劇場でタンホイザー »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL