この日はアレキサンドリア観光がメインでした。
まずは、庭を散歩するために早起きしてモンタザ宮殿へ。

・・・早すぎだよ。まだ月が出てるし
この宮殿、王家の夏の別荘として使われていたそうです。(内部は公開されていません。)
朝食後、気を取り直して再び散歩。
この敷地に入るためには、ホテル宿泊者以外は入園料が必要なのだそうです。
(1000円くらいだったかな?)
ナツメヤシの木や花が咲いた綺麗な庭園でした。


ホテルに戻り、ベランダに出ると目の前にはモンタザ宮殿と地中海が。

アレキサンドリア その2
この日はポンペイの柱から観光スタートです。
が、その前に、またまた途中のバスの中からの風景。
まずは、アレキサンドリア図書館。この図書館は世界最大なのだとか。
昔、エジプトに入国したい人は、本を持ってこなければならなかったのだそうです。
今でいうビザの代わりですね。
エジプトでは、”本”というものが歴史上で如何に重要であったかがわかります。

アレキサンドリアの街中を走る路面電車。
モハメッドさんいわく、「歩くのより遅い。」のだとか(笑)

そして街中を走るタクシー。
アレキサンドリアのタクシーは黄色×黒。この配色は街によって異なるそうです。

ポンペイの柱
ローマ皇帝ディオクレティアヌス帝が建てた図書館の柱の1本とされています。
かつてはこのような柱が400本あったそうですが、
今は小高い丘の上に1本だけ立っています。

カタコンベ
地下墓地です。地下3階になっていました。
井戸のような穴を降りていくと小さな部屋になっていました。
元々は貴族のお墓だった様ですが、その後は一般の共同墓地となったそうです。
壁に四角い穴がたくさんあり、これが墓地だったようです。
また、壁の絵はギリシャとエジプトが混在したちょっと不思議なものでした。
途中、石の大きなテーブルのようなものがありましたが、ベッドなのだとか。
エジプトではお墓参りは1日がかり。で、途中休んだり、食事をしたりするために
作られたものなのだそうです。
(ここは写真禁止でした。)
アレキサンドリア博物館
ちょっと見づらいですが、左下の写真を見て、何か気づきませんか?

外国人と、エジプト人で入館料が異なるのです。それも
外国人:30ポンド、エジプト人:2ポンド
なんと15倍!やるな!エジプト人。
中に入って最初に見られるのはコチラ。
海底から発掘されたものです。
アレキサンドリア近辺の海底にはまだまだたくさんの遺跡が眠っています。
しかし、海底と地上とでは圧力が異なるため、引き上げると崩れてしまうので、
発見されても、なかなか引き上げられないのだとか。
また、塩抜きも必要で、なんだかんだで10年もかかってしまうそうです。

こちらはクレオパトラ。10年前に発見されたとか。とても綺麗な状態です。
唐突ですが、帝王切開がクレオパトラと関係があるって知ってましたか?
シーザーとクレオパトラの子、シーザリオンが生まれたとき、クレオパトラは18歳でした。
このためなかなか産むことができず、おなかを切ったのだそうです。
ここから、英語で帝王切開のことを”シーザリオン”というそうです。
アラビア語でも”シーザリオン”、他の言語でも”シーザリオン”なのだそうですが、
なぜか日本だけ”帝王切開”なのだそうです。

昔の文章は右から読むものと左から読むもの、両方あったそうです。
そんなときの見分け方は、”鳥”。
鳥が向いているのと逆方向から読むのだそうです。
だから、写真の文章は、左半分は左から、右半分は右から読みます。


鳥の向きについて出てきたので、ついでに人についても。
古代エジプト人の絵には、正面を向いたものがありません。
全て横向きなのですが、これは誰が誰に何をしているのかわかりやすいため。
そして、横顔の方が誰の絵なのかわかりやすいから、なのだそうです。
続いて。ワインの壷、と、ビールの壷。
イスラム教ではお酒は飲みませんが、古代からお酒は造られていました。


そして最後は、パンを作る人。
9日日のカイロ考古学博物館でも見かけました。
パンは、昔からエジプト人の食生活に根付いていたんですね。

博物館見学の後は、海岸沿いのレストランでランチ。
この日のメニューは魚料理・・・って、丸ごと?!しかも大きいし〜
見た目はかなり大雑把ですが、味はトマトベースでおいしかったです。

ランチの後は、一路カイロへ。
途中、石油の工場が。

エジプト最後の夜。
この日はベリーダンスを見ながらディナークルーズ・・・だったのですが。
アレキサンドリアの帰り道、通常3時間ほどの道のりに、
なんと・・・7時間!かかってしまいました
これは、前日、大雨が降ったそうで、その影響によるものとのことでした。
確かに道路にはかなり水が溜まってました。
国土の96%が砂漠で、ほとんどの人がナイル川流域に住むエジプトでは、
道がナイル川に沿そってあるだけ。
なので、迂回ができないとのこと。ひたすら渋滞を進むのみでした。
カイロに着いたときはもうぐったり。
ベリーダンスは観たような、観ないような・・・。
一応、クルーズ船だけ撮ってみました。

でも、カイロ到着が船の出港時間に間に合わず、出港を遅らせてもらったようです。
そんな、モハメッドさん、添乗員さんの苦労はちゃんと覚えてますよ〜。
お疲れ様でしたっ。
そして、最後の夜の宿泊はナイル川沿いにある『NILE HILTON』。
ここは本当にいいホテルでした。写真は部屋から観たカイロの夜景。

エジプトの旅も、残すところ、9日目のエジプト考古学博物館を残すのみです。

アレキサンドリアからの帰り道。大渋滞の中、ずっと路線バスと併走していました。
激混みのバスにもかかわらず、終始愛想を振りまく少年たち。
窓越しにボディーランゲージでコミュニケーション。
少年が「写真を撮って!」と、カメラを構えるポーズを取ったので
ご要望にお答えしてカシャッ。
まずは、庭を散歩するために早起きしてモンタザ宮殿へ。

・・・早すぎだよ。まだ月が出てるし

この宮殿、王家の夏の別荘として使われていたそうです。(内部は公開されていません。)
朝食後、気を取り直して再び散歩。
この敷地に入るためには、ホテル宿泊者以外は入園料が必要なのだそうです。
(1000円くらいだったかな?)
ナツメヤシの木や花が咲いた綺麗な庭園でした。


ホテルに戻り、ベランダに出ると目の前にはモンタザ宮殿と地中海が。

アレキサンドリア その2
この日はポンペイの柱から観光スタートです。
が、その前に、またまた途中のバスの中からの風景。
まずは、アレキサンドリア図書館。この図書館は世界最大なのだとか。
昔、エジプトに入国したい人は、本を持ってこなければならなかったのだそうです。
今でいうビザの代わりですね。
エジプトでは、”本”というものが歴史上で如何に重要であったかがわかります。

アレキサンドリアの街中を走る路面電車。
モハメッドさんいわく、「歩くのより遅い。」のだとか(笑)

そして街中を走るタクシー。
アレキサンドリアのタクシーは黄色×黒。この配色は街によって異なるそうです。

ポンペイの柱ローマ皇帝ディオクレティアヌス帝が建てた図書館の柱の1本とされています。
かつてはこのような柱が400本あったそうですが、
今は小高い丘の上に1本だけ立っています。

カタコンベ地下墓地です。地下3階になっていました。
井戸のような穴を降りていくと小さな部屋になっていました。
元々は貴族のお墓だった様ですが、その後は一般の共同墓地となったそうです。
壁に四角い穴がたくさんあり、これが墓地だったようです。
また、壁の絵はギリシャとエジプトが混在したちょっと不思議なものでした。
途中、石の大きなテーブルのようなものがありましたが、ベッドなのだとか。
エジプトではお墓参りは1日がかり。で、途中休んだり、食事をしたりするために
作られたものなのだそうです。
(ここは写真禁止でした。)
アレキサンドリア博物館ちょっと見づらいですが、左下の写真を見て、何か気づきませんか?

外国人と、エジプト人で入館料が異なるのです。それも
外国人:30ポンド、エジプト人:2ポンド
なんと15倍!やるな!エジプト人。
中に入って最初に見られるのはコチラ。
海底から発掘されたものです。
アレキサンドリア近辺の海底にはまだまだたくさんの遺跡が眠っています。
しかし、海底と地上とでは圧力が異なるため、引き上げると崩れてしまうので、
発見されても、なかなか引き上げられないのだとか。
また、塩抜きも必要で、なんだかんだで10年もかかってしまうそうです。

こちらはクレオパトラ。10年前に発見されたとか。とても綺麗な状態です。
唐突ですが、帝王切開がクレオパトラと関係があるって知ってましたか?
シーザーとクレオパトラの子、シーザリオンが生まれたとき、クレオパトラは18歳でした。
このためなかなか産むことができず、おなかを切ったのだそうです。
ここから、英語で帝王切開のことを”シーザリオン”というそうです。
アラビア語でも”シーザリオン”、他の言語でも”シーザリオン”なのだそうですが、
なぜか日本だけ”帝王切開”なのだそうです。

昔の文章は右から読むものと左から読むもの、両方あったそうです。
そんなときの見分け方は、”鳥”。
鳥が向いているのと逆方向から読むのだそうです。
だから、写真の文章は、左半分は左から、右半分は右から読みます。


鳥の向きについて出てきたので、ついでに人についても。
古代エジプト人の絵には、正面を向いたものがありません。
全て横向きなのですが、これは誰が誰に何をしているのかわかりやすいため。
そして、横顔の方が誰の絵なのかわかりやすいから、なのだそうです。
続いて。ワインの壷、と、ビールの壷。
イスラム教ではお酒は飲みませんが、古代からお酒は造られていました。


そして最後は、パンを作る人。
9日日のカイロ考古学博物館でも見かけました。
パンは、昔からエジプト人の食生活に根付いていたんですね。

博物館見学の後は、海岸沿いのレストランでランチ。
この日のメニューは魚料理・・・って、丸ごと?!しかも大きいし〜

見た目はかなり大雑把ですが、味はトマトベースでおいしかったです。

ランチの後は、一路カイロへ。
途中、石油の工場が。

エジプト最後の夜。
この日はベリーダンスを見ながらディナークルーズ・・・だったのですが。
アレキサンドリアの帰り道、通常3時間ほどの道のりに、
なんと・・・7時間!かかってしまいました

これは、前日、大雨が降ったそうで、その影響によるものとのことでした。
確かに道路にはかなり水が溜まってました。
国土の96%が砂漠で、ほとんどの人がナイル川流域に住むエジプトでは、
道がナイル川に沿そってあるだけ。
なので、迂回ができないとのこと。ひたすら渋滞を進むのみでした。
カイロに着いたときはもうぐったり。
ベリーダンスは観たような、観ないような・・・。
一応、クルーズ船だけ撮ってみました。

でも、カイロ到着が船の出港時間に間に合わず、出港を遅らせてもらったようです。
そんな、モハメッドさん、添乗員さんの苦労はちゃんと覚えてますよ〜。
お疲れ様でしたっ。
そして、最後の夜の宿泊はナイル川沿いにある『NILE HILTON』。
ここは本当にいいホテルでした。写真は部屋から観たカイロの夜景。

エジプトの旅も、残すところ、9日目のエジプト考古学博物館を残すのみです。

アレキサンドリアからの帰り道。大渋滞の中、ずっと路線バスと併走していました。
激混みのバスにもかかわらず、終始愛想を振りまく少年たち。
窓越しにボディーランゲージでコミュニケーション。
少年が「写真を撮って!」と、カメラを構えるポーズを取ったので
ご要望にお答えしてカシャッ。










