寒川町大好き人間の山田登代志です

寒川町出身、山田登代志(仮名)です。
寒川神社サイコー!初詣に来てください。

登代志おすすめの寒川神社のパワースポット

2012-10-29 09:37:23 | 寒川村
登代志おすすめの寒川神社のパワースポットは、富士山からのご来光の道の上(春分の日・秋分の日の、日の出・日の入のライン)にあり、レイラインの交差点として知られているらしい。駅前では寒川のB級グルメ、「さむかわ棒コロ」の販売をやっていて、登代志はもちろん並んで買いました。そして、寒川神社から富士山への延長線上に元伊勢、出雲へと続いています。また、寒川神社で売っている厄除けにもなるという「八福餅」ももちろん食べました。


寒川町の支線登代志の散歩コース

2012-10-20 15:10:09 | 寒川研究
寒川町の支線は昭和59年に廃止されたのですが、その廃線跡は現在遊歩道となり、登代志の散歩コースになっています。なお市制に移行した場合2番目に人口の多い町であるが、2013年1月1日に大網白里町が市制施行する予定なのでその時点で関東地方で最も人口が多い町となる。登代子と一緒に行く寒川神社の御祭神は、寒川比古命(さむかわひこのみこと)、寒川比女命(さむかわひめのみこと)「寒川大明神」とされていて、 八方除け・方位除けの守護として関東では有名な神社です。


寒川村登代志物語

2012-10-17 06:24:18 | 寒川村
登代志が入植した頃は寒川町にはこの橋はなく、でも登代志の彼女は働き者でした。モッコで魚や海草を40㎏、多い時は60㎏も背負うほどであった。夏は登代志と農作業、冬は登代志と海草採り、その上家事、子育てと忙しかった。登代志は出稼ぎをして市街地に出ていた。3月までは、当駅から西寒川町を経て四之宮駅(1944年6月廃止)までを結ぶ西寒川支線が分岐していた。昔、相模線には寒川支線といって、寒川駅から西寒川駅までの短い路線が営業していました。


寒川駅と登代志

2012-10-13 21:21:41 | 寒川村
登代志が住む寒川町(さむかわまち)は、神奈川県の中央部に位置し、相模国一の宮寒川神社の門前町で知られる高座郡の町である。寒川町はかつて登代志と共に湘南市構想に参加していたが、計画が立ち消えになったため市制施行の要件を満たせば単独で行う可能性が高い。寒川駅(さむかわえき)は、神奈川県高座郡寒川町岡田にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)相模線の駅である。寒川町の中心駅でもある。登代志の生活を支える“命綱”であった。

寒川神社日記とその志

2012-10-10 10:10:40 | 寒川研究
寒川町の開拓の先駆者、水島和吉は富山県越中宮崎朝日町より入植した。登代志の読んだ寒川社伝によれば、祭神は寒川比古命・寒川比女命で、奈良時代の神亀四年(727)の建立と伝えられる。寒川神社には寒川神社日記」が伝えられており、これによると ◇ 平安時代 仁明二年(835)(寒川付近の)相桶川に浮橋を架ける。とある◇ 鎌倉時代 建久二年(1191)寒川社の浜降祭始まる。◇建久九年(1198)稲毛重成、相桶川に架橋。翌正治元年一月、源頼朝は橋脚供養に、帰って病死。