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被災地へ医療スタッフとして行ってきました。

短い間でしたが貴重な体験となりました。

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12、人の立場に立つ

2011-03-23 16:47:57 | 皆様へ

21日


今日は三陸の病院へヘルプに。


震災から10日が過ぎて
そろそろ気をはっていた人たちも気力の限界だったのでしょう。


かなりの数のかたが体調不良を訴えて受診しにきました。



突然の災害、寒い毎日、
固い床、プライバシーのない生活、見えない明日、

体調崩すのは当たり前の状況です。



被災から逃れたのに避難所で体調を崩して入院していた高齢者が今日も亡くなりました。


毎日たくさんの遺体を嫌というほど見ても
人が亡くなるということは決して慣れることはありません。


巡視で回ったときにただ眠っている人を見ただけでも生きてる?って思うくらい、トラウマになってしまいました。



今日は適切な医療の限界から患者さんたちを盛岡や県外の病院へ転院のお手伝いもしました。


医療器具が届いたのに
こういう転院はやっぱり悔しいけど、すべて患者さんがより良い治療を受けてもらうためだと言い聞かせて家族と一緒に見送りました。



今日はいつもとは別の避難所になっている公民館へ。

胃腸炎になっている方が多いと聞いていたので
点滴と消毒を多めに持って行ったけどそれでもギリギリのストックでした。





その避難所でベイスターズのジャンパーを着ているおじさんにも会いました。
着のみ着のまま逃げてきた中、薄いベイスターズのジャンパーを着ているなんて普段から愛用しているファンなんだろうなぁと思い、話し掛けると
「大洋の頃から大好き!横浜も俺の人生も仕切りなおしだ」と。


プロ野球の開催についても大揉めしているけど
こうして楽しみに待っているファンもいるという事実。


またみんなが好きなグループのコンサートや
スポーツ観戦に行って心から笑顔になれる時間も来たらいいなと思いました。

これらは優先順位からいうとかなり後になるかな。


帰る家があって、あったかいお布団とお風呂があって、話を聞いてくれる家族がいて、
そういう生活が基盤にあってこそ娯楽が楽しめるんだなと。




津波の恐怖や、これからの不安な気持ち、大切な人とまだ連絡がとれていない今、
そこにいる避難生活をしているみんなが不安や恐怖や今後についても話してくれました。


明日のことを考える余裕がない、10分先、今日の夜をどう過ごすか、寒くないかって考えるだけで精一杯と。

こんなふうにとにかく誰かに話す相手をもっと増やしてほしいです。



支援物資も日がたつにつれ、必要なものが変わってきたと思います。




そろそろ本や将棋やゲーム、
そういう自分の癒しをしてもいい時だと思う。


だってみんなギリギリ踏ん張っているから。
そろそろ張り詰めた糸をゆるめないと。




避難所では昨日9日ぶりに気仙沼で二名の生存者救出の新聞の記事に感動に包まれていました。


自分もつらい時に
他の人の奇跡を喜んでいて、ますますここの素敵な優しいみんなの幸せを心から願い、信じました。

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17 コメント

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復興へ (埼玉から)
2011-03-28 11:24:41
文章にしてくれてありがとう。

やれることはいくらでもありますよね。日本全体で頑張りましょう。

ありがとうございました。
ボラおつかれさまでした (とおりすがりの古茄子)
2011-03-28 23:30:33
大昔、東京でナースをしていたものです。
一緒に泣いたり話を聞いてあげることは、きっと現地の方の力になったと思う。先輩の言葉を気にすることなく一緒に泣いてあげられるナースがもっと必要!だ。(勿論、泣きつつも手足できっちり仕事はやる。笑)まだ、看護の現場では泣くなと教えているのか…。ロボットじゃない、生身の人間にできるケアのひとつだというのに…。とちょっぴり憂えてしまった。今回のことは、無力な私も手助けに行きたい位だった。全然役立てないだろうけど。時間が経てば、また何か違う形で行くこともできると思ってじっくり待とう。個人での物資送付もダメなので、後になってから募金出来たらいいな。とにかくお疲れ様でした。善い経験をされましたね。
Unknown (木戸)
2011-03-30 14:01:06
生活基盤を奪い取られ、命と真正面から向き合う状況。
阪神大震災を経験した私も、今あるものが全て、そこにいる自分より大変な人を助けることばかりで、その先の娯楽なんて考えてませんでした。
ある時から、精神的にみんなが疲れ始めてきました。
自分も被災者なのに…ふと、不安がよぎったり…やけに泣けてきたり。崩れそうでした。いや、崩れました。

精神的なものは見えない。わかってもらえないつらさ。

こうなる前に、娯楽は必要だと思います。

歌、お笑い、スポーツ、目立ったものだけでなく、お風呂、ボール遊び、ちょっとしたもの、大切ですよね。
Unknown (tanichan)
2011-03-31 05:10:26
ある人の記事からブログ拝見しました。

読み出すと信じられないくらいの涙、鼻水。

でも不思議な事に2ヶ月続いている咳喘息がピタリ!

さすが看護士さん、文章だけで治療してしまうなんて・・・

私も自分に出来る事を頑張ります!
Unknown (Unknown)
2011-03-31 05:33:33
私が思うに医療従事者が泣いてはいけない最大の理由は手当を受ける者や周りに不安感や悪影響を及ばさない為だと思います。

医療中の毅然と振舞う姿に、絶望の最中で希望を抱かせる為に泣きっ面を見せてはいけないのが理由だと思ってます。

OFFの時に流すソレは又別かと思います、酷ですがリーダーもそれを願っての行為だと信じています。
大切なことを教えてくれてありがとう (こうち)
2011-03-31 14:49:37
被災地での活動お疲れさまでした。
そして、このブログを公開し、被災直後の現地の様子を
伝えていただきありがとうございます。
私は公園の設計や緑地の配置計画作る仕事をしています。
私たちの仲間でも被災地で何かできないだろうか?という
ことになり、全国の仲間たちと何ができるかをネット上で議
論し始めたところです。
その中で私たちの専門分野(ランドスケープ)では、復旧作
業がひと段落した時点でないと、役に立てないという意見が
あり、いたずらに現地に入るのは控えるべきだとの意見が
ありました。
正直、お伝えいただいたような状態で私たちが現地に入っ
ても迷惑でしかないと思い、何もできないことに無力感を
感じていました。
しかし、このブログを読み進むうちに、「本当にそれでいいの
だろうか?」と考えるようになりました。
このような悲劇が起こらないようにまちづくり、むらづくりが
できるかもしれない!それを提案するのは私たちではないか
と勇気が湧いてきました。
自然と対話しながら生きてきた私たちの先祖の知恵をまち
づくりに活かすことに真剣に取り組もうと思います。
また、ブログにあった娯楽や癒しの必要性についても、阪神
淡路の被災経験を持つ仲間から、「避難所に足が伸ばせる
芝生の広場があったらよかった」という声が上がりました。
しばらくすると東北でも桜が咲く季節になります。
そんな時、桜をぼーっと眺められる芝生があったら良いのか
もしれませんね!
自分たちの専門は、生活の基盤が整っているからこそ需要
があるものだと思い込んでいましたが、被災している状況だ
からこそでもできることがあるかもしれません。
ブログに勝手に感動し、勇気をいただきましたが、前向きな
気持ちになれたことは確かです。
大切なことを教えてくれてありがとうございます。
福岡の精神科ナース (ぶーいち)
2011-03-31 23:22:20
看護師の親友から進められて、ブログ読ませてもらいました!!寝る間も惜しんで僕達に一生懸命伝えてくれてありがとうございました!!
人として、同じ看護師として数えきれないくらい多くのことを学びました!!人として、看護師として尊敬しました!!
僕もできることを続けていきます!!伝えてくれたこと本当に感謝してます!!職場の人にどんどん伝えて行きます!!
被災地宮城県より (うたみん)
2011-04-01 01:11:26
はじめまして
私は宮城県にいます
私は山沿いでしたので 津波の被害は直接ありませんでした
でも 車でちょっと行くと 高田と同じです
私も看護婦をしておりますが 自分の家族を守ることで
精一杯で 何もできませんでした 情けないです


私の被災なんて 海沿いの方々と比べたら足もとにもおよばないのに 何もできませんでした


今 家がある被災者たちは
ライフラインもととのいはじめ 
少し元気になってきています


市内の病院ももとの機能を取り戻してきています
震災直後 遠方から助けにきてくださり
本当にありがとうございました
被災地にいる私たちにはできなかった事を
たくさんしていただいて 本当に感謝しています

東京に戻ったら 心身共にたっぷり休んでくださいね


翻訳してもよろしいでしょうか? (かお)
2011-04-01 01:21:53
こんにちは。

東京でソーシャルワーカーをしているものです。
日記拝見させていただきとても感動いたしました。

よければ、知人の外国人のお友達のみなさんに

この日記を翻訳して現状を知ってもらいたいのですが、翻訳して伝えてもよろしいでしょうか?

お返事をいただければ幸いです(*^_^*)

12) Standing in someone else's shoes (anonymous translator (English))
2011-04-01 11:36:23
DISCLAIMER FROM THE TRANSLATOR: While I do speak English, I know nothing about medicine. These are rough translations made through tears. Please take all medical details with a grain of salt. This translation has not been proofread and may be revised on a later date.

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March 21

Today, I went to help at a hospital in Sanriku.

Ten days have passed since the earthquake, and all the people who had been keeping a stiff upper lip must have been running out of energy. Many people were not feeling well and were coming to be examined.


This sudden catastrophe, the cold weather, hard floors, life without privacy, and no way of knowing what will happen tomorrow―it's only natural that people will fall ill.

Another elderly person who had escaped the earthquake and tsunami but was hospitalized after falling ill at an evacuation site passed away today.

No matter how many dead bodies we have seen every day, there is no getting used to people dying.

I have been traumatized enough to even worry whether people are still alive when they are just sleeping, when I make my rounds patrolling evacuation sites.

Because we are facing the limits of proper medical care, today I also helped patients transfer to hospitals in Morioka and in other prefectures.

We've finally gotten a hold of some additional medical equipment, and it's frustrating that we have to have people transfer elsewhere, but I reminded myself that this is all for the better and that these patients will be receiving better care, and saw them off with their families.


I went to a different evacuation site today, the public hall. I heard that there are a lot of people suffering from gastroenteritis, so I brought extra IV drips and disinfectants with me, but even then there was barely enough.

At this evacuation site, I met a man wearing a Yokohama BayStars jacket. Having evacuated with just the clothes on his back, I thought he must be a true fan who's wearing that jacket all the time. I asked him about it, and he said,
"I've been a huge fan since back when they were still the Taiyo Whales! The team and my own life have to start anew now."

There has been a huge argument about whether professional baseball games should be held or not, but it's also a fact that there are fans like this who are looking forward to the next game.

I hope that everyone will be able to attend concerts by their favorite artists or sporting events and smile from the bottom of their hearts as soon as possible. But I guess this will be put off till much later by the order of priority.

Once everyone has a place to go home to, a warm bed and a bathtub, and a family to share conversations with, maybe this will be possible. Pastimes can only be enjoyed with a life like this as its foundation.


The people at the evacuation site told me about their anxieties, their fears, and their outlooks on what will happen now―the fear of tsunamis, anxiety about the future, still being unable to get in contact with their loved ones, and so on.

They don't have enough peace of mind to think about tomorrow. It's all they can do to think about ten minutes from now, how they will spend that night, whether it's going to be cold again.

There needs to at least be more people whom they can talk to like this.


As more days go by, different necessities seem to have emerged in terms of relief supplies.

I think people should start seeking to comfort themselves now, with things like books or shogi or video games. Everyone is holding their ground at their outer limits, and I think it's time for all this tension to be relieved.


At the evacuation site, everyone was terribly moved by the newspaper article about two survivors being rescued in Kesennuma on the ninth day since the earthquake hit.

To see all these people rejoicing about someone else's miracle when they are going through such a hard time themselves made me wish for and believe in the happiness of these amazingly kind souls, even more than ever before.
Unknown (Unknown)
2011-04-01 17:05:58
はじめまして。twitterから、このブログにたどり着き、一気に読ませていただきました。涙が溢れて仕方ありませんでした。そして、いろんなことを考えさせられました。本当に、貴重な記録だと思います。周りの人たちにも、ぜひ読んでもらいたいと思います。自分にできることを、精一杯やりたいという気持ちにさせていただきました。本当にありがとうございました。
自演乙 (Unknown)
2011-04-03 10:03:50
良くやるわー
リアルに… (介護士)
2011-04-11 00:08:55
このblogを知って一気に読み、被災地のリアルな状況に愕然としました。
テレビからは伝わってこない現実。
被災してない私たちは、想像だけであーだ、こーだと軽々しく口にしてはいけないんだと知らされました。あなたの優しさ、温もり溢れる文章に心を打たれました。
そこに偽りも計算も虚像でもない純粋なあなたの姿が見えて来ました。
私もあなたのような人間になりたいです。
私に沢山のことを気付かせてくれたあなたに感謝です。
そして このblogを読んでその光景が頭に浮かび 本や映像としても発表されて良いのでは…と感じていましたが、今はまだその時ではないような気がしますし 利権に絡んだものに汚されてもいけない気がしています。
時々 そっと読み返しに伺います。
これからも 看護師としてのご活躍をお祈りしてます。
初コメントです (ごち)
2011-04-19 13:45:52
友人に教えてもらってから、度々ここに伺ってます。

カンゴンさんのように、現場で命張って動いてる方々には本当に頭が下がります。

現場へ行くと、自身の体を気遣えない事もあるかと思いますが、カンゴンさんもチームの皆さんも、体をどうか大事になさって下さい。

私は節電や募金、支援に行く友人の応援くらいしか出来ませんが、毎日があることに感謝して、笑顔で暮らしたいと思います。

月明かりの日から1ヶ月。被災地の一日も早い復興を、月を見る度に祈ってます。
福岡より (お薬屋)
2011-04-29 19:55:02

来月、陸前高田へ医療チームで行かせていただきます。 

事前情報を収集しようと思い、このブログを拝読致しました。

報道で観てきた事と、かなり異なると言うことがとても分かりました。

又、落ち着いてきたと言われているものの、刻々と変化している状況に対応出来る医療が求められている事も。

陸前高田に入った時に、微力ながらも今出来る事を笑顔で取り組みたいと思います。


ドイツ語圏より (Unknown)
2011-05-25 04:29:08
12. Mit den Augen der anderen gesehen...

21. März

Heute half ich im Spital in Sanriku (Küste von Aomori bis Miyagi).

Seit der Erdbebenkatastrophe sind 10 Tage vergangen. Menschen die bisher ausharrten, waren an der Grenze ihrer Willenskraft.

Ich untersuchte einige Menschen und viele von ihnen waren in schlechter körperlicher Verfassung.

Eine unerwartete Katastrophe, tägliches Frieren, ein steinhartes Bett, ein Dasein ohne jegliche Privatsphäre und eine ungewisse Zukunft.

Die körperliche Verfassung der Betroffenen verschlechtert sich stets.

Eine ältere Person, die vom Unglücksort fliehen konnte, verstarb heute.

Ich kann den Anblick der Leichen, die von Tag zu Tag immer mehr werden, nicht mehr ertragen und werde mich daran auch nicht gewöhnen können.

Während ich Rundgänge mache, bin ich mir öfters nicht sicher, ob die Menschen nur schlafen oder noch am Leben sind – es wurde bereits zu einem Trauma.

Heute half ich die Patienten von Morioka (Präfektur Iwate) in ein anderes Krankenhaus zu verlegen, damit sie eine bessere ärztliche Behandlung bekommen.

Obwohl die neuen ärztlichen Verpflegungsmittel eintrafen, mussten die Patienten verlegt werden und so nahmen die Familien Abschied voneinander.

Heute war ich in einem anderen Gemeindehaus, welches als Zufluchtsort benutzt wird.

Ich hörte, dass mehrere Menschen an Gastroenteritis (Entzündung der Schleimhäute im Magen und Dünndarm) erkrankt sind, und nahm daher viele Tropfinjektionen und Desinfektionsmittel mit, welche dennoch kaum ausreichten.

Ich traf einen alten Mann, der einen Pullover mit dem Logo der BayStars (Profi-Baseballmannschaft von Yokohama) trug. Ich dachte mir, dass er ein großer Fan dieser Baseballmannschaft sein muss, weil er sogar an einem Ort wie diesen so einen dünnen Pullover von den BayStars trägt und sprach ihn daraufhin an.
Er erwiderte „Die BayStars sind meine Lieblingsmannschaft. Trotz meines Schicksales, werde ich ihnen immer treu bleiben und sie kräftig unterstützen.“

Während er sich mit mir über die Baseballspiele unterhält, merke ich, dass es immer noch einige Menschen gibt, die an etwas Freude haben, obwohl sie einen derartigen Schicksalsschlag erleiden mussten.

Ich wünsche mir, dass die Menschen hier wieder zu einem Konzert ihrer Lieblingssängergruppe oder Spiel ihrer Lieblingsmannschaft gehen können, damit ihnen ein Lächeln über ihr Gesicht gezaubert wird und sie wieder Freude am Leben verspüren können.

Das Fundament des Lebens ist ein Heim, wo man immer willkommen ist, ein warmes Bett und ein heißes Bad und eine unterstützende Familie. Erst dann empfindet man wirklich auch Freude.

Die Katastrophenopfer im Notlager erzählten mir über den Schrecken des Tsunamis, ihre Angst vor der Zukunft und zugleich ihre Hoffnung darauf. Sie alle hatten den gefährlichen Tsunami erlebt, hatten furchtbare Angst und hatten ihre Familie und Freunde noch immer nicht erreichen können.

Sie erzählten mir:

„Ich habe keine Zeit, an morgen zu denken. Denn ich muss zuerst an die nähere Zukunft denken. Ich mache mir große Sorgen, wie ich die nächsten zehn Minuten oder den heutigen Abend gut überstehe oder darüber, ob es kalt wird.“

„Es wäre schön, wenn man mehr Gesprächspartner hätte.“

„Die Lage hat sich geändert, und wir haben jetzt andere Bedürfnisse als früher.“

Vielleicht ist es höchste Zeit, einmal etwas für sich selbst zu tun. Man könnte sich endlich etwas Gutes gönnen – Bücher lesen, Schach oder sonst etwas spielen.

Denn die dauernde Anspannung ist schon zu groß.
Wir brauchen jetzt eine Verschnaufpause, wir müssen weg von der seelischen Belastung.

In unserem Notlager waren alle begeistert, als sie in der Zeitung lasen, dass zwei Leute in der Stadt Kesennuma neun Tagen nach dem Erdbeben lebend gerettet worden waren.

Ich selbst erlebte harte Zeiten, aber ich freute mich trotzdem über das Glück der anderen. Ich wünsche all diesen gutherzigen wunderbaren Menschen hier alles Gute und bin fest davon überzeugt, dass sie bald wieder glückliche Tage verbringen werden.
UGG (UGG )
2011-08-16 23:57:01
UGG より、ブーツのバックに施された組みひも模様が ユニークなディテールとしてデザインを引き立てている( アル

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