中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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奥州街道(白河の道);第4回;2日目(3);浄泉寺から寺子一里塚・余笹川見晴らし公園へ

2017年07月12日 04時40分14秒 | 奥州街道

                                 <寺子一里塚公園>

    奥州街道(白河の道);第4回;2日目(3);浄泉寺から寺子一里塚・余笹川見晴らし公園へ
              (クラブツーリズム)
        2017年5月17日(水)~18日(木)
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http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/9d8bfa5abefa79dc924f44f79e54f83f

<ルート地図>



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<富士見峠から寺子へ>

■単調な上り坂
 浄泉寺の参拝見学を終えて,もとの奥州街道に戻る.
 しばらくの間,照り返しが蒸し暑い舗装道路歩きが続く.上り坂の傾斜は緩いが,単調で長いのでうんざりした気分になる.
 歩いているうちに足の遅い人と早い人の差がだんだんと広がってしまう.私は行列の一番後ろについて歩いている.そのうちにあまりに前との距離が離れてしまうので気が気でなくなる.ついにたまりかねて,歩行速度を速めて前のグループを追いかける.
 平素,私は丹沢の塔ノ岳に毎週登っているので,まあ,この程度の坂道なら,平坦なところと大差ない感じである(口はばったいが…).すぐに先頭グループに追いつく.

<長い上り坂>

■赤い屋根の建屋2カ所
 8寺53分,上り坂がいったん終わって,なだらかな道になる.このあたりで,道路は緩やかに右にカーブする.
 8時57分,赤い屋根の小さな建屋が2個ならんでいる.向かって左側の建屋には石塔が1基祀られている.この石塔には金比羅神社と刻字されている.左の建屋には小振りながら立派なお社が収まっている.そのお社の中には五輪塔らしいものが祀られている.これは,どうやら高久某(?)という方のお墓のようだが,真偽のほどや,くわしいことは全く分からない.
 9時12分,どうやら峠らしいところを通過して,緩やかな下り坂になる.

<赤い屋根の建屋2カ所>

■「寺子の一里塚の里」の案内杭
 9時24分,寺子の一里塚の里に到着する.
 傍らの草むらに,白い寺で「寺子一里塚の里」と書いてある案内杭が倒れている.このように倒れている杭を見ると,なんとなく悲しい気持ちになる.

<寺子の一里塚の里の案内杭>

田畑が広がる
 丘陵地帯を抜けると,広々とした畑が広がる.このように丘陵地帯と畑の平野が交互に現れるのが,このあたりの地形の特徴のようである.
 上級にはうっすらと雲がかかっていて,天気はスッキリとはしていないが,当面は雨の可能性も少ないようである.でも,相変わらず蒸し暑い.とぼとぼと畑中の道を歩き続ける.

<畑中の道を歩く>

<寺子一里塚公園>

■寺子の一里塚

 9時24分,寺子の一里塚に到着する.
 ”一里塚にしては塚の大きさがちょっと小降りだな…”
と私は勝手に思う.
 同行の講師の説明によると,この一里塚は,近年復元したもので元からあったものではないとのこと.
 ここは江戸日本橋から42番値の一里塚である.

<寺子の一里塚>

■富士見峠の馬頭観世音
 一里塚の脇に馬頭観世音が祀られている.
 傍らの案内板の説明によると,安永4年(1775年)に建立されたものだという.

<馬頭観世音>

<会三寺の木像地蔵尊>

■会三寺に到着
 9時30分,会三寺に到着する.この寺は普門山蓮乗院会三寺と号する真言宗の寺である.文亀元年(1501年)護応和尚が開山した寺である(資料1).
 境内に木像の地蔵尊80体が安置されているという.また,ハシカ地蔵として信仰されているようである.

<会三寺に到着>

本堂を詣でる
 愛三寺の特別な計らいで,本堂に祀られている80体の地蔵尊を配管する.感激.
 地蔵尊の写真を撮らせてもらったが,ブログに掲載するのは好ましくないと思うので門外不出ということにしておこう.
 ”素晴らしい地蔵尊を拝ませてもらったな…”
 9時50分,会三寺の参拝と見学を終える.
<愛三寺本堂>

<余笹川の見晴らし公園と寺子地蔵菩薩>

■小学生の集団
 今朝方,私たちが歩き出した時間と前後して,地元の小学校在籍の生徒達が私たちとほぼ同じコースを歩いている.実にかわいい手段である.私たちと時々一緒になったり,また離れたりを繰り返す.
 私たちが会三寺から歩き出したところで,また小学生の長い列と一緒になる.
 小学生の列が途絶えたところで,講師の号令で一斉に舗装道路を横切る.横断歩道がないところで…
 グループ一斉の振る舞いなので,もちろん私も一緒に横断するが,学童の前で横断歩道のないところを渡るなんて…恥ずかしいな心の中で思っている.
 ”私が一人旅をしているんだったら,臆病だから,多分,横断歩道のないところでは渡らないだろうな…”
と心の中だけで’良い子’をしている.
 ”でも,なんだかんだと言っても,やっぱりばつが悪いなあ~”

<学童の列を見ながら自動車道路を横切る>

■天皇陛下皇后陛下行幸啓記念碑
 9時51分,天皇陛下皇后陛下行幸啓記念碑の前を通過する.平成11年9月に両陛下が行幸啓されたようである.
 この記念碑を拝見しながら,
 ”後100年も経過したら,私たちの孫か曾孫がここを訪れて,ちょうど今私たちが明治天皇ゆかりの記念碑を見るのと同じような気持ちでこの碑を見学するんだろうな…”
と勝手に連想する.

<天皇陛下皇后陛下行幸啓記念碑>

■展望の四阿屋
 9時53分,四阿屋のある公園に到着する.
 ここから余笹川がよく見える.近くには余笹川の洪水被害や治水工事の様子を解説した案内板が設置されている.
 資料1によると,平成10年8月の那須水害による復旧事業の一環として作られた公園である.
 私たちは講師の説明を伺いながら,しばらくの間,休憩を取る.

<余笹川展望台>

■寺子地蔵大菩薩
 9時56分,寺子地蔵大菩薩の前に到着する.
 木製の建屋の中に地蔵菩薩が鎮座している.赤い帽子と赤い前掛けが印象的である.
 この地蔵大菩薩の由来は下の写真の通りである.


<寺木地蔵大菩薩>

[参考資料]
資料1;パンフレット「鍋掛ウォーキングマップ」鍋掛地域車座談義運営委員会
                                            (つづく)
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