中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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奥州街道(白河の道);第2回;1日目(2);社寺を拝観しながら氏家宿へ

2017年05月13日 05時01分17秒 | 奥州街道

                                 <氏家宿高尾神社>

      奥州街道(白河の道);第2回;1日目(2);社寺を拝観しながら氏家宿へ
             (クラブツーリズム)
       2017年4月22日(土)~23日(日)

1日目;2017年4月22日(土) 
(つづき)

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<ルート地図>


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<上阿久津の集落に入る>

■阿久津大橋を渡る
 11時54分,阿久津大橋を渡り終える.今度は鬼怒川の左岸をあるくことになる.
 気温が大分上がってきたらしく,ずいぶんと蒸し暑くなってくる.湿度もかなり高そうである.橋を渡り終えたところで,左折して鬼怒川の左岸沿いの道を上流に向けて歩き始める.
<阿久津大橋を渡り終える>

■上阿久津の集落に入る
 自動車の交通量が多い自動車道から,道幅が狭い路地に入ると雰囲気が一変して長閑な感じになる.畑の中に住宅が点在する田園風の所をノンビリと歩く.
 路傍の黄色い花が実に見事である.
 自動車など全く通らないので,私たちは道幅一杯に広がってノンビリと歩き続ける.

<閑静な住宅地をノンビリと歩く>

<船玉神社と浮島地蔵尊>

■船玉神社

 11時38分,船玉神社に到着する.やや小振りだが立派な社殿が建っている.
 傍らに船玉神社の説明板が設置されている.この説明文によると,関八州諸国からの建築資材,食糧がもっぱら川船によって,阿久津川岸から江戸方面に送られていたようである.
 講師の説明によると,船玉神社の敷地の形が船に似ているとのことである.
 船玉神社はさくら市指定文化財であり,「正面に龍,壁に当たる同羽目に竜頭宝船で飾られている」という.また,「阿久津河岸の水上安全と繁栄を願う神社」だという(資料1(p.8)).


<船玉神社>

■浮島地蔵尊
 続いて,11時43分,浮島受像村を詣でる.
 ここには,上阿久津の上流から流下した重い石の地蔵が安置されているとのことである(資料1,p,8).
 ここは安産と子育てに御利益があるという.
 お堂近くに詳しい説明文が設置されている.


<浮島地蔵尊>

<与作稲荷社>

■阿久津の曲がりくねった道

 浮島地蔵尊の参拝を終えて,集落の中の曲がりくねった道を歩く,地図を見ながら等道順をフォローしているが,ハッキリ分からないうちに,住宅地の間の狭い砂利道に入る.
 
<阿久津の曲がりくねった道>                       <砂利道>

■塩釜地蔵尊
 11時54分,砂利道の先にある塩釜地蔵尊に到着する.
 与作稲荷社の境内社のようである.小さなお堂の中に赤いボロボロな衣をまとった地蔵が祀られている.
 この地蔵の由来などくわしいことは今のところ分からない.

<塩釜地蔵尊>

■与作稲荷社
 つづいて与作稲荷社を詣でる.赤い屋根の大きな社殿である.参道に建てられた沢山の赤い鳥居が目に付く.
 資料1(p.7)によると,社殿の中には沢山の奉納絵馬が飾られている.その中にはさくら市文化財指定の薪炭津出し絵馬など水運にかかわるもの,酒造りの絵馬などがあるという.


<与作稲荷社>

<上阿久津郵便局と高尾神社>

オシャレな上阿久津郵便局
 12時03分,上阿久津郵便局の前を通過する.
 外観がオシャレな感じの建物である.ちょっと惚れ惚れする可愛さである.思わず写真を撮ってしまう.
 この郵便局に入ったら,可愛い女性の職員が,
 「…いらっしゃいませ…」
と出迎えてくれるかも知れない…なんていう妄想を抱きながら通過する.

<オシャレな上阿久津郵便局>

■高尾神社
 12時05分,高尾神社に到着する.
 目の前には長い石段が立ちはだかっている(冒頭の写真).社殿は小高い丘の上にある.
 講師が,
 「…さあ,登りましょう」
と一同を促す.
 階段を上り詰めると,森の中に立派な社殿がある.
 高尾神社の由来などは,案内板に記載されているように祀られているのは高尾神である,高尾神は,雷神,龍神,水神となって,信仰を集めているという.


<高尾神社>

■蚕影神社
 高尾神社の境内に,蚕影神社がある.
 ”この神社,どういう神様だろう…”
 ちょっと気になるので写真だけ撮っておく.  
 なお,蚕影神社の総本社はつくば市にあり(資料2),養蚕の守護神,富貴の神,災難除けの神である.

<蚕影神社>

<逢坂から将軍地蔵>

■逢坂と石塔群
 やや急な登り坂になる,この登り坂は逢坂というらしい.
 12時10分,逢坂を登りきった辺りに,夥しい数の石塔が立ち並んでいる.綺麗並べて祀られた石塔群の周辺は綺麗に整備されている.見晴が良いところである.
 ”凄いぞ…! この石塔群は一体何だろう.”
 時間があれば,これらの石塔群の中で目立つものだけでも調べてみたかったが,時間が押しているためか,説明がないまま通過してしまう.
 ”それにしても見事だな…”

<石塔群>

■セブンイレブンで休憩
 逢坂を登りきって,12時13分,勝山の交差点脇にあるセブンイレブンに到着する.ここで,10分ほど休憩を取る.
 私は,余りに蒸し暑いので,
 ”こんなときはガリガリ君だ!”
 今年初めてガリガリ君を賞味する.

<ガリガリ君>

■堂原地蔵堂(将軍地蔵またはそうめん地蔵)
 休憩を終えて,12時22分にセブンイレブンから歩き出す.
 12時25分,堂原地蔵堂に到着する.鬱蒼とした森の中に社殿が建っている.
 資料1(p.8)によると,ここは中世にあった満願寺の跡,本尊は将軍地蔵,又の名は「そうめん地蔵」である.また嘉永6年(1863年)や天保13年(1842年)に福島の常飛脚が奉納した常夜灯が安置されているという.
 一同交代で地蔵堂の中を覗いてみる.



<堂原地蔵堂>

■昔の街道との分岐点
 12時33分,歩道橋を潜る.歩道橋の梁に「さくら市勝山」と書いてある.
 歩道橋の階段を降りたところに「湯原製作所」の大きな看板がある.講師の説明によると,昔の奥州街道は,この辺りから右手斜めに続いていたという.今は大きな工場(湯原製作所かな?)の敷地になっている.
 昔の街道の匂いだけでも嗅ぎたかったが,今は全くその痕跡はない.ちょっと残念.

<昔の街道との分岐点>

■勝山城趾下の駐車場
 12時37分,勝山城趾下の駐車場に到着する.駐車場には専用車が私たちの到着を待っていた.
 私たちは,これから専用車に乗って,JR氏家近くにある食堂まで移動して,昼食を摂る予定である.

<勝山城下の駐車場>
                                      (つづく)
[参考資料]
資料1;さくら市教育委員会,2012,『歴史あそびBOOK2;さくら市の奥州街道おでかけハンドブック』さくら市.
資料2;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9A%95%E5%BD%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE

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