中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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急性胃炎闘病記(7)

2009年10月25日 22時40分32秒 | 閑話休題:日々雑感
2009年10月25日(日)

 丁度一週間前の今日,夜明けに激痛走る急性胃炎を発症した.早いというか遅いというか良く分からないが,とにかく,発症の日に比較すれば,随分と楽な気分で朝を迎える.発症後,2~3日間の七転八倒の連続に比較すれば,随分と穏やかな朝である.
 決して爽快というわけではないが,特段,痛みを感じるところもない.ただ,便は,まだ最悪の状態を抜けきっていない.この状態で,検便用のサンプルを採取せよといわれても,どうしようもない状態である.

 昨日まで終日降り続いた雨は,どうやら上がっているが,どんよりとした雨雲が低くたれ込めている.
 今日,25日,横浜駅近くの北軽井沢に住む長男の娘の学校では予定通り運動会が開催されるという.じいさんばあさん揃って,可愛い孫の運動会見学としゃれ込みたいが,こんな有様なので,私はおとなしく自宅静養.ばあさんだけが参加する.

 8時頃,久々に一人で朝食を摂ることになる.むしろ体調の悪いときに自分一人で身の回りを切り盛りしてもたかった.
 食堂へ降りると,家内が作り置きしてくれたタマゴ和えのネーベンがある.パン食を想定しているようである.
 今朝は,何時も通りとは行かないものの,それなりの食欲もある.気分晴らしに,少し,自分であれこれしてみようと思い立つ.
 「・・そうだ! 今日は,好き勝手に,自炊しよう・・?」
 なかなか,急速に体調が回復しないので,多少,いらだちを感じている私は,気分晴らしに,自分だけの勝手な料理をすることに決める.
 「さ~ぁてっと・・・」
 私は少々迷ったが,少し時間を掛けてトロトロと炊いたお粥が食べたい.
 電気釜から,ほんの一握りのご飯を取り出し鍋に入れる.そして,少し多めのお湯を足して,弱火の電子レンジで炊き込み始める.
 合間に,冷蔵庫を覗くと,娘夫婦が,昨夜のすき焼きで用に準備した食材が大量に残っている.これを見た途端に,
 トロトロ粥を作るつもりだったのに,
 「そうだ! いっそのこと美味しいオジヤにしよう.」
と,私の気分がまた変わる.
 私はすでに切り刻まれている白菜,椎茸,ネギなどの野菜類,それにちくわ類を適当に選んで,鍋に放り込む.
 “今日は化学調味料は使わないことにしよう.”
 私は食材固有の味だけで食べてみたかった.ただ,味の基本になる食塩だけを少々加える.
 でも,加熱している途中で,ここにマヨネーズを大さじ3杯ぐらい加えたらどうなるだろうかなどと雑念も入るが,今日の所は,食塩だけにとどめる.

 雑炊ができあがる.
 今日の朝食は,ヤクルト1本,ミルク1本,リンゴ2切,家内が置いていったタマゴの和え物半分,白菜漬,それに自分で作った雑炊.飲み物は薄く入れた番茶.
 栄養バランスなど,私の知ったことではない.とにかく今は,食欲不振を少しでも和らげることしか考えていない.

 食事前後の薬をまじえて,ゆっくり,ごく,ゆっくりと朝食を摂る.まだ,今日の所は,朝食を楽しむとまでは言えないが,1週間前の発病の日と比較すれば,目を見張るほど回復ぶりである.  
 この調子だと,医師から2回目の診断を受ける27日には,医師の予想通りに,体調がほぼ正常に戻っているだろう.

 書斎に戻る.
 昨日から,気になっていたパソコンメールの「不達」である.早速,OUTLOOKを開いてみる.ここ数日,私から発信した数通のメールは「送信済メール」の中に記録されている.
 一方,受信ファイルを覗くと,10月12日頃から今日まで,一通の着信もない.
 「数日間,1通のメールも届かないなんて・・・これはおかしい・・・」
 何が原因で,急にこんな状態になったのだろうか.
 私は,自分のPCや携帯からテストデータをいくつか送ってみる.gooのインターネットメールも併用する.
 PCからの発信は,何処かでタイムアウトになってしまったのか,携帯に着信しない.しかし「送信済ファイル」の中にはちゃんと記録が残っている.
 体調が本調子でない私は,これ以上原因調査をする元気もない.そこで,PCの「システム復元ウイザード」を使って,とにかく,PCが正常に動いていたと想定される10月12日のシステム状態まで戻す.
 再起動を終えて,もう一度,OUTLOOKを立ち上げる.そして,「送受信」のボタンをクリックすると,50~60通のメールがほとばしるようにダウンロードされ,画面が太字ゴッジックの表題で一杯になってしまう.勿論,これらはJAL,ANA,Azbyなどの企業団体からのダイレクトメールが殆どだが,親戚や知人からのメールもチラホラと混じっている.

 こんなに沢山のメールを読むのは大変なので,DM類はすべて“開封済み”にする.
 ついで,送信テストをする.
 何だか反応が鈍い.暫くして,セキュリティソフトから緊急メッセージがホップアップされてくる.
 ”・・・(なんとかかんとかで)セキュリティチェックができませんでした・・・」
 でも,結果的には,無事送信が行われていることを確認した.
 今回のトラブルは,多分,私が使っている某社のセキュリティソフトが悪さをしているらしいことがハッキリした.
 私も平素からセキュリティソフトのメンテナンスはきちんとしているが,当のPC所有者である私が知らない間に,セキュリティソフトが勝手に,設定条件を変えているらしい.変えたなら変えたで,
 「これこれ,こういうように変えました」
とPC所有者にシッカリ言ってくれればまだいいが,全く“なしのつぶて”である.

 PCでモタモタとしている内に昼食の時間となる.
 私は,また,ノソノソと食堂に降りる.暖房を入れるほどではないが何となく薄ら寒い.
 作り置きの雑炊に火を通す.
 小振りトマト1個,柿,ミニちくわ,貝の佃煮,白菜漬け,牛乳1杯,オジヤ軽く1杯.番茶.これが今日の昼食のすべて.
 それに,水の代わりに飲むように家内が置いていったポカリスエットを小出しにして飲む.
 テレビを見ながら,いつもの数倍の時間を掛けて,ゆっくりと昼食を摂る.

  ************************

 PCトラブル対策でいささか疲れた私は,昼食後,自室に戻って,暫くの間,昼寝をする.
 いくら今は病気療養中だからとはいえ,この昼寝がくせ者である.
 胃腸の調子は良くないものの,ジッとしていれば何の痛みも感じないところまで回復している.ほんの半時ほど寝るつもりが,ついつい長い時間眠ってしまう.
 気がつくと,もう4時近くになっている.
 「しまった・・」
と思うが,過去った時間は,もう,どうにもならない.

 あらためて,机の周りを見回す.
 沢山の資料やファイルが乱雑に散らばっている.未編集の山の記録,作りかけのモロッコ訪問記,中山道六十九宿,日光道中二十一宿,ついこの間の浅間山・鬼押し出し周遊など,沢山の資料が入り交じって放置されている.
 まあ,これらの雑多な資料も,私以外の人にとっては,単なる紙くず.一円の価値もないだろう.
 もし私が,急に旅立ったら,残された親族は,多分,何のためらいもなく(本のページの間に1万円札でも挟まっていないかくらいを調べて),ひとまとめにして捨ててしまうだろう.私はそれでも良いんだと思っている.

 それとも,1万円札を10枚ぐらい,バラバラにあちこちに埋め込んで置こうか.そしてお札の在処を謎掛け風に記録して,ダイイングメッセージにしようか・・・なんて,すぐにバカなことを考える.

 ちょっと話題が転じるが,五木寛之氏の著作を読んでいたら,その書物の中で,著者は「古代インドでは人生を学習期,家住期,林住期,有業期の四つの時期に分けて考えていた」ことを紹介している.詳しいことは別途また所感を書きたいが,3番目の林住期とは,「社会人としてのつとめを終えた後,すべての人が迎えるもっとも輝かしい第三の人生である」と五木氏は紹介する.
 林住期は,「本来の自己を生かす,自分をみつめる,心の中で求めていた生き方をする,他人や組織のためではなく,ただ自分のために残された時間と日々を過ごす・・ここのこそ真の人生の黄金期がある」と五木氏は言う.

 私は,この五木氏の言葉を思い出すたびに,目の前に散らかっている資料の価値が分かるような気がしてくる.他人にとっては,単なるゴミであっても,このゴミを漁っていると,たとえ遠い過去のことであっても,あのときの情景や感動がつい昨日のことのように脳裏に蘇ってくる.これをネタにすれば,このブログを書く程度のネタは,際限なく浮かび上がってくる.だから,このゴミ山は私だけの宝の山なのだ.
 「そうだ!・・・明日辺りから中断していた旅行記の続編のブログ記事を書き始めよう・・・」

 孫娘の運動会が終えて,家内が帰宅.
 準備した夕食のメニューは雑炊だった.私の体調を考えれば当然の帰結である.そして私は,図らずも三食続けて雑炊を食べることになった.

 風呂に入る.体重は発症以来,2キログラムほど減少したが,今日は漸く,減少速度が下げ止まった.
 ただ,鏡に映し出された自分の姿を見ると,下腹部が水ぶくれしているかのようにブヨブヨ感が漂っていてしまりがない.
 20時頃,就寝.
                        (つづく) 
 

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