☆8月29日に、小学6年と中学3年を対象とした2回目の全国学力テストの結果が公表された。この結果を受けて、各紙が社説やコラムで見識を披露している。
☆読売新聞の社説は、オーソドックスというか可もなく不可もなく。。。
昨年と今年の結果を見ると、学力と家庭での生活・学習習慣には相関関係がある。「朝食を毎日食べる」「学校に持って行くものを前日か当日朝に確かめる」など、規則正しい生活を送る子どもは正答率が高い。学力の高い学校にも、一定の共通点がある。例えば、物を書いたり様々な文章を読んだりする習慣をつける授業をしている。また、地域に理解と協力を求めるため、教育活動をホームページで公表したり、住民が自由に授業参観できる日を設けたりしている学校だ。
☆どうも共同体的相互監視道徳のアピールに終わっている。あらゆる個人の生活ルールは、自由である方がよい。社会のルールと生活ルールのぶつかり合いをどのように調整しているかどうかがポイントなんだが。読売が教育記事を重視しているので、もう少し知の自由、真理への自由がアピールされるかなと期待したのだが・・・。
☆朝日は社説ではうまく経済の問題に逃げたなぁ。
このように、多額の予算と労力を費やして全員を対象にしたのに、ふさわしい果実は得られない。となれば、思い切って見直すのが筋だろう。・・・・・・そして何よりもいま力を注ぐべきなのは、少人数指導など、この調査でも有効性が確認された授業形態を少しでも実現させることではないのか。そのために欠かせないのが、教員の数と質の向上である。今年の調査にかかった費用はざっと60億円にのぼる。文科省は7月に決めた教育振興基本計画に小学校の外国語教育向けの教員増を盛り込もうとしたが、財政難を理由に実現しなかった。その予算が、学力調査の費用でそっくりまかなえるのである。
☆予算の配分の効率性の指摘という点では、世間に対し説得力はあるが、根本の問題を表現していない。気持はわかりますが^^;・・・。
☆日経のコラム「春秋」は一つの見識として、マスコミが共有してほしいものだった。
▼「ゆとり」の名の下で「ゆるみ」が進んだという危機感はよく分かる。とはいえ、子どもを机に縛り付ける時間を増やせば学力が上向くとは限らない。知識はなかなか豊富でも、それを活用するのが苦手――。文部科学省の全国学力テストは昨年と同じく、こんなアンバランスな学力事情を浮かび上がらせている。▼文科省は来年度予算の概算要求に、新指導要領に備えた経費をいろいろと盛り込んだ。脱「ゆとり」シフトだが、それがたんなる詰め込み教育に戻るのでは意味がない。じつは昭和30年代の学力テストでも「実際への応用力が劣る」との分析があった。本当の学力とは何か。この宿題はずっと手つかずのままだ。
☆世界で共通の知識は何か、学習指導要領は知識の選択・配列も世界標準のモノサシに合わせつつ、検討されるべきなのに、それはなされていない。タコツボ型社会で通用する学力であればよいでは困るのに、そんなことは顧みられないまま、反動的になるのではないかと不安を吐露しているのがよい。さらに戦後ずっと応用力の育成が学習指導要領に盛り込まれていないという認識も明快に表現している。
☆本当に、ここが大事なんだなぁ。もともと学習指導要領には、論理的思考、批判的思考、創造的思考の育成プログラムが本気になっては組み立てられていない。全国学力テストはPISA型をモデルにしていると言われている。外的形式はそうだろう。しかし内的な思考のレベルは無視されている。PISAこそ論理、批判、創造のための思考力をいかに育成するか、そのための調査テストなのにー・・・。
☆読売新聞の社説は、オーソドックスというか可もなく不可もなく。。。
昨年と今年の結果を見ると、学力と家庭での生活・学習習慣には相関関係がある。「朝食を毎日食べる」「学校に持って行くものを前日か当日朝に確かめる」など、規則正しい生活を送る子どもは正答率が高い。学力の高い学校にも、一定の共通点がある。例えば、物を書いたり様々な文章を読んだりする習慣をつける授業をしている。また、地域に理解と協力を求めるため、教育活動をホームページで公表したり、住民が自由に授業参観できる日を設けたりしている学校だ。
☆どうも共同体的相互監視道徳のアピールに終わっている。あらゆる個人の生活ルールは、自由である方がよい。社会のルールと生活ルールのぶつかり合いをどのように調整しているかどうかがポイントなんだが。読売が教育記事を重視しているので、もう少し知の自由、真理への自由がアピールされるかなと期待したのだが・・・。
☆朝日は社説ではうまく経済の問題に逃げたなぁ。
このように、多額の予算と労力を費やして全員を対象にしたのに、ふさわしい果実は得られない。となれば、思い切って見直すのが筋だろう。・・・・・・そして何よりもいま力を注ぐべきなのは、少人数指導など、この調査でも有効性が確認された授業形態を少しでも実現させることではないのか。そのために欠かせないのが、教員の数と質の向上である。今年の調査にかかった費用はざっと60億円にのぼる。文科省は7月に決めた教育振興基本計画に小学校の外国語教育向けの教員増を盛り込もうとしたが、財政難を理由に実現しなかった。その予算が、学力調査の費用でそっくりまかなえるのである。
☆予算の配分の効率性の指摘という点では、世間に対し説得力はあるが、根本の問題を表現していない。気持はわかりますが^^;・・・。
☆日経のコラム「春秋」は一つの見識として、マスコミが共有してほしいものだった。
▼「ゆとり」の名の下で「ゆるみ」が進んだという危機感はよく分かる。とはいえ、子どもを机に縛り付ける時間を増やせば学力が上向くとは限らない。知識はなかなか豊富でも、それを活用するのが苦手――。文部科学省の全国学力テストは昨年と同じく、こんなアンバランスな学力事情を浮かび上がらせている。▼文科省は来年度予算の概算要求に、新指導要領に備えた経費をいろいろと盛り込んだ。脱「ゆとり」シフトだが、それがたんなる詰め込み教育に戻るのでは意味がない。じつは昭和30年代の学力テストでも「実際への応用力が劣る」との分析があった。本当の学力とは何か。この宿題はずっと手つかずのままだ。
☆世界で共通の知識は何か、学習指導要領は知識の選択・配列も世界標準のモノサシに合わせつつ、検討されるべきなのに、それはなされていない。タコツボ型社会で通用する学力であればよいでは困るのに、そんなことは顧みられないまま、反動的になるのではないかと不安を吐露しているのがよい。さらに戦後ずっと応用力の育成が学習指導要領に盛り込まれていないという認識も明快に表現している。
☆本当に、ここが大事なんだなぁ。もともと学習指導要領には、論理的思考、批判的思考、創造的思考の育成プログラムが本気になっては組み立てられていない。全国学力テストはPISA型をモデルにしていると言われている。外的形式はそうだろう。しかし内的な思考のレベルは無視されている。PISAこそ論理、批判、創造のための思考力をいかに育成するか、そのための調査テストなのにー・・・。










