教育のヒント by 本間勇人

身近な葛藤から世界の紛争まで、問題解決する創造的才能者が生まれる学びを探して

近代日本が受容した精神と排除した精神 しかし・・・

2011-01-02 16:39:17 | 
権利のための闘争 (岩波文庫)
イェーリング
岩波書店


☆加藤弘之、西周、穂積陳重と、近代日本の法生成のビッグバンを作った人々が、

☆欧米から近代法の何を学び、何を棄てたのか。

☆堅田氏の研究成果を読んでいるうちに、イエーリングの「権利のための闘争」の受容の仕方に

☆ヒントがあることがわかった。

☆そして穂積陳重を師と仰ぐ牧野英一が、なぜ法律進化論と自然法論の統合態として自由法学を

☆形成しようという発想を持ったのか、それもまたイエーリングの「権利のための闘争」にヒントがある

☆ということも。

☆そこで、「権利のための闘争」自体を読み直してみようと。それに記憶のかなたにあるのだが、

☆イエーリングの発想が、加藤弘之などのように優勝劣敗や穂積陳重のような日本の封建的家族性を

☆容認するような民法形成に結び付くのはどこか違和感があったからだ。

☆読んでみると、なるほどイエーリング自身が慎重に冷静に権利の闘争の状態をとらえねば、

☆権力が権利感覚を麻痺させるよという、権利=レヒト自体が内包するパラドクスを

☆まともに受容したのが加藤、西であり、冷静に思考したはずの穂積は、自らの法律進化論によって

☆まさにこれから理想の近代法を形成する第一歩で、足を踏み外したのだということがわかった。

☆権利のための闘争が成立するには、理想状態の国家とそれを維持するために育成され続けている権利感覚が

☆必要なのである。

☆理想状態の国家をつくっているつもりの加藤や西にとって、自分たちの理想をチェックする

☆思想を権力をもって排斥している行為が、権利のための闘争状態であると思わしめたのは、

☆実はまだ権利感覚が養われていない状況下にあってはしかたがなかったのかもしれない。

☆そしてその理想状態と現実状態のGAPを冷静に法律進化論的にとらえた穂積は、現状肯定に

☆陥らざるを得なかった。それが歴史なのだからと。歴史の進化は必然的におこるのだから、

☆それを受け入れるほかはないというのは、イエーリングの批判していたドイツの法学の有力者

☆サビーニの発想であり、イエーリングの影響を雰囲気的には受けつつも、

☆法技術的にはサビーニの発想を受け入れたというのがドイツ法学の受容過程の実態だったのだろう。

☆イエーリングが批判したドイツの有力法学発想が受容されてしまったのだ。

☆当時のドイツで、サビーニと対峙し、排斥された法哲学はヘーゲル学派である。

☆これによって、法学と哲学は分離される。法学の世界にヘーゲル的発想が遮断されるのだ。

☆近代日本の形成以来、政策知の中にヘーゲル的発想はすでに出発当初から排斥されていた。

☆牧野英一がヘーゲルによってではなく、イエーリングによって、その排斥された精神部分を

☆継承しようとした。しかし、その牧野英一さえ、尊敬されつつ、近代日本社会の法感覚から

☆除外されて行く。

☆このヘーゲル学派が除外されるということは、ヘーゲルが思想の中に吸収したルソーの発想も

☆排除される。民権運動の基盤思想であったルソーの発想が、

☆民法典論争で敗退するのも、当時の権力の志向性のなせる業であったのだから、当然である。


独逸法学の受容課程―加藤弘之・穂積陳重・牧野英一
堅田 剛
御茶の水書房
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