この記事のシリーズは非常に良い内容なのですが、
余りにもひどい言い訳をするので失望しました。
社会保障制度の劣化においては、確実にマスコミの責任が大きいです。
少子化と生産年齢人口の減少は、10年以上前からずっと
問題視されていました。今さら慌てる問題ではありません。
少子化を止められなかった責任を明確にし、給付切り下げは当然です。
それが嫌なら資産捕捉と課税強化しかありません。
年金がわかる:/20 世代間格差はどの程度ありますか。(毎日新聞)
http://mainichi.jp/life/health/news/20080814ddm013100133000c.html
” 東京都の男性会社員(59)は「もらい過ぎかな」とひそかに思っている。
厚生年金の65歳からの受給見込み額は月21万円で、会社勤めの子どもの
手取り額と遜色(そんしょく)ないためだ。
日本の公的年金制度は、「賦課方式」と呼ばれ現役世代の保険料を今のお年
寄りの年金に充てる仕組みで運営されている。少子高齢化が進めば、少ない
現役世代の負担増は避けられず、世代間格差に直結する。
今の受給世代の保険料が過去低額だったのに、給付が手厚くなっていること
も格差に拍車をかける。この男性の新入社員時代の保険料率は7.6%(労使
で折半)で、現在(14.996%)の半分程度にすぎない。
では、格差の程度は−−。
厚生労働省の試算によると、生涯の厚生年金受給額を保険料負担額で割った
「給付倍率」は、1935年生まれで8.3倍。負担を1とすると、8.3の
給付が得られる。これが55年生まれは3.2倍、75年生まれは2.4倍と減
り、85年生まれ以降は2.3倍になる。
この保険料負担額には、企業分が入っていない。これを含めて計算すると、
85年生まれ以降の給付倍率は半分の1.16倍まで下がる。さらに、試算は
夫が40年、厚生年金に加入し、妻がその間、専業主婦だった「モデル世帯」
のもの。単身者や共働き世帯では1倍未満になる。
ただ、公的年金制度が整備される前、今の受給世代は自分の稼ぎで親世代を扶
養してきた経緯も考える必要がある。
慶応大の駒村康平教授は「もし1950年代の戦後復興期に、高額の保険料を
国民に課していたなら経済成長は難しかった可能性もある。世代間の損得を論
じるのではなく、高齢化に伴う年金財政の負担を各世代でどう共有すべきかを
考えるべきだ」と話す。”
ひとつ間違いがあるのですが、
日本の年金制度は「賦課方式」ではありません。
払った以上に大盤振る舞いする「バラまき方式」です。
この記事の後半の、単なる現状追認の言い訳には呆れました。
「今の受給世代は自分の稼ぎで親世代を扶養」とありますが、
当時の平均寿命と経済成長を完全に無視しています。
全く話になりません。
専業主婦を露骨に優遇している制度もすぐに変更し、
働いて収入を上げた方が優遇されるようにする必要があります。
また、駒村教授の発言を取り上げるのは結構ですが、
最大の問題は、そのような経済成長云々などではありません。
合計特殊出生率の低下を抑止できなかった政治的責任を忘れ、
すべて未来世代への負担とするのはまさに「国賊」です。
数年前の「1.25ショック」の際に、
私はてっきり給付を切り下げるのだと思っていました。
(特に資産・所得の多い層)
日本は民主主義国家ですから、責任は有権者にあります。
私は戦後生まれの尊敬すべき上の世代に言いたい。
「あなたは一体、今まで何をしてきたのですか?」
「年金制度がここまでひどくなるのをなぜ放置したのですか?」
「生産年齢人口が減ったら何が起きるか、分からないのですか?」
「なぜ危険なほど速い少子化を放置してきたのですか?」
「自分だけ年金を貰えれば、子供たちはどうでもいいのですか?」
私は本当に、不思議で不思議でなりません。
社会的弱者のふりをする高齢層を見ると、
(気色悪いくらいにたくさんいます)
心の底から怒りを感じます。
毎日新聞の方でも他の方でも結構ですので、
どなたか納得のゆく説明を是非お願い致します。
▽ 日本の年金制度は「投資詐欺とそっくり」で、
「後から入る者ほど損する仕組み」とはっきり書いています。
余りにもひどい言い訳をするので失望しました。
社会保障制度の劣化においては、確実にマスコミの責任が大きいです。
少子化と生産年齢人口の減少は、10年以上前からずっと
問題視されていました。今さら慌てる問題ではありません。
少子化を止められなかった責任を明確にし、給付切り下げは当然です。
それが嫌なら資産捕捉と課税強化しかありません。
年金がわかる:/20 世代間格差はどの程度ありますか。(毎日新聞)
http://mainichi.jp/life/health/news/20080814ddm013100133000c.html
” 東京都の男性会社員(59)は「もらい過ぎかな」とひそかに思っている。
厚生年金の65歳からの受給見込み額は月21万円で、会社勤めの子どもの
手取り額と遜色(そんしょく)ないためだ。
日本の公的年金制度は、「賦課方式」と呼ばれ現役世代の保険料を今のお年
寄りの年金に充てる仕組みで運営されている。少子高齢化が進めば、少ない
現役世代の負担増は避けられず、世代間格差に直結する。
今の受給世代の保険料が過去低額だったのに、給付が手厚くなっていること
も格差に拍車をかける。この男性の新入社員時代の保険料率は7.6%(労使
で折半)で、現在(14.996%)の半分程度にすぎない。
では、格差の程度は−−。
厚生労働省の試算によると、生涯の厚生年金受給額を保険料負担額で割った
「給付倍率」は、1935年生まれで8.3倍。負担を1とすると、8.3の
給付が得られる。これが55年生まれは3.2倍、75年生まれは2.4倍と減
り、85年生まれ以降は2.3倍になる。
この保険料負担額には、企業分が入っていない。これを含めて計算すると、
85年生まれ以降の給付倍率は半分の1.16倍まで下がる。さらに、試算は
夫が40年、厚生年金に加入し、妻がその間、専業主婦だった「モデル世帯」
のもの。単身者や共働き世帯では1倍未満になる。
ただ、公的年金制度が整備される前、今の受給世代は自分の稼ぎで親世代を扶
養してきた経緯も考える必要がある。
慶応大の駒村康平教授は「もし1950年代の戦後復興期に、高額の保険料を
国民に課していたなら経済成長は難しかった可能性もある。世代間の損得を論
じるのではなく、高齢化に伴う年金財政の負担を各世代でどう共有すべきかを
考えるべきだ」と話す。”
ひとつ間違いがあるのですが、
日本の年金制度は「賦課方式」ではありません。
払った以上に大盤振る舞いする「バラまき方式」です。
この記事の後半の、単なる現状追認の言い訳には呆れました。
「今の受給世代は自分の稼ぎで親世代を扶養」とありますが、
当時の平均寿命と経済成長を完全に無視しています。
全く話になりません。
専業主婦を露骨に優遇している制度もすぐに変更し、
働いて収入を上げた方が優遇されるようにする必要があります。
また、駒村教授の発言を取り上げるのは結構ですが、
最大の問題は、そのような経済成長云々などではありません。
合計特殊出生率の低下を抑止できなかった政治的責任を忘れ、
すべて未来世代への負担とするのはまさに「国賊」です。
数年前の「1.25ショック」の際に、
私はてっきり給付を切り下げるのだと思っていました。
(特に資産・所得の多い層)
日本は民主主義国家ですから、責任は有権者にあります。
私は戦後生まれの尊敬すべき上の世代に言いたい。
「あなたは一体、今まで何をしてきたのですか?」
「年金制度がここまでひどくなるのをなぜ放置したのですか?」
「生産年齢人口が減ったら何が起きるか、分からないのですか?」
「なぜ危険なほど速い少子化を放置してきたのですか?」
「自分だけ年金を貰えれば、子供たちはどうでもいいのですか?」
私は本当に、不思議で不思議でなりません。
社会的弱者のふりをする高齢層を見ると、
(気色悪いくらいにたくさんいます)
心の底から怒りを感じます。
毎日新聞の方でも他の方でも結構ですので、
どなたか納得のゆく説明を是非お願い致します。
▽ 日本の年金制度は「投資詐欺とそっくり」で、
「後から入る者ほど損する仕組み」とはっきり書いています。
![]() | 『年金問題の正しい考え方―福祉国家は持続可能か』(盛山和夫,中央公論新社) |









































おかねのこねたさんのところから来ました。為替と株式の相場見通しや年金問題への見識、とても素晴らしいと思います。
年金制度についてですが、制度上の欠陥があることは間違いないのですが、それを以って高齢者世代を非難すべきでしょうか?
彼らの大多数は年金受給のスケジュールを提示され、それを前提に将来設計を立ててきたに過ぎません。専業主婦を含めて。もし彼らに提示されていた年金スケジュールが現実的な人口構成の推移を反映したものだったならば、それに応じた労働・貯蓄行動を取ったでしょう。
現在・未来の年金受給の世代間格差は、大多数の高齢者のせいではありません。政治家と官僚の不作為が原因でしょう。
特に、人口予測を発表してきた人口問題研究所(厚生省の外郭)が恐らくは意図的に楽観的な将来人口推計を発表し続けてきたことが大きな原因ではないかと思っています。人口推計を楽にして、年金見直しの必要性を先送りにしてきたのではないかと思います。
政治家は、もっと現実的な支払スケジュールに変更すべきですし、経済成長を志向すべきです。いとすぎさんの世代間格差への憤りもわかります。ですが、繰り返しますが大多数の高齢者にはこの問題への責任はありません。彼らが実態よりも高すぎる年金を受給していることは事実ですが、その支給額を減らす勇気を持たない政治家に責任はあっても、彼らを責める理由が僕にはわかりません。
僕は多くの高齢者は人生を務めあげ、一定の社会的責任を果たしてきた人だと思いますし、それだけでも先人への敬意を持つ理由になると思います。まぁ、個々のケースでは敬意をとても持てない人もいますけどね。
だから、いとすぎさんが高齢者世代の全て(大多数?)に対して非難されるのを読むと、心が痛みました。
失礼な物言いだったかもしれません。ご容赦ください。
nobinobi様、残念ですが厚労省は名前が変わる遥か以前、1973年から「負担増が必要」と繰り返しアナウンスしています。(詳しくは紹介した『年金問題の正しい考え方』をお読み下さい)
世間によくある「この年金額では食っていけない」という声は、全く将来設計を行っていなかった何よりの証拠です。
高齢者は今まで、合計特殊出生率が下ぶれするたびに、抗議したのでしょうか。一体彼らには言論の自由も投票権もなかったのでしょうか。
もし彼らが、政治家・官僚の責任を糾弾するとともに、やむなく自らの給付額の切り下げに同意、或いは家族政策給付の増加を主張していたなら「責任はない」と言えるでしょう。……しかし彼らは「黙認」しました。
最後になりますが、私はnobinobi様が真剣に当ウェブログをお読み下さったことを感謝しております。今後も率直な意見を頂けますようお願い致します。
>1973年から「負担増が必要」と繰り返しアナウンスしています。
確かにその通りです。しかし、それは警告の類でしょう。警告だけで将来に備えられる人なんてごく少数ですよ。いとすぎさんは、他者に理想像を求めていませんか?
それと、「この金額で食っていけない」と言っているのは一部の人であって、いとすぎさんご自身は「高齢者はもらい過ぎている」と考えていらっしゃるのではありませんか?ちょっと論旨が違うように思います。
同じく、今の高齢者が「黙認した」というのは、同意しかねます。実際には政治家や官僚からの積極的な問題提起があってこそ、一般人は反応を示すものですよ。問題が顕在化する前に、一般民衆から自らデメリットになる政策を求めるような国が、いったい世界のどこにありますか?
それに、支給年齢の引き上げも粛々と受け入れているではありませんか。「それでも足りない」とおっしゃりたいのでしょうが、それは政治家・官僚の不作為によるものです。
たぶん、われわれの見解の相違は、人に対する見方の違いに起因すると思います。
しかし、プロフに書いていらっしゃるような、「深い配慮に満ちた」見方だとは思えません。他者にのみ「深すぎる配慮」を求めていらっしゃいませんか?
きつい言い方かもしれませんが、やはり高齢者全般を非難するのは行き過ぎだと僕は思います。
あなたの論で行けば、年金制度の歪みを是正することでメリットを受けるのは若年世代です。われわれの世代ですね。
「黙認」していたのは高齢者ではなく、われわれなのです。
自分たちが小学生、中学生だったときに年金制度の歪みになぜ目を向けなかったのか、なぜ声を大にして訴えなかったのか?
あなたが高齢者を非難するのは、自分に対してこう言っているのと同じです。
それが妥当だと思いますか?
人は神様ではありません。
できることと、できないことがあります。
その見極めができなければ、きっと一生、問題の解決はできません。
違います。将来世代とこの日本の将来です。制度の公平性と持続性が最優先されます。
>「黙認」していたのは高齢者ではなく、われわれなのです。
はあ。どう考えても両方ですよね。
もっと合理的な論議をしましょう。
>実際には政治家や官僚からの積極的な問題提起があってこそ、一般人は反応を示すものですよ。
当事者意識のない国は、滅びます。ここは北朝鮮でもミャンマーでもありません。民主主義国家では有権者の意向を受けて政治家も官僚も動くのです。
そのような態度を容認すると、いくらでも責任者を口汚く叩くけれども自分は提案も行動もせず責任も取らず、ただ受益だけは黙って受け取ると言う最低の国民になります。
「年金受給のスケジュールを提示されて」それを前提に動く国民が、なぜ「警告だけで将来に備えられる人なんてごく少数」になるのでしょうか。狡猾に、自分の得するものだけ黙って受け取り、警告は無視して他人のせいにするということでしょうか。
高齢層にいままでの社会を築き上げた功績があると認めるのと、社会保障分野での制度改革を怠った罪があるという指摘は、全く矛盾しません。両方とも正しいと考えます。
どんな組織でも人材でも功罪の両方あるのが普通です。また、いくら功績があるからと言って他の欠点を見逃すのは本人のためとって最悪の態度です。
>メリットを受けるのは若年世代です。
と言ったのはですね、有権者として現実的に行動可能な世代として、という意味です。言葉足らずだったかもしれません。
支給額の世代間不公平を是正することで将来世代と日本全体がメリットを受けることはその通り。しかし、有権者として行動すべきは若年世代のほうじゃないか、ということですよ。
なぜなら、デメリットを改善することができるから。
少なくとも、高齢者のみを一方的に非難するのは不適切じゃないかと思います。
>はあ。どう考えても両方ですよね。
制度改正によってデメリットを受けるのは今の高齢者です。その彼らの方から率先して改正すべきだった、というのは理想論だと言っているんです。
>そのような態度を容認すると、いくらでも責任者を口汚く叩くけれども自分は提案も行動もせず責任も取らず、ただ受益だけは黙って受け取ると言う最低の国民になります。
それは、「最低の国民」ではなく、普通の国民です。
それと、論の誤りと言われましたが、制度を実際に改正するのと、改正の必要性を議論するのは実効性(現実味)が違います。
私は、あなたが年金の世代間不公平を真剣に是正したいと考えているのだろうと思い、書きこんだのです。
年金制度に関するパレート改善が難しい(デメリットを受ける人がいる)のならば、そのデメリットを受ける人々を説得すべきです。年金受給世代や団塊世代の人々に納得してもらわなきゃいけない。
そのためには、彼らが納得しかねる根拠で非難しても、効果はない。
そう思いませんか?思わないんでしょうね。。。
一方的に罵倒して、年金受給権・財産権を侵害するおつもりですか?
僕は一般の高齢者には現在の世代間不公平には責任がないと考えています。彼らに責任を求めるのは、理想論だと言っているのです。
この点も、納得していただけないのでしょうか?
あなたも、チャーチルの民主主義に関する言葉をご存じでしょう。
民主主義国家だから理想的な結果が得られるべきだとは考えてないでしょう?
北朝鮮のほうこそ、「公平」な制度が作れると思いますよ。為政者にその意思があれば。
僕が知っている限りの高齢者は、年金受給を「ありがたいことだ」と言ってます。不公平があることは内心知っているでしょうし、「もうけた」と思っている人もいるかもしれませんがねw
説得すれば、納得してくれると考えてますけどね。
まぁ、僕の考えでは彼らはこの問題の受益者ではあっても、責任はない。ましてや、罪人でもない。
その彼らをあなたが、狡猾、罪、最悪、最低といった言葉を並べて、さも罪人であるかのように罵倒するのは受け入れらないのですよ。
あなたの周りの高齢者にお説を披露して罵倒しましたか?
ご両親でも、祖父母、会社の退職間際の方々、誰でもいいですが。
きっと悲しみますし、心を痛めますよ。
そのような非難をすることは、「深い配慮に満ちた社会」でもないし、現実的な改善策でもないと僕は考えます。
ご納得いただけないでしょうね。。。
これ以上、本件に関してコメントは行いませんが、反論はお読みさせていただきます。
nobinobi 様はおそらく数量分析か理学系の方で、
生産的な論の立て方の訓練をされておりません。
有効な論議を行うためには、
1)論ずる範囲を明確にする
2)論点を明確にする
3)自らの論拠を明確にする
4)相手が論じている内容の範囲で返答する
5)途中で論の方向を変える際には一度論議を打ち切る
といったところが大学3年の時点から常識です。
例えば「年金受給のスケジュールを提示され」たのか?
本当に「それを前提に将来設計を立ててきた』のか?
このような個別具体的な点で論じないと無意味です。
何において意見が異なるのか、
その相違はどこから生じたのか、
それは現実の実態に即しているのか、
その論はどのように裏付されるのか、
このようなディテールが重要なのであり、
自分の感情論にあちこちからつぎはぎの論を
かき集めると論になりません。
自分が全くそのような前提で論じていることを語っていないのに、「制度を実際に改正するのと、改正の必要性を議論するのは実効性(現実味)が違います」のように論点を逸らすのがその一例です。
通常、社会科学ではそのような基本的な訓練は
しているはずです。
政治史研究では「是々非々」と呼んで、
同一の対象でも何が良くて何が悪いのか、
分析して理解しようとします。
「高齢者のみを一方的に非難する」や
「彼らが納得しかねる根拠で非難しても、効果はない」
といった誤った理解は
まともに訓練した人間には生じない筈なのです。
(特に後者はなぜそう判断できるのか、なぜ「納得しかねる」ことになるのかの理由を論証していない)
ちなみに「一般の高齢者には現在の世代間不公平には責任がない」は政治学的にはありえない間違いです。
「一方的に罵倒して、年金受給権・財産権を侵害する」というのも、あり得ません。法学部の方に教えを乞うてからお書きになることをお薦めします。
「彼らをあなたが、狡猾、罪、最悪、最低といった言葉を並べて、さも罪人であるかのように罵倒する」と曲解するのは、単純な日本語理解の誤りです。
私は特定の行為について指摘したのであって、高齢者の存在そのものやその人格を否定したのではありません。もう一度読み返すことをお薦めします。