十一色の花小路blog

じゅうひといろのはなこみち

山裾の 幽玄紅葉、かくれ里。

2009-11-21 17:09:28 | 日樂の間
昨日は お友達来訪の予定がなくなり
13時退勤後は 夕方までフリーに。
思いついて車を走らせました。

その行き先、
とある古刹。
推古の時代、聖徳太子によっての創建。
石の庭園は 小堀遠州作。
かの「白洲正子」さんも訪れ
『かくれ里』に書かれている。

そんな由来もすごいですが
紅葉の頃のここは、それはもう・・・

昨年の紅葉が終わる頃
住んでいるところからほど近くに
そんなお寺があると知り
次の紅葉の頃には 行きたいと。

でもそこは 想像をはるかに越えた
静かで
幽玄な空間に包まれ
古くからの姿に胸打たれるお寺でした・・・



1年待った そこは

この山門から その世界がはじまります。


このあたり近くの琵琶湖や内湖でとれるヨシ葺きの山門、
青竹の林・・・


紅く染まる木々が見え隠れ


石段の先の書院。まさに里坊。

このあたりから 言葉をなくすほどの感動


 本堂と 燃える赤


 ヨシ葺き書院と うつりゆく彩



 
 その錦をひきたたせる青竹


 この佇まい


 大小の石の 見事な庭園 
 水琴窟も



そしてわたしは 庭園で感動しつつ
あがらせていただいた書院で もっとこのお寺のことを
知るのでした。
それは

ここが 由緒あるお寺だったのに
戦後の農地解放のあおりで収入が絶たれ
檀家も特定の信者さんも後継者もなくなり昭和50年頃から
無人の荒れ寺になってしまっていたそうなんです。

合掌造りの庫裏の屋根に杉が生え天井が抜けたり
軒先が落ちたり
集落ではお化け寺とまで呼ばれていた
相当の荒れ果てた姿を 長年さらしていたと。

おなじ地元の 天台宗寺院に生まれ育ったという
現ご住職、平成7年 24歳の折
いろいろな決断と 大きな行動力 強い信念
そして 並大抵ではないご苦労と そうとうの努力
労力で ・・・
たったひとりからはじめられた 再建へ。

しかも 取り壊すのではなく
もとの姿へと。

ご住職 自ら 大工仕事 屋根仕事 瓦仕事
なさったのだそうです。
平成16年 4月
そうやって このお寺は 公開ができるほどに。

現在38歳のご住職。 この経緯を知りほんとうに
むねがいっぱいになりました。



今日の午後も再訪。
妹と母と。

次は
お寺のご本尊が 光の中から現れたという由来にちなんで
こんどはお寺から世へ光を届けたいと
そんな思いのライトアップも
訪れてみたいし
お茶会にも いつか・・・。


 教林坊
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ざくざくガーネット | トップ | 山崎紅葉 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む