私家版 野遊び雑記帳

野遊びだけが愉しみで生きている男の野遊び雑記帳。ワンコ連れての野遊びや愛すべき道具たちのことをほそぼそと綴っていこう。

危険がいっぱいの季節へ

2017-06-08 22:32:30 | Weblog



■ 梅雨の中休みを待つ
 東京も昨日から梅雨入りした。これからひと月半ばかりは太陽の光に恵まれない鬱陶しい日が続く。とはいえ、梅雨が嫌いじゃない。年によって梅雨の様相も変わるが、たいてい中休みがあって、そんなときのフィールドはあまり人がいないので一泊キャンプにはもってこいだからだ。

 芝草のサイトだと小さな羽虫が異常に湧いたりして往生することもあるが、大人も子供もシツケのできていない人間たちが跋扈する季節よりはるかにましだ。
 真夏に比べれば、吸血昆虫もさほどいない。それでも油断するとひどいめにあう。やっぱり、それなりの用心と準備が欠かせない。

 ぼくはあまり虫に刺されないタチだが、これからの季節だと蚊取り線香と防虫忌避スプレー、それに、刺されてしまったときのかゆみ止めに「ムヒ」のような外用薬も不可欠だ。救急セットには「ポイズンムーバー」も常備している。
 防虫忌避スプレーは、自分で使ったことがないく、同行者のために持参する。「ムヒ」はときたま使っているからけっこう刺されているのかもしれない。

 虫刺されは、ぼくの経験だと初心者がやられやすい。不思議なくらい頻度が上がる。刺されたと気づいたときに、ひと言、刺されたといってくれればいいのに、そのときは涼しい顔をしていて、キャンプから帰ったあとに病院へ駆け込んだりしている。
 刺された直後はたいしたことがなくても、あとになって化膿がひどくなり、入院までした人もいた。そうなると、すっかりキャンプが怖くなり、懲りてしまってキャンプそのものをやめてしまう。

■ こちらが侵入者なんだから
 真夏の時期、灼熱の昼間はまだしも、少し涼しくなってくる夕方近く、肌を露出していないで長袖のシャツを着て長ズボンをはくようにすすめるが、たいてい反応が鈍い。刺されてはじめて、ああしておけばよかった、こうすべきだったと悔やむことになる。しかも、虫を嫌う人のほうがなぜか被害にあいやすい。

 もっとも、長ズボンをはいていても太ももを派手に何か所も刺されたり、せっかく長袖のシャツを着ていたのに、腕ではなくて胸のあたりを刺されたりする。ズボンの裾を締めておけ、首のボタンも止めておくなんていうのは、暑い夏のキャンプだと苦行になりかねない。
 ヌカカなどは、どんな防備を厳重にしても衣服の奥深く侵入する。彼らのテリトリーにこちらが侵入しているのだからあきらめるしかない。

 この20年あまり、ポイズンリムーバーを持参しているが、同行者も含めこれが必要になるほどの深刻な事態になったことがないのは幸運である。
 めったに使わないかもしれないが、保険のつもりでアウトドアにはひとつ持参するといいだろう。蚊はもちろんだが、蜂や毒虫に刺されたときに毒や皮膚に残った毒針の吸引という応急措置ができる。

■ もしも蛇に咬まれたら
 めったにはないはずだが、蛇に咬まれたときも、素人にはそれが毒蛇かどうかを明確に確認する余裕などないはずだ。専門医の治療までの応急処置としてポイズンリムーバーでの吸引も有効だろう。
 蛇に咬まれたときは、「まず落ち着いてどんな蛇だったかをみきわめろ」と教わった。毒蛇で知られるマムシでも致死率は低いそうだが、子供や高齢者はそのかぎりではない。いまではヤマカガシも毒をもっていると認識されている。

 いちばん、危険なのはパニックだという。都会の人間だと、蛇そのものと遭遇する機会さえほとんどない。まして、咬まれてしまったら、「パニックになるな」というほうが無理かもしれない。それでも、まずはどんな蛇かを確認して医療機関に急ぐことだ。血清は毒蛇によって異なるので蛇の特徴が必要になってくる。

 蛇に咬まれることなど、まずないだろうが、それでも彼らの縄張りの中へ入っていくわけである。もしものときのための応急処置は、手元の救急ハンドブックなどで繰り返し確認している。
 むろん、蛇に咬まれた場合のみならず、止血など応急処置の基本を知識として知っているだけでも、いざというときに応用できれば無駄ではないはずだ。

■ 蜂に刺された痛い記憶
 ぼくは一度、蜂に刺されてひどい目にあった。この体験から、蜂に刺されたらを想定してポイズンリムーバーを持ち歩いている。あれから、25年くらいになるが、幸い蜂の襲撃にあっていない。
 もっとも、そのときだって、刺されたのは口の中。ポイズンリムーバーが使えるような状況ではなかった。

 そう、すべてぼくが悪いのである。ぼくの油断だった。テントを張りながら、女房が、「ちょっと休んだら」といいながら差し出した甘い乳酸菌飲料を半分飲み、テーブルの上に置いた。テントを張り終えてから残りを口に入れると異物が……。
 当時はタバコをすっていたぼくは、とっさに吸い殻を連想して吐き出した。入っていたのは蜂だった。吐き出しはしたがすでに舌を刺されていた。鈍い痛みはあとからジワーッとやってきた。

 乳酸菌飲料の甘い香りに誘われて、フタのない容器に蜂が入り込んだのである。溺れかけていたのが幸いした。毒性の弱いアオスジハナバチだったのも幸運だった。
 中学のころ、わが家にいた犬が飛んできた蜂をパクリとやって舌を刺され、滑稽なくらい腫れた舌を垂らし、よだれをしたたかに流して喘いでいた姿を思い出してビビった。だが、痛みはそれ以上ひどくならず、ちょっと舌がしびれたくらいですんでくれた。

■ 汚れやすいよりも命が大事
 被害に遭ったことはないが、ぼくがこれからのキャンプでいつも恐れているのがスズメバチである。攻撃されたら命にかかわる分、蜂の中でもとりわけ恐ろしいスズメバチは、黒いものを攻撃する習性があるという。
 テレビの実験を見てなるほどと思った。夏から秋ののアウトドア用の衣類は、帽子も含め、黒や濃紺は持参しないことにした。汚れやすいが明るい色の衣服でいくことにしている。
 
 乳酸菌飲料に溺れかけた半死半生の小さな蜂でも痛かったのである。それに、ぼくは子供のころ、アシナガバチに悪さをしかけては刺された経験が何度もある。当時、アンモニアはわが家の常備薬のひとつだった。
 あの痺れるような痛さはいまも忘れられない。だから使わずにすんでいてもポイズンリムーバーが必需品なのである。

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また会う日まで

2017-05-30 21:44:42 | Weblog


■ 焚き木拾いにはどんな道具が役立つか
 少年たちの名前を教わった。
 Sora君とKaede君で同じ小学5年生のいとこ同士だった。お母さんが姉妹だという。あとから加わったのはSora君の弟のShin君で3年生。静岡のF市からきているそうだ。
 ぼくのテントへ再び、それも3人でやってきたのはプレゼントしたロープを使ってみたくなったからだったらしい。Shin君にも色違いではあるが薪拾い用のロープを作ってプレゼントした。
 あとでお母さんのひとりから聞いてわかったのだが、もう、薪はたっぷりあって必要なくなっていた。ぼくにとっては彼らと遊べればそれでよかった。

 前日、このキャンプ場に着いてすぐ少年たちはテントの中でゲームに興じはじめたらしい。それをどちらかのお母さんが、「せっかくキャンプにきたのだから、冒険してらっしゃい」とハッパをかけて追い出した。そして、ぼくと知り合ったというわけである。
 ロープを使いたくてウズウズしている少年たちを連れて、もう一度、先ほどの渓流までいってみることにした。ぼくにはもうひとつ目的があった。
 キャンプでの薪集めには、オノ(斧)よりも、ナタ(鉈)よりも、ノコギリ(鋸)がいちばん役に立つ。特に流木集めにはノコギリがいちばん頼りになる。なぜならば……。それを彼らに実演で教えたかった。

「よーし、もう一度、川へいって薪を集めよう」
 提案すると少年たちは歓声をあげた。ぼくはすっかりガキ大将気分になっていた。
 少年たちは元気な分、すぐに走りたがる。たちまち渓流へと着き、手頃な流木を集め出した。ほとんど手つかずの流木だから少年たちはまたたくまに自分たちのロープいっぱいの薪を集めた。ノコギリの出番がなくてぼくは苦笑いしたほどだった。

 3人とも興奮していた。
 きっと、自分たちのサイトの親や妹たちに成果を早く見せたかったのだろう、3人はでこぼこの道を再び走りはじめた。ぼくはあとから直径が3センチほど、長さが5メートルばかり、樹皮がなく、乾燥しきった流木を引きずりながら歩いて続いた。
 これを持参のノコギリで20センチほどに切っておけば、ひと晩の焚火に使えるはずだ。一緒に切ってあとは彼らに進呈しようと思っていた。




■ 転んだ痛みと一緒に忘れずにいてほしい
 いちばん先頭を走っていたSora君が転んだ。でこぼこの道をクロックスで走って足をとられたのである。よほど痛かったのだろう、ピクリとも動けずにいた。もしかしたらどこかケガをしているかもしれない。
「お父さんに知らせてきて」
 Kaede君とShin君が自分たちのサイトへ走り去った。
 近寄ったぼくは慎重にSora君を抱き上げて立たせる。骨折はないかそっと腕を動かし、「痛かったらいって」といいながら足を動かした。
 幸い骨折はしていないみたいだ。もろに腹を地面に打ってしまい、呼吸(いき)がつまっただけらしい。ぼくも子供のころさんざん経験していた。

 それでも、さすが男の子である。気丈に立ち上がり、弟たちが放り出していった薪の束を拾い、ロープごと提げてすたすた歩き出した。しっかりした足取りだった。
 駆け去った少年たちが、今度はふたりのお父さんを連れてやってきた。ぼくの前をすたすたゆくSora君を遠くから見て、みんな安心したようだ。お父さんたちの顔を見てSora君も気がゆるんで痛みが出てきたらしい。片足を引きずっていた。

 かくして、初日の楽しい時間は終わってしまった。取り残されたぼくの気持ちは消化不良のままだった。気がつくと長い流木を持って自分のテントに戻っていた。拾ってきた流木はしばらくテントの脇に放り出しておいたが、夕方、折りたたみのノコギリで20センチくらいずつに切った。
 石で簡単な炉を組んでいた昔は、拾ってきた焚き木をわざわざ切り揃えるような手間はかけず、長いままの数本を炉の中に突っこんで燃やし、燃え尽きそうになったら少しずつ動かしていたものだった。
 しかし、いまやキャンプ場での直火は禁じられ、焚火台やバーベキューコンロを使っての焚火となる。面倒だし、野趣はなくなる。薪となる木はある程度の長さに切り揃えたほうが使い勝手がいい。

 ぼくはといえば、最近は荷物になる焚火台は持参していない。今回もノコギリを使って薪を作るのは楽しんだが、燃やす楽しみは少年たちにまかせることにした。切った流木の束を彼らのテントに持っていったがサイトは無人だった。
 よけいな真似をしているとの自覚はあった。親御さんたちにしてみたら、せっかく家族でたのしいでいるのに他人のぼくが入り込んで迷惑かもしれない。それでも遠慮がちにテントの裾に薪の束を置いて引き返した。



■ また一緒にキャンプができたらいいね
 翌朝、早々と3人がやってきた。Sora君も元気だった。転んでぶつけたあたりも大丈夫だという。
 そのSora君が、前日届けておいた薪をぼくがどうやって切ったのか訊いた。ノコギリを使ったのだと教えた。ノコギリを見たそうにしていたが、すでに駐車場のクルマの中だったので、あとで見せると約束した。
 彼らのお母さんのひとりがやってきて立ち話をした。昨日到着した彼らは明日帰るのだという。ぼくらは今日帰ると話していると、しゃがみこんでいたSora君がうつむいたまま身体をかたくして動かない。明らかに涙ぐんでいるのがわかる。

 家人がSora君とハグをして、再会を約束した。ぼくも彼と軽くハグを交わした。昨日、彼が転んだときに抱き起こしたときにも感じたのだが、細い彼の身体がこの年ごろのぼくとそっくりだった。
「また会おうね」と約束しながら、もう会える機会はないかもしれないと思ってもいた。学校の行事やら何やらでゴールデンウィークのキャンプそのものがしばらくはできそうにないと彼らのお母さんから聞いたばかりだった。
 もうひとつぼくの年齢を考えれば、あと何年キャンプができるかわからない。それでも、会いたいね、会えたらいいね、との願いをこめて約束をした。

 ぼくはSora君にノコギリを進呈した。 こんなジジイとの別れを惜しんでくれたのである。ほんとうは長年愛用してきたぼくの分身ともいうべきナイフを受け取ってもらいたかった。だが、ナイフにナーバスな反応を示す大人たちも少なくない。もし、また会える日があったらご両親にうかがってからプレゼントしようと思った。

 昼近くに撤収を終えた。キャンプ道具を満載したをクルマを約束どおり彼らのテントが見える場所まで走らせ、「またねぇ~!」といって手を振った。昼食を食べていたSora君が飛び出してきて、「さようなら!」と大きく手を振りながら見送ってくれた。
「また会えるといいわね」と家人がつぶやいた。
「一期一会、それもまたいいじゃないか」
 強がりを口にしながら、また一緒にキャンプができたらいいなと心から思い、かすんだ視界を指でぬぐった。

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還りなん少年の日に

2017-05-26 21:35:22 | Weblog


■ 原点となった夏の日を思い出す
 このところ、キャンプがブームだというのは、去年のアウトドアの用品店の異常な盛況ぶりで察しがついていた。驚いたのは年越しキャンプの賑わいと3月の連休のキャンプ場の混雑ぶりだった。
 この調子では、ゴールデンウィークと呼ばれている5月の大型連休は想像するのもうんざりだった。毎年出かけているが、今年はぎりぎりまで出かけるのを迷っていた。いっそ、雨でも降ってくれればいいとさえ思ったほどだった。それなのに、終わってみれば、これほど思い出深いキャンプはない。

 三泊四日のキャンプ二日目の午後、ふたりの少年がサイトの近くへ枯れ枝を拾いにやってきた。
 ここへ着いた初日の前日にも、ぼくらが設営しているすぐ脇で似たような年格好の女の子たちが夜の焚火に使う枯れ枝を集めていた。彼女たちはそのうちのひと束を置き忘れていった。
 少年たちは、あの少女たちのように傍若無人ではなく、少し離れた場所で枯枝を集めている。それがとても好ましかった。
「それ、持っていってもいいよ」
 少女たちが置いていった枯枝の束を少年たち進呈した。もう彼女たちは取りに来ないだろうし、テントのすぐ近くなのでずっとじゃまだった。

「ありがとうございました」
 目を輝かせ、きちんと礼を述べて少年たちは持ち去った。走っていく彼らの背中を見ながら、自分がはじめてキャンプを経験したのもこの年ごろだったなあと60年前の昔に思いを馳せていた。
 親父から焚火の薪拾いを命じられ、親友と一緒に出かけた情景を昨日のことのように鮮烈に憶えている。あれは奥多摩の古里にある多摩川
の川べりだった。翌日は隣の川井のキャンプ場へ移動し、川泳ぎの楽しさを満喫した。ぼくのキャンプの原点はあのときだった。

■ 薪集めの極意を教えよう!
 走り去ったはずの、60年前のぼくが重なる少年たちは、なぜかまもなく戻ってきた。そして、また枯枝をせっせと集めはじめた。
 ぼくはといえば、焚火こそがキャンプの楽しみとうそぶいていたというのに、いまでは直火が禁じられているキャンプ場で焚火台を使っての焚火がひどく億劫になって、めったに焚火はやらなくなっていた。むろん、楽しい薪拾いも長い間ご無沙汰している。しかし、いきいきとして枯れ枝を集めている少年たちを眺めているうちにぼくは彼らに同化していった。

「こんなところを探しても薪は集まらないよ。薪がたくさんある場所を教えてあげよう」
 椅子から立ち上がると、ぼくは彼らとともに歩き出した。なぜそこへいくと枯れ枝がたくさんあるのかも説明した。薪がたくさんあると聞いた少年たちはなかば興奮してついてきた。向かったのはキャンプ場のはずれにある渓流だった。
 雨が降って川の水量が増えると、雨に流木が流されてきて岸辺に引っかかっている。それを探そうというわけである。渓流の手前には小さな川があり、そこにも少しは流木が残っている。
「ほら、こんなところにももあるだろ」
 渓流へいくまでもなく、歓声を上げてふたりは枯れ枝を集めはじめた。

 ひと足先に渓流へいって岩場をのぞいていると、少年のひとりが駆けつけてきた。切羽詰まった声で、「いとこが大変です」と告げた。泥に落ちてサンダル(クロックス)の片方がなくなったというのである。ぼくは渓流から上がり、元の小川へと取って返した。
 駆けつけてみると、両足の膝まで泥まみれになったもうひとりの少年が立っていた。小さな流れを渡ろうとして泥濘にハマってしまったらしい。やっとの思いで足は抜いたものの、片方のサンダルは泥沼から取り出せないでいた。
「流れたわけじゃないから必ずある。心配しなくていいよ」
 ぼくは近くにあった枯れ枝で泥沼をかきまわしてサンダルを探した。すぐに見つかると思ったが、それらしき感触がなく、ようやく探し当てたのは、足がハマったという場所からだいぶ離れた場所だった。



■ 少年たちに伝えたかったこと
 腕を突っこんでサンダルを引き出した。
 泥まみれの少年の足と一緒に、やっぱり泥の塊のようなサンダルを渓流のきれいな流れで洗い、彼らのテントに向かった。幸いケガはさせていなかったが、彼のお母さんの洗濯物を増やしてしまった。だから一緒に謝りにいつもりで歩きはじめると、途中でもうひとりの少年が親たちを連れてやってきた。
 笑顔で迎えてくれるご両親に、そんなところまで連れていったのを謝り、みやげ代わりにかついできた長い流木を迎えの少年に渡した。それは、彼らが集めた枯れ枝の何倍にも相当する薪になるはずである。ただし、ノコギリかナタがあれば、だったが。

 彼らに薪がどこへいけばあるかは教えた。しかし、もうひとつ知っておいてもらいたいことがあった。拾った薪の運び方である。
 自分のテントに戻ると、ぼくは小物が入れてあるトートバッグから、6メートルほどの細引きを引っ張り出した。これを半分に切って切り口をライターで処理し、テグス結びで輪を2組作った。ふたりの少年たちへのプレゼントである。
 さっき、ひとりがぬかるみにハマった場所へぼくはひとりで戻った。近くに、彼らが集めた小枝が置き去りになっていたのを思い出したからである。それを輪にしたロープのひとつで絡めて少年たちのテントへ持っていった。

 はたして、彼らは弟も交え、ゲーム機相手に遊んでいる最中だった。そう、これが現代っ子たちの姿なんだと妙に納得しながら、ふたりに薪をくくったプレゼントのロープを見せた。
「いつ返したらいいですか」
 少年のひとりがロープをズボンのポケットにねじこみながらいった。
「プレゼントするんだから返さなくてもいいよ」
「ありがとうございま〜す!」
 少年たちの声を背にぼくは自分のサイトへ戻った。

そして、後編へ……(つづく)
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キャンプのブームがまたやってきた

2017-04-11 23:10:31 | Weblog

■ キャンプがブームらしい
 これまでも何度となくキャンプのブームがきては去っていった。そのたびにメーカーは活気づいて斬新な道具が次々と出てくるし、キャンプ場が増えたり、施設が進化したりするから文句をいってはいけないはずだ。
 なによりも、「キャンプが趣味です」と公言しても変人扱いされにくくなるから歓迎すべきなのだろうが、すっかり憂鬱になっている。
 
 というのも、今回のブームはだいぶ趣を異にしているようだからである。つまり、かなりのものらしい。しかも、もしかしたら、ピークはまだ先なのかもしれない。そんな勢いを感じている。
 親しくしてもらって十数年になる人気キャンプ場のオーナーが、「お客さんの入りがすごことになってるけど、どうなったちゃったんだろう?」と笑いを噛みしめながら首を傾げているのだからやっぱりほんとうにすごいのだろう。

 キャンプ場がごった返すのは連休のときと、夏の時期に集中しているのは昔と変わらない。それでもブームだと納得したのは、一昨年から去年にかけてだった。
 まず、ゴールデンウィークをはじめとする連休の行きつけのキャンプ場の異常な混雑である。すべてのキャンプ場が今回のブームの恩恵に浴しているかどうかはわからない。インターネットの時代であらゆる情報が身近になっている。ちょっとした評判で混雑もすれば閑古鳥が鳴くのもめずらしくない。そんな時代である。



■ 店員さんも驚く賑わい
 ブームの予兆は2、3年前からあった。妙にキャンプ場が混みだしたのである。最初はそのキャンプ場だけの現象かと思っていた。だが、異常が確信となり、「これってかなりヤバくないか」と気味の悪さを実感するようになったのは去年だった。
 かれこれ20年近く通っている南大沢にあるアウトドア用品の専門店ワイルドワンの混雑は尋常じゃなかった。シーズンのころの週末ともなると、お店の駐車場の空きを待つクルマがずらりと道路に並んだ。はるばる出かけたものの、圧倒されて帰ったことが何度もあった。

 いまはなき南町田のアウトレットモール内のモンベルにしても、レジ前に長蛇の列がしじゅうできるようになった。モンベルの客の主体はキャンパーだけではないが、モールが開設したころ、アメリカから進出してきたREIだってそれほどじゃなかった。だから早々と撤退して、REIのあとにモンベルが入ったのだろうが。

 先の週末、ワイルドワン行きつけのアウトドア用品店で、買い物をしたついでに女房が店員さんに、「繁盛なさってますね」といったら、「わたしたちも驚いてるんですよ」という返事が返ってきたそうだ。
 そんな店内を子供たちが奇声をあげて走り回っている。危ないことおびただしい。だが、親たちの多くが注意する気配さえない。お店もほかの買い物客もはなはだしく迷惑である。
 ぼくの憂鬱の正体は、まさにこの現象なのだ。

■ 事故がいちばんの迷惑
 キャンプそのものが非日常なのだから、少々ハメを外して騒ぎたくなる気持ちもわかる。だが、そこは仮とはいえ、共同体である。仮とはいえ、生活の場である。騒がしさが迷惑になる他人がいることも忘れるべきではない。
 大人たちも一家そろって、あるいは集団で興奮し大騒ぎする。自分の家の子供が興奮して遊ぶとうるさいからよそでやりなさいとほかのサイトへとわが子を追いやる親もたくさんいる。そうした迷惑を何度となく経験してきた。

 たとえば、奥道志のキャンプ場で、こちらが焚火の前で夕飯をとっているというのにすぐ横でサッカーをはじめた数人の小学生がいた。注意をすると、子供をこちらへ追いやった父親のひとりが態度を豹変させた。せっかく楽しくやっているのにうるさいヤツだ、といいたいのだろう。
 迷惑なだけでなく、それが危険をはらんでいるとさえ予見できないのである。焚火台の中にボールを蹴こんでこちらがケガをしても、子供のやったことだからで通用すると思っているのだろうか。

 幸いにして実際に目撃してはいないが、子供のキャンプ場での事故の様子をいくつか聞いた。親の無自覚から生じた自損事故なら自己責任で片づくが、たとえば、サイトを移動中のクルマの前に物陰から飛び出して引っかけたというのではクルマのほうも浮かばれない。ぼく自身、キャンプ場内で運転していてヒヤリとした経験が一度ならずある。
 暗い通路を自転車やキックボードに乗り猛スピードで走り回る連中を規制していないキャンプ場のほうが多い。利用者同士のトラブルでも、これはあきらかにキャンプ場の管理責任が問われてもしかたないケースが多々ある。

■ しょせんは文化の違いかな
 子供は、成長してからは本人の自覚次第でどんな人間にでもなれると思っているが、幼いころは親のしつけで天使にもなれば悪魔にもなる。
 奥道志で出逢ったあのファミリーが数年後のいまもキャンプを続けているかどうかは知らない。せめて子供だけでも、他人の迷惑になるのがよくないことだとわかってほしいものだが、あの父親の態度を見たかぎり望みは薄い。むろん、キャンプにかぎったことではない。一事が万事である。

 これまでのハイシーズンの苦い思い出を噛みしめるたびに、まもなくやってくるゴールデンウィークとやらの大型連休のキャンプが思いやられる。
 日本では、飲んで騒いで憂さを晴らすムラの寄り合いが人間関係の基本となる未成熟の文化である。そんなところにマナーをうんぬんしてもはじまらない。過剰なまでに静謐を求める文化の欧米とはキャンパーの民度が違い過ぎるのである。これから先も日本で静かなキャンプは望むべくもないだろう。

 大勢だと宴会キャンプであり、酔って大騒ぎになるのは目に見えているからとグループでの利用を断っているキャンプ場が実際にある。さらにそこから進化させて、「大人専用」のキャンプ場、あるいはせめて静かなエリアのあるキャンプ場が登場してもいいと思うのだがこれは見果てぬ夢だろう。
 実際にキャンプが好きで、キャンプを楽しんでいるわけじゃないキャンプ場オーナーたちにはわからないだろうが、思いのほか利用者は多いかもしれない。

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清潔と自制からの快適キャンプ

2016-08-25 01:10:55 | Weblog

■ トンネルの向こう側は
 長い間、8月のキャンプは避けてきた。どこへ行こうと昼間は暑い。夏休みだからどこも混んでいる。フィールドを跋扈する吸血昆虫たちの脅威は避けようがない。それに夕立や雷は夏のアウトドアにはつきものだ。だから8月は家にいたほうがいい。
 今年、そんなリスキーな8月のキャンプに踏み切ったのは、自分の身に起こった予期せぬ変化がもたらしたストレスを野遊びで軽減したかったからである。

 先週の金曜日、台風7号が北へ去ってもぐずついている空を見上げながら中央高速を相模湖から大月を抜けて西へ走った。ときおり雨に洗われるので気分は沈みがちになる。ここを走って笹子トンネルを出るといつも天気がまったく変わる。たいてい好転するので今回も期待した。
 トンネルの長い暗闇を抜けて明るい出口が見えてきた。ダメか? トンネルから下界へ出る瞬間は目がくらむ。念のためアクセルをちょっとだけゆるめる。やったぁ! 薄日に近いが陽射しがまぶしい。だから甲州路は好きなんだよな!

■ さっさと逃げ出した理由
 高まる気持ちを抑え切れず、不意に目的地を変えたくなる。
 今回は八ヶ岳南麓にあるキャンプ場を使うつもりで出かけてきた。夏休み中なので帰路の混雑を考えて少しでも近場がよかったからだ。
 8月にこの八ヶ岳南麓でのキャンプは経験がない。勝手知ったるキャンプ場とはいえ、8月の様子がわからないので予約は入れていない。だから、目的地の変更は可能だが、とりあえず予定どおり行ってみようと思い直す。

 昼過ぎにたどり着いたキャンプ場にはたくさんの思い出がある。とくに17年間一緒にキャンプをやってくれた亡き愛犬との思い出が次々とよみがえる。いまも涙を誘う記憶だっていくつもある。
 ここは特別の場所だったはずだ。それなのに、ぼくは到着して10分としないうちにもう一度クルマに乗り、1時間半ばかり先にある別のキャンプ場へと向かっていた。
 ひとつには、一部が資材置き場のようになってどんどん汚くなっているロケーションに失望したからである。もうひとつは、キャンプ場でありながら場内にある周回の車道でのキックボードや自転車を禁止していないからだった。それどころか、それらをレンタルしている。

■ 遊び道具なんかいらないはずだ
 去年のキャンプで夜も昼もキックボードやマウンテンバイクが行き交う目の前の周回路に呆れた。トイレや水場に行くにも危険きわまりないし、騒がしさはひどいものだった。だから、今回は周回路を外れた隣のエリアでのキャンプをもくろんでやってきた。
 しかし、みんな思いは同じなのか、このエリアのサイトはあらかたが埋まっていて、難民キャンプ村同様の光景だった。このキャンプ場の中心であるはずの周回路に面したサイトがガラ空きという光景は、ここではいかにも面妖だった。

 新たに目指したキャンプ場は、場内でのキックボードなどを禁止している。キャンプに関する以外のレンタル品はまったく用意されていない。キャンパーが持参したキックボードやマウンテンバイクを場内で使うのも禁じている。
 遊び道具をレンタルしての小銭稼ぎなどさらりと捨ててひたすら静かにキャンプを楽しむためのキャンプ場に徹している。

■ 静かなキャンプを演出するには
 なによりも清潔感にあふれている。間違っても資材置き場のような風景はどこにもない。これは経営者の姿勢であろうし、センスである。
 むろん、キャンプ場側がいくら静かなキャンプを提供しようとしてもキャンパーの自覚がなければ夜中まで宴会キャンプが続く。しかし、今回は二泊三日、模範的なキャンパーたちのおかげで快適なキャンプを堪能した。さっさと移動してきてよかったとしみじみ思った三日間だった。
 
 八ヶ岳南麓にある思い出深いキャンプ場は、もう行かないかもしれない。不慣れなキャンパーたちを傍若無人にしてしまうようなタガの外れた雰囲気は、一見、自由なようでいて最低のキャンプしか約束されていない。こんな場所で楽しかるべきひとときを辛抱して過ごすくらいなら、思い出は思い出として大切に胸にしまったままにしておけばいい。
 そんな決意をさせてくれたこの8月のキャンプだった。

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テントの流行は変わっても変わらないのが

2016-07-31 08:50:01 | Weblog
■ キャンプの流行の裏側
 これまでもキャンプブームは繰り返しやってきては鎮まっていた。たとえば、いつだって8月15日の旧盆のころは人々がいっせいにキャンプ場へと押しかけてきた。かつて、キャンプはいま以上に海水浴とならんで夏休みのレジャーのひとつだった。

 キャンプのスタイルはそれぞれに時代を反映している。飯盒と毛布、重いテント などを背負い、電車や バスを乗り継いで行く苦行のようなキャンプの時代から、クルマを使った「カーキャンプ」と称する時代を経て、現在の「オートキャンプ」という名称もスタイルも日本独特のキャンプができあがった。

 いつの時代も、キャンプにかぎらず遊びの流行をリードしていくのは初心者たちである。それをうながすのがメーカーの商魂であり、それに乗せられたマスコミだ。
 キャンプをはじめると、まず、量販店などでテントをはじめ無難な値段とモデルの道具類をそろえる。だが、すぐに他人とは変わった、いわば個性的なスタイルに変えていこうとする。最近はそういう小道具にも事欠かないから、たちまちメーカーの商魂の餌食になる。

 雑誌などもファッションまで指南するからキャンプ場は同じような装いのお父さんたちやお母さんたちがあふれる。個性的なつもりが完全な没個性となり、それがアウトドアにうまくフィットしていればまだしも、キャンプをよく知らないメーカーやら編集者たちの指南だからお気の毒としか言いようがない。
 ファッションばかりか、個性的に演出したつもりの画一的なスタイルが横行する。サイトまわりを旗やLDの豆電球などで飾り立てるのもそのひとつだろう。そうした虚飾の非日常に家族揃って興奮し、夜中まで騒いで周囲に迷惑をかけている。いいじゃないか、アウトドアなんだから、とばかり……。


■ テント設計者の能力がわかる
 3年ばかり前に流行ったのがネイティブアメリカンのティーピーを模したデザインの三角型のテントだった。ドーム型が主流のキャンプ場では形が珍しいからたしかに目立つ。いかにも楽しげだから、子連れキャンプには最適だ。
 だが、大きさがないと頭が天井につかえるだろし、素材も厚手らしいから、収納でたたんでもかさばるのはしかたない。設営時のペグの数も多いようだから設営作業も簡単とはいかないに違いない。でも、たしかにみるからに楽しげだ。
 
 そんな厄介だが楽しげなティーピー型の三角テントが今年はどれだけ広まっているのかと楽しみにしながら臨んだ5月の大型連休だったが、増えているようには見えなかった。ただ、ティーピー型が旗や風車で飾り立てているのは変わらない。
 7月のキャンプではティーピー型をひと張りも見なかった。むろん、たまたまの現象ではあろうがやっぱり意外だった。そのかわり、かまぼこ型のテントが目立っていて驚いた。ぼくも25年ばかり前にダンロップのダルセパクト(写真下)というかまぼこ型を使っていたからこの形状には愛着がある。
 
 7月にお目にかかったかまぼこ型のテントたちだが、20年前のダルセパクトたちよりもはるかに薄い生地だというのがひと目でわかる。布地も進化しているから当然といえば当然だろうが、今回目にしたかまぼこ型テントの張り綱の数には目を剥いた。設計者が自信をもっていないのではないかと疑ってしまったほどだ。


■ キャンプを宴会と勘違い
 ブランド幻想を振りまくのがコンセプトで人気のスノーピークのテント類もまた張り綱は多い。こんなところにまでとあきれるほどだ。スノーピークのテントやタープ、シェルターは、素材は高級だし、縫製もしっかりしているから悪くない。しかし、当然、収納時の容量と重量は増す。
 ぼくひとりじゃ持ち上げるのもままならないようなスノーピークの最近のモデルは知らないが、10年前のテントの張り綱の多さは、やっぱり設計者が自信を持っていないのではないかと思えてならないほどだ。
 
 今回出逢ったかまぼこ型テントのオーナーたちもやっぱりすっと興奮したままだった。
 初日は慣れない設営で疲れ果てたのか、子供たちが暗くなっても興奮して大声をあげて走りまわっていたが、午後10時前には就寝していた。だが、2日目の夜は午前1時の半ば過ぎてもキャンプ場中に響き渡る騒ぎがおさまる気配がない。
 
 注意しにいくと、総勢30人あまりの男女が酒盛りの真っ最中である。男たちは一様に詫びて声をひそめたものの、酔っぱらった女たちは大声をあげての傍若無人ぶりは変わらず、まもなく管理人の警告があってようやく宴会はお開きとなった。
 集団心理というヤツだろうが、ほかのキャンパーたちのだらしなさにはいつも呆れてしまう。女房や子供が一緒だから集団を怖がるのは理解できる。だが、すぐ隣で大騒ぎされているのだから、せめて管理人を動かすくらいの知恵と勇気を働かせてほしい。

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梅雨のキャンプが好き

2016-05-27 21:50:20 | Weblog

 梅雨の走りの今日の空だった。

 梅雨のころのキャンプが好きだ。毎日そぼ降る愁雨と呼びたい長雨はごめんだが、その雨が上がる梅雨の中休みがいい。狙い定め、週末と重なってくれたらテントとシュラフほかのキャンプ道具をクルマに積み込んで出かけていく。

 梅雨入りになってからのキャンプ場はたいてい閑散としている。長雨にフィールドが痛めつけられていても、人出のダメージにくらべたらはるかにましだ。何よりもこの静けさがたまらない。
 梅雨どきは雨がやむと待っていましたとばかり羽虫が湧いてくるが、フィールドに虫はつきものだし、凶暴な人間に比べたらかわいいものだ。

 何度めかのキャンプブームのとき、「キャンプは(ほかの遊びのための)手段であって目的ではない。だから、雨はなんの問題もない」なんてテレビでしたり顔でほざいていたキャンプ初心者のオヤジがいたが、ぼくの場合は正反対だ。
 キャンプそのものが目的だから雨のキャンプなんてちっとも楽しくない。むろん、雨の中や雨の予報だったらわざわざ出かけていかない。それでもキャンプ中に降られられたら、しかたないから気持ちを切り替えてのんびり過ごす。

 今週末は本格的な梅雨入りにそなえ、いつでも出撃できるようにワクワクしながら準備しておくつもりだ。


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わが家のテント遍歴 ~丈夫がとりえのスノーピーク~

2015-12-23 20:17:44 | Weblog

■ テントをつなぐトンネル欲しさにスノピに手を出す 
 いま、わが家ではふたつのテントを使い分けている。長期滞在用には9年めに入ったスノーピークのリビングシェルシールド(以下、リビングシェルと呼ぶ)にあとから購入したインナーテントをセットしたものを愛用してきた。
 もうひとつが2年前からのモンベルのムーンライト5とアストロドームの組み合わせである。夏場はアストロドームではなく、ビッグタープHXに変わる。虫の攻撃をまともに受けるが、さほどイヤだとは思わない。
 夕食時、ランタンを食卓に置かないから、食べ物に蛾が飛び込むなんてこともあまりない。あっても、つまんで出せばいいだけのこと。それがキャンプだ。

 スノーピークのリビングシェルは、最初、ランドブリーズのテントに、これらをつなぐL/Bトンネルも一緒に買った。年越しキャンプのキャンプ場で毎年会う常連さんがこれを使っていて、わが家の女房からの強いリクエストがあったからだ。彼女がいちばん魅かれたのは、トンネルだったのだけれど……。
 ぼくはというと、スノーピークというメーカーにいくつかの経験から不信感を払拭できずにいた。とりわけ、テントのカラーリングにオリジナリティーを感じることができず、このあからさまなあざとさに嫌悪感さえあった。

 それ以上に、初心者に多かったが、キャンプ場でのスノピ信奉者たちのこれ見よがしの態度も不快だった。こんな連中の同類になりたくなかった。同類と思われるのものしゃくだった。
 かつて、偶然、スノピのイベントのスノーピークウェイが開催されるキャンプ場に、そうとは知らずに出かけてしまい、スノピ信者に囲まれて一晩過ごしたことがある。あの鼻もちならない雰囲気はいまも忘れられない。


■ この使いにくさはなんとかならないか 
 当時、ネット上でのみ間接的な知り合いのスノピ信者のひとりが、そんなスノーピークウェイに参加し、社長の言葉として、「スノーピークの製品は高価でいい。それだけユーザーが優越感にひたれるから」という意味の発言を自慢げに紹介していた。ぼくが直接聞いたわけではないから事実かどうかはわからないが、この会社の営業戦略を見ているとさもありなんと思えたものだった。

 モスのテントのパクリだという批判からの脱却をはかろうとしていたのかもしれないが、スノピのテントがあわただしく基本カラーを変えていった時期がある。短期間だが、ベージュがグレーに変わり、濃いめのベージュに戻った。ちょうどそのころ、スノピのテント類がわが家にやってきた。
 試し張りに出かけた一泊キャンプでぼくは早くも後悔した。リビングシェルの張りにくさとテントのランドブリーズがつまらないところまでペグを必要としたからだ。

 スノピのテント類の素材と縫製のよさはぼくも認める。だが、ランドブリーズのテントにかぎってはデザイン上の細部の詰めが甘いとしか思えない。完成されたテントではなく、まだ発展途上だといっても過言ではない。
 もうひとつ、トンネルという名のフライシートは、たしかに楽しい発想だが、日本のキャンプ場で、とりわけ区画があるとこれを使ってテントとシェルターをつなげるところは限られてくる。
 年越しキャンプで二度使ったが、すきま風がひどくて冬はとうてい使いものにならないのがわかった。



■ 巨大化路線は優越感をくすぐる戦略なのか 
 わが家のキャンプは女房とふたり、それに中型犬が二頭である。ランドブリーズのテントに前から持っていたスノピの旧カラーのヘキサタープを組み合わせて使ってみたこともある。だが、きちんと張れたらたしかに美しいフォルムのこのタープの実用性が低いのは前からわかっていた。
 タープの下の有効面積が狭いのである。雨や日差しに対して弱いという意味だ。つまり、雨が降り込んでくるし、日陰もたいして得られない。デザイン重視でタープに求められる本来の能力は無視されていた。

 せっかく大きなリビングシェルがあるのだからというのでインナールームを買ってみた。だが、これは大失敗だった。リビングシェルの空間の半分を犠牲にするから、短期滞在の二人だけのキャンプならまだしも、なんとしても手狭である。一度で懲りてすぐに新たにインナーテントを買ってみた。
 雨に備えてフルフライシートも使うから設営はインナールームの何倍も手間取るが、テントを建てるよりはいくぶん楽である。居住性でもわが家は問題なかった。かくして理想のスタイルにようやくたどり着けた。
 
 それでもやっぱりリビングシェルは重くてかさばる。布地が厚いのとそれを支えるメインポールが太いからだ。
 ところが、最近のスノピのシェルターやテント類は巨大化しますます重くなって設営や撤収が大変なのは一目瞭然である。よほどの筋力の持ち主でないと取りまわしがきかない。ぼくにはスノピのこうした発想がまったく理解できない。
 アイディアも多彩だし、センスも悪くないのがスノーピークというメーカーである。ときどき、細部の詰めの甘さで完成度の低い商品をつかまされたユーザーが泣きを見るが、それでも人気ブランドにはちがいない。だからこそ、最近のテント類の巨大化路線にはあきれるばかりである。
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いずれフィールドで瞑(ねむ)りにつこう

2015-12-22 20:42:37 | Weblog

■ さあ、銀山湖へ出かけよう!
 3歳年上の従兄が脳卒中でたおれた。
 血縁はないが、ぼくのフライフィッシングの師にして、キャンピングでは逆にぼくが先輩となる。こうしたつきあいのなかで、女房の従姉の連れ合いの彼がいまでは兄貴同然の存在となっている。

 実の兄弟でさえ冠婚葬祭でしか顔をあわせないというのに、彼とはこの10年近く春から晩秋にかけて年に何度となく老夫婦二組が寄り添うなかでキャンプを楽しんできた。
 60代同士で結婚した彼らがキャンプに目覚め、おきまりの道具遍歴を重ねてようやくたどりついた理想のテントの前で仲むつまじく過ごしている光景はなかなか味わい深い。そのスタイルが、すでにベテランの域にあるのはひと目でわかる。
 
 フライフィッシングの手ほどきだけは受けているぼくも、リタイアしたら彼の指導で本格的にフライのロッド(竿)を振る気でいる。まずは新潟と福島の県境にある、彼のホームグランドの銀山湖へ釣行しようという段取りだ。
 ぼくはビギナーズラックをひたら信じ、初回で大物を釣り上げる夢にずっと酔ってきた。願いどおりなら、ブラウントラウトの大物がヒットするはずである。夜、ベッドの中でそんなことを考えてしまうとわくわくして眠れなくなる。

■ もう話すことなんか何もないけどね
 さしあたっての時間はありあまるほどあるだろうから、まずは野営場にふたつのテントを張り、そこで寝泊まりしながらの長期釣行としよう。朝飯をしっかりすませてから自分たちで作った弁当をデイパックに入れ、ロッドを提げて湖に向かう。
 テントの脇には土をかけて熾きになった焚火の下に晩飯用の食材をしこんだダッチオーブンが埋まっている。夕闇のなか、空腹をかかえ、疲れ果ててサイトへ戻ったとき、冷えきった身体にエネルギーを充填できる熱々のメニューが待っているという寸法だ。
 
 ふたりそろって高脂血症だし、ほかにも共通の肉体的なリスクは歳相応にかかえている。だけど、ダッチオーブンのなかには高カロリーのメニューがたっぷりだ。蓋を開ければよだれがでるようないい匂いの湯気がたちのぼる。
 連れ合いたちが見たら、この命知らずの無謀なディナーに悲鳴をあげるに違いない。でも、湖に立ち込んでいるとき、あるいはテントで寝ていてお迎えがきたのなら、これに勝る幸せはない。
 
 身体が動くかぎり、そんなキャンプ釣行を続けていきたい。

 夜、焚火の前ではきっとその日逃した獲物への未練をくどくどと繰り返すだろう。新しい話題なんてそれくらいしかない。互いに70年以上生きてきたといっても、たいした話題しかない自分たちの人生に愕然とするのもいい。最初から、そうそう話すことなんてないのだ。それに、何度も同じ思い出話を繰り返し、もうとっくにネタは尽きている。かくして老人は寡黙になっていく。

■ 焚火の前が瞑目の指定席じゃないか
 湖にひそむ魚たちも寝静まり、ふたりは焚火をみつめてとろとろと時間をつぶす。お湯で割ったホットウィスキーの湯気にときどきむせるだけで無言のままだ。それでもなんという充足感だろう。
 魚なんか釣れなくてもいい。ふたりが湖面に流したフライに気づいた大物が、「だれがそんなものにだまされるかよ」と尾で叩いてゆっくりと潜っていく。そうやって、老獪な魚にからかってもらえただけでじゅうぶんだ。「惜しかった! もうちょっとだったのに!」なんて強がりをいいあっていっとき元気になれる。
 
 薄明のころ、朝靄のなかにぼんやり浮かぶのは、消えた焚火の前の椅子で古いブランケットにくるまって眠るふたりの老人である。足下には空になったバーボンの瓶がころがっている。
 彼らは二度と目覚めることがない。ブランケットは、裾が擦り切れ、色褪せ、焚火の火の粉で穴だらけだ。ふたりの死に装束としてこれにまさる衣装はない。ここにいたるまでの人生の来し方は互いにいろいろあったが、男の最期はやっぱりそんな至福とともにありたい。

 彼の連れ合いである姉貴には悪いが、ぼくは勝手に男同士の最期はかくありたいと希(ねが)ってきた。
 兄貴である従兄がフィールドに復活し、最後の夢で締めくくってくれる日を、まだ諦めるわけにはいかない。ぼくらの死に場所は病院のベッドの上じゃないはずだ。
 がんばれよ、兄貴!

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わが家のテント遍歴 ~最盛期を支えてくれたあれこれ~

2015-12-19 00:30:34 | Weblog
■ ソロからファミリーキャンプでテントも変わる 
 ソロが基本だったぼくのキャンプに、25年ほど前から女房がついてくるようになって道具たちが激変した。たちまち巨大化したのである。
 オプティマス8R、スベア123などだった食事作りのガソリンストーブがコールマンのピークワンになり、まもなくツーバーナーへと変わる。キャンドルランタンもピークワンランタンやらワンマントルへ。いずれもホワイトガソリンを燃料とするからすんなり移行することができた。
 ほかにも、ちょうど、キャンプ用の椅子やらテーブルのいいものが発売されるようになった時期でもあり、それらが一気に増えた。
 
 だが、なんといってもいちばん大きく変わったのがテントである。女房がいて、大学生から社会人になっていくせがれはさすがにこなかったが、当時は小学生だった女房の姪が頻繁につきあってくれた。はた目には家族にしか見えなかっただろう。
 この時代、わが家がいちばんやっかいになったのがダンロップのダルセパクトであり、コールマンのスタンダードドームテントだった。

 ダルセパクトはすばらしいテントだった。風雨にも強く、居住性も申し分なく、廃番にさえならなければ後継テントとして買い続けたかったほどである。だが、ポールが多くて、設営が楽だったとはいいがたい。生地も厚かったし、ポールの数で重かった。
 サブにコールマンのドームテントを買ったのは、ひとえに張りやすさを求めたからだったが、初期のコールマンテントは、悪口をいいはじめたらきりがないほどクォリティーに問題があった。


■ ロッジ型からコールマンのドーム型へ 
 しかし、コールマンジャパンがはじめてテントをリリースして、そのデザインもさることながら、値段が魅力だったし、量販店で容易に入手できたので、ハイシーズンのキャンプ場がコールマングリーンで埋まった年が何年か続いた。
 どこまでいってもコールマンのテントが続き、自分のテントに帰れなくなった子供がコールマンテント村の中で泣いていたなんて話も珍しくなかった。なんせ、タープも椅子もテーブルも横に置いてあるツーバーナーも全部似たり寄ったりのコールマン製品である。大人だってどこが自分たちのサイトかわからなくなって当然であきれた記憶がある。

 余談になるが、コールマンテントの攻勢がはじまる直前にクルマを使ったキャンプのブームがきた。「オートキャンプ」なる和製英語がモーターリゼーションの世相とあいまって、その後の4WDブームの前触れのようにリクリエーションとしてのキャンプが注目された。キャンプ場に並んだテントは重いスチール製のポールで組み立てていくロッジテントだった。
 多くのロッジ型が量販店で信じられないような安価で売られていた。激安だけにひどい製品もあったろうし、何よりも設営と撤収の手間は正視に耐えないほどだ。コールマンテントはその後継テントにぴったりだったともいえる。

 わが家のダルセパクト時代がコールマンテントと重なるとはいえ、10年以上続いた。最後はさすがに防水機能が落ちてきたものの、ほかのテントへの買い換えは念頭になく、大々的に防水加工をやる気になって防水液や刷毛を準備もしたほどだった。
 ダルセパクトの時代は、ちょうどタープが出現し、まもなくメッシュタープへ進化し、現在のスクリーンタープの原型が定着する時代の変遷と重なる。


■ タープがたちまち進化を遂げた 
 虫嫌いの奥さんや子供たちとキャンプへきたとき、とくに夏場はランタンの光めがけて飛んでくる虫が悩みのタネだからだろう、タープの側面にメッシュを垂らしたような不格好なシロモノが発売された。
 いつもキャンプにつきあってくれる小学生の姪のために、ぼくもコールマンの製品を買った。スチールのポールはなんとも粗悪品で買ってすぐに後悔した。デザインもひどかった。二度目の使用時、突風にあおられて傾き、ランタンにメッシュが絡んで穴が開いたのをこれ幸いと廃棄処分にした。

 メッシュの外側にウォールをつけたスクリーンタープがすぐにリリースされていた。絞り込んだ候補はふたつ。どちらもコールマン製品であり、パラワイドとスリーポールスクリーンタープだった。前者のポールと後者のポールを見比べたらひと目でその差がわかる。ぼくが選んだのは前者のほうだった。
 ベージュ&イエローのダルセパクトとグリーン&ベージュのパラワイドではカラーバランスがよくないが、ぼくは無頓着だった。スクリーンタープがいらない季節は、スノーピークのレクタングラーやら同じくスノピのヘキサを使い分けた。

 レクタングラーは現在も3枚が手元にあり、グループキャンプのときにずいぶん重宝した。スノピでありながらカラーがいずれもアイボリーだけという時代だった。
 2枚のヘキサのほうも1枚はアイボリーでソロ用に小ぶりのものを買ったが、ほとんど使わないでキャンプ入門者に進呈した。
 これらもまた写真のようにダルセパクトとはバランスがとれないが、まあ、使えればいいじゃないか。そんな感覚だった。


■ クレーム対応に不信感が残った 
 小川キャンパルのテントであるスクートとスクリーンタープのスクリーンキャビンは、ほんの偶然から衝動買いした。当時、毎月のキャンプをご一緒するようになったご夫婦といきつけのアウトドア用品の店でこれらを見つけた。ちょっと使ってみようか程度のノリでそれぞれにセットで買った。はじめてテントとスクリーンタープがジョイントできてその便利さに満足した。
 テントの広さや高さは申し分なく、スクリーンキャビンも大人4人と犬4匹がくつろぐのには十分だった。なんとなく心細さを感じつつもシンプルな設計だけに故障の可能性も低いだろうとタカをくくって使い続けた。なんせOGAWAのブランドである。イマイチのデザインもがまんできた。
 
 設営直後に「あれ?」と異変に気づいたのは1年も経たない、たぶん半年くらいのころだった。わが家のスクリーンの天井に多数のピンホールを見つけたのである。隣のサイトのスクリーンも同じだった。まるでプラネタリウムにいるような光景だった。
 東京へ戻り、ふたつのスクリーンを販売店に持ち込んだ。顔見知りの店長は、「そんなクレームは一件もきていない」とケンもほろろだった。それでも小川キャンパルへ送ってもらい、あとは当事者同士の話し合いとなった。
 まもなく、担当者から電話がかかってきた。彼もまたそういうクレームは一件もないのだから、使い方が悪かっただけだと強弁を続けた。昨日今日キャンプをはじめたのならそれで引き下がるだろうが、これは明らかに素材が不良品だからだとぼくも譲らなかった。

 長い電話のやりとりで、担当者は渋々だが、「交換はできませんが、新しいのを買い取ってください。価格は100円くらいでどうでしょう?」と提案してきた。
 ショップ経由で新たに送らてきた幕体の手触りは以前のものよりはるかにしっかりしている。そして、ぼくの手を離れてからは従姉夫婦が何度か使い、いまはこの2年ほどキャンプを一緒にしているF家のスクリーンタープとして健在である。
 実質の交換から10年、ピンホールも見えずに役立っている姿を見るにつけ、やっぱりあれは不良品の素材だったのだと確信を強めている。あのとき、キャンプ仲間と同時に同じ製品を2張り買っていたからこちらも冷静にクレームを展開できた。この対応で、ぼくのOGAWAブランドへの信頼は一気にしぼんでしまった。
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わが家のテント遍歴 ~初期のころ~

2015-12-14 22:45:04 | Weblog

■ ひとり遊びで重宝したツエルト
 コメントでテントに関するご質問をいただいた。その過程で、10年ばかり前に使っていた小川キャンパルの「スクート」の感想を求められて気づいたが、あのテントは短期間で酷使しながら、引退させてしまったのも早かった。これといった不満があったわけではないが、後継のテントを買ってしまったのが災いして早期の引退となった。

 ぼくが最初に買ったテントは、記憶では昔ながらの三角テントだった。まだテントにフライなどなく、本体のすべてに防水加工を施している時代だった。それでも素材はすでにコットンではなく、化学繊維(記憶では「ビニロン」という名称だった)でできていた。
 コットン製のテントに比べればかなりコンパクトに畳めたが、それでも現在の常識とはかなりかけ離れたテントだった。
 
 若いころ、ひとりで出かけた野遊びで、一夜の寝室にいちばん適していたのは「ツエルト」だった。登山者がビバーク用に持参する簡易テントである。二本の樹木にロープをからめて張るだけの、防水機能も脆弱な代物だった。
 シュラフも粗末だったし、まだ、ロールマットなんてしゃれたものはなかったので、ほかに、厚手のグランドシートを二枚持参し、一枚を地面に敷いてからツエルトを立ち上げ、もう一枚はタープのようにして使っていた。どちらもいまもクルマに常備し、キャンプのたびに使っている。
 当時の写真は一枚もないが、楽しい記憶はたくさんある。二代目のツエルトにはポールが付属したていたと記憶しているが、使った記憶があまりない。

■ 過去のエスパースの意外な弱点
 登山雑誌や釣り雑誌でアメリカで流行しているというバックパッキングの様子がしきりに紹介され、もっと情報がほしいと思っていたところに芦沢一洋さんの「バックパッキング入門」が出版されて一気にのめりこんでいった。
 同時にしばらく立ち直れないほどのショックも受けたのは、その精神よりも道具たちの多彩と、機能、そして、野遊びの内容の先進性ゆえだった。

 当時、日本のバックッパカーたちのバックパッキング用のテントしてしきりに紹介されたのはダンロップのコンパクトな登山テントだった。インナーがオレンジ、フライがブルーの信頼性のあるテントという評判だった。
 ぼくが知らない間に山岳テントはどんどん進化していた。いつか、ダンロップのこのアルパインテントをと思っていたが、何年かして買ったのはカモシカスポーツのオリジナルである「エスパースミニ」だった。
 当時、仕事で知り合ったクライマーの連中からこの高機能のテントがあると教わり、真冬、雪の中でも使えるようにとフルフライシートと内張りまで一緒に購入した。

 春先の残雪の上でのキャンプをエスパースで何度か経験したが、真冬の本格的なコールドスノーキャンプとなると、その機会がないまま過ぎた。冬山ではなかったが、どこだかのアルプスを縦走中にエスパースのポールが折れてしまい、途中で下山してきたというアルピニストに出逢った。
 当時のエスパースのポールはグラスファイバーを素材に使っている。折ろうとしても折れるものではないが、ひょんなことから簡単に折れてしまうという話も聞いた。すばらしいテントだっただけにショックも大きかった。


■ 雨や風に絶大な信頼のムーンライト
 次のテントが、モンベルのムーンライト3だった。まだ淡いグリーンしかなく、夜、このテントの中でライトを点けると闇のなかに美しく浮かび上がった。大人3人が寝られるというふれこみだったが、実際にはせいぜいふたりまで。
 これをひとりで使うとなかなかリッチな気分になれた。ほかに中型の犬たちと一緒に寝るにもちょうどいい大きさだった。このころは、テントを背負っていくスタイルではなく、クルマを使っていたから犬連れのひとり野遊びの場合ももっぱら3型を愛用していた。

 基本設計が昔ながらのテントのイメージを踏襲したというのが好ましかった。すでにドーム型テントが主流の時代になっていたが、日本のフィールドにはA型フレームと呼ばれる三角形の屋根型テントのほうがよく似合うと思えてならなかった。
 むろん、頭がつっかえてしまうこうした屋根型よりも丸みを帯びたドーム型のほうが居住性はいい。それでも、もっぱらテントは寝るだけという使い方だからなんら苦にはならなかった。そのうち本格的なタープが出現し、野営地で寝る以外の時間はタープの下で過ごすのが当たり前になっていった。

 ムーンライト3の二代目をアイボリーに変えたのは、目新しさもさることながら、従来の淡いグリーン色が目立ちすぎて居心地の悪さがあったからである。オプションだった前室がフライに標準でついたのもうれしかった。
 初代のムーンライトから、モンベルのテントの大雨や強風の強さには目をみはるものがある。いま、ぼくはムーンライト5のテントを使い、なぜか大雨に見舞われてきたが、いずれのときもタフであることに変わりはなかった。 

■ 企業も製品も進化するモンベル
 初代のムーンライト3を使っていたころ、女房がキャンプに加わるようになった。リリースされてまもないモンベルのタープを買った。同じ形はすでに廃番となっているが、基本的にはヘキサのタープである。色は例の淡いグリーンだった。
 嵐のような大風の中で、張り綱にゴムのストレッチコードをかませたとはいえ、このタープは朝まで雄々しく耐えた。しかし、色が淡い分、強い日差しが抜けて日陰は暑く感じた。
 
 もうひとつ、経年劣化が早かった。コーティングがはがれ、表面がちぎれて垂れ下がってくるようになった。たぶん、初期の製品ということで、変わったデザインと素材は失敗作だったんだろう。
 当時のモンベルの製品にありがちなのだが、このタープを付属のスタッフバッグに収納しようとするときつくてひと苦労だった。モンベルは製品ばかりじゃなく、企業ポリシーも進化を遂げている。
 
 二代目のムーンライト3と一緒に買ったミニタープHXはブルーブラックのようなダークフォレストという名らしいカラーである。青系のタープは顔色が悪くなるから使わないほうがいいという専門誌の記事を読んだことがあるが、なんともナンセンスな意見だ。
 タープの本来の役目が日陰作りだとすると、淡い色よりも濃い色合いのほうがいい。可能なら黒がいいちばんいいかもしれないが、さすがにそれはやりすぎだろう。そうなると、モンベルのダークフォレストはいちばんぴったりに思える。
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冬のアストロドーム&ムーンライトについて

2015-12-12 03:01:13 | Weblog
■ コメントにお答えして
 くんくんさん、コメントをいただき、ありがとうございます。

 ひとさまにアドバイスできるほどテントやタープ類に精通しているわけではありませんが、ムーンライト5とアストロドームを使ってみた者としての感想をお伝えいたします。

 ブログにも書きましたが、ムーンライトの設営の容易さは目を見張るほどです。わたしは3型を長年使い続けてきましたが、大きい5でもまったく遜色ありません。このへんの情報はご存じだと思います。

 アストロドームですが、モンベルお得意の吊り下げ式ではありませんし、やっぱりガタイが大きいので取り回しは必ずしもいいとはいえません。正直なところ、これまで使ってきたスクリーンタープ類のなかで「張りやすさ」の点数は低くなります。むろん、これもおっしゃるとおり「慣れ」でしょうが。
 その代り、メーカーの設計思想が反映した風雨への工夫を見るにつけ、信頼感はかなり高得点になります。

 現在、わが家はもうひとつ、スノーピークのリビングシェルにインナーテント&フルフライを使っています。じゅうぶんな広さと快適さを確保できているので問題はないのですが、いかんせん、設営と撤収に手間がかかるのと積み込みにかさばるので短期滞在用にモンベルも買いました。

■ よほどの大雪の中でなければ
 ムーンライトでは、5にするか7にするか迷いましたが、かさばらないようにと5をチョイスした次第です。小柄な夫婦とコーギーが寝るにはまったく不満はありません。問題は、テントの中で立ち上がって着替えが可能かという点ですが、身長が165センチと150センチのわたしたちには首をすくめればほぼ問題なく使えます。

 ただ、ここに大人が3人寝ると、着替えの入ったダッフルバッグを置いたままではギリギリです。犬は居場所を取確保するのに苦労しています。それらの荷物を夜はアストロドームに移したり、ムーンライトのアストロドームとジョイントしたのとは反対側の出入口に予備のグランドシートで包んで置いたりしてもいます。

 これらのセットを南関東の冬のキャンプに使うのはどうかというご質問ですが、通常のキャンプなら問題ないでしょうし、積雪期でもよほどの大雪でないかぎりは支障ないと思います。
 まだ真冬に使ってみたことがないので責任あるお答えはできませんが、わたし個人は経験的にモンベルのテント類には絶大な信頼をおいています。山岳用に流用しようとは思いませんが平地のキャンプでの雨風への強さは抜群です。

■ 心配なら冬山用のテントで
 居住性として寒いかどうかですが、しょせんはスクリーンタープとテントです。風をさえぎり、外気を遮断できるレベルだったら御の字です。テントで寝るときも、快適さはシュラフの性能に頼る部分が大きいわけで、ほかに地面からの冷えをどうやって遮断するか等のほうがはるかに重要です。

 冬のキャンプも環境下でまったく状況が異なりますが、わたしがソロでやっていたころはスクリーンタープなどまだなかったので、テントはカモシカのエスパースミニの冬山仕様でした。
 本格的な冬用なら内張りのあるこうした登山テントに頼るほうが無難でしょう。いささかオーバースペックでしょうが、突然の風雨や大雪にも対応可能です。

 「リサービア」についてはまったく情報を持っていません。
 10年ほど前に同じ小川キャンパルのスクートというテントを使っていました。基本的な構造は同じようです。非常にシンプルで設営も撤収も楽でした。むろん、春夏秋冬のキャンプを楽しんでいました。
 申し上げるまでもなく、リサービアはブランド的には信頼できる製品ですし、テント単体で見ると居住性もムーンライトより上でしょう。
 
 以上、ご質問のお答えになっていればいいのですが。
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自分にあったキャンプ用の椅子をもとめて

2015-12-10 22:48:16 | Weblog
 椅子を買った。Onway製の「スリムチェア」である。  
 実物はどこのショップにもないので、ネット上の情報だけで注文した。実物を試してから家族の分も考えようと思い、とりあえず1脚だけ頼んだ。送料が700円かかったが、それで8,368円だからリーズナブルといえるだろう。 
 
 色はブラウン、ピンク、グレーがある。実はほぼ同じ形状で気に入っているコールマンの椅子を持っていて色はブラウンである。今回買ったのはグレー。なかなかいい色に思えたので迷いはなかった。
 注文した翌日には到着した。色には満足しているが、期待していたよりも背もたれがうしろに倒れているので、さて、どこまでキャンプに適しているかは使ってみないとわからない。
 
 若いころ、キャンプ用の椅子なんてどこにもなかった(アメリカ製のバギーチェアはあったが、ビンボー人にはとてもじゃないけど手が出なかった)ころの不便さが身にしみているせいか、よさそうな椅子を見つけると抑制がきかなくなることがある。今回はまさしくそれだった。
 
 40年前、はじめて買った椅子はキャンプ用ではなく、木製のフレームに帆布製の座布と背もたれがついたディレクターズチェアだった。かさばるので、当時の愛車カローラに積むとトランクルームがあらかたいっぱいになってしまう。それでもサイトで過ごす快適さは申し分ななかった。
 
 英国製のガタバウトチェアは27年前の購入のはす。いまもブルーのヤツを4脚もっている。スリムに収納できるのはいいのだが、お尻が沈んでしまい、ぼくはどうにも長時間座っていられない。焚火の火の粉が飛んでくると、座布に穴が開いてしまうのが悩みだった。
 前後してキャンプ用のさまざまな椅子を試してきたが、実際に買ったのはやっぱり収納が楽なものがほとんどだった。最初のディレクターズチェアで懲りていたからだろう。

 スノーピークの「フォールディングチェア」は安定感があってよかったが、収束型ではないから2脚以上となると積み込みがいかんせんかさばる。次に目をつけたのが、同じスノピの「Takeチェア」でいまも愛用している。
 ただ、部品のネジが取れやすく、これまで何度か取り寄せてきた。スノーピーク製品は、意欲的ではあっても、値段がおしなべて高いわりにこうした細部の完成度が低い場合が往々にしてある。
 
 次に触手が動いたのはスノピのローチェアで、3脚まとめて買う寸前までいったが、女房がいま使っているTakeチェアのほうがいいというので思いとどまった。値段もスノピらしく割高である。つかっていないので細部の完成度はわからない。
 ローチェアについては、かつてユニフレームの製品を使っていたことがある。焚火用の椅子にはぴったりなのだが、手持ちのテーブルだとさすがに低すぎた。スノピのフォールディングチェアを買ったのを機に捨ててしまったのをいまも悔やんでいる。
 
 Takeチェアと一緒に使っているのがコールマンのリラックスチェア(現行品とは別)で、いちばん気に入っている。2脚あるがすでに廃番なので同じものは買えない。
 今回買ったOnway製のスリムチェアとほぼ同じように思えるが、座り心地は微妙に違うような気もする。次回のキャンプでたしかめたい。これが生涯の友となってくれたらありがたいのだが。
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自分たちさえよければいいという風潮

2015-11-24 21:56:59 | Weblog

■ ブームはかならず荒廃を招く
 11月三連休のキャンプはなんとも後味が悪かった。
 この何十年かの間、キャンプは、何年かごとにブームがきてはまた廃れていった。ブームのたびに市場は活気づき、道具の進化も著しい。しかし、いつもぼくはひたすらブームが終わるのを待った。春から秋のシーズンともなると、にわかキャンパーがキャンプ場へ押し寄せ、狼藉のかぎりをつくしているからだ。
 5月の大型連休や8月のお盆休みのころは特にひどくなる。そんなさなか、ある人気キャンプ場の管理人さんが、「ゴールデンウィークや夏は、みんな正気じゃなくなるからここへはこないほうがいい」と教えてくれたほどだった。
 
 今年はどこへいっても、その賑わいからふたたびキャンプブームが到来したのがわかった。いきつけのキャンプ用品の店も春から繁盛していた。ゴールデンウィークと7月の海の日がらみに出かけた信州のキャンプ場も覚悟した以上の混雑だった。それだけにびっくりするような経験も少なくない。
 たとえば、9月のキャンプでは、テントの前にテーブルを出し、椅子の座ってくつろいだり食事をしているすぐ横を家族連れが平然と通り抜けていく。あるいは、子供たちの集団が興奮して駆け抜ける。他人のサイトは迂回するものというマナーなど気づかない連中がたくさんいた。マナー以前の非常識といってもさしつかえないのだが。

■ 子を見れば親がわかる
 そうやって秋を迎えた10月のキャンプが最悪だった。
 そろそろ静かになるだろうと思って出かけたのは山梨・道志村の奥まったキャンプ場である。夕暮れどき、隣のサイトへ四人連れの若い家族がやってきた。設営を急ぐ父親から、「(じゃまだから)あっちで遊べ」とでもいわれたのか、ぼくらのサイトへやってきてサッカーボールを蹴りはじめた。
 焚火の炎があがるバーベキューコンロも、そこに駐車してあるクルマも、ローテーブルの上にならぶ食材も目に入らないらしい。

 火があるからボール遊びはやめなさいと穏やかに注意すると、その子は顔をしかめて戻っていった。だが、1時間ほどしてこちらが食事をしていると、今度はほかのサイトの小学生たち数人を連れて戻ってきた。暗い中、われわれのサイトの明かりをあてにしてサッカーボールで遊ぼうという魂胆らしい。
 その喧噪たるや尋常ではない。それぞれの親たちがかまってやれないので、「よそで遊んでこい」と追っ払われた子供たちが集まってきたのだろう。

「きみたち、いいかげんにしろ!」
 さすがに今度は大声だった。子供たちはなぜ怒られたのかわからいという顔でぼくを見ていた。ふだんから親が家にいない同士で集団をつくるのに長けた子供たちにありがちな反応だった。子供たちのみならず、隣のサイトの父親もぼくがなぜ怒ったのかわからなかったようだ。他人の食事の邪魔をすることがよくないことだと思いいたらないらしい。
 このあと、よそのサイトにいる親たちの多くが夜遅くまで飲んで騒いでいた。ぼくのサイトからは離れていたが、近くにいたまともなキャンパーにはさぞや迷惑千万だったろう。

■ もうこのキャンプ場は使えないか
 11月の清里高原のキャンプ場は、例年なら数えるほどしかテントがないが、今年はブームに加えて陽気も温かかったので、この時季としては信じられないような賑わいだった。
 初日からキックボードやらスケートボードがわがもの顔で場内の車道を走り、夜になっても同じだった。暗闇の中から突然あらわれるのだから危険きわまりない。夜、トイレへいこうとして歩いていて、猛スピードでやってくるキックボードやらスケートボードに衝突されたら深刻な事故になってしまうだろう。

 とくにキックボードはキャンプ場が24時間1,000円で貸し出しているため、その数もハンパじゃなかった。キャンプ場が定めたルールなど無視して大人もまじってせまい場内の車道を走りまわっている。目の前で大きな事故が起こらないほうが不思議なほどだった。
 キャンプ場が営業収益を上げる手段としてはキックボードの導入は有効だろうが、老舗の人気キャンプ場とは思えない方策である。おおいに失望した。
 オーナーではないが、朴訥な管理人さんと、人柄のいい奥さんがよくて、もうずいぶん長い間通っているキャンプ場だが、これじゃ今後は使い方を見直さなくてはならない。
  
 二泊三日のキャンプ期間中、夜遅くまで大人と子供の興奮した声が場内にこだまして迎えた最終日の朝、キャンプ場あげての撤収がはじまると、子供たちはここでも親たちから、「あっちで遊んでこい」と追い払われてやってきた。
 ぼくのクルマのすぐ前の道路で、興奮していつまでもわめき散らす子供の声に、とうとうぼくは切れた。だが、「うるさい!」と注意してもさっぱりわからないらしい。大声で怒鳴りつけても効果はない。こうなるともはやサル以下である。

 呆れてあきらめ、後味の悪さだけが残った。
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どこまでキャンプをシンプルにできるだろう?

2015-11-04 21:55:12 | Weblog

■ 週末一泊で山梨の道志村へ
 一泊のキャンプはせわしない。だから、近年はほとんどやってこなかった。
 若いころ、ソロキャンプが当たり前だったころは、ひと晩、森で焚火をして寝るためだけに思い立って出かけたものだった。小さなテントとロールマットにシュラフ、最低の調理具、コップ一個で楽しめた。
 
 10月31日から11月1日の週末、一泊キャンプを計画したのは、そんな昔のシンプルキャンプをとりもどしたいとの思いからだった。11月2日の月曜日に出社しても翌日の3日は文化の日で休みとなる。一泊キャンプには願ってもない日程である。
 このキャンプで、どこまで道具が削れるか試してみたかった。女房のほかに、最近、コールマンのランタンにハマっている愚息を誘ったらついてきた。

 目指すは山梨の道志村である。
 道志とのつきあいは、かれこれ40年になる。「道志みち」と呼ばれる国道413号線がまだ全線舗装されておらず、道も細くてカーブとアップダウンにとんだ楽しいルートだった時代からさんざん走ってきた。
 そのわりにキャンプをおこなった頻度が低いのは、キャンプ場の数は多いがいまひとつ楽しめる環境に乏しかったからである。

 毎年、紅葉のころ、日帰りで山中湖をめざし、勇んで出かけていた道志村だった。たまたま訪れた時期がよかったのか、今年の道志村の紅葉は、例年になくきれいだった。
 これならほかもさぞやというので、初日に設営を終えてから139号線を本栖湖まで走り、途中の紅葉台や青木ヶ原の紅葉に期待したがみごとに裏切られた。


■ 道具はこんなに削ったはずなのに
 御殿場のスーパーマーケットで夕飯の買いものをすませてキャンプ場へ戻ったのは夕闇が迫る時刻だった。シンプルキャンプなので夕飯はBBQ。まずは炭火を熾す作業をいそいだ。
 どこまでシンプルにしたつもりかというと、テントはモンベルのムーンライトⅤにアストロドーム。いつもは二台のテーブルを一台にして、その代り簡易テーブルを人数分持参した。ジャグは持たないが、念のため大きめのプラスティック製カンティーンを用意した。だが、これは不要だった。
 
 焚火キャンプの予定でもあったので、スノーピークの焚火台(L)一式と焼き網。調理具は、使わないかもしれないと思いつつ、火に直接かけるステンレス製のビリーカン(タイ製)を購入後はじめて持参した。ヤカンは、ユニフレームのキャンプケトル。 
 食器はMSRのステンレス製の皿3、チタンのロッキーカップ3、スノーピークのチタン製シェラカップ3、同じくチタンシングルマグ300と450×2個。包丁がわりのナイフに小さなまな板、箸、スプーン類といったころである。
 
 道具を削ったつもりではあったが、クルマに積み込んでみるといつものようにルーフキャリーまで満載となり、なにを削ったのかよくわからないありさまだった。
 言い訳すると、前回残した炭と薪を積み込んだ。とはいえ、さほどの容量ではない。ソロのときにくらべてなにが増えているかといえば、テントの床に敷くキルティングのインナーマット(小川キャンパル)、カセットコンロ(イワタニのマーベラス)あたりだろう。


■ なにがムダかはわかっているけど
 ほかに、昔は直火が当たり前だったからわざわざ焚火用の器具など持たなかった。ランタンもなく、ソロだったら手のひらにおさまるようなフラッシュライトでことたりた。
 食事もビリーポットから直接食べていたから皿などの食器は使わず、飲み物用のカップが一個ですんだ。

 クルマを使ったオートキャンプと呼ばれるスタイルのキャンプは、やっぱりどうしても道具が大型化してかさばるのを避けられない。それに大人が三人と犬一匹のチーム構成もクルマに負担をかける。犬用のケージも大きいタイプのものを荷台に積んでいる。
 そして、わが家の場合、なによりも各自が持参する荷物が多すぎる。ぼくはノコギリがあるのに鉈や斧を持っていってしまうし、それ以外の細々としたキャンプ道具を入れた工具バッグがある。せがれはカメラバッグを持ってくるし、女房は着替えのダッフルバッグを複数持ち込む。

 若いころは、「やっぱり荷物をザックに詰め、歩いて出かけたキャンプだけが本物のキャンプだ」などとうそぶいていたが、もう、そんなストイックなキャンプに戻れる体力がないし、それより先に根性がヤワになって、ただただ堕落の一途をたどっている。
 クルマは使うが、久しぶりに犬だけつれてキャンプへ出かけ、ほんとうのシンプルキャンプを楽しみたいと思うのだが、いまやぼく以上にキャンプにハマってしまった女房の許しが出るはずもないだろう。
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