ふるやの森
地球文明の再生に向かう
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与那国島海底遺跡の発見は、地元の日本よりも欧米人に大きな反響を呼び起こしたと言える。これは、1つには欧米人にとって「失われた大陸:アトランティス」への郷愁が根強いためであると思われる。もう1つの理由は、日本に比べて欧米の学界には、従来の定説を覆すような新しい発見と理論に対する受容度が高く、4大文明をはるかに遡る超古代文明への関心が古くから高く、研究の蓄積も豊富であるからだと思われる。

「3500年(以上)前のシュメール(メソポタミア)文明が世界最古の文明である」としてきた、これまでの定説は,1万年以上前の世界最古の遺跡であると認定された与那国島海底遺跡の発見によって根底から覆ることになる。

さらに、与那国島海底遺跡が注目を集めている点は、この遺跡の構造が中南米に残るマヤ文明の遺跡とほとんど同一であると見なされる点にある。研究者の中には、ペルーにあるマチュペチュ遺跡の建造物が与那国遺跡の海底神殿と同一の建築であると考える人々もいる。

 

 与那国島遺跡                   全体図

 

 サクサイワマン遺跡(ペルー)          サクサイワマン遺跡神殿

サクサイワマン遺跡はペルーの中心部の街:クスコに隣接した平野部にあり、マチュペチュ遺跡は山岳部に、ナスカラインは海岸部に、その北部にはイカストーンで名高いイカの街がある。サクサイワカン遺跡とマチュペチュ遺跡はインカ文明の中心として栄えた「インカの聖なる谷」にある。

 

クスコ・ナスカ・イカの位置            ペルー海岸部

インカの聖なる谷                  イカストーン

与那国遺跡とマチュペチュ遺跡の類似性を説明できる理論が1つだけある。

それは、かつて一万年以上前に、巨大な石造建築を建設することが可能なテクノロジーを備えた文明が地球全体にわたって活動していた。彼らは陸路や海路を通らずに、高速で上空を飛行する交通手段を保有していた。

そして、与那国遺跡が沈没する以前に、共通の文明が中南米から東南アジアにかけて同じ巨大な太平洋上の大陸の上で栄えていた。

それが、ジェイムズ・チャーチワードが1926年に出版した「失われたムー大陸」で発表した伝説の巨大大陸:ムーである。

 

チャーチワードのムー大陸             ムー大陸のシンボル

私たちの探求の旅はまだまだ始まったばかりである。一万年以上前に高度な宇宙文明が地球上に実在したと考える以外に説明のつかない発見が次々に世界中で報告されて、その意味が理解されかけてきたのは、ほんの最近になってからだからである。

地球外に高度な宇宙文明が実在し、はるかな過去から地球を訪れてきたことに気づかせてくれたチャネリング・メッセージのおかげであることを、私たちは感謝しなければならないだろう。

☆F★

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