ふるやの森
地球文明の再生に向かう
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コップに入った水と氷を例にして考えるとわかりやすい。

コップの中には氷・水・空気が同時に存在している。

何分か後に氷の一部が溶けて水に変わる。

さきほどは氷だった水は今は氷ではない。

コップを熱すると氷は蒸発して空気になる。

氷は今では空気の一部である。

つまり、空気と水と氷は別々ではなく、存在の形態が異なっているだけなのである。

空気に変わった氷の人生(?)はそれで終わるわけではない。

温度が上昇するにつれて地球を離れ、宇宙の中心へと上昇していく。

つまり、ある空気の次元をある一瞬でキャプチャーすれば、そこには

まだ地上すれすれにいる空気・少し上空にいる空気・ほとんど離れた空気、・・・・・・・・・・・・・

無数のレベルの気体が多層構造で存在していると言うことができる。

これで宇宙の多層多次元構造の説明が終わった。

つまり、最初の一瞬でキャプチャーすれば、コップの中には、氷・水・空気の3つの次元(レベル)の存在物が混在していた。

さらに、個体(3次元)・液体(4次元)・気体(5次元)には、さまざまなレベルの存在物が折り重なって存在している。

そして温度(バイブレーション)が上がるにつれて

3次元→4次元→5次元→・・・・

上昇のプロセスが続いていくのである。

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おわりにむかうすべてのはじまりへ (574892)
2011-08-26 21:24:55
2001年09月23日01時40分

簡潔に言うと、それまで僕自身を司っていた「全体」のうち「半分」が消滅した。それは、僕が「半分の人間」として生きていくということを意味していた。

2011年08月21日09時47分

簡潔に言うと、今まで僕自身の「残りの半分」を司っていた部分が、消滅した。それは、僕が「ゼロの人間」として生きていくということを意味していた。

僕は、僕自身という「記号」を完全に失って、個人を特定することができなくなった。僕はもう、自分自身のことで悩むこともなく、思考、感情、アイデンティティを失った。社会に適応するためのあらゆる努力や、自分自身を抑圧し続けてきた過去や、常に相対的に正しい振る舞いをすべく生きてきたありとあらゆる無意味な時間はすべて「個」の消滅に伴う極性の変化によって姿を消した。

それは「個の死」でありながら、「死」ではない。
なぜか。それは、この世界に存在しているありとあらゆるものは虚であり、空であり、無でありすべての所有も所属も感性も理性もすべてが「なにひとつ自分のものではない」ことを表している。

ある日、突如として「消滅」した意識は、誰にも気づかれることなく、依然として世界は回転を続ける。「僕」は相変わらずこの世界に存在しているし、毎日ご飯を食べ、寝て、働いている。しかし、「僕」であったであろうその「意識」は、既にこの世界には存在していない。僕は「肉体」を伴うまったく別の概念であり、いわばこの世界で生きていくために便利な鎧を手に入れたにすぎない。

「僕」は死んだ。肉体的な死を伴わずに、この世界から消滅してしまった。ありとあらゆる価値は回転を続け、僕は日常を消費していく。そこには純粋な空虚が存在している。

「僕」は既にこの世界から消滅した。もうこのまま、とりかえしがつかない。「半分」はやがて僕をそのまま浸食していった。

いまや「全体」となったその意識は、「僕」という体を使って生活している「意識」にすぎない。

「仲間たち」へ合図を送ろう。

いよいよ準備は整った。ゴーサインは出ている。

 
 
 
コメント (とぅいんくる)
2011-08-27 10:34:31
前のコメントはどういう…。
今の自分の状態をズバリ言っているのでビックリです。
 
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