ニコニコ日記・咲顔

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高槻エリア 高岡寺・神峯山寺

2017年09月10日 | 歴史を歩く
9月10日(日)昨夜は、アルコールを抜いたのでスッキリした目覚め。2週間ぶりのヨガで汗をながし、昼ご飯を食したのが14時。昨日のリベンジもあって近場のお寺に行こうと車を走らせた。高槻は、摂津峡で水遊びしたり、慰安会で山水館で宿泊した記憶はある。また古墳があったり、キリシタン大名高山右近が今は無き高槻城主だったぐらいしか知らなかったけど、神社仏閣では、驚くほど歴史がありました。
  
近畿三十六不動尊霊場12番・安岡寺 ナビがなければ来れなかったです。住宅地の坂道をゆっくり登るとありました。
  
宝亀6年(775)桓武天皇の子、開成皇子が775年に創建。天台宗系の寺院でご本尊は、如意輪観音。木造千手観音坐像は、重要文化財。弘紹不動尊は、屋外で睨んでおられました。駐車場で高槻の神社仏閣を探すと色々ありました。
  
車で走ってもいいけど歩きたかったので鳥居の前の空地に止めて歩くことにした。山歩きする人も多くいる。地図を見るとポンポン山から京都の善峯寺に向かう東海道自然歩道がありました。
鳥居のようなものは、勧請掛(かんじょうがけ)。縄に樒(しきみ)を結び付けて、聖地との境界を意味している。大阪商人は、その長短などで米価や株価を占ったと言われている。
  
800m歩くと神峯山寺(かぶさんじ)日本最初の毘沙門天と書いてありました。茨木や高槻は結構身近な街だと思っていましたが、山深くて昔から山岳信仰が深くかかわっていたとは知りませんでした。神峯山寺も知らずにきたけど立派なお寺に驚いております。秋の紅葉は綺麗な事でしょう。 
  
ホームページをコピーしました<神峯山寺を開いた役小角、通称役行者(えんのぎょうじゃ)。彼は、奈良・葛城山より神峯山寺の九頭龍滝の水しぶきが光るのを見て、この地にやってきたといわれています。この「行者」とは、「修行するもの」という意味。彼は自然を崇拝する者として厳しい修行を重ねて悟りへと近づき、修験道(しゅげんどう)の開祖となりました。>
車だったけど有意義な一日を過ごすことができました。
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