ニコニコ日記・咲顔

一日が一生。感動したことを心咲顔で書いています。
旧http://blog.zaq.ne.jp/kijimuna/

熊野古道 中辺路5

2015年12月06日 | 熊野街道を歩く
12月5日(土)熊野古道5回目というかサンシャインツアー最終回。もう!運が良いとしか思えないけど9月12日(小生の誕生日)からの5回全て雨とは無縁でした。雨も神秘的でいいという人もいますが…
いつもの様に、6時15分に家を出て6時35分の電車。梅田を7時30分に出発したサンシャインツアーのバスは、超満席の48人で2/3以上が女性たちだ。「道の駅・牛馬童子」でトイレ休憩をして、「道の駅・奥熊野古道ほんぐう」でお弁当を食す。
    
熊野川は、183kmの1級河川でダムにより水量が極端に少ない。今では、観光用の筏下りは人気があるという。
    
前回(11月21日)は、もう暗かったゴール地点の鳥居。発心門王子でお参りしてスタート。仏の道に帰依する心を発する門という意味で、ここからが熊野本宮大社の神域とされていました。徐々に熊野本宮への思いが高まって来ます。
      
この辺りは、民家もあってアスファルトの道を歩く。木彫りの人形や八咫烏なども迎えてくれる。歯痛の地蔵さんや地蔵さんの腰から半分に割れているのは腰痛の地蔵さん。小生もお賽銭を割れてる間に差し込んで拝む。ココは水呑王子 
    
間伐材が3本組み合わさってあるのは、森林浴用のベッドだそうで、上を見ると木々が万華鏡のように何ともいえない癒される空間が広がっている。ジャニーズの嵐もお忍びで来られたとブログで有名になったとか!
        
見晴らしのよい山々。日本中に富士山はあるけどココには、三里富士782m。山の向こうは、高野山がある小辺路ルートだそうです。
伏拝王子(ふしおがみおうじ)で休憩。温泉コーヒー200円。ツアー中仲良くなった人と「熊野は、今回で終わるけど次は考えていますか」と聞くと自転車の話やマラソン、鯖街道を歩きたいとか元気な人が多いこと。
この地は、写真では見えにくいけど中央に大斎原(おおゆのはら)といって昔の熊野本宮大社があった大鳥居が遠くに見える場所。平安時代の歌人・和泉式部の碑があって、「晴れやらぬ身の浮き雲のたなびきて 月の障りとなるぞかなしき」ここまで来た時に月のさわり(月経)になってしまいけがれた身では本宮に行けないと伏して拝んだそうだ。すると熊野権現があらわれて快く受け入れたという。女人禁制もあった時代、熊野比丘尼(くまのびくに)という尼さんたちが、諸国を巡り極楽と地獄の曼荼羅図などで誰も熊野信仰をすれば幸せになれると布教し熊野に人が集まるようになったという。
    
三軒茶屋跡 石碑には「右きみい寺、左こうや」とあり、中辺路と小辺路の合流点であったがあった場所で休憩所では、賑わっていたんでしょう。
    
九鬼ケ口関所を通るには、今の金額で200円ほどの通行料金がかかったそうでお金の無い人は、ここで待っていてお金持ちの人に出してもらったという。施しも極楽にいける得度なんですね。ココから熊野本宮大社へは、2kmとなりました。
    
すこしコースから外れて「ちょっとよりみち展望台」へ。2011年の洪水で孤立した村の方面だったと語り部さんから。展望台からは大斎原(おおゆのはら)の大鳥居が眺めが素晴らしい。現代版の「伏拝」って感じです。
    
なだらかな下りが続くコースは、シダが生息していますが世界遺産なので取ることはできません。ウラジロは、裏を返してもココロは白いと、心の潔白さと、白髪になるまで長生きするという意味でお正月使われているそうです。
    
禊殿王子(はらいどおうじ)は、目前の熊野本宮大社で最後の禊をして積もった汚れを清めます。道標75!! 熊野古道中辺路スタート地点の滝尻王子から500m間隔の道標を歩いて37.5kmなんだなー。と
    
熊野本宮大社裏から境内に入る。語り部さんから八咫烏が飾られた漆黒の郵便ポストの説明。3本の足をもつ八咫烏は、初代神武天皇を熊野から大和に案内したという。一週間前に橿原神宮を参拝したので神武天皇のことは学んだので八咫烏も繋がった。ご存知のようにサッカー日本代表のシンボルマークだ。
     
5つのお社があり参拝の順番どおりに手を合わせる。もちろん無事に夫婦仲良く完歩できた感謝する。
    
17時過ぎるともう暗くなってきました。本宮の前からバスに乗車するのですが、旧熊野本宮大社があった大斎原(おおゆのはら)の石祠を見る時間がなくて残念だったけど今回の熊野古道は、ココで終了。本当に良かった古道でした。熊野三山は、熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社と続くし、いろいろなルートがあるから次回があるかもしれません。家人は、もういいと言ってますが・・・。帰りは、梅田でお好み焼きを食して帰る。次は、六甲山に行こうと燃えている家人でありました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

熊野古道 中辺路4

2015年11月22日 | 熊野街道を歩く
11月21日(土)三連休初日は、熊野古道4回目。嬉しいことに今回も晴天だ。いつもの様に、6時15分に家を出て6時35分の電車。梅田を7時30分に出発したサンシャインツアーのバスは、40名の満席。連休なので阪神高速は、渋滞ぎみだったので(途中、紀ノ川SA休憩)少し遅れて牛馬童子道の駅に到着し、お弁当を食す。
     
食後、バスに乗って前回終了した小広王子の道標40番から12時前にスタート、今回のコースは、道標(区間500m)62番までの約11kmのコースで、ツアーの名前は「修行の道」。3つの峠(わらじ峠・岩上峠・三越峠)を登ったり降ったりする山の中を歩くコース。語り部さんいわく、平成4年に皇太子様が歩かれた次の年に雅子様とご結婚された、正にロイヤルロード!。B班で男は、小生と添乗員の2人。女が集まるとこちらがしんどくなるほどず~と喋っている。だから列の一番後ろで歩くことにした。
      
下りの古道の名前は、女坂という一筋縄でいかない坂道だ(笑)、下ると男坂が始まるその間に「仲人茶屋」があったらしいけど今は4年前の大雨で登れない熊野古道となっている。この地で問題発生!←詳細は最後に(恥)
    
峠を上り下る。二つ目の岩上峠は、2011年9月の大雨で未だに回復しておらず、道標44番から50番までが迂回路を回ることになる。迂回路といってもハイキングコースとしては、景色も素晴らしい。ヤッホーのやまびこを楽しんだ語り部さんのリードで「六根清浄」を唱和しながら登りきる。
    
蛇形地蔵 この付近から出土した海藻の化石が蛇の鱗のように見えることから蛇形石が祀られている。
    
湯川王子 湯川一族発祥地の碑がありノーベル賞の湯川秀樹氏が有名です。3人の兄弟皆さん頭が良くて地元の誇りだと。
    
三越峠(みこし)の頂上まで急な登りが続き貧血気味のおばさんが、遅れてしまったが頂上で休憩して復活。後ろの門のようなところが昔の関所。この地から熊野の神域へ踏み込んでゆく。下ると音無川の源流がある滝に出会い川のせせらぎを聞きながら歩く。
    
昔の集落の跡地が見れます。生活の場として活気があった風景はもう昔。高齢者ばかりの限界集落となり滅んでゆくのは仕方がありません。
2011年9月の台風16号は3日間で1,000m以上の雨が降った。この写真は、山崩れがあったその場所です。どれほどの土砂が流れ落ちたか想像もつきませんが、奇蹟の一本杉でなくクスノキが残っていました。菖蒲谷治山工事。さっき見た集落は、地すべり付近には無かったから、やっぱり何らかの言い伝えがあったかもしれません。植林方法も問題があったのでしょう。
    
    
音無川沿いをひたすら歩くと船玉神社 なぜ船の神様なのかというと、スサノウノミコトが滝壺で休んでいると急に雨が降り一匹の蜘蛛が溺れそうになっていたので、榊の葉を投げて助けたそうだ。その葉っぱが船の形をしていたので、初めて丸木船を造ったという。神社を過ぎると猪鼻王子 そばにお地蔵様が笑っておりました。
    
最後の登り坂に入る。16時40分ごろだったろうか、もう暗くなってきました。400mを一気に登ると鳥居があり神聖な気持ちでくぐると、発心門王子 この地から本宮へのココロが発するような緊張感が出てきた場所だったからこの名前。もう17時になっていました。今回はココで終了。次回は、12月5日(土)本宮到着で最後です。
     

帰りは、前回のように同姓同名の森昌子さんがいる牛馬童子道の駅でいつもの食材(めはり寿司、さんま寿司、こんにゃくいなり)を買って18時20分出発し、岸和田サービス20時30分、梅田到着21時30分。京橋のミンミンで餃子とビールで乾杯です。今回は、11kmだったけど山道を上り下り、滑らないように集中していたのでふくらはぎと首が疲れました。歩数は約2万歩
※食後、初めての峠を上り、女坂を下ったあたりで、かいた汗が冷えしまってお腹がぐるぐる。添乗員に断って、ちょっと古道から外れた。ティッシュは、ビニールに入れて持ち帰りましたからご安心を。いつも歩きでは、おにぎり1個ぐらいなのでお弁当の食べ過ぎが原因だと思う。(恥)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

熊野古道 中辺路3

2015年11月08日 | 熊野街道を歩く
11月7日(土)前回は10月3日だったので、1ヶ月ぶりの熊野古道。いつもの様に、6時15分に家を出て6時35分の電車。梅田を7時30分に出発したサンシャインツアーのバスは、ほぼ満席状態の38人。家人は、風邪気味でコンビニで使い捨てカイロを購入して、バスで爆睡したのが良かったようで元気になった。和歌山に入るとバスのフロントガラスに雨の雫が付くようになった。天気予報は曇り空。結局、終日雨は降らなかったので、古道の石で滑るようなことはありませんでした。今日のコースは、500m間隔の道しるべ24番から40番で約8km。舗装された車道を歩くこと多い道でした。
    
上富田インターを10時に通過して前回ゴールの道の駅に10時40分に到着。さっそく、お母さんの手作り感満載のサンシャインツアー評判のお弁当に満足満足。アマゴを頭から丸かぶりだ。
    
ベテラン語り部の山本さんを先頭に2班に分かれて11時10分に出発し、20分ほどで熊野古道で一番有名な、牛馬童子像とご対面です。結構小さくて50cmぐらいの大きさ。車で来られる人も何組も出会いました。この辺りは、箸折峠と呼ばれていて、由来は、熊野詣に、花山法皇(968~1008)が食事の時にすすきの穂を折って箸代わりにしたからといわれている。そして軸が赤く染まっていたので「血か露か」と訪ねられたので近露という地名となったそうだ。
    
山を下って町の中を歩く。田辺市中辺路町近露という住所に立つ近露王子 明治の神社合祀で石碑のみ残っている。
    
乙女の寝顔」山の稜線が、女性の寝ている顔に見える。すこし鼻が低いかな? 道の横には、榊の木が植わっているのは、昔から産業として出荷されていたそうです。
    
野中の清水」旅人の喉を潤した名水で、日本名水百選のひとつに選定されています。甘く感じてほんとに美味しかったです。少し登ると「継桜王子」10本ほどの千年杉が見事だ。これは、南方熊楠のおかげで伐採を免れたそうだ。そしてこの杉たちは、枝を那智山に向けて伸びているので「野中の一方杉」と呼ばれている。またこの辺りは、野中断層があって山の谷がゆがんでいる。
    
とがの木茶屋は、今はもう誰もいない。お茶のみんさい!って威勢のいいおばちゃんの声が聞こえるようです。白人をよく見かけた。語り部さんに聞くと「熊野古道と同じように祈りの道として、スペイン・フランスのサンティアゴ巡礼の道に関係していてスペイン人が多い」という。
    
安倍晴明腰かけ石 安倍晴明が鬼退治のために熊野に行く途中、この地で一休みしていると、後ろの山が崩れる予言をして、座っていた岩に念を封じ込めたという。今まで山崩れは起こっていないそうで、今でも地震などがあるとこの辺りに集まるという。ピノキオのしょんべん小僧がシューズを冷やしておりました。(笑)
車道を歩いて、中川王子、小広王子を過ぎると、道しるべ40に到着しました。結構楽なコースでした。後2回は予約済みですが、語り部さんに一気に熊野本宮に行くコースを聞くと田辺駅からバスでスタート地点の滝尻王子へ行き、高原霧の里で一泊、野中周辺で一泊するそうだ。

帰りは、牛馬童子道の駅で、こんにゃくいなり、さんま寿司、めはり寿司などが入った前回と同じ550円お弁当を購入。やっぱり美味い。今回特別で、田辺インター近くの「紀州梅の里・なかた」の会社内にあるお土産屋さんで梅酒の試飲。呑み放題でいい気分で帰ることができました。梅田に20時到着し、家人と京橋で立ち呑み? 立ち呑みはもういいと言うので、スイーツ男子を誘って大起水産で食事。今日もいい気分です。さて次回は、11月21日(土)です。晴れますように
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

熊野古道 中辺路2

2015年10月04日 | 熊野街道を歩く
10月3日(土)1回目(9月12日)が終わって、家人もハマってきた熊野古道、今日も秋晴れの最高の天気でした。最高気温は、26度になりそう。前回同様、7時15分に梅田に集合して30分出発。今回の参加者は、38人で人気のツアーに成長しているようです。見渡すと8割女性でありました。一人歩きの方も7人ほどいらっしゃいました。

    
前回のゴール地点から11時にスタート。高原霧の休憩所までコンクリートの上り坂を30分登るのも難なくこなして11時30分に到着。サンシャインツアーが売りにしている美味しいお弁当を食して12時に出発。今回の語り部さんは、若い女二人で小生の1班は、マツコデラックスと呼んで下さいという女の子。←自己紹介で話されていました。(笑)

    
古道沿いに石ころが山になっているのは、イーデスハンソンさんがワンちゃんと散歩している時に石を一つ運んだのが山になったそうです。「イーデスハンソン塚」と呼ばれていました。三角の家は、大人の隠れ家なんでしょうか?中を観ると囲炉裏もあって話し声が聞こえるようでした。

    
田畑の水として作った手掘りの人口池。今作ると5億円だそうで人のパワーを感じます。大門王子 昔は、熊野本宮の大鳥居があったそうです。

   
十丈王子で20分ほど休憩。十畳ほどの広場がある場所は、昭和初旬まで生活の場だったそうだ。建物は、2009年にヘリコブターで運ばれたバクテリアで循環するエコトイレ2つ。価格は2千万円とマツコさん。

    
古道沿いの植物も興味深い。つるつるの木は、沙羅双樹の「姫沙羅」。可憐な植物は、マツカゼソウという。語り部のマツコさんが大好きな植物だそうです。この後、姫沙羅は何本か見かけました。

    
登りが続く途中、「小判地蔵」に手を合わせる。記録によると1854年7月17日に九州の豊後の国から来た人が、この地で飢餓と疲労で息絶えた時に、口に小判をくわえていたという。食べのもがなくて小判を食したのか、小判で弔ってほしいということか分からないけどよく見ると地蔵さんの口に小判をくわえているように見えます。命がけの旅だったんですね。そんな古道を歩いているのだ。

    
大阪本王子 当時はお社もあったそうだが今は石ころだけ。

    
500m間隔に建てられている道しるべは、怪我などした時に場所を伝えるために建てられている。今日は、8番から23番まで約8km歩きました。ココを過ぎて、牛馬童子口道の駅に16時終了。次回は、ココから出発になります。中辺路のシンボルである「牛馬童子像」に次回会えるのが楽しみです。

    
国道沿いの道の駅で、遅れている2班を待って16時40分に出発。550円のお弁当は、めはり寿司、さんま寿司、こんにゃくいなりが入った地元ならではの絶品でした。※初めて食したこんにゃくいなりは、ピリ辛の味付けの三角のこんにゃくの中にご飯が入っているヘルシー食。

大阪に帰って来て、これも恒例となりそうな京橋の立ち呑み「まつい」へ。さて、家に帰って3回目は11月7日を予約入れました。ハイ!
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

熊野古道 中辺路1

2015年09月13日 | 熊野街道を歩く
2015年9月12日は、小生を産んでくださった両親に感謝する日。昨年は、京都・建仁寺で初めての座禅を体験した。習慣になるかと思ったけど2回しか座っていないなぁ~。今年は、ついに熊野古道をめざす日になった。思い返せば4年前、2011年8月29日の夏の暑い日に大阪天満橋にある八軒家船着場があった永田屋昆布本店の前をスタートした。8回行ったり来たりして2011年12月23日に、紀伊田辺駅まで行った熊野街道から、もう4年も経ったんだ・・・。月日の経つのは早いねー。
今回は、家人も歩くと盛り上がったのでサンシャインツアーのバスツアーを申し込んだ。1回に6~10kmほど歩いて5回のツアーで年内に完歩できるのだ。1回目の今日は、1人初回特別価格で通常の半額3,900円だった。

大阪梅田第四ビルに集合したのは、老若男女約30人。夫婦は2組、カップル1組、女性の2人組以外は、意外に1人の方が多かった。また若い女性が多いのには驚いた。7時30分に出発。難波で数名が乗り込んで阪神高速から阪和自動車道を走って10時10分に上富田インターを下車。川沿いを走って10時45分に熊野古道入り口に到着。本当なら4年前から時間が止まっている紀伊田辺駅から歩きたかった。でも世界遺産の熊野古道の中辺路ルートは、滝尻王子がスタート地点なのだ。

    
入り口にある熊野古道館で語り部さんから説明があった。2004年に世界遺産になった熊野古道は、5本のルートがある。平安貴族は、梅の花で有名な京都の城南宮でみそぎをして、(安倍晴明のような陰陽師が日取りを決めたそうだ)舟で淀川を下って天満橋から紀伊路を経て熊野本宮を目指した。後白河法皇は、500人ものお供をつれて34回も熊野詣でを行ったという。歩く姿は、白装束で生まれ変わりの信仰なのだそうだ。庶民が歩くようになってからは、「伊勢へ七度、熊野へ三度」と呼ばれる信仰の路となった。

    
11時から食事を済ませて滝尻王子に11時30分に集合。2班に分かれて軽いストレッチと語り部さんから説明があった。平安時代後期に法王と熊野を歩いた藤原宗忠が書いた日記が残っていて、「橋の無い富田川を九十九折り(つづらおり)に十九度も繰り返し渡河しながら滝尻まで至った。滝尻王子の先で、手を垂直に立てたような急坂をよじ登り、誠に身力が尽きた」と書いてある。このツアーの1回目は、距離は6kmほどだけどよじ登るようなキツイ山登りらしい。←よじ登るところは無く、休憩しながらなのでそんなに心配はない。

    
語り部さんは、51歳の赤木さん。平日はサラリーマンで10年前から語り部をされているそうでよくしゃべるしゃべる。世界遺産に指定されてから10年経過するので今の語り部さんは高齢になっているようで募集しているそうだ。

    
山登りの途中に胎内くぐりや乳岩や針地蔵、夫婦地蔵などがあった。胎内くぐりは、生まれ変わりの信仰で、海外の方から「なぜ日本人は、生まれ変わりと言うのですか?今が最高じゃないですか?」と以前質問されて、語り部の赤木さんは困ったという。それもそうだねー。

    
滝尻王子から不寝王子、木の根につまづかないように歩くと340mの展望台に到着。この地を下って行くと、高齢の女性が貧血気味になり古道ではなく車道を添乗員と歩くことになり高原熊野神社で合流することになった。疲れがみえてきたのだろうか?語り部の赤城さんから、山岳修行の念仏を唱えることを教わった、大きな声で「さーんげさんげ(懺悔懺悔)」と言うと後に続く。「ろっこんしょうじょう(六根清浄)」と言うと後に続く。意味が分からずあまり盛り上がらなかった。調べると、<「懺悔」とは、神仏にひれ伏す世界。とてつもない汗が身体中から流れ出ると同時に、六根(つまり眼・耳・鼻・舌・身・意の六つ)がきれい浄化されていく、そういう思いを体験するのです。人間は、眼と耳と鼻と舌と身体を使って、ものを見、ものを知って、行動し、心(意)でもって判断します。意識するしないに関わらず、「身と心」でもって行為していくわけです。罪・汚れもまた、心と身体で重ねていく。その罪・汚れを懺悔し、その罪を作るもととなる六根を清浄にしていただけるのがこのお山での一時なのです。それはまた現代風に言葉を換えれば、神仏によって「癒される」一時と言えるでしょう。山岳修行が修験道の基本です。山を曼荼羅世界、神仏在す世界と見て、「懺悔、懺悔、六根清浄」と唱えながら、実際に自分自身の身体を使って歩いていく。そこになにか気づきを得ることがあるのです。>

    
高原熊野神社 木々が開け、見晴らしのいい景色が見えてくると民家がありアスファルトの道を歩くと、桧皮葺で室町時代の様式の古い建物である高原熊野神社に到着。手を合わせて来れたことに感謝する。

    
15時、本日のゴール高原霧の里休憩所で、手作りのよもぎ餅をほおばってほっと一息。距離的には、6kmほどなのでそれほどの疲れはない。「早朝は、霧が立ち込めて幻想的な風景が広がる。雨の後の虹は素晴らしい」と、語り部の赤城さんが熊野の魅力を語る。今朝もイーデスハンソンさんとお会いして散歩したという。←若い人は誰も知らなかったけど。
今回はここまで。バスが待っている場所まで一気に山を下る。が、これがしんどい。コンクリートの道を約15分。語り部さんと一緒にバスに乗り込み、スタート地点の熊野古道館で分かれる。16時に熊野古道を後にして、岸和田サービスエリアで休憩して19時半に大阪梅田に到着。

渋滞もなく早く到着したので京橋の串カツで生ビールをキューっと。家人の立ち呑みデビューでした。家に帰って早速2回目ツアーを申し込みました。今度は、1人7,300円。世界遺産のウオーキングはやっぱりいいですね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

熊野街道8

2011年12月23日 | 熊野街道を歩く
前回終了した11月27日(日)JR切目駅まで向かい12月23日(祝)9時25分スタート。
5時半起床。すぐに着替えだけ済ませて6:09の京阪電車に走りこむ。天満橋から谷町線で天王寺。紀州路快速で乗り換えなしで切目駅9:19に到着。3連休の初日の新大阪発の列車は満席で、こんな早くからどこに行くんでしょう。停車駅で席も空いてきたけど扉が開けっ放しなので冷たい風が流れ込んでくる。地方には自分で開閉できるドアがあるのになぁー と体を堅くするのであった。

   
今までは一本後の電車だったけど、天王寺発6時50分発の電車は乗り換えもなく切目駅まで届けてくれるので少し早起きしました。切目駅では街道歩きの人が3人もいらっしゃいました。車内でストレッチしたのですぐに歩き出す。
駅前の店の前にギャー うつぼの皮を干しってありました。さすが和歌山。

    
気温4度北の風6mの曇り空。なぜかカエルの標識で切目中山王子へ向かう。さっそく山道が続き帽子が飛ばされそうになった。

   
【中山王子跡】で街道歩きのおじさんに挨拶。この方とは途中まで抜きつ抜かれつと歩く。
お地蔵様は室町時代のもの。

   
梅林の山道を2本のストックを使って歩きながら今日の体調を感じ取る。手袋をするとiPhoneが使えないからシリコン付を買ったけどだめですね。手袋なしで平気でした。
【徳本上人名号碑】全国を行脚した漂泊の念仏行者。江戸時代、ただひたすら「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えることで、人々を救った人。

   
榎木峠を下って海沿いを歩く。前回もあったビニールハウスにはスターチスが咲いている。畑にも名も知れぬ花が。

   
【万葉の故郷の碑】みなべ町指定文化財 【岩代の結松】和歌山県指定文化財 有間皇子の謀反の罪で護送され潔白を信じ松の枝を引き込んで歌を詠んだという故事がある。結ぶというのは自らの魂を封じ込めて旅の安全を祈る風習がある。

 
【岩代王子】海岸に王子跡がありました。

   
岩代王子から一度戻ってJR岩代駅・梅工場を通り過ぎ、南部峠を越え、海沿いを走るJRのガードをくぐると海が広がっていました。熊野街道で砂浜を歩くとは驚きです。道を間違えたと思いました。この浜は、「枕草子」や「伊勢物語」にも登場する景勝地の千里の浜。アカウミガメの産卵の浜でもある。
一歩一歩積み重ねてここまできたのだねぇ~ (←旅の足跡のつもり)

   
砂浜から階段を何段か上がると【千里王子】があり奥には祠がある。
     
     祠の横にはタコのような木の根がへばりついておりました。

   
千里王子から千里観音へ  梅畑を歩いていると黄色っぽい野鳥が木の実をついばんでいる。寒いの季節の楽しみの一つだね。

          
国道42号線に入ると紀州梅干館があり工場を見学した。ちょうど12時の昼休みだったので機械は止まっていた。お土産物屋さんで1,000円のはちみつ梅を買いました。

   
王子神社に【三鍋王子】  途中に丹河地蔵堂があり、大木がいちょうを黄色に染めていましたが半分は散っていました。
中間地点のJR南部駅に到着。近くにパン屋さんがあったのでコンビニでは250円だろうと思うカツサンドを150円で買った。めちゃ安いパン屋さんには近くの県立南部高校の生徒でいっぱいでした。

   
この辺りは海の横を走っている国道42号線に沿って歩く。海抜○m、避難場所は○へとの標識が貼っている。教訓を生かしてください。

     
家の庭には煮干しでしょうか? 近くにも干物工場もあってアジの開き100円で売っていました。ここからは車も人も多い通りを歩く。店も多くて都会の街でした。

   
芳養(ハヤ)大神社に【芳養王子】がある。おばさん達が何かしているので聞くと餅まきがあるとのこと。
【芳養一里塚】楠木に下には久々の一里塚です。

  
公園の中に【潮垢離浜跡】が建っていました。これまで海辺をたどってきた熊野の道は、ここから中辺路ルートに入るため、浜で海水を浴びてけがれをはらい身を清める儀式をする場所だったそうです。
身を清めた後、【出立王子】から中辺路の山沿いのコースから本宮へと向かうんです。

   
【蟻通神社】知恵の神様だそうです。商店街にある神社ですが落ち着いた雰囲気で満たされていました。

     
   【道別れ石】この石碑を一つの目標にして夏から歩いていました。天満橋をスタートして204km
   「左(西)-くまの道 右(北)きみい寺」
   さあ、中辺路から熊野本宮へ向かう気持ちも新たにしたのであった。

   
JR紀伊田辺駅に到着。  ロータリーには、弁慶に像がありました。「弁慶誕生の地」だそうです。


本日のコースは、JR切目駅9時25分ごろ歩き出す~15時15分ごろJR田辺駅到着
        歩数計では、24km 31,648歩 約6時間
通過した町は、日高郡印南町・南部町、田辺市
行き:谷町線天満橋6:33~天王寺6:42 JR天王寺6:50~JR切目駅9:19  230円+2,210円
帰り:JR紀伊田辺駅15:39~特急くろしお24号~天王寺17:31~JR京橋17:50  2,940+特急1,680円

このコースは、梅林ですね。今は枝の剪定をされていましたが2月頃には、控えめな香りが漂う事でしょう。また、千里の浜を歩くのは変化もあり面白いコースだと思います。後半は国道42号線を歩きますが蒲鉾屋さんや電気屋さんの店頭でもつぶれ梅など売っていますから楽しんで歩けると思います。

さて、次回は何時にしようか。JR紀伊田辺駅からバスになるし交通費も考えると1泊コースか一気に行くか!
来年のいい日に計画したいと考えています。ではそれまで「閉店ガラガラ」
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

熊野街道7

2011年11月27日 | 熊野街道を歩く
iPhone4Sに切り替えたため画像が重くて張り付かない事態に陥っています。何かやり方があるのか調査中です。(←1枚づつ画質サイズを小さくして送信することが出来ましたが時間がかかるかかる)

前回11月13日(日)終了のJR御坊駅まで向かい11月27日(日)10時00分スタート。
5時半に起床。6時35分の京阪電車に乗車。京橋から和歌山まで紀州路快速。和歌山8時37分発に乗り換えて終点の御坊駅。9時45分この間の各駅停車は気分的に疲れた1時間だった。でも金銭的には我慢我慢。(帰りのこの間は特急にした)

   
御坊駅では「きのくに前線復旧まで6日」の案内があった。9月の台風の被害から立ち直って来ている。頑張れ和歌山。
前回の最終地点の<海士王子>に置いてきたおばさんに頂いた竹の杖を確認に行く。あるわけないと思ったけどやっぱりありません。誰か旅人が使ってくれていればいいな~とドラマチックに考えている。今日はポカポカ陽気で厚着をしていたが長袖Tシャツ一枚で十分だった。

   
木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)をお祀りしている湯川子安神社にお参りする。鳥居が低くてかがまねばならない。子安神社だから子供用かもしれないねー

   
竜神に歓迎され日高川を渡る。9月3日の台風12号での被害は大きなものだった。文献によると昔からよく氾濫しているようです。昔の人は川が氾濫すると土地が肥沃になるこを分かっていたようだと聞くがどうだろう?
日高川の台風被害状況→http://www.town.hidakagawa.lg.jp/saigaijouhou/syasin.html

   
日高川沿いに歩くと【岩内王子】があり、さらに歩くと海が見えてきた。

    
海沿いの42号線の一本山側を歩いていると【塩屋王子】の到着。別名、美人王子。天照大神をお祀りしている。古くから製塩が行われていたようで多くの製塩土器が出土している。平城京出土木簡からも記録が残っている。平城遷都1300年(710(南都)大きな平城京)

    
塩屋小学校に懐かしい「トーテンポール」が立っていた。理由はわからないけど小学校の頃は彫刻刀でよく彫りました。今は作らないようで息子たちの小学校から持って帰ってきたことは無いですね。日高川を渡ってからは写真ような熊野古道の標識があるので道の分岐点など間違わなくて進めました。

   
ビニールハウスが点在しているが紫色が主流ですが黄色やピンクなど花の栽培でした。駄菓子屋のおばさんに聞くと「スターチス」日高町の特産物だそうです。駄菓子屋にみかんが一袋売っていたので購入。10個入って340円?普通の値段にびっくりや。前回は、みかん畑が多くありましたがこのコースはあまり見なくなった代わりに梅の木を見るようになりました。

    
漁港を歩くと磯の香がいいですね。小春日和とでもいうのでしょうか気持ちよく歩けます。錆びたシルバーカーを押しているおばあさんに「こんにちは」と声を掛けると「熊野かえ」と会話が始まった。おばあちゃんの口癖が「海はいい。毎日散歩している」だった。そうなんだと思っているとスタスタ歩いて抜かされました。

     
和歌山高専、名田小学校と3つの漁港を通りすぎると【上野王子】があり、【清姫の腰掛の石】があった。安珍清姫伝説の清姫ですがウィキペディアでは <安珍・清姫伝説(あんちんきよひめでんせつ)は紀州に伝わる伝説で、思いを寄せた僧・安珍に裏切られた少女・清姫が激怒のあまり蛇身に変化し、道成寺で鐘ごと安珍を焼き殺すことを内容としている。説話としても古く平安時代の『大日本国法華験記』(『法華験記』)、『今昔物語集』に現れる。さらに古くは『古事記』の本牟智和気王説話に出雲の肥河における蛇女との婚礼の話がある>
女性は怖いということでしょうかぁぁぁ。

  
国道42号線に「宮子姫生誕乃地御坊市」の案内が立っていますが宮古姫って聞いたことがありませんねー。
宮古姫伝説→http://www8.ocn.ne.jp/~g-kankou/densetu.htm

  
少し山手に上ると【叶王子】静かな落ち着く場所でした。

  
叶王子から見た印南港。かつお発祥の地とあるが1600年頃に印南漁民が船で出漁していた時に高知あたりで鰹漁場を発見し高知に住み込んでかつお節の製造が始まったようです。

  
今日はいい天気でした。波もなく穏やかな日和です。<ちなみに小春日和っていうのは、晩秋から初冬にかけて、移動性高気圧に覆われた時などの、穏やかで暖かい天候のことである。小春(こはる)とは陰暦10月のこと。現在の太陽暦では11月頃に相当し、この頃の陽気が春に似ているため、こう呼ばれるようになった。「小春」は冬の季語となる。>知りませんでした。ハイ

   
【斑鳩王子】に【切目王子神社】
切目とは、潮の流れが内海と外洋との切れ目にあるところからきている。  

   
今日は、切目駅で終了。御坊からのコースは、今までと全く違う海沿いを歩く。何カ所かの港があって磯の香をかぎながら歩くのもいいもんです。天気が良かったので寒さは感じませんでした。
海沿いを歩いたり、港を見ていると東北大地震と津波を思い出してしまう。海抜何メートルの看板をよく見かけました。このあたりは海からすぐに山があるので準備はできているのだろうと思う。しかし、福島原発のことも合わせて考えると、福島の人たちは、ココと同じように自然が豊富で食べ物もおいしく人々もゆっくりしている。そんな素晴らしい場所に住めないと言うのはやっぱり変だ。原発のリスクは大きすぎると思う。私たちはこれから便利な生活を望むのか?繁栄しなければならないのか?それとも? 選択しなければならない時期に来ている。「スローライフ」って言葉を考えながら歩いている。


本日のコースは、JR御坊駅9:45~JR切目駅15:36
        歩数計では、23km 30,113歩 5時間半
通過した市は、和歌山県御坊市
行き:JR京橋6:58~和歌山8:29まで快速~JR御坊駅9:45   2,210円
帰り:JR切目駅15:36~御坊16;00~特急~和歌山16:06天王寺18:09JR京橋
                  2,520+御坊・和歌山間は特急960円

このコースは、峠もなくただひたすら歩く。あまり歴史的なものもなく海を見ながらただひたすら歩く。地図では25キロですが歩数計は23キロでした。ステッキを使って歩くと、姿勢もよくしっかり歩くことができるので歩幅が広がっているんだな。切目駅に着いた途端に電車が来てキップも買わずに飛び乗った。ドアが閉まり掛けたのでステッキとカラダを半分入れてやっと入るとワンマンカーの車内に笑いが起こった。おばさんに「よかったな」と声をかけられた。なんかいい町です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

熊野街道6

2011年11月13日 | 熊野街道を歩く
前回10月29日(土)から引き継ぎJR湯浅駅 11月13日(日)9時50分スタート。5時半に起床し6時35分の京阪電車に乗車。天王寺からは特急がない時間帯なので和歌山まで紀州路快速でのんびり旅気分を味わう。車輛では、いびきをかく人がいて強烈だった。小生もあんな感じなんやろか・・・心配・不安。日根野駅で関空行と和歌山行の連結が離れるので注意していたが、大きなカバンを持った人が慌てて次の駅で降りて行った。飛行機は間に合ったのだろうか。JR天王寺から和歌山駅で乗り換えてから湯浅駅まで約2時間かかった。家から3時間は、チト疲れる。

   
湯浅駅から線路のガードをくぐって歩き出す。気温も19度と少し暑いくらいだ。紀伊国屋文左衛門の碑があった。大金持ちの文左衛門は、一代で終わった人生は仕合せだったのだろうか。【久米崎王子跡】を通りすぎる。

 
食べごろみかん畑を通る。やっぱり食べたい。落ちているみかんはOK?「李下に冠」と思い我慢する。国道に出るとみかん100円で売っていたけどちょうど小銭がないのにがっくり。そうするとどうでしょう。「よければお持ちください」旅人には優しい心遣いです。3つ頂きました。 ありがとう!

   
湯浅御坊道路広川IC料金所の近くに【津兼(井関)王子】 高速道路から離れ30分ほど歩くと静かな住宅街を歩く。このあたりは旅籠が点在していたらしい。難所といわれる鹿ケ瀬峠を前に休息されたんでしょうね。ミラーに小生が小さく写っています。

   
河瀬王子跡を通り過ぎると綺麗な公衆トイレがありました。峠を下った所にもあります。旅人のためにいつも綺麗にされています。感謝。

    
     
馬留王子跡を過ぎるといよいよ鹿ケ瀬峠だ。駕籠から牛馬に変わる立場跡はこの辺にあった。峠まで2,340mの表示。途中にも何カ所かあったので目標になりました。「くくりわな」猪の罠なのか?

   
坂道になったので杖を探すが適当なのが見当たらない。そんなことを思いながら歩いていると、おばさんから声をかけられた「二級品ですがみかん食べませんか」嬉しくて嬉しくて・・・そうすると「誰か忘れた杖があるから」と黒い竹の杖をもらいました。田舎に入っていくと地元の方は「こんにちは」ってみなさん声をかけてくださいます。さあ、杖もあるし暖かいココロも頂き元気に足を進めます。

   
   
鹿ケ瀬峠は、道がいい。おばさんと別れたあたりは、コンクリートの坂道だったが、広めの黒い石を敷き詰めた道になる。

   
川の水の源を発見! 水がちょろちょろ流れていました。

    
石を埋めた道に感動しながら頂上に到着。時間はちょうど12時でした。飴を口にほりこみ、吸い込まれるように下りのルートへ

   
      
下りの道は、小さな石を埋め込んでいる。苔がついている石を見ると古道を歩いている雰囲気が出てくる。そして丸い石を埋め込んだ道になる。【史跡 熊野古道「石畳道」】現存する最長の石畳で503mある。
上り下りに石が敷き詰められ旅人の苦労もわかるが一つ一つ運んで埋め込んだ人のことを考えると、こだわるココロ、やり抜く精神力など頭が下がります。

 
日高町文化財 【題目板碑】1400年ごろの室町時代の碑をここに移したとある。

   
降りたところに公衆トイレがありました。そして振り返ると鹿ケ瀬峠がそびえていました。

   
【沓掛王子跡】には弁財天をお祀りしている。 弘法大師が爪で書いたという、「爪書き地蔵」があり水をかけると浮き出すらしい。信仰心のない人には浮き出ないとある。

   
和歌山県日高町は、黒竹の産地で有名なのだそうだ。おばちゃんから頂いた杖も黒いから黒竹で軽くてとても突きやすくて持って帰ろうかと考えている。

   
【馬留王子跡】の碑 【内ノ畑王子跡】の碑 川沿いのあまり車の通らない国道を歩くが山に囲まれていてほんとに幸せな気持ちになる。何も急ぐことはないよ!と語りかけられている風景が広がっています。

   
【内原王子神社】にお参りする。境内に【高家王子跡】がある。


【善童子王子神社】は、小さな祠があるだけなのだが薄暗い場所で何か感じるものがあったので大きく深呼吸しました。【海士王子跡】で本日の街道歩きは終了、15時。杖を隠すようにまた街道歩きの方に使ってもれえるようにそっと置く。次回来たら取りあえず探してみよう。iPhoneで時刻表を見ると15時33分にあったのでジョギングで急いで御坊駅に向かった。まだまだ元気だ。 

   
御坊駅に到着。土曜日ならもう少し歩いてもいいのだが無理をせず今日は終了。着替えて15時33分初の特急くろしお22号の自由席に座る。JR天王寺駅まで1時間27分、車中から眺めるとほんとにみかん畑が多い。和歌山から爆睡していて気が付くと徐行していて放送で間が覚める。環状線で人身事故があったようだ。結局、途中の駅で天王寺止まりの普通電車に乗り変えることになった。25分遅れで天王寺に到着。谷町線で天満橋まで乗りつく。

本日のコースは、JR湯浅駅9:26~JR御坊駅15:33
        歩数計では、23km 30,366歩 5時間半
通過した市は、和歌山県有田郡湯浅町→御坊市
行き:JR京橋~JR天王寺駅7:28~JR湯浅駅9:26まで快速   1,890円
帰り:JR御坊駅15:33~天王寺17:00JR京橋(谷町線天王寺駅から天満橋駅)
                  2,200+特急くろしお22号 1,360円+230円

このコースは、道の変化が面白い。石を埋め込んだ人たちのあれこれを考えて歩くのもいいものだ。今日の反省は、又と脇にワセリンを塗るのを忘れたのですれて痛くなってしまった。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

熊野街道5

2011年10月29日 | 熊野街道を歩く
前回10月8日(土)から引き継ぎJR海南駅 29日(土)10時50分スタート。
暖かいいい天気になりました。Tシャツから長袖に変わりました。仕事が立て込んでいたので久々の歩きになってしまった。もっと早い時間に出発すべきなのだが起きられなかった。出張などでたまっていたブログを更新して。9時前に家を出る。

天王寺駅からは特急くろしお5号でJR海南駅まで1時間7分は魅力的な早さだ。自由席だと940円。座席テーブルの熊野古道シールが思いをはせる。
    
前回から3週間ぶりなのでカラダが重い。また太ったのかもしれないと思いながら歩き始めると駅前のパン屋さんが30周年記念だったのでサンドイッチなど買いあさる。JR海南駅前を11時前のスタートになってしまい少し早足になる。

     
この辺りの道は、熊野古道の提灯が軒下などに下がっているし標識もあるので安心して歩くことができます。祓戸(はらえど)王子跡に立ち寄る。

     
「鈴木さんいらっしゃ~い」鈴木姓の元祖とされる鈴木屋敷がありました。平安末期に熊野三山の案内役や熊野信仰の普及に活躍されたようですが庭は立派なものでしたが建物は朽ち果てていました。

    
藤白神社(子授け、安産、子育ての守護神)なんだか荘厳な気持ちになる神社でした。

    
藤白神社の境内にはクスノキの大木が5本あります。子守の楠神さんとして親しまれ信仰の対象となっている。子供の名前に「楠」という字を入れることが多かったようで南方熊楠もその一人です。さあ、熊野古道のスタート地点がココと書かれてあった。

    
この古道には、万葉集の歌が刻まれているけど百人一首と違って今まで耳にしていない不勉強を反省する。神社を通りすぎると藤白坂の登りが続く。小さな可愛らしい地蔵さんが祭られています。一丁地蔵といって一丁(109m)ごとに地蔵さんが設置してあり駕籠屋さんの目安にしてあった。18体あったのが今は4体のみ残っていないそうです。

    
右に行くか近道の左に行くか迷っていると2人のおじさんに近道がいいと教えていただきました。旅の人の一言は心強くうれしくもあります。

    
一人で歩くひんやりした山道は、当初心寂しく怖かったのですがもう慣れてきました。小鳥のさえずりも小生にしゃべり掛けられているようで。「人間か来たよ」「別に危害は加えないみたいだよ」なんてね。
昔の方も海が見えると感動したんだろうなぁ。淡路島が見えます。

    
丁石地蔵7体が祭られていました。前回から街道のお地蔵さんや神社には手を合わせるようになりました。お賽銭は気持ちのみで・・。信仰心のある小生ですがさらに深くなってきています。目に見えない力のようなものに謙虚になって歩けることに感謝しています。
ひっそりと椅子なんかあって心使いがいいですね。

     
「硯石」徳川4百年の遺跡。近くに筆捨松の立札が立ってありました。竹林を歩いていると周りの色彩が青みががかりだして神秘的な雰囲気に包まれながら深く呼吸をしたのでした。

    
この峠の頂上に地蔵峰寺がある。右に藤白塔下王子王子跡。左手のトイレの横に入っていくと
   
和歌山県朝日夕日百選の景色が広がっていました。夕日はきれいでしょうね。

    
登ったら下ります。このあたりからみかん畑が続いていく。さっきまでは山の土や落ち葉を踏みしめていたのですが、みかん山は農家の仕事場なのでコンクリートの急な車道となっているので体力勝負なのだ。町に入ると木製の愛染橋を渡る。

    
橘本神社に所坂王子跡。1km先には一壺王子があり相撲の土俵があった。テレビでよく見る泣き相撲で有名なところ。

    
趣のある街の中を歩くのだが人にはなぜか会わなくて静かなんです。どこに行ったのでしょう。人の気配がないので気分転換もできずにいるとまた山越えが始まりました。めちゃめちゃ急な坂を登っていく。

    
山の写真ばかりだけどしょうがないね。だってやまだもの。(相田みつを風に) 山道に、いのしし除けの網の塀が作られて道が分かれているところにはドアのように開閉できるようになっていました。たまに獣のフンが落ちています。まあ猪の突進はないだろう。

    
峠を登り切ったところにトイレがありました。本当にきれいにしてありました。世界遺産に認定されるということはこう言うことですね。ゴミも無くて気持ちいいです。写真に写っている竹2本は、小生が杖替わりで使っていました。リズムがついて登りやすかったですよ。ストック買おうと思いました。
蕪坂(かぶらさか)塔下王子から峠を下っていくと太刀の宮や爪書き地蔵などありました。

    
蕪坂峠の麓の公園の中に山口王子跡。横には地下40mの清水を飲むと疲れも取れた感じ。

    
伏原の墓 熊野詣での途中で亡くなられた人々を弔うため建立された。あちこちに置かれていた墓石などを集めたものだそうだ。昔の人は長旅をする場合に水杯をかわして旅に出た。そして道中で亡くなったときのための費用を着物の襟に縫い込んでいたという。どんな目的で出かけたのでしょうね。このコースで一番思いが詰まった場所でした。

    
みかん山は、大きな金木犀のようにオレンジ色に咲き誇っていました。そして有田川を渡ります。

    
糸我稲荷神社には大楠がお祭りされていました。少し行くと糸我王子跡があり先は、またまた峠越えだ。またみかん畑のつらい坂道だ。登りもしんどいが下りが大変だ。たまに後ろ向きになって注意しながら下っていました。

    
ヤッホーのポイントと楽しい標識が。「一秒で帰ってきます」と書いてあるけど誰もいないけど恥ずかしくて声は出せませんわ。
しっかり手すりがある坂道をえっこらえっこら登る。

    
みかんが、食べてもいいよ!と言っているようで今から考えるといつも食べたいと考えていた。落ちているのは取ったことにならないかなぁ?とか農家の人に1個食べてもいいですか?と言おうかなと思ってみたり・・・いやしい小生でした。
いやーでも山一面みかん畑であり、急な斜面は石を積み上げて段々畑にされています。

    
逆川王子跡 右の写真の方向が海なのに川は手前に流れています。この吉川の水が逆に流れているので逆川という。

    
川沿いの湯浅警察などを過ぎるとやっと湯浅駅だ。明るいうちに到着して一安心だ。山で暗くなったら懐中電灯がいるかも知れません。これからは日照時間を考えなければいけないわ。駅前の商店街は昔の写真や万葉集など展示してあった。17時16分発のスーパーくろしお26号に乗り込むことができた。自由席は満員でした。
藤白坂峠、拝ノ峠、糸我峠超えは疲れたコースです。特にみかん畑のコンクリートの坂道は根性道だった。家族で行くなら海南駅から紀伊宮原駅までなら15kmの気持ちいハイキングコースだと思います。標識がきっちりあるので迷わないし道路はきれいに掃除されていて、にっこっと挨拶もしてくれるいい町でした。


本日のコースは、JR海南駅11:00~JR湯浅駅17:00
        歩数計では、23km 30,976歩
通過した市は、和歌山県海南市→有田市→湯浅市
行き:地下鉄谷町線天満橋~JR天王寺駅~JR海南駅まで 1,510円+特急自由940円
帰り:JR湯浅駅からJR京橋              1,890円+特急自由940円

帰ると長男の誕生日で栗の赤飯でした。本人はいないけど??
          

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

熊野街道4

2011年10月08日 | 熊野街道を歩く
前回9月19日(土)から引き継ぎJR山中渓駅(ヤマナカダニ) 10時スタート。
台風や運動会などがあって2週間ぶりの歩きだが、季節が変わりました。JR阪和線の鳳駅や和泉府中駅からだんじり祭りの威勢のいい音が鳴り響いていました。山中渓駅に着くとひっやっと肌寒い。ウインドブレーカーを羽織って歩く。
    
(右)山中関所跡の石碑 泉州と紀州の間の険しい山の街道で通行税でも取っていたんだろうか。道中は、栗のイガやどんぐり、ススキなど秋を満喫することができたコースです。この駅周辺は桜が綺麗だそうです。

    
すぐに和歌山県に突入しました。この県境に「日本最後の仇討ちの場」の石碑がありました。江戸時代の終わりの頃、土佐藩士が口論で殺されたお父さんの仇討をしたと場所。死というものが今とはまったく違う考え方だったんですね。

    
阪和自動車道沿いに歩くと雄ノ山峠からの景色がいい。ここから急なくだりが続くが車道であるため注意が必要です。以前は不法投棄のゴミがあったのでしょう今はきれいになっていますが、「熊野街道きれいにしよう。紀州藩参勤交代の道」の看板が目につきます。

    
山口王子跡 少し先に小野小町の墓がある。
山を下り街中に入る。街中と言っても刈り取られた田んぼを歩く。天気もいいし、の~んびりして良いですね。

    
王子跡を探すがたどり着けない。1時間ほど秋満開の中を歩いていました。(本当は道を迷っている)田んぼの水たまりには、めだかが泳いでいる。稲刈りが終わりもみ殻を焼いている煙と匂いがさらに秋を深める。

    
国道7号線を歩くが道幅が狭くて車量が多くて危険です。案内板を見つけて、<川辺王子跡>に到着。鳥居もありましたが1,000年前のままなのか? この辺から方角を見失う。この街道は最短距離の道ではないからよく道に迷ってします。聞く人がいない。iPhoneマップで確認すると逆の方向を歩いていた。

  
紀ノ川の川辺橋を渡る。水量は少ないけど川幅は広い。アユ釣りをしている。見ていると、のんびりしていると思ったら冷たい水につかりながら、川の流れに頻繁に釣竿を動かしている。決してのんびりでは無いのだな。

   
川を渡って和佐小学校のあたりから雰囲気が一変する。街道らしくなった。道案内もあるから老眼鏡で地図を見なくてもいい。

  
大庄屋さんの旧中筋家住宅(重要文化財) <和佐王子跡> ここをすぎると矢田峠の登り口

    
一人で藪の中を歩くのはココロ細い。先に何があって、恐ろしいものが出てくるかわからないと弱気になっちゃいます。声を張り上げて、棒を振りながらクモの巣などをよけながら歩いています。何にもないけどね。マムシの死骸を発見しました。丸い糞は、イノシシ?シカ?。みかん畑の周りには電気の線を張っていました。和歌山はやっぱりみかん畑が広がっていますね。もう黄色みががって来ています。

    
案内板もありますが、道にも熊野街道板が埋め込まれていて安心して歩けます。ありがとうございます。<平緒王子跡>

    
小生の田舎は福岡県浮羽郡でおじさんがぶどうや梨など作っていてよく山に行きました。そんな子供の頃の景色を思い出しながら歩いていました。お父さんと子供はエビを取っていました。自然がいっぱいです。

     
畑から街中を歩くと四ツ石地蔵がある。街道を歩くとお地蔵様をよく見かける。家の周りでも地蔵盆などお地蔵様が道端にお祭りされているから気になっていたので調べた。
地蔵菩薩は、仏教では「大地」「胎内」「子宮」の意味で、意訳して「地蔵」と言う。また持地、妙憧、無辺心とも訳される。大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々をその無限の大慈悲の心で包み込み、救う所から名付けられたとされる。一般的には「子供の守り神」として信じられており、よく子供が喜ぶお菓子が供えられている。

  
初めの頃は、王子跡を探しながら歩いていたけれどたどり着けなくて発見できない王子跡もありました。いい地図を買えばいいのだが、まあこのペースでいいだろう。今日は特に時間を気にしながら歩いた。夕食当番だったので18時には帰宅しようと思ったが道に迷ったから遅くなってしまった。途中でジョギングしたんですが、このコースは峠があったから足腰の疲労がピークなのだ。緩やかな汐見峠を通過。ココからは建物などで海は見えなかったけれど、昔は長い旅の途中で海原が見えたら嬉しかったに違いない。

    
路上の無人販売で、みかんを売っていたので、缶に100円をチャリンと入れる。小さなみかんだけど胃袋に沁みました。海南駅に急ぐ。駅のトイレでシャツを着替えて16時55分の電車に乗り和歌山へ。家人は遅くなるので家で待っているミッキーには申し訳ないけど結局、19時半になってしまった。家に着いてホッケを焼いて冷凍餃子をホットプレートで焼きながら食す。ああ~しんどかった楽しい一日でした。


本日のコースは、JR山中渓駅10:00~JR海南駅16:45
        歩数計では、31km 40,770歩
通過した市は、大阪府阪南市→和歌山市→海南市
行き:JR京橋~JR山中渓駅まで 890円
帰り:JR海南駅からJR京橋 1,450円

コメント
この記事をはてなブックマークに追加