ニコニコ日記・咲顔

一日が一生。感動したことを心咲顔で書いています。
旧http://blog.zaq.ne.jp/kijimuna/

西国三十三所めぐり

2017年10月08日 | 古都を歩く
10月7日(土)近畿三十六不動尊めぐりをしながら次は何処に行こうと調べているのが楽しくて、電車で行くか?車の方が良いか?ルートも模索していると一日が終わってしまった。一月前のこと、同じように調べていると「西国三十三所」とダブっている寺(醍醐寺と中山寺)があるのが分かってからAmazonで御朱印帳を買った。今まで西国三十三所は、舞鶴や岐阜と広いので頭になかったのだが、<来年2018年に西国三十三所は草創1300年を迎えます。>という記事を見つけてから今年と来年なら巡ることができるなー。正確には、京都11寺、滋賀6寺、大阪4寺、和歌山3寺、奈良4寺、岐阜1寺と近畿エイリアと広い。

西国三十三所のいわれは、<718年に長谷寺の徳道上人が仮死状態で閻魔大王と会い「悩める衆生を救う為、三十三所の霊場巡りを広めよ」と託宣を受けたことに始まる。> 気にしているといろいろな情報が入ってきます。旅行者から送られてくる日帰りバスの旅で、2016年~2020年までの5年間のツアー企画を見つけました。遠方はツアーバスで行こうかなと思ってチェックしています。


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醍醐山をあるく

2017年10月02日 | 古都を歩く
10月1日(日)昨日休んだお掛けでポジティブになりました。やっぱり前向きでなきゃと改めて思います。指がスマホの行きたいところを探す、と上位にあった場所に行きましょう!決めると行動は早い。
  

  
何度も来ている醍醐寺です。いつもの醍醐寺は、下醍醐といい、お山の上には上醍醐があります。今日は上醍醐の頂上まで登ろう。その前に、「近畿三十六不動尊」と「西国三十三所・第十一番」の納経(御朱印)を頂くために観音堂へ。(今は、下醍醐で上醍醐の納経がいただけます)

  
修験道の入り口から歩き始めると女人堂で500円を支払う。途中、秀吉の醍醐の花見を行った跡を過ぎて中間地点の不動の滝までは軽快でした。

   
不動の滝を過ぎるとひたすら石段を上る。汗が止まらない。「こんにちは」と挨拶したのは20回ぐらいだろうか。ハーモニカの音色が近づいて来ると軽やかにおじさんが降りてくる。たぶん行者さんのように毎日上り下りしているんでしょうね。
  
参道には、石碑が建っており、一丁から十六丁まで登り続けるのであともう少しだと目標ができる。十六丁を過ぎると少し下って醍醐水の石碑があった。蛇口をひねって清い水をいただく。小生はペットボトルを満たして、五大堂、如意輪堂、開山堂で参拝し醍醐山の山頂450m。地図を見ると山頂から石山寺の方面の道があるので少し下ったけど草木が邪魔をして、あまり歩かれていない道だったので少し恐くなって引き返すことにした。登った参道を下っていると、おじさんの笑顔があったので挨拶すると、82歳という。昼から毎日登っていることもあって肌艶は60代だ。

  
醍醐寺の敷地内の横に歩くと石の鳥居があって、長い石段が続いてました。長尾天満宮 醍醐の氏神さんとして信仰を集める。949年、醍醐天皇によって菅原道真の怨霊を鎮めるため創建され、秀吉によって再興された。境内に道真が墳墓に望んでいたという菅公衣裳塚がある。


  
勧修寺(かじゅうじ) 車道を歩いて25分。名神高速道路に寄り添うようにあった。ツアーバス入ってきたのは庭が有名のようだ。小生は納経のみ。真言宗山階派大本山の門跡寺院。開基は、醍醐天皇 ご本尊は千手観音。藤原氏にゆかりの深い寺院である。

ココで終わりにして、地下鉄小野駅から六地蔵駅へ。
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京都迎賓館から

2017年05月05日 | 古都を歩く
5月4日(みどりの日)京都迎賓館へ。江戸っ子さんからもらった予約券があったので並ばずに10時45分に入場。
  
京都迎賓館は、2005年に開館したそうで京都だけでなく日本国の和の匠を集めた素晴らしい技を尽くした建物や調度品でした。海外からのお客様を心込めておもてなしには最高の場所だと思いました。会議などをする「夕映の間」、亰料理を食す「桐の間」 畳のイグサもこのために育てて畳にするまで3年かかっているそうだ。ちなみに東京にはお城のような迎賓館赤坂離宮があります。

  
庭園には錦鯉が泳いでいます。和船には、ブータン国王と王妃が来られた時に乗船されたと書いてありました。風流ですなー。約1時間ゆっくり拝観。素晴らしかったです。
昼食は、京都御苑内のお食事処で、ねぎうどん定食を食して(←思ったより美味かった)、以前一人で拝観した京都御所を目指したけど臨時休業? 葵祭の行事をされているそうです。残念。

蛤御門をでて烏丸通に和気清麻呂公(わけのきよまろこう)を祀る護王神社。狛犬ならぬ狛イノシシとは珍しい。猪年の家人は熱心にお参りしていました。足腰にご利益があるようです。南へ歩くとおかきの播磨屋本店・京都バレスサイド店があったのでお土産を買ったら無料喫茶でコーヒーが飲めました。ココ穴場かも知れません。コーヒーは、セルフサービスですが、その場でおかきを食してもいいし、京都御苑を眺めながらゆっくりできました。


二条城方面に歩くと民家を改装したお洒落な喫茶店や肉屋やハンバーグの店などがいいですね。京都の裏道を歩くと楽しいもんです。そして到着したのは、御金神社(みかねじんじゃ)金運の神様だと最近テレビで観たので来たけど、すごい行列にびっくりです。200mはあったかなー。テレビの力はすごいですね。

  
二条城を特別拝観するか?佐々木蔵之介さんの酒屋に行くか?迷ったあげく・・・今年も蹴上浄水道のつつじへ。昨年のつつじはもう散っていたけど今年は、まだつぼみがありました。まだ早いので錦市場で食べ歩きも行きたかったけどお腹一杯だったのでココで終了。
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醍醐の花見

2017年04月10日 | 古都を歩く
4月9日(日)昨夜からの雨も天気予報通りに9時過ぎにやんだ。計画していた琵琶湖疎水歩きは、気分が乗らなかったので家人の希望を優先して醍醐寺を目指すことにした。
  
三宝院の満開のしだれ桜は、見事というしかありません。日本に生まれて良かったねェ。青空だったら写真写りはもっと良かったのに!と、贅沢ですよね。13時から秀吉さんの醍醐の花見行列(豊太閤観桜行列)が催されていたので前の方に陣取る。秀吉さんは、京都の会社の社長さんと紹介されていました。

  
三宝院よりも霊宝館の桜の方が素晴らしい❗初めて拝観したけど、絶対にお薦めです。喫茶店もあって最高です。

1500円のチケットで三宝院・霊宝館は拝観したけど、奥の伽藍には、行列でいっぱいだったので取り止め。今日は醍醐寺の入り口で終了します。人に酔ってしまいました。

地下鉄醍醐駅から山科駅で降りて毘沙門堂へ。

毘沙門堂の150歳の垂れ桜は、今年も元気でした。 
   
毘沙門堂よりも疎水の桜が綺麗だ!小生は2度目。

  
疎水の流れをみながら家人と歩きだす。次の駅までと考えていたけど結局、三条駅まで歩きました。蹴上のインクライン辺りも桜は満開でした。疏水は、人混みを外れてのんびりした空間でした。春と秋は歩きましょうかねー。三条駅に近づいたころ左手に商店街が伸びていた。古川町商店街。長年、三条通りを歩いているけど、こんな場所は知ら無かった~と中に入ると町屋を改造してお洒落な現代風のお店や旅館がならんでいました。小生は、コロッケ屋さんで生ビールを注文。外国人が多いのは、SNSで配信しているんでしょう~。今年も満足したお花見でした。
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随心院から醍醐寺 

2017年03月19日 | 古都を歩く
3月18日(土)PC日記を一週間まとめて書きながら3連休だったと知る。青空だし何処か行こうと京都・梅を検索すると「随心院」をチェック。
宇治線の六地蔵駅で京都市地下鉄に乗換えて、小野駅で下車。小野という地名は平安時代の女流歌人小野小町の一族小野氏に由来する。
随心院 真言宗善通寺派の大本山、弘法大師より8代目の弟子にあたる仁海(にんがい)僧正の開基。その後、天皇の祈願所となり、後堀河天皇の命令で皇族や公卿が住職を務める門跡寺院となり、部屋の中には天皇の駕籠などが展示されていました。

参拝者は、ほとんどが女性でした。絶世の美女と知られいる小野小町さんが晩年を過ごした随心院だからですね。境内には小野小町ゆかりの史跡が残っています。百人一首「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」
小野といえば、小野小町が孫といわれる小野篁(おのの たかむら) 清水寺から下る六道珍皇寺の本堂の裏にある井戸は、現生とあの世の通り道だと言われている。閻魔王宮の役人ともいわれ、昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔庁につとめていたという不思議な伝説がある。

3月だけの御朱印を頂きました。名勝 小野梅園(500円) 遅咲きらしく満開は来週ぐらいでしょうか。

随心院から歩いて15分ほどで醍醐寺、来月には花見客で満員になるんでしょう。小生は、伍八堂のちりめん山椒を購入。山盛りにしてくださいました。ココから車道を歩いて約50分で六地蔵駅に到着。
本日は、スマホを充電したまま忘れてしまって残念ながら写真が無い面白くない日記となりました。
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聖護院からりょうぜん

2016年12月17日 | 古都を歩く
12月16日(金)15時から京都のホテルで講習会があったので、少し前に京都めぐりをしようと思って、京阪電車・神宮丸太町駅で下車。秋の特別公開中の聖護院を拝観。平日でも多くの人がいらっしゃいました。
  
聖護院 本尊・不動明王 本山修験宗総本山。円珍(智証大師)の流れをくむ三井寺(園城寺)の増誉(ぞうよ)を開基とする。知らなかったな~山伏の総本山とは! 白河上皇が寛治四年(1090年)に熊野詣をされた時に、勤めを果たした天台僧・増誉の功績によって、聖体護持(聖体=天皇、護寺=お守りする寺)として、「聖護院(しょうごいん)」と改名した。
  
修験道という山岳崇拝という日本独自の宗教が日本に広まった。葛城山や大峰山脈100km修行などはよく聞きます。しかし、明治政府によって「修験道廃止令」により修験者や山伏の姿も見なくなりました。光格天皇の仮皇居となったこともあり狩野派の障壁画が残っていました。

  
聖護院の御朱印は不動明王の本体を表す梵字でカーンと読むらしい。昨年の熊野本宮のご朱印帳も熊野神社の御朱印で〆が出来ました。小生の小さなこだわりでした。

  
京都東山温泉ホテルりょうぜん 清水寺の二年坂の手前を上がった場所。講演会後の懇親会が終わって人気の居ない清水寺を散策。夜の京都は、恐ろしいぐらいの静けさでした。
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湖都古都の紅葉

2016年11月24日 | 古都を歩く
11月23日(勤労感謝の日)週の真ん中の休みは気分的に嬉し楽しや~。家人と予定通り紅葉狩りへ。水の路1dayチケット一日乗り放題1,500円を買って、いざ石山寺へ。寒くて手袋をした日となりました。
  
石山寺 西国三十三所第十三番札所 ネットで調べると33年に1度の御本尊開扉(かいひ)があるそうです。「如意輪観世音菩薩」と「胎内佛像」の特別拝観。観音様は穏やかなお顔で33年ぶりに微笑んでおられました。
紫式部が『源氏物語』を起筆した寺はよく知られている。
小生は、2011年7月23日に東海道歩きで京都の三条から歩いて一度来ています。でもその頃は、御朱印の趣味はなかったので今回来ることにしました。滋賀県まで来ると時間が掛かってしまいます。叶匠寿庵で一服といきたいところですか、お腹すいていたので三井寺へ急ぐことにしまた。

  
疎水沿いに歩いて三井寺園城寺おんじょうじ 天台寺門宗の総本山。その前に食堂で腹ごしらえ。小生は、2015年8月12日に来ています。その時の御朱印は、弥勒菩薩様だったので、今回は観音堂の大悲殿で頂きました。やっぱり立派なお寺でした。京都のような人混みが無いのが嬉しいですね。

  
紅葉のトンネルもありうっとりしてしまう。小生たちは、15時半で終了しましたが夜間ライトアップもあるそうです。
予定では、阪本駅の日吉大社までと思っていましたがココまでです。小生もガイドさんぐらいの知識があればもっと楽しくなる事でしょう❗
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浄瑠璃寺

2016年09月05日 | 古都を歩く
9月4日(日)台風の影響で晴れているけど蒸し暑い一日でした。10時半にジムに出かけて家人とヨガで汗を流し、いつものように小生は先に帰って軽く食事をして14時。
カラダを動かすとポジティブになってしまう!さて行動だ。奈良と京都の間はなかなか行けない場所にあるお寺。地名は京都府木津川市加茂町。4月30日(土)に行った南山城の古刹(一休寺、蟹満寺)、より木津川の南・奈良寄りの浄瑠璃寺は、家から1時間・約30kmを歩くのではなく、バイクでもなく、車で行くことにした。 
      
里山の頂上にある 浄瑠璃寺 真言律宗の寺院。山号を小田原山という、本尊は阿弥陀如来と薬師如来、開基(創立者)は義明上人。
       
本堂に9体の阿弥陀如来像を安置することから九体阿弥陀堂(国宝)という。パンフレットには、九体の阿弥陀仏を安置した「九体仏堂」は、京都には30数棟建立されたそうで、応仁の乱で焼失したこともあり現在はこの寺だけだ。仏像好きにはたまらないことでしょう。現世の行いで徳を積んだ人、徳が低い人、九体のどれかの阿弥陀さんが彼岸で向かえてくださるそうだ。また、秘仏・吉祥天女像が10月1日から特別公開されるそうです。

    
薬師仏が納められてある三重塔の東岸は「此岸」(しがん、現世)、池をはさんだ西岸は阿弥陀如来の本堂が「彼岸」であるという。阿弥陀如来の顔は本堂の中で見えないけど、池に映して見ることで、極楽浄土の世界を見るように設計されていたそうだ。池を中心とした浄土式庭園と、平安末期の本堂および三重塔が残り、平安朝寺院の雰囲気を今に伝える。なんだか平等院と同じですねー。小生は、順番が逆になってしまったが、本来なら三重塔の前で薬師仏に苦悩の救済を願い、振り返って池越しに彼岸の阿弥陀仏に来迎を願うのが本来の礼拝だとパンフレットに書いてあった。

    
日記で調べると、2013年05月06日に東寺を拝観した後、京都駅で休憩した時に購入した「京都・古寺を巡る」。本に紹介されている社寺を、今日の浄瑠璃寺ですべて回りました。初めは、世界遺産からスタートしたけれどその周り神社や寺の魅力に、はまっちゃいました。
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京都御所と伏見城

2016年08月29日 | 古都を歩く
8月28日(日)5時起床。24時間テレビを観ながら朝から泣いたり笑ったり。1合目から富士山を登っている彼を観て小生も1合目から行こうと強く思ったのでした。昨日はインドアだったので久々にアウトドアだぁ~。早朝は晴れていたけど、家を出る時は小雨が降ってきたので近場の京都へ。

    
京都御所は春と秋だけの一般公開だったけど先月から、無料で参観されると聞いてやっと来ることが出来ました。素晴らしいの一言です。ホームページでは、「今回公開の拡充は、外国人観光客を増やすために国の施設を積極的に公開していこうとする政府の方針を受けたもの」と書いてあったけど・・・、日本人として、日本の歴史を学ぶことで参観すべきだと思いました。 約60分のコース 無料です。
清所門から入ると何カ国かのガイドパンフレットがありました。ツアーのコースに入っているのでしょうか、7割が欧米人、アジア人の方でした。

    
京都御苑を北に歩いて真ん中の入り口 健礼門 を拝観ルートの裏から写す。広い庭の向こうには、重要な儀式で使う 紫宸殿(ししんでん)です。
  
    
なんともココロ落ち着く、絵に書いたようなお庭。菊の御紋の瓦
京都御苑では、他の場所でも事前申し込みや当日整理券を配っている迎賓館などもありましたが、それは次回に来ることにして、小生が向かったのは、京都御苑の前にある「京都市歴史資料館」 よみがえる伏見城の展示をやっており、ちょうど真田丸のシーンを思いだしながら伏見城に行くことにしました。
  
    
京阪電車の丹波橋駅から歩く。坂道を上っていくと閑静な住宅街。でも約400年前には大名屋敷であった場所だ。区画整理がしている敷地の地名も島津潘のお屋敷があった場所だったり、京都市伏見区桃山長岡越中東町と長い住所が歴史を感じさせます。徳川を探したのですが結局わからずじまいでした。

     
伏見城 この城は、1964年に伏見桃山城キャスルランドの遊園地が開園した目玉施設だったそうで歴史的なものでは無いとは残念だ。歴史的には、天下統一をはたした豊臣秀吉。甥の秀次が関白となり聚楽第へ。秀吉は、1592年に伏見城(指月伏見城)を築城する。翌年に豊臣秀頼が誕生して子供の為に増築し城下町を整備をしたという。しかし、すぐに(1596年)大地震が起こり指月伏見城が倒壊してしまう。今度は、近くの木幡山に再築された城がこの写真の場所である伏見城(木幡山伏見城)だ。三十三間堂の道を挟んだところにある、養源院の血天井は、伏見城(城主・鳥居元忠)の遺構として有名です。

     
桓武天皇陵で合唱。桓武天皇は、784年に奈良の平城京から京都の長岡京へ都を移された。しかし天災や不幸・祟りなどが起こり、気学における四神相応(東に流水(青竜)、西に大道(白虎)、南に地(朱雀)、北に丘陵(玄武)が備わる)により、10年後の794年に平安京へ改めて遷都した。

久々の歩きと歴史探訪は、楽しいですなー。
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南山城の一休寺から

2016年05月01日 | 古都を歩く
4月30日(土)5時半起床。昨夜は早く寝たのでスッキリ起床。天気もスッキリと青空。家人は近江八幡方面に出かけ、ミッキーは、バスケの試合。スイーツ男子は福島で悠々自適。自転車ナリは、月曜日から韓国へ行っているが仕事か遊びか分からない。小生は、古都巡りで、なかなか行けなかった場所へ。行先は、奈良と京都の中間地点で、電車だとJR奈良線か学園都市線で寝屋川からだと中半端な場所、南山城(ミナミヤマシロ)だ。時代的にも文化的にも平城京と平安京の中間なので興味深い。慣れない家人の原付バイクを借りて、恐々走ることにした。
      
iPhoneのグーグルマップでチェックしながら京田辺市を目指す。同志社大学がこの地に開校してから発展した街だろう、街や道路などが新しい。2車線の幹線道路を30kmで走っていると一休寺の標識があった。
    
酬恩庵一休寺 一休禅師は、師の恩にむくいる意味で「酬恩庵」と命名された。63歳からこの地に住み81歳で大徳寺の住職となり88歳・1481年にこの寺で葬られた。
大阪夏の陣で、この地に陣を敷いた加賀藩・第2代藩主の前田利常が寺の荒廃を嘆いて再建したという。方丈庭園では自由に座禅ができる座布団もあったけど、小生気持ちにゆとりがないのですねーそそくさと帰る。同志社大学を通り抜け観音寺へ。

     
観音寺 義淵僧(ぎえん)が天武天皇の勅願により興福寺の別院として栄えたが、今は本堂のみ。周りはのどかでお弁当を広げている家族もいらっしゃいました。拝観は玄関のインターホンを押すので散策しただけで帰った。でも後で調べると、ご本尊の十一面観音像は、天平時代の国宝。全国で7体いらっしゃる中の1体(奈良の聖林寺・法華寺・室生寺、京都の六波羅蜜寺、大阪の道明寺、滋賀の向源寺、そして観音寺)。仏像マニアさんにはたまらない十一面観音像のようです。東大寺のお水取りの竹は、この地のものだそうです。

     
南山城古寺探訪という冊子に12のお寺MAPがあったので、予定外の寿宝寺へ。木津川の側にあるけど、残念ながら何もないお寺でした。
 
     
蟹満寺 意外にも新しい寺でした。仕方がないけど蟹満寺も観音寺も洗濯物が干してあったりして生活の匂いがするんで、できれば隠してほしいですね。
    
動物が祀られている社寺は多くて、例えば狐、馬、牛、鹿、猿、虎、龍、鶏、蛇、でも「蟹」は聞いたことがありません。境内にはいろいろな所にカニがいました。また「蟹の恩返し」ってお話しがあると知りました。

昔なら自転車でスイスイ走ったんだけど、年かな~バイクは楽チンでした(笑)。でも車に抜かされる時の風圧が恐かった。まったく疲れもなく14時ごろには枚方市まで戻ってきので懐かしい山田池公園に立ち寄って、一周、2kmを歩く。緑の匂い、鳥のさえずりが気持ちいい。
  
子供が小さいころにお弁当を持って、よく来た公園です。最後に来たのは、ミッキーが小学校のころにザリガニ釣りに来た時だったっでしょうか?
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