mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

何が悪者か?

2017-05-17 10:35:40 | 日記
                                                       
 フレッド・ピアス『外来種は本当に悪者か?――新しい野生The new wild』(草思社、2016年)は、ほんとうに面白い。いうまでもなく、動植物の外来種が生態系にどのように影響し、在来種を滅ぼし、自然を変えてしまっているかに視線を据えているのだが、これが、従来の外来種撲滅の自然保護とまったくセンスが違うのだ。目から鱗というが、これほど「専門家の研究」を疑いの目をもって見ることになるとは、思いもしなかった。
 
 たとえば、イースター島のモアイ像を造れるほど高度な文明を発達させたポリネシアのラバ・ヌイ人が、島の森林を伐採しつくしてしまったために滅びたという話はよく知られている。私もジャレド・ダイヤモンドの著書『文明崩壊』(草思社、2005年)を2014年2月に読んで、「私たちもその轍を踏むことになる」と警告されていたのを思い出す。ところが本書によると、2011年のハワイ大学の人類学者テリー・ハントの研究によると、ラバ・ヌイ人がイースター島に到着したとき一緒に持ち込んだとみられるナンヨウネズミが植物の根を食い尽くし、森林を破壊したという。でもこれは定説をひっくり返しはしたものの、外来種が危険であることの証明でもあるなあ。
 
 ところが一筋縄では片づけられない。オーストラリアのクイーンズランド州は、1935年、サトウキビ畑を荒らす害虫を食べてくれるオオヒキガエル6万匹を導入して駆除を試みた。ところがオオヒキガエルは害虫には目もくれず、サトウキビ畑から出てほかの昆虫を食べはじめた。この巨大なカエルは耳腺から猛毒を出す。そのため捕食者であった在来種のヘビやオーストラリアワニが次々と死んでいった。オオヒキガエルは全土に広がり、野生が残っていたカカドゥ国立公園も風前の灯火と言われていた。オオヒキガエルの進撃を止めるべく打った手はことごとく失敗に終わったが、最悪の事態は起こらなかった。ほかの生き物がオオヒキガエルに適応したのだという。小型の捕食動物はオオヒキガエルを食べると死ぬことを学んでいった。オーストラリアワニは後ろ脚だけをかみ切って、その他を食べないようになった。トビやカラスは、毒を出す耳腺に触れないように、腹やのどを攻撃する作戦を覚えたと、ピアスは記す。ブラックスネークの仲間は、わずか数世代の間に顎部が小さくなり、小さいカエルしか食べられなくなった。「絶滅した在来種はひとつもなかった」と、2011年に報告されているそうだ。
 
 オオヒキガエルの導入から76年、約三四半世紀で、適応した生態系に変容した。これは思っていたよりも短期間である。善し悪しを別にして社会学的に眺めてみると、もともとのオーストラリアの自然に、オオヒキガエルのいる自然が組み込まれたハイブリッドの自然が出来したともいえる。そういえば、こんなことも書いてあった。オーストラリアの野生犬ディンゴも、5000年前に他の地から移住してきた犬らしい。それが今はオーストラリアの在来種として扱うことをオーストラリア人たちは当然のように考えているらしい。それをピアスは、豪州人の来歴がそうせしめているのではないかと、皮肉交じりに書いている。
 
 なによりも、はたして外来種のせいなのかと、疑問も提示する。ヴィクトリア湖のナイルパーチの話はTVでも報道されている。イギリス人がフィッシングの楽しみのために放流した大型魚ナイルパーチが、ヴィクトリア湖の小型魚シクリッド500種のうち半分ちかくを食べてしまって絶滅したという。ところがヘント大学のディルク・ヘルシュレンの研究によると、湖の富栄養化がすすんだ時期としクリッドが絶滅した時期とが重なる。そこにホテイアオイが繁茂し、湖底が酸欠状態になり、水表面に浮かんできたシクリッドをナイルパーチが捕食して、事態は一層悪くなったというのだ。つまり、もともと、水質の汚染という人的原因があったことを直視していない、と。
 
 同様に、外来種が入って来たことのデメリット・データは、在来種の絶滅や生産物の被害額として算定されて集積されるが、メリット・データは集めようとしないから、誰も引用するものがなく、つまり、生態系としての総体がどうなっているのかを考えようとしていないと手厳しい。つまり、「不都合な真実」をあわせてみると、一概に悪者といえないと指摘する。
 
 何が悪者かって、何を基準に、どこに身を置いて言っているのか。眉につばつけて、丁寧に確かめないとならない。
 
 この著書が面白いのは、外来種の駆除を云々する人たちのいう自然が保たれるためには、基本的に人間の往来を禁じなければならないのに、そのことを棚に上げて、動植物の駆除だけを唱えていることだ。これって、いま巷ではびこりはじめているヘイトスピーチに似ていないか。トランプ流の「〇〇ファースト」と同じではないか。なにを根拠に、外来種(不法移民)を排除せよと声をあげることができるのか。アメリカって、もともと移民の国ではないのか。「早い者勝ちよ」って言えばいいけどっていうと、トランプさんなら言いかねないからそうも言えないが、結局WASPが乗っ取った国なんだからって、言いたいんでしょ。だったら、奴隷制時代から全部やり直しますって反省してから壁を作りなさいよと、私がアメリカ人ならいうかな。日本だって同じよ。グローバル化の恩恵に浴して、ずいぶんと依存していながら、なぜか、日本の純血性を誇らしげに語るのも、ヘンだよね。
 
 研究が進めば、「専門家」の定説も変わる。それに触れることは、ひとつひとつ、私自身の固着した観念を吟味し直すことにつながって、愉しい。「The new wild新しい野生」って考えかたも取り入れて、「じぶん/せかい」を見つめ直すことにしてみても、面白いかもしれない。
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