南魚沼~わが故郷から~

四季折々姿を変える豊かな自然を次世代に
活き活きとした顔が溢れる元気なまちをつくろう

2011年を振り返って 7

2011年12月30日 | 卯年まつり
■ 卯年大祭 夏編 開催が心配だった  

 卯年に災厄が多かったのかどうかは判断はつかないが、当地区中之島、上田、石打地区(一部)には12年に一度の
 卯年祭が古くから行われており、なぜ卯年なのかと思うとおそらくそういうことなのだろう・・と思っていた。
 しかし、今年に限って言えば、まさにその通りの一年であった。
 東日本大震災、福島第一原発事故、長野県北部地震を受けて、春の中之島地区では祭の開催に揺れた。
 全地区こんな年だから祭はしっかりやろう、更に復興への願いもこめて沈んだ空気を明るくしよう等々の意見が大勢をしめて
 春に予定されていた全ての祭は行われた。
 夏の上田地区や石打地区も同じ流れになると思っていた。
 
 ところが夏の卯年大祭を半月前に控えて、これまで経験したことのない豪雨が当地を襲った。
 しかも開催地である上田地区や大沢地区は甚大な被害に見舞われてしまった。
 「本当に開催できるのだろうか?」心配になったものだった。

 そして8月のお盆を迎え、カメラを持ち出して、とにかく画像記録を残しておこう思い、いくつかの地区をまわった。
 三郎丸・早川、滝谷地区、上田地区、大沢、砂押、そして吉山・・全ての地区が盛大な祭になり盛り上がった。

 災害に見舞われたばかりで大変な時期だったが、「災厄を払い、一日も早い復興を成し遂げよう」そんな思い・熱気が
 溢れる夏の卯年大祭であった。


(三郎丸・早川地区 2つの神輿が威勢がよいこと!)
 

(吉山地区 2つの祭り屋台が練り歩く、村中で盛り上がっていた・・)
 

(滝谷地区 祭り屋台と神輿がきれいだった) 
 

(上田地区(15行政区)上田地区の特徴である大勢で担ぐ神輿、後から後から繰り出される神楽、凄い迫力だった)
 
 
 
 
 
(大沢地区 緑の中で鮮やかな祭り行列が印象的だった) 
 
 

(砂押地区 アットホームな雰囲気、暑い中だったが祭の盛り上がりはかなりのものだった)
 
 

■ プロジェクトX 中島みゆき ヘッドライト・テールライト High Quality  


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砂押 卯年大祭

2011年08月17日 | 卯年まつり
昨日16日、9時半砂押神社に到着したとき、式典が行われていた。
ここでも和気藹々とした雰囲気で、まつりが始まった。
天狗さんは快く撮影に応じてくれた。ありがとうございました。

出発のときは少し緊張気味だったが、通りに出ると、大勢の地区の方々が迎える中で、徐々に盛り上がっていった。
おかめさんは、通りで行列を出迎える方々とダンスのサービス。(^^)
ずっと行列について廻りたくなるような雰囲気だった。

(出発前の式典)





(いよいよ出発です)
 





(表通りを進む 徐々に元気がでてきます)







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大沢 卯年大祭

2011年08月17日 | 卯年まつり
16日大沢地区で開催された卯年大祭御神幸渡御(御廻)。
大沢は大沢山、宮在家、大沢新田も含めると広い地区である。
御廻は大沢駅の上手にある大沢神社から出発、途中自動車で大沢山まで移動。
老いも若きも和気藹々、暖かい雰囲気でまつりを楽しんでいました。

(大沢神社 出発)







(大沢山にて)




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卯年まつり

2011年08月16日 | 卯年まつり
昨日15日は午前中しか時間が割けず、小木六、南田中地区に入ったのが正午頃で行列に遭遇できなかった。
大沢地区もきのうの午後歌舞伎が行われたのだが、これにも行けずに残念だった。
12年後を待つことにしよう(^_^)v(^^;)

きょうは大沢地区の御幸渡御行列の出発風景、そして砂押地区の神社からの出発風景を撮影することができた。
明日このブログに掲載したいと思う。
どちらもアットホームな雰囲気の中にも、卯年大祭本来の「厄除祈願・家内安全・五穀豊穣」の願いがこめられていて
地区を挙げて盛り上がっていた。ずっと行列と一緒にいたいと思った御廻であった。

思えば50の半ば過ぎまで、卯年まつりといえば、「舞子大山組」と「仙石柄沢」のさわり部分と「早川・三郎丸・長表」
しか見たことがなかったので、2011年の卯年大祭は他の地区のまつりを見ることができてとても良かったと思う。
昨年、「来年の卯年まつりを盛り上げようよ」と何人かの方と話してから、このブログで取りあげてきた。
自分にできることをやってみよう、12年に一度のまつりを記録に留めたい、そんな思いで続けてきた。

3月11日の東日本大震災や翌12日の長野県北部地震で中止になるのかな、それもやむを得ないかと思ったこともあった。
しかし、各地区の実行委員会では「こういう年こそ本来の趣旨に立ち返って、まつりを開催しよう。」という多くの意見
があり、春の大祭は一部自粛もあったが予定していた全ての地区で開催された。
夏の大祭も直前に未曾有の水害に見舞われ開催が危ぶまれたが、ここでも全地区で開催された。
「災害なんかには負けないぞ、必ず復活・再生するぞ」という強い意思を地域全体が共有した2011卯年大祭であり、そのこと
を当地域からのメッセージとして発信できたことを確信している。

相棒のキャノンkiss X2と夏から仲間入りしたキャノン60Dに感謝。
そして春から全ての卯年大祭を取材し続けた南魚沼市の広報の秋山さん、文化班の平賀さんに心から感謝申し上げたい。
ご苦労さんでした。
日本で唯一、卯年だけにこの地域だけで行われる「卯年大祭」、全てしっかりと南魚沼市の記録に残して頂いた。

下の写真は5月4日の舞子大山組大祭から。
御神山登頂への突撃を待つ一服休みの屋台風景、この後キャスターを外して「担ぎあげ状態」にシフトチェンジ、
山への一直線の道はすぐそこで待っている。




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上田地区 卯年大祭

2011年08月16日 | 卯年まつり
上田地区の15の行政区が共催する大規模な卯年まつり。
直前に豪雨災害に見舞われ大祭の開催を心配したが、「災厄を祓う」本来のまつりの趣旨に沿って予定通り開催。
きょうも渡御行列は続けられている。
清水地区から下りてくる行列を1時間ほど待って、蟹沢地区の国道291号線でキャッチした。
大型バス5台が止まり、続々と人が降りてくる。そして行列が始まった。
怒濤の神楽の連発とその人数の多さに圧倒される。いったいいくつ神楽が出ているのだろう。
祭り屋台は4台、4トンユニックに載せられ笛太鼓のお囃子を奏でながら進んでいく。
これもトラックが大きいだけに迫力がある。

地区それぞれに特色のある卯年大祭。
怒濤の神楽のパワーを見ながら、「厄を祓い清める」本来の卯年まつりの姿はこれだったかもしれない・・と思った。















(16人が担ぐ"巨大な"御神輿)


(お囃子を奏でる祭り屋台は4台のユニック車)




 


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滝谷 小松沢 卯年大祭

2011年08月15日 | 卯年まつり
きょうは午前中しか時間がとれなかったので、駆け足で見て回ったがキャッチできたのは、吉山、滝谷と上田地区のみで空振りに終わった地区もあった。
滝谷・小松沢地区の御廻の様子、離れた場所にいたのだが、笛太鼓の音がよくきこえた。






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吉山 卯年大祭

2011年08月15日 | 卯年まつり
吉山地区の卯年大祭は、きのうときょう2日間をかけて開催された。
2日めのきょう、御神廻が行われた。
朝熊野神社の境内には、大勢の地区のみなさんが集まり、記念写真を撮ったり、しばらくぶりの再会を楽しみながら和気藹々とした
雰囲気の中で、御廻が始まった。

(記念撮影)


(神楽の出発 元気よく出発した)


(行列の出発風景)




(祭屋台は2基・・笛太鼓の音を響かせながら進んでいきます)
 

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早川・三郎丸・長表 卯年大祭

2011年08月14日 | 卯年まつり
長表という村には母の実家がある。
そのせいかこの地区の卯年大祭は親しみを感じている。
記憶にあるのは24年前の卯年大祭からで3回目、夏の卯年大祭らしい「白装束と裸の神輿のまつり」が、
この卯年大祭の印象である。
村中総出のまつりだ。

当地区は先月末の水害の被害を受けた地域でもあり、農地への冠水、床下・床上浸水の被害が大きかった。
そうだから厄除け祈願としての卯年まつりへの思い入れも強いのかもしれない。
ふたつの神輿が勇壮に力強く一軒一軒を廻っていた。
まつり行列を迎える地区の皆さんも丁寧にお迎えしながらも、しきりに水をかけていた。(^^)

09:30 長表 阿部家を出発


天狗様は二人 赤天狗と黒天狗、太神宮様の神輿は前後に柄が長く大勢で担ぐことができる・・う~ん 独特 !



おばあちゃんが手を合わせていた、軽快に動き回る神輿・・仲間に入れて欲しくなるほど楽しそう


こちらはもうひとつの神輿、俵が載っている、「無病息災」「家内安全」「五穀豊穣」の文字が


子どもたちは神楽で参加 各戸で出迎えたみなさんの頭を噛み厄除けとしあわせを運んでいた


三郎丸 291号線を進むまつり行列 長い直線だが各戸で水をかけてもらいながら、元気に進む



まつりをおだやかに見下ろす金城山と坂戸山のツーショット


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■ きょうの1曲

  五輪真弓 少女  1972

  五輪真弓さんの歌は、私的には好き嫌いがハッキリしている。
  この歌は五輪さんのデビュー曲、歌詞を何度も読み返したっけ・・、長い間聴き続けながら、いつも「今になってようやくわかるような気がする」と
  思う不思議な歌。(^_^)v 

  → 少女

  スタジオ・バージョンで → 五輪真弓 少女
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夏の卯年まつり

2011年08月11日 | 卯年まつり
夏の卯年まつり スケジュール

●中之島地区
 吉山 8月14日(日) 午前 こども神輿巡回  夕刻 神事(熊野神社)
    8月15日(月) 午前9時 式典(熊野神社)
            午前10時 御廻出発
            午後5時 大祭奉納会(熊野神社)

 小木六 8月15日(月)

●石打地区
 南田中 8月15日(月)

 砂押 8月16日(火)

 大沢 8月15日(月)奉納歌舞伎
    8月16日(火)本祭り

●上田地区
  沢口   8月15日(月)
  滝谷・小松沢 8月14日(日)~15日(月)
  長表・早川・三郎丸 8月14日(日)~15日(月)
  上記以外の上田地区 8月14日(日)~16日(火)

     「12年に一度の大祭、卯年祭 南魚沼市ウェブサイト」

 14日から16日に集中しているので全部行けないと思いますが、できるだけ多くの地区の卯年まつりの様子を本ブログで報告して
 いきたいと思います。       
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舞子大山組卯年大祭ドキュメンタリー

2011年07月25日 | 卯年まつり
昨日、舞子大山組卯年大祭の記録映像のDVDが届いた。
早速鑑賞ということになった。
ブルーレイ版は、やはり圧倒的に存在感のある映像を見せてくれる。
大祭の開催を約2ヶ月後に控え、東日本大震災や福島第一原発事故が発生し、自粛し大祭を中止することも検討された状況も記録されている。
「大余興」を中止し、前日祭や御神幸渡御を中心に過度に華美な企画などは自粛するという申し合わせで実施された。

この舞子大山組の卯年大祭の全体的な歴史的経緯や構成10地区の歴史なども、渡御行列の進行に併せてナレーションで記録されている。
貴重な文化・歴史資料ともいえる内容で、当地域の歴史を学ぶことができるし、更に深く勉強しようと思うきっかけになるかもしれない。
・・、当坪池区で大祭の度につくられている「杉門」も、昔は入り口と出口にそれぞれあり、「清めの門」「神社の結界」の意味もあるのだ
そうだ。等々・・、初めて聴く興味深い解説が多い。

 

大山組全体の御神幸渡御祭の前日に、10地区でそれぞれ単独にまつりが開催されるが、その様子や山元である舞子地区のおごそかな鎮座祭も
記録されており、「舞子大山組卯年大祭の全体像」を初めて知ることにもなった。
本部の役員でもなければ、これまでは自分の村のまつりと御神幸渡御祭しかわからなかったわけで、興味深く見させてもらった。

全体的な構成、映像、ナレーションとも文句のつけようのない内容の記録映像だが、欲を言うとクライマックスの行列が御神山に登る場面、
「ここが最後の勝負所」みたいなものが、みんなの中にあると思うので、もうカメラを2台くらい多くして、上から下から真ん中から撮影して、
じっくり長い時間に構成しても良かったのではないかと思えた。

父が楽しみにしていた映像が届いて、しばらくは家族全員で楽しませてもらおうと思っている。

最後の女の子二人もそうだが、『12年後はまかせて・・』、という意気込みを感じさせてくれる若い方々が随所に登場する。
12年に一度というのは長い、しかしそれだけこの地区の住民には大切な行事といえるのかもしれない。
「~から応援にきました」というまつりの参加者の声もいくつか収録されており、地域だけではない広域的なまつりに変わってきていることも
あらためて知ることができた。「舞子大山組 卯年大祭」が、ひとつのブランドになっていくのかもしれない。

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心に残る画像 2011卯年大祭 2

2011年06月26日 | 卯年まつり



4月29日、仙石・柄沢地区の卯年大祭。

クライマックスで初めて、柄沢地区の屋台の屋根に記された文字を見た。
平地では見えない、二階でこの屋台を見ていたらわかったかもしれないが・・・。
山に上る最後の瞬間に目立つような演出だったのかな?(^_-)

これを見たとき、とても嬉しくなって撮影した。(^^)

きょう、お茶を飲みながら、珍しく親父が昭和26年の卯年まつりの話をしてくれた。
当地坪池区は、舞子大山組卯年大祭の行列の昼宿、何百人かのお昼を用意するのがしごと。
戦後の食糧難のころで、コメは一粒でも口に入れるか、売ってお金にしたい時代。
コメを出し合って、おにぎりをつくったそうだ。
お米にかかった費用は、舞子大山組から支給される。
当時はヤミ米を買いに来る関東からの業者も多くいた。そして供出価格よりもだいぶ高く売れたそうだ。
現金収入の少ない時代だけに、貴重な収入源だったようだ。
しかし、舞子大山組から頂いたコメ代は、供出価格だったそうだ。
「祭はだいじだし、山組もだいじ、でもコメ代はだいぶ安かったなあ」と、みんなで笑ったそうだ。
  ・・・、もっと多くの話を、先輩の方々から聴きたいですね(^^)。

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  デジブック「舞子大山組卯年大祭3」準備中  

  
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心に残る画像 2011卯年大祭

2011年06月25日 | 卯年まつり
午後から自分の村・坪池の屋台に加わらせて頂きました。
コンデジしか持てなくて、・・しかも屋台がめいっぱいのスピードで回転するとき(見物の方々が多くいる)、場所では、もちろん一枚も撮影できません。
・・そんなジレンマとともに楽しませて頂いた半日。

この一枚は、撮ろうと思った一枚です。
坪池の屋台の後ろ姿なのですが、小さな子どもを二人肩車している姿が写っています。
前進する屋台には、こんな小さな子どもたちも一緒に前に向かっている。
(けっこう一生懸命歩いていたのですが、ここではさすがに疲れたようで・・)そのときはしっかり肩車で一緒に前に向かうオヤジがいる。(^_^)
・・そんなことを、ふと思いながらシャッターを切った一枚でした。



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  デジブック「舞子大山組卯年大祭3」準備中
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2011 舞子大山組 卯年大祭 鎮座祭

2011年06月03日 | 卯年まつり
おはようございます。

中之島地区の卯年まつり、南魚沼市の広報6月1日号では、表紙写真と2ページにわたる特集が組まれました。
ごらんになった方も多いと思います。

きょうは舞子大山組卯年大祭、5月3日舞子鈴木家、石上神社で行われた鎮座祭の様子を、南魚沼市撮影の画像で紹介します。

5月4日の御神幸渡御大祭の前日、神様を御神山にお迎えに行き、おかりやの鈴木家で神事が行われ、その後行列は石上神社
をめざします。
そのときの様子を南魚沼市の文化班が取材をされました。
12年に一度の大祭、貴重な文化史の一断面として、後世に残していって頂きたいと思います。

 卯年大祭 アーカイブ












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卯年大祭 八竜

2011年05月31日 | 卯年まつり
おはようございます。

中之島地区の卯年大祭が始まった4月の終盤からゴールデンウィークにかけて、当塩沢地区には相当の
経済効果があったものと思っています。
まつりの期間中はほとんどの家で、家族の何倍もの親戚の方々が集まっていたものと思いますし、まつりの
アルコールの消費も各地区かなりの(^^)ものだったでしょう。
出前をお願いしたあるおそば屋さんは、中之島地区からの注文が凄かったと言ってましたが、飲食店、スーパー、
酒屋さんなど、まつりの経済効果が少なからずあったものと思います。

■ アーカイブ

  
■ 舞子大山組 山元舞子・姥島・万条屋台 御神山登山風景 youtube投稿動画
  
  舞子大山組卯年大祭 御神山遷宮 

■ 仙石・柄沢地区 卯年大祭 youtube投稿動画

  卯年祭り 

きょうは5月3日開催された八竜区の卯年大祭です。
「がんばろう!日本」「復興祈願」が八竜でも神社や屋台にありました。
自粛された部分もありましたが、中之島地区の予定されていた春の卯年大祭が全て開催されたことは、何度も
繰り返すようで恐縮ですが、東日本大震災によって「卯年まつりの原点」があらためて見直されたようにも思います。
中止せずに、しっかりまつりを開催して良かったという声が100%、自粛すべきだったと言う声は聴かれません。
お盆には小木六地区、一度は中止を決定した吉山地区でも開催の予定、中之島全地区での開催です。

八竜の御廻も春の青空の下で開催されました。
八竜や古川などのように、各区で開催される御廻は、一軒一軒を廻りとてもアットホームな雰囲気を感じます。
それぞれの村に昔からの伝統も感じられ、まつりの流れや行列の形式は同じでも、オリジナリティーもどこかにあって、それを
見つけるのも楽しいものです。
八竜は5月3日ということで、当坪池地区や舞子地区での先日の鎮座祭と重なって行けなかったのですが、行列に並んでおられる
顔はよくわかるので、やはり村を挙げてまつりを楽しんでるんだな・・と、なぜか安堵。(^^)

南魚沼市からの画像で紹介します。










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卯年大祭 古川

2011年05月30日 | 卯年まつり
おはようございます。

5月1日に開催された古川区の卯年まつりの模様。
当日は祭の準備作業があり古川区に行けなかったのですが、市役所から頂いた画像を見て、みなさんの人柄の温かさが
伝わってくるようで、1枚1枚に感動しました。
卯年まつりはどの地区も「12年に一度・厄除け・五穀豊穣・安寧祈願」という本来の趣旨が貫かれており、
強い連帯感というか、絆というか、そういうものを感じさせてくれました。
今回は東日本大震災が直前にあり、各地区「復興への願い」もこめられていました。










(撮影 南魚沼市)

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