奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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比曾寺跡

2009年07月16日 | 史跡
 日本書紀に吉野寺と記述される寺院跡です 撮影日;2009.6.27 

 聖徳太子が建立した48ヶ寺の一つとされます
 用明天皇2年(587)に創建とも伝わりますが、定かでは有りません
 同寺に残っている瓦や伽藍配置などから、少なくとも飛鳥時代(7世紀後半)には存在していたとされています

 創建時の寺は南面する伽藍で、東西両塔をもつ薬師寺式の配置
 中門手前に東西三重塔の基壇があり、礎石が残ります

 =寺伝によると=
 東塔は、聖徳太子が用明天皇のために建立
 その後鎌倉時代に改築されたことが礎石の一部によって分かっています  
 文禄3年(1497)豊臣秀吉によって伏見城に移され
 慶長6年(1601)徳川家康によって大津の三井寺に移築(現在国の重要文化財として残っている)
 西塔は、推古天皇が夫の帝敏達天皇のために建立
 相次ぐ戦乱に災いされ、惜しくも焼失せりと、今昔物語に記されています

 中門をくぐった所に金堂跡があり
 世尊寺の本堂が建つ場所が、かつての講堂跡です(供に礎石が残ります)

★所在地;吉野郡大淀町上比曾
★交通;近鉄「大和上市」駅下車 徒歩30分
★駐車場;有ります(無料)
★入場料;見学自由
★問合せ;0746-32-5976(世尊寺)

 『日本書紀』欽明天皇14年5月の条に次のような逸話が載っています
 河内の国司から「和泉群の茅渟海から地震や雷のように響くほどの雅楽が聞こえる。
 また、麗しく照り輝き日の光のようです。」と知らせてきた。
 天皇は怪しみ、溝辺直を使わし、海の中を探らせた。
 使いは海の中で照り輝く樟木を見つけ、天皇に奉った。
 天皇は匠に命じて、仏像2体を造らせた。
 今の吉野寺に光を放っている樟の仏像である。


 平安時代には清和天皇や宇多天皇が行幸し、藤原道長が参詣するなど大いに栄えたようです
 中世以降は、相次ぐ戦乱などにより荒廃していきました


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