奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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岩屋ハミ塚古墳

2011年04月15日 | 古墳
 元は、大きな方墳だったようです 撮影日;2011.03.13

 今では、元の姿がわからないほど削られていますが、被葬者は物部守屋とする説があります

 1996年の発掘で、墳丘は2段築造に復元できると推定
 東西48.8m、南北45.6mの方墳だったようです
 終末期古墳としては、明日香村の石舞台古墳やカナヅカ古墳に匹敵する最大クラスの規模です

 周辺にはコの字形の堀状の遺構があり、石室は南西側に開口した両袖式の横穴式石室で巨大な花崗岩が使われています
 江戸後期から明治の間に多くの石が運び去られ、当時の状況では玄室・羨道部共に石室の1段目しか残っていなかったそうです

 石室の全長は約12m(羨道が破壊されおり、元は15m以上?)
 玄室の規模は、長さ5.7m・奥行き幅2.92m、玄門幅3.44m、高さは不明
 羨道の現存長は5m、幅は1.8m

ハミ塚古墳石材の一部 ハミ塚古墳説明板

 玄室内には破壊され矢跡の残る竜山石製の刳抜式家形石棺が安置されていたそうです
 棺身は短辺1.33m・長辺約2.85m、棺底の厚さは0.42mと推定され
 棺蓋は縄掛突起を有し破片は奥壁前に集中して散乱していました
 石棺は、ベンガラの付着した約1cmから5cmの白石(石英片岩) と黒石(砂岩)を厚さ約10cmに敷き詰めた上に安置されていました 

発掘時のハミ塚 発掘された石室
★所在地;天理市岩屋町茶屋ノ前
★交通;JR「櫟本」駅下車 徒歩40分
  名阪国道天理東ICの近くです
★駐車場;なし
★問合せ;0743-63-5779(天理市教育委員会)


 参考;Don Panchoさんのページ
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