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流出日記 

マームとジプシー『ハロースクール、バイバイ』

2010年11月15日 | Weblog
マームとジプシー『ハロースクール、バイバイ』先週と同じくピンクに塗られたアトリエ劇研にて。

快快に引き続き東京の劇団、初見。
開演前から役者たちはバレーボールのユニフォームを着て、舞台上でストレッチなどをしている。床にはコートの白いラインが引かれていて、そのラインは壁を伝って天井へ伸びている。
開演、試合開始。と言っても相手はいないしボールもない。役者たちは見えないボールをレシーブしトスを上げ壁に向かってアタックを打ち込み、中学女子バレーのように大声で声を掛け合い、大声で喜ぶ。小学校の頃バレー部だったのでその様子には身に覚えがあった。チームプレーでの声掛けの必要と、チーム内の雰囲気を盛り上げ、相手を威圧する意図もあり、1点取る度にコートを走り回って喜ぶ。そのように教えられるのだ。

同じシーンが正面を変えて何度か繰り返されながら部員それぞれのエピソードのシーンが挟まれ、内容が徐々に進行する。
そこで起こっていることはすべて回想である。
舞台上では試合の内容でなくその熱量のみが場に発生する。声の熱量がアトリエ劇研の劇空間に無理やり押し込まれたようなボリュームで届く。つまり観客席に適切に届く声ではない声量でもうそこにはいない相手に向かって叫んでいる。役者たちの声は観客に届けるための声ではない。また、試合が終わって女子同士になると、ふたりの間だけで通じれば良い声量と速度になる。
それで役者の言葉は、この劇の内容を観客に向けて語るための発話ではないところに焦点があるのだと思った。
演出家は、この作品は記憶の「再構築」ではなく「蘇生」であると言っている。
蘇生、一度死んだもの息を吹き返す、そのように役者にも観客にも「あの頃」の記憶が立ち上がってくるものを作りたいと。
演出家は劇作も兼ねており、いつも14歳を主人公に物語を書いているらしい。

まず台本に沿って芝居の内容を伝えることを適切に表現すことより、役者の体に「あの頃」を甦生させることを目指すということ。
それがうまくいっていたかどうか、私の目線から見れば意図しているものはキャッチできた。それはある年代に限られた「あの頃」感ではあるだろうし、共感を親身に持てる年齢層とそうでもない場合で作品の見方は大きく変わるように思う。

でも私にとってこの作品の中で最も印象に残ったのはにおいだった。
劇場の大きさと舞台と客席の近さもあって、女子たちの吐く息や発汗で立ちのぼる体とユニフォームの生地のあいだのにおい、汗をかいた地肌と髪に残ったシャンプーのにおい、膝サポーターのゴムのにおい、それらが混ざったものはまぎれもなく部活のにおいだった。
体育倉庫のホコリとカビのにおいを嗅ぎたくなった。
においにつられて当時の、どちらかと言うと嫌なことが多かったことを思い出していた。

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キーワード
アトリエ劇研 女子バレー
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