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流出雑記 

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2016/9/5

2016年09月06日 | Weblog
この日記をいつまで書くのだろうと思いながらなぜかずっと書いていた。書くのが好きなのだろう。たぶん。
書く推進力はまあほとんど読まれてないだろうけど、勝手にすごくもらった。この日記は今日が最後。ですけど書かれない日々はどっかで続く。
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2016/9/4

2016年09月04日 | Weblog
起こっていることのすべてには、それが快く受け入れ難いものであっても、その中には、自分の欲望も反映されている。人生はその人に似合いの方向にいく。人は各々そういう形をしている。そういう形式を持っている。似合いの形を。
私は二度と春巻という料理を作らないだろう。
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2016/9/3

2016年09月03日 | Weblog
今までとこれからの日々に油性の線を引いた。それはもう消えない。
体が察することは大体間違いがない。私は私の体が知らせてくることを何より信じるし、常にそれを裏切らない判断をしなければならない。
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2016/9/2

2016年09月02日 | Weblog
京都に戻るみやこ路快速の前に座っていた初老の男性の禿げた後頭部が引きずって削れたようにへこんでいる。へこんで余った頭の皮が後頭部中央に寄って縦じわになっている。縫い跡があってたぶん事故。もう古傷。禿げた頭頂部から後頭部にかけてよく日焼けしている。駅に置いてあるフリーペーパーを読んでいる。咳をした。時々外を見る。晴れ。
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2016/9/1

2016年09月01日 | Weblog
地下鉄のホームに荷台を引いて5つ6ついろんな形の鞄や荷物を満載にした女の人がいた。被っている白いヘルメットから伸びる長い髪には白髪が混ざっている。その人が地下鉄の線路の先を見ながら「偉そうにすんな、女性にもなれへんくせに」と言った。地下鉄が来たけれど、その人は乗らなかった。
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2016/8/31

2016年08月31日 | Weblog
密度にばかりものを言わせようとしなくても良いのではないかと芯で思えるまで力は抜けないし、それまでは抜いてはいけない。密度を手放すしかなくなるところに行きたくなったら。密度の蜜を吸い尽くしたらそこに行きたい。
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2016/8/30

2016年08月30日 | Weblog
ひとりだといくら春巻きが食べたくても自分で巻いて揚げたりしない。
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2016/8/29

2016年08月29日 | Weblog
師には年相応の顔と5歳児の顔、カエルの妖怪がいて、それら全部を忘れさせる美しい瞬間がある。
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2016/8/28

2016年08月28日 | Weblog
つまり如何に「私」の外に動機を措定できるか、それを飲み込み身体化し「私」の問題とすることができるか、その2種の能力を持っていること。
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2016/8/27

2016年08月28日 | Weblog
最後まで矛先が向かっていく方向に行くのだろう。私は命がけでよそ見の係をしよう。
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