我が人生に悔いなし 時には反省

日頃感じていること

吹雪の丹沢越え

2016-12-20 | Weblog

私が21歳の頃(第一空挺団の隊員になって2年目)この年の秋季大演習が50キロ丹沢山脈越えだった。

千葉習志野を夜中に出発、50台のトラックを連ねて隊員2千名の大部隊で明け方5時丹沢の麓に着いた。

全隊員完全武装で、背中に背嚢(食料雨具小シャベル等)他にライフル、自動小銃、機関銃(M6交代で持つ)、腰に拳銃、銃剣、弾帯、水筒で30㎏以上になる。山に登り初めて9時頃、秋晴れの天候が怪しくなってきてチラチラ白い雪らしい物が降ってきた。暑くて汗をかいていた我々は喜び、意気盛んで山々の頂きを眺めながらドンドン進んだ。

三国山~高指山~大室山に向かっていた午後2時頃、30k地点雪が酷くなり吹雪となった。

500メートルの先頭隊を見るともう腰上まで雪があり雪の上を泳いでいる感じでなかなか思う様に進めない。

その内天候はますます悪化し猛吹雪となった。 だんだん時間が過ぎ雪は大雪となり100m進むのに1時間かかった。

私は靴下を2枚履き手袋を2枚にして下着を重ね着、雨合羽を着けたが寒い。時計を見たら真夜中の12時だった。

仲間の顔は皆かじかみ寒さと疲労に耐え、無言で前に進もうと頑張っている。

同じ中隊の一人が突然気が変になり、違う方向に分けの分からない事を口走り行こうとした。

皆で手分けして荷物を持ち手を引いて励ました。寒さの為手足の感覚はまったくなく、触るとすべて完全に凍っていた。水筒の水も凍って飲めないので雪を舐めた。

私はすごい睡魔に襲われ、このまま雪の中に寝たらどんなに気持ち良いだろうと思った。

ふと後ろから先輩隊員が「松田眠るな!死ぬぞ!」と声を掛けられ、これを飲めとウイスキーをくれた。

私はゴクンゴクンと冷え切った身体に流し込んだ。

何人もの隊員が倒れたが、交代で負ぶって明け方9時やっと目的地に着いた。                

一言  「全隊員無事に任務終了ご苦労だった!」と団長(渡辺陸将補)の訓示があった。

これが私の丹沢の懐かしくも辛い又壮烈な訓練の中のひとつ思い出でもあります。(写真:丹沢山脈)

                        

       

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