フェレーロの独り言

私フェレーロ(仮名)が経済や軍事を中心に分析、自身の考えを時事書き込んでいく日記帳です。

津波訴訟の判決→控訴について一言

2016-10-31 11:55:42 | 日記

■大川小の津波訴訟、宮城県も控訴へ 石巻市は議会が承認 
(朝日新聞デジタル - 10月31日 00:08) 
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4268330 

被災に関しては自然災害である以上誰にも予測は不可能であるし、適切な判断をしたからと言って確実に難を逃れる事も不可能だろう。それだけに被害の責任範囲を明確に決定しておくべきである。 

今回の津波は1000年に一度の史上空前規模のもので、様々な想定を遥かに超えた災害であることを考えれば、責任はどこまで追求されるべきなのかは、今後も起きるであろう災害の適切な処理に大いに参考になるだろうと思う。 

判決は疑問が多い。災害の大きさが予見出来る範囲と認定している事。あの津波の大きさは直前のテレビ予想の2倍以上だった事から納得行かない。避難先もこれほどの津波を想定して設定した訳ではないだろうから、結果論から当事者(亡くなられた先生たち)を非難するのは正しいのだろうか? 

貴方は未曾有の危機に瀕したとして、100%正解を導き出せる自身があるか?と問われれば誰もが「無理」と言うのではないか? 

生徒が忠告したのに・・・という意見もあるでしょうが、では貴方が当事者だった、として子供の忠告を聞き入れて大勢を説得して避難をさせますか?そんな勇気がある人はどれだけ存在するでしょうね。逆に何事も無ければどれだけ非難を浴びるか・・・高齢者や子供が多い事から移動の途中で怪我人が出たりするでしょうし、先生の判断が当事の状況でベストでなかった、と言えるだろうか?それらは全て結果論でしかありません。

大震災に際しては保険会社だって支払いの減免を認められるのです。人間が自然災害の全てを想定して100%の対策をする、そんな事が出来るとは思えません。それができなかったから、と言って、その責任を追求する今回の裁判に違和感を覚えるのは私だけだろうか? 

職務怠慢で被害者を出したのとは違うのです。先生本人も亡くなっているし、誰もが必死で生きようとしていた。それを後の結果から非難して賠償を請求する、と云うのは死者に対する冒涜な気がします。 

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