私の研究日記(映画編)

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『宮廷画家ゴヤは見た』(Theater)

2008-10-19 00:00:04 | か行
監督 ミロス・フォアマン
脚本 ミロス・フォアマン他
出演者 ハビエル・バルデム
    ナタリー・ポートマン
    ステラン・スカルスガルド

 京成ローザにて観賞(2008年10月11日)。

 物語の舞台はスペイン。時代は18世紀末から19世紀初頭。フランス革命とそれに続くナポレオンの盛衰により、ヨーロッパ中が混乱していた頃の物語である。


 ゴヤというと思い出すのは、今も手元に置き時折使っている高校世界史の資料集(『総合世界史図表』第一学習社)。この資料集には、ゴヤの二つの作品が載っている。一つは『裸のマハ』。思春期を終えたか終えないかの高校生には、刺激の強い絵である。もう一つは『魔女の夜宴』。山羊の姿をした悪魔の周りに集まる醜い魔女たちが、とても不気味な絵だ。

 この二つの作品に限らず、ゴヤの絵は刺激に満ちている。一目見ただけで、一生忘れられないようなインパクトの強い絵ばかり。そういう絵を描く人だから、常人には理解不能な変わった人なのだろうと思っていた。だが、この作品のゴヤは、きわめて冷静かつ常識的な人物。考えてみれば、宮廷画家にまで上り詰めるほどの人だから、変人であろうはずがない。


 この物語は、そんなゴヤ(ステラン・スカルスガルド)の目を通じて、時代に翻弄される男と少女の運命を描き出した作品である。

 宗教改革以後も、揺るぎない勢力を保つスペインのカトリック教会。物語の主人公ロレンソ(ハビエル・バルデム)は、その一神父として、異端審問の責任者という重大な任務を任される。

 ある日、審問所に1人の美しい少女が囚われる。富商トマス(ホセ・ルイス・ゴメス)の娘イネス(ナタリー・ポートマン)である。トマスは娘を救おうと、異端審問の責任者であるロレンソを自宅に招き、娘を助けるよう脅すのだった。ロレンソは拷問に屈し、「自分は猿である」と書かれた告白書にサインしてしまう。弱みを握られた彼は審問所のイネスを訪ねるが、あろうことか彼女に欲情し手篭めにしてしまった。トマスはロレンソの告白書を、国王カルロス4世に提出。教会はロレンソを捕らえようとするが、既に彼は国外へと逃亡していた。

 15年後、フランス革命軍がスペインへ押し寄せ、ナポレオンの弟ジョゼフが王位に就く。自由・平等・博愛の理念を旗印に掲げる新政府は、異端審問を行ってきたカトリック教会を断罪しようとする。そして、その担当大臣として姿を現したのは、行方不明の身であったあのロレンソだった。一方、廃止された審問所からは、異端として囚われていた人々が次々と解放されていく。その中には、醜く変わり果てたイネスの姿があるのだった。


 スペインの異端審問といえば、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の名場面「大審問官」が、まさにスペインの異端審問を舞台にしているのではなかっただろうか。「大審問官」は、思わず気が滅入ってしまうような重苦しい場面。でも重苦しさでいったら、この映画も負けてはいない(笑)。何しろ、見る人はゴヤの観察を通じて、ほんのわずかの間に異端狩り、拷問、捕囚、革命、戦争、略奪、暴行、処刑などなどを見ることになる。見るのに覚悟がいる作品だ。

 その覚悟さえあれば、すばらしい作品を楽しめること請け合いである。まず、物語の展開が非常に良くできている。ダイナミックな歴史の動きに、ロレンソとイネスは、まさに弄ばれるかのよう。とてもドラマチックである。二転三転していくストーリーには、全く飽きることがなかった。

 そして、出演者の迫真の演技。まず、ロレンソは、身の安全と出世のためなら、裏切りをもいとわないという人物。神を裏切り、祖国を裏切り、イネスを裏切る。革命時代の裏切り者といえば、フランスの実在の人物、ジョゼフ・フーシェが有名だが、この人物ももともとは教会の僧。後に神を否定し、革命に身を投じた後も裏切りを繰り返し、ナポレオンの補佐役にまで上り詰めたという人物である。この人物とロレンソの境遇は似ているような気がするが、ひょっとしたら、ロレンソのモデルはフーシェなのかもしれない。

 ロレンソは野望と欲望、ずる賢さ、弱さといった、人が誰しも少なからず持つような悪い要素を、全て象徴しているかのような人物である。それを表現するバルデムの人を蔑すむような視線、見るからに腹に何か持っていそうな薄笑い、威圧感を与えるような重たい物腰など、彼の演技は、この俳優が本当にそういう人物なのではないかと錯覚するほど。臭ってきそうなほど存在感溢れる俳優さんであった^^。

 もう1人見事だったのは、ナタリー・ポートマン。肌を露出させたり、顎の曲がった醜い姿をさらけたりと、文字通り体を張った演技をしている。また、ロレンソの裏切りなど目に入らず、ただひた向きに彼に付いていこうとするイネスの狂信的な愛が、涙ぐましく切なかった。トマス役のホセ・ルイス・ゴメスも忘れてはなるまい。娘を救おうというトマスはまさに鬼気迫るものがあった。


 ど素人の私がこんなことをいうのも恐縮であるが、今でこそ映像技術や映像美、音楽などが重視されるが、映画の基本はやはりストーリーと俳優の演技力だと思う。この作品は、魅せられるような映像や音楽はなかったが、映画の基本という点で完成度の高い作品だと思う。秀作だといえるだろう^^。エンドロールで、ゴヤの作品を見ることができたのは、サービスとして◎。

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