
ヴィデオに撮っておいた「のだめカンタービレSP」をようやく見た仕事始めの私。年始回りであけましておめでとうございますなどと言い過ぎて、最後に回ったとこなんかずいぶん言い方いい加減な感じだったよなあ、と反省しきりの2008年仕事始めの1月7日月曜日、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
ぼくはクラシックオタク、あるいはマニアってえほどのもんではなく、あくまでクラシックファンくらいのクラシック音楽好きなんだけれど、あのドラマでのクラシック音楽の扱い方はなかなか素晴らしいと思うわけで、ついつい見てしまう。
それもBGMの選曲や使い方だけでなく、演奏そのものでドラマを語らせるところに感心する。
たとえばオクレール先生の前で弾いたラヴェルの「道化師の朝の歌」など、うわー、ボロボロじゃんと思うほど。演奏で人物の心理を描くところがうまいのだ。あれはものすごく音楽に詳しいディレクターなりプロデューサーなりが、ここんとこはこういう感じで弾いてくださいね、と振り替えの演奏者に指示しているのだろうか。
リストの超絶技巧だって、最初のつかみの部分はいいけれど、あとの分散和音の反復になると、どうしてこうも退屈な曲なんだろうと辟易してしまいながらも、技巧はちゃんとしている演奏。おお、ストーリーを物語ってる!
で、城で演奏したラヴェルは前述のものとは一転。わたしゃ、ドラマそのものよりも、あのラヴェルにちょびっとほろっときた。ああ、初めてサムソン・フランソワの演奏を聴いたとき、こんな感じだったじゃないのよお、と、新年早々なぜかおかまな感想。
おおまかな感想(これが言いたかったのか)はこんな感じ。
あとは、ちょびっとな感想。
*CM多すぎ。ドラマを見ている時間とヴィデオ早送りにしている時間が等しいんじゃないか、と思ったほど。やべっちの後半みたいだ。
*パリでの千秋のジョギングとのだめの食べ歩きに笑い。千秋走りすぎ、のだめいろんなとこで食い過ぎ。背景を追ってると、きみたちどこからどこまで行くんだよ、と。
*千秋の東京デビュー。東京じゃないだろ、神奈川だろ、と思った人手を挙げて。そう。あのホールは川崎だよね。ま、袖ヶ浦の東京ドイツ村みたいなもんか(そっちか? 普通は浦安の耳でかネズミの施設を例に挙げるんじゃないか?)。
*一話目の最後は、なぜ「お父様にお願い」なのだ? それも歌が微妙だし。2話目も是非見てもらわないといけないから、1話目に同じような盛り上がりをもってきたのかもしれないけれど、あの「お父様にお願い」はなあ。ぼくだったらね、ベッリーニの「清教徒」第1幕第3場からんとこをもってくる(反論は受け付けません。だって、だって、18んときからヘルツォークの「フィッツカラルド」が好きだったんだよお)。
*日本語の発音がユニークなのも特徴。ねっからの外人は、はなから吹き替えなので普通の日本語。金髪のズラをかぶって西洋人役をやった日本人も普通の日本語。ジローラモとかダニエル・カールとかジャン役とか中間どころの外人が外人なまりの日本語。ねっからの外人の方が日本語になっちゃってるじゃんと思える不思議さ(そっちはもう完全に日本語しゃべれず吹き替えだからね)。日本人はもちろん普通の日本語なのだが、なぜか竹中直人だけがいちばんあやしい日本語。
こうなると竹中直人の立ち位置だけが微妙にわからなくなる不思議な日本語のドラマ。
あんた何じんよ?
*ぼくは今後プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」を聴くときに、竹中直人の黒シュトレーゼマンを思い出さないことはないであろう。
あと、サン・サーンスの「動物の謝肉祭」の「水族館」も、今後聴いたら、このドラマを思い出すだろう。
それくらいインパクトのあるドラマでありました。
ぼくはクラシックオタク、あるいはマニアってえほどのもんではなく、あくまでクラシックファンくらいのクラシック音楽好きなんだけれど、あのドラマでのクラシック音楽の扱い方はなかなか素晴らしいと思うわけで、ついつい見てしまう。
それもBGMの選曲や使い方だけでなく、演奏そのものでドラマを語らせるところに感心する。
たとえばオクレール先生の前で弾いたラヴェルの「道化師の朝の歌」など、うわー、ボロボロじゃんと思うほど。演奏で人物の心理を描くところがうまいのだ。あれはものすごく音楽に詳しいディレクターなりプロデューサーなりが、ここんとこはこういう感じで弾いてくださいね、と振り替えの演奏者に指示しているのだろうか。
リストの超絶技巧だって、最初のつかみの部分はいいけれど、あとの分散和音の反復になると、どうしてこうも退屈な曲なんだろうと辟易してしまいながらも、技巧はちゃんとしている演奏。おお、ストーリーを物語ってる!
で、城で演奏したラヴェルは前述のものとは一転。わたしゃ、ドラマそのものよりも、あのラヴェルにちょびっとほろっときた。ああ、初めてサムソン・フランソワの演奏を聴いたとき、こんな感じだったじゃないのよお、と、新年早々なぜかおかまな感想。
おおまかな感想(これが言いたかったのか)はこんな感じ。
あとは、ちょびっとな感想。
*CM多すぎ。ドラマを見ている時間とヴィデオ早送りにしている時間が等しいんじゃないか、と思ったほど。やべっちの後半みたいだ。
*パリでの千秋のジョギングとのだめの食べ歩きに笑い。千秋走りすぎ、のだめいろんなとこで食い過ぎ。背景を追ってると、きみたちどこからどこまで行くんだよ、と。
*千秋の東京デビュー。東京じゃないだろ、神奈川だろ、と思った人手を挙げて。そう。あのホールは川崎だよね。ま、袖ヶ浦の東京ドイツ村みたいなもんか(そっちか? 普通は浦安の耳でかネズミの施設を例に挙げるんじゃないか?)。
*一話目の最後は、なぜ「お父様にお願い」なのだ? それも歌が微妙だし。2話目も是非見てもらわないといけないから、1話目に同じような盛り上がりをもってきたのかもしれないけれど、あの「お父様にお願い」はなあ。ぼくだったらね、ベッリーニの「清教徒」第1幕第3場からんとこをもってくる(反論は受け付けません。だって、だって、18んときからヘルツォークの「フィッツカラルド」が好きだったんだよお)。
*日本語の発音がユニークなのも特徴。ねっからの外人は、はなから吹き替えなので普通の日本語。金髪のズラをかぶって西洋人役をやった日本人も普通の日本語。ジローラモとかダニエル・カールとかジャン役とか中間どころの外人が外人なまりの日本語。ねっからの外人の方が日本語になっちゃってるじゃんと思える不思議さ(そっちはもう完全に日本語しゃべれず吹き替えだからね)。日本人はもちろん普通の日本語なのだが、なぜか竹中直人だけがいちばんあやしい日本語。
こうなると竹中直人の立ち位置だけが微妙にわからなくなる不思議な日本語のドラマ。
あんた何じんよ?
*ぼくは今後プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」を聴くときに、竹中直人の黒シュトレーゼマンを思い出さないことはないであろう。
あと、サン・サーンスの「動物の謝肉祭」の「水族館」も、今後聴いたら、このドラマを思い出すだろう。
それくらいインパクトのあるドラマでありました。












