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高杉死す


 早速内容から入れば、余は当ブログを閉鎖するつもりである。

 完全にgooから除名するわけではないが、更新しない。実質的な終焉である。左上のカレンダーを見よ。今月は一度も更新していない。なぜならば、煩雑だからだ。ブログは毎日更新するのが基本であり、それができていない。また、当ブログは何かに対する個人的な意見を述べるものでなく、ネット右翼のような政治的意義があるものでもない。

 上記の理由はほとんどデタラメだが更新が面倒臭い。gooもよく事業遂行能力もなく公益性のないものを承認したものだ。行政法としてこれは許されるのか否か。おそらくgoo行政の怠慢であろう・・と座興に走るのも最後であろう。

 兎にも角にも余は更新するつもりはない。当ブログは単に「なんとなく」というニート的思想に基づくものである。何かリクエストがあれば最後に書くが、おそらくないであろう。
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人道的介入

 最近ブログの更新とミックステープの作成が滞っているのはサークルの行事で土日がないことに依る。これは覚悟していたことだがミックステープが作れないことが非常に口惜しいものである。さて、先週の金曜日と今日はうる星やつらに悩まされたものである。

 先週の金曜日の早朝4時前に近所から男女の騒ぎ声が余の心地よい眠りを邪魔しおった。非常に不愉快である。彼らはブラジル対日本戦を見ているようだ。彼らのようなものをまさに厚顔無恥と呼ぶ者だ。たかがオフサイドでわめき立てる。彼らのお陰で余は小一時間ほど寝ることができなかった。

 今日は朝5時頃に睡眠を妨害された。犯人は「蚊」である。誰もが体験したこと有るであろうかの蚊の音で起こされたのである。窓の隙間から余の管轄を侵害したであろう蚊は生意気にも余を侮辱したのだ。侮辱をされては只ではいられない。

 静かに怒りを心の中に露わにした余は、取りあえず起きた。蚊がいないか目を見張っていたら余の耳元で例の音を出しおった。余は平手を食らわそうとしたが勢い余って自分の頬に力士ばりの張り手をしてしまった。蚊は余の逆鱗に触れた。とりあえず余は蚊にさされた部位にかゆみ止めのクリームを塗った。 

 余は非常に人道的な奇才であるが、余を侮辱し、余を邪魔する者に対しては非情になるのである。余は目を見張り蚊を見つけるとすぐさま両手で叩いた。一発命中である。余は巷で蚊叩きの天才と呼ばれたものだ。蚊は余の貴重な遺伝子を含む血液を吸っていた。

 たたでは許しておけない。余は手の平で潰れている蚊の足や羽、頭をもぎ取りベランダに粉々にして捨てた。これは馬鹿馬鹿しくも余を刺そうと外で待機している蚊への見せしめである。当分余を襲う蚊など存在しないだろう。
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荒木貞夫狂喜

 現在日本対豪州が行われており、余はテレビをつけた約5分後に中村のゴールを目撃した。余は90分全部見なくてもゴールを目撃する運のいい奇才である。しかし、中村のゴールには首をかしげたくなる。豪州のGKが取ろうとしたら高原が邪魔した気がする。個人的には坪井を応援する。

 それはさておき、余は日韓共催ワールドカップからサッカーを見始めた輩に負けるつもりはない。自分はサッカーファンだと言っている輩に「長谷川健太はやはり良い」と言ってわからなかったらサッカーファンとは認めない。日本はわからないと言って「ドログバは野性的だ」といってドログバが解らなければこれまたサッカーファンとは認めない。

 サッカーばかり見て周りが見えてない輩にお知らせするが、現在NBAはファイナル決勝が行われている。マブス対ヒート。やはり個人的にマブスのノビツキーが好きであるためまたヒートのシャックがあまり好きではないためマブスを応援している。しかし、ヒートの引退したアロンゾ・モーニングや現在ペイサーズのティム・ハーダウェイは余の推薦する選手であった。

 向かいのマンションの一室からサッカーを見ていると思われる女子の雄叫びや悲鳴が聞こえるが、いちいちうるさい。そのような肝の持ちようでは東海大地震が来た際にあわてふためいて死ぬぞ。余はサッカー熱に嫌気がさしているわけではゆめゆめない。ただ周りが見えていない輩に気がさしているのである。

 人間は皆エゴイストである。
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鶏肉(煮物用)98g

 余は毎週月曜日と水曜日に必修の英語の授業があるが、水曜日の授業で議論のための色々な文章を読まされる。今週の議論の基となる文章が不可解であった。今回はその内容を貴様にも共有する。『』書きの部分が文章からの引用部分であることに留意してほしい。

 タイトル:「R.I.P Blinky」

 これはアニマル・ライツつまり動物の権利に関する文章だ。食肉だとか動物実験だとかいう一連の文章だろうと余は踏んでいた。確かにそのたぐいであったが内容が一般的なものと異なっている。


 『私(名はジェフリー)はペットを食肉だとは思わない』


 起承転結の「起」の部分でわかりにくい主張をしはじめる。動物が食用にされているという仕方のない事実に懸念を示しているのだろう。


 『私はスーパーマーケットの食肉売場に向かった。そしてトレイの中の凍った鶏肉を見た。首や手はなくペットだとは思えない。しかし、私はこの鶏肉を”ブリンキー”と名付けた。』


 ハァ?


 凍った食用鶏肉に名前付けるヤツはほとんどいないだろう。幼児ならまだしもこのジェフリーは28歳である。被成年後見人以外は考えられないがそうではないようだ。このようなツッコミを思いながら読んでいるうちに衝撃的な部分に突入する。


 『私はブリンキー(凍った食用鶏肉)を靴の段ボールの中に入れ、自動車でロサンジェルスのペット墓地に向かった。私は「埋葬してもらいたいペットがいます」と職員へ言うと職員は「どのようなペットですか」と問うた。私は「鳥です」と答えた。』


 まさかジェフリーは凍った食用鶏肉のブリンキーを埋葬してもらうつもりだろうか。もし、職員にブリンキーが何であるか見せたら嘲笑され気違い扱いされるだろう。


 『ブリンキーが入った箱を職員に渡すと、職員は墓地へ向かい、箱からブリンキーを取り出し埋葬し始めた。』


 ・・・・・・・・・・・。


 余は絶句した。職員及びジェフリーとも馬鹿だ。どうしようもない。


 『私がやったことはジョークだとは思わない。』


 まだ言うか!!黙れ!!
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ビジネスに活用しませんか?

 最近全く記事を投稿しておらず、このままでは存続の危機に陥ってしまうのではないかという嘘八百の取り越し苦労をしたので投稿するとする。最近余の周りには怪奇現象が起こらず、特に書くことはないのだが、余の周りだけでなく世の中には怪奇なる現象が多いものだ。その一つがマニュアルである。

 マニュアルそれは何らかの規則である。余がやっとバイトにありつき、マニュアルによりモミアゲを半分くらい剃らされたことは前に述べた。しかし、余はこのバイトのマニュアル以外に腹立たしいマニュアルに触れていたのである。

 それは派遣会社のマニュアルである。そもそも「派遣」という単語自体がタブーであり、円形ハゲのように触れてはいけない物のようだ。それ自体本末転倒なわけであるが余はその如何にもしようがない根本的問題に付け入るつもりはない。余は派遣先に言った際、あいさつの中で言わなければいけないマニュアルについてである。

 余は匿名の奇才であるが、ここでわかりやすくするために仮名を長門丸広之(ながとまるひろゆき)とする。派遣会社「グッドウル」に登録している。本日は皿洗いのアルバイトで新宿の居酒屋に派遣されるとしよう。長門丸こと余は居酒屋のドアを開けて、担当者に向かってこう言わなければいけない。


 「こんにちは、グッドウルの長門丸です。本日はよろしくお願いします!」


 「グッドウルの長門丸」だと、ふざけるな。これは嘘八百の内容である。余は「グッドウル」に献身的ではない。ただ利用しているだけだ、金稼ぎのために。正しい言い方は「給料が安いと悪名高い派遣会社のグッドウルから派遣された長門丸です」だろうが。マニュアルを変えよ。余は激昂せず殆ど怒りうを表さない人間であるが、おかしいことにはきちんとおかしいと言える人物である。

 成金め、クソが。

  
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アイビリーブ

 余は別れを告げなければならない。

 約2年半の付き合いになるだろう。高校3年生からの付き合いだ。受験、現役不合格、浪人、担任への反抗、大学合格など様々な苦楽を共にしてきた。しかし、近日別れなければいけない。見るたびに可愛がっていたものだ。だが、もう見ることはできないのである。いと悲しき事態である。

 なぜ余は別れを告げなければならないのか。これは余の意志ではない。伊藤左千夫の『野菊の墓』のようだ。余に別れを告げさせる文明民の心の冷酷さよ。別れを告げたあとの非常なる悲しき光景が目に浮かぶ。筆状つくし難い。


 嗚呼、愛しの我がモミアゲよ。


 2年半一度も反らずに可愛がり育ててきた余のアゴの付け根あたりまで伸びているモミアゲ。毎日顔を洗っては整える必要がないにもかかわらず指先で整えていたことを思い出す。USHERのモミアゲが細くて長かったことに憧れて伸ばし始めたこのモミアゲ。この長いモミアゲは単なる坊主ではないということを証明する逸材である。

 余はモミアゲを短く剃らなければいけないのである。なぜ余がモミアゲを剃らなければいけないかというと、本日仮採用されたバイトの店長の命令である。店の規則だということだ。ピアス、茶髪の廃止は解る。しかし、モミアゲが長いのがなぜいけないのか。

 モミアゲ剃りを宣告された余は店長のモミアゲを掴み、引っ張りあげるという自決権に基づいた行動をしようかと思った次第である。しかし、そのようなことをしては6回連続バイト不採用記録を打ち出すばかりか法律に反しているだろう。

 解せない。なんと解せない。数学よりも、仏語よりも、プリングルスの筒の処理方法よりも解せない。貴様が気づいた頃には余のモミアゲは短くなっているだろう。まさかこのような仕打ちを受けるとはゆめゆめ思わなんだ。

 
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韓流スターに囲まれて

 忠実な読者は投稿日時を見て、なぜ余が深夜に投稿をしているのがいささか驚き不思議に思うだろう。余は正確に言えば昨日の23時までアルバイトをしており、その上洗濯機がまだ洗い終わらないため起きている。余暇をもてあますのは生来好きではないためサボタージュしていたブログを動かすとする。

 今日は韓国料理屋でアルバイトをしてきた。業務は調理補助と皿洗い。先日余は中華料理の調理補助バイトをしてきたが、中国語が飛び交い全く理解できなかった。さて、今日も異国情緒の韓国料理である。所在地は新大久保。新大久保には韓国人が非常に多い。店に入るとやはり韓国人店員ばかりである。余はハングルが分からないので黙々と合理的に皿を洗っていた。そこへ皿洗いの店員が話しかけてきた。

 「いくちゅですか?」

 おい、余は赤ん坊ではないぞ、某め。なるほど日本語を話し慣れていないため「つ」が「ちゅ」になったのだろう。余は寛大な人間かつ多様性を重視する人間であるため普通に応えた。

 「20歳です。」

 某は非常に驚いた様子だ。年相応に見えないらしい。それは周知の事実であり余もそれを黙認かつ自認している。年に比べ上に見られるというのは得である。なぜならば高校生でも酒と煙草ができるからである。しかし、余は酒は飲まず(飲めず)煙草は中学3年生の時に1mg~17mgと葉巻を制覇してやめた。

 その後会話がいくつかあったが特に某重大事件はなかったためここでは割愛させてもらう。しかし、特筆すべきものがある。それはまかないだ。余は単刀直入に言ってまかないを期待していなかった。しかし、まなかいは石焼きビビンパ、わかめスープ、キムチであった。

 実は学校で夕方コロッケカレーを食していたためあまりおなかは空いていなかったが誘惑に負けたので食べた。辛い上に熱い。でもうまい。カレーの上にビビンパなので満腹であった。満腹であったためにまっすぐ動けず、周りのドヤ街で飲み明かしているオヤジと同等の扱いであった。

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歌舞伎町の鉄砲玉リターンズ

 「畜生、メリケンめ!国際的ヘゲモニーを留学希望者にまで及ばせるとは何事ぞ!」と余は長州藩尊皇攘夷過激派の書生または志士ではないが、そう刀を鞘から抜いて柱を斬りつけたい気でいる。余がこの衝動に駆られているの2月21日に茅場町で受けたTOEFULの成績が未だ送付されないことに依る。

 先日、余はしびれをきらせて茅場町のテストセンターに電話したら「アメリカの本部へ電話かメールしてください」と言われた。かのような対応自体問題がある。普通は仲介をしてくれるだろう。メリケンの犬め。売国奴め。

 余は国際電話料金が膨大にかかってしまうためにメールを出した。すると1週間くらい返信がない。今日メールボックスを開いてみたら「メールアドレスが間違っているので確認してメールを送って下さい(英語)」という内容のメールがあった・・・。

 茅場町のテストセンターは余に偽りのメールアドレスを教えたのだ。余はテストセンターに抗議するのはナンセンスだと思ったので国際電話料金をかけ、煩雑な操作を行い、自動音声でスコアを聞こうと電話をかけた。すると音が割れた声でこういう。

 「アメリカ時間の10時から18時までに電話をかけてください(英語)」

 自動なんだから24時間365日活動せよ!無駄に国際電話料金をかけてしまった。余は多少夜更かしして電話をかけなければいけないではないか。メリケンめ。ああ憎しメリケン。余はこの瞬間トフルメリケンセンターのみならず、メリケン政治のみならず、メリケンの文化をも、メリケンそのものが憎らしくなった。

 このような檄文を書き連ねたのは史上初である。しかし、余は相変わらず冷静沈着、情緒安定である。さて、ぶり大根を作るとするか。今日のは筍入りの特別なものである。亜米利加にはこのような料理がなかろう。肉バーガーばかり食って太りやがれ。

 F**K THAT S**T!!!!
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WHO'S GONNA BE THE MAN

 10日ぶりの投稿である。余は一週間強サボタージュしていたものだ。その原因は何なのか。それはただ雑多だっただけである。さて、今週から授業がはじまったが、今期は大学に関する文句が少しある。履修登録、修正が雑多になり、売りであった国際政治学が休講になり、名物教授の代役名物教授が来ず、部外者の学食への立ち入りを禁じている。なかなか解せないことをしてくれるものだ。

 余が20年間生きてきて心底から腹を立てた英語講師G(銀子婆愚)の呪縛から免れて非常に気が楽である。愚との確執は長かったものだ。今を考えればよくサボタージュをしなかったものだと自分に感心する。学校というものはなかなか面倒なものである。

 本日は大学話ということもあり、余の本棚から取り出したマックス・ウェーバーの『職業としての学問』より興味を引く文を参考として紹介致したいと思う。

 「ある人が教師としてすぐれているかどうかは、学生諸君からかたじけのうする出席数によって決まるのである。・・中略・・問題はある教師のところへ学生が集まるということの原因が、多くの場合、その人の気質だろか、または単なる声の調子だとかいうような、外面的な事柄にあるということである。・・中略・・一般に大勢の学生を一堂に集めてする講義の価値を疑うものである。」

 なるほど、そうか。なかなか片腹痛い所をつくマックスである。この書物は講演を書き下ろしたもので、頭に入りやすいものである。また、ウェーバーの独特な言い回しが余の顔を小さく破裂させるのである。このウェーバーの文をいかに思うかは貴様次第である。余は単位取りのために集まった生徒とその教授の講義風景が浮かんで仕方がない。

 さて、余が何を言おうとしているかわからない者が多々いるであろう。しかし、余は何も言いたいことなぞない。たまには勉学ばかりせずに、くだらない博識ぶりをひけらかすのも座興であるがいいものであると思わなくもない。

 そろそろ恥辱なる歯医者の時間である。
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プリンス・コノエ

 ニット帽からベースボールキャップへ、太いズボンから少し太めのズボンへ、スエットから安上がりの重ね着へ、1年次から2年次へ、東へ西へ、図書館から北門へ、色々と移行期間にある余は健康良好至極である。これは日頃の7時間半以上の睡眠とオロナミンCという近代的産物のお陰であろう。否、誰のお陰かと言えば余のお陰である。

 さて、ほとんどの桜は満開で、風に吹かれてひらりひらりと落つる桜もある。余は桜並木のある王子の滝野川のほとりをしばしば歩いているが、昨日は満開の桜に彩られた滝野川を生誕記念日贈呈品である自転車に乗って駆け抜けた。

 貴様(尊敬語)は「なぜ、駆け抜けたのか。桜を楽しめばいいじゃん」と思うであろう。しかし、余は駆け抜けざるを得なかった。なぜならば、川のほとりには粋のかけらもない花見客が大勢いたからである。余は昭和の残党である。

 花見は赤の毛毯(赤い布)に重箱に出汁巻き玉子でしっくりと飲み、桜を楽しむのが風情である。しかし、周りはどうだ。ブルーシートの上で酒をかっくらい、騒ぎ、尿意を催して地団駄を踏み、その後桜を虐待する。しばしば、サルトルの著作の名前をそのまま実行するものもおり無法地帯である。目をつぶりたくなる光景である。

 滝野川の他に飛鳥山という王子駅から見える山にも桜が千本あまり咲いている。ここでも上のような光景が広がっており、余は自転車で集団の真ん中へ爆弾三雄士のように突撃し、宴を正してやろうと何回も思ったか。ちなみに、飛鳥山は江戸幕府8代将軍徳川吉宗が庶民の行楽地として認定し、1200本ほどの桜を植えさせたのだ。

 そのような歴史ある桜を汚す輩が余は嫌いである。しかし、余はとある右翼名誉教授のような堅物ではない。余は柔軟な人間であり、輪廻転生があるとすれば、虎に生まれ変わっても良いだろう。花見が粋でなくても規則され守れば、楽しめればそれでいいのだ。

 楽しみを忘れるるべからず。楽しくないことをやっていては毒が体にたまっていくものである。今日までこの風呂具の標語としていた「おもしろきこともなき世をおもしろく」という高杉晋作辞世の句はそれを意味したものだ。おもしろくないことを義務的にやらされていても、どうにかしておもしろくする努力をしなければならない。
 
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