マンション管理のお勉強日記+スピリチュアルなブログ:飯田史彦教授 江原啓之氏 坂本政道氏等の精神世界の書籍を読んで

先立った最愛の彼女といつか必ず逢いたい…彼女が枕元に置いて逝った江原啓之氏の書籍…Spiritualな世界の存在を信じて

<山形女高生自殺>「いじめ」の遺書公表・・・涙が出ます。。。

2007年11月24日 00時31分29秒 | ◆スピリチュアル:自殺
<山形女高生自殺>遺族が「いじめ」の遺書公表し再調査要請
11月23日22時9分配信 毎日新聞

山形県高畠町の県立高畠高校(山田陽介校長)で昨年11月、2年生の女子生徒
(当時16歳)が自殺した問題で、父親が23日記者会見し、本人の携帯電話に残
されていた遺書とみられる書き込みの一部を公表、いじめは確認できなかったとす
る調査結果を出した県教委に再調査を求めた。遺族はこれまで匿名を条件に取材に
答えていたが、匿名では説得力に乏しいとして実名公表に同意した。

亡くなった渋谷美穂さんの父で会社員の登喜男さん(55)=高畠町=がこの日の
一周忌法要後に会見した。

渋谷さんは携帯電話に残されていた書き込みのうち、美穂さんが心情をつづった部
分を抜粋し、紙に書き写して報道陣に配布した。実名で書かれた5人の生徒以外の
同級生に対し、「これで満足? もう、ワキガ臭くも、おなら臭くもないもんね。
皆が言った暴言、痛かった。いつも泣きたかった」「死は怖いけど、生きているよ
り怖くはないです」「今回のイジメでやっと理解した。うぅん、理解させられた。
私は皆に不快な思いしか与えられないんだってこと」などと記されている。

渋谷さんは「今までは学校側の説明しかなく、このままでは娘を救えなかった負い
目が大きくなる」と公表した理由を説明。「学校や県教委の報告書に納得していな
い。死ぬまで真相究明と再発防止にかかわっていきたい」と話した。また、自殺の
5カ月前に美穂さんから「お父さんがいじめにあったらどうする」と聞かれていた
ことも明らかにし、「なぜあの時に疑問を持たなかったのか」と悔やんだ。

◇「遺書は根拠の見えないもの」校長がコメント
遺族の会見を受け山田校長も記者会見し、「5人以外の生徒を一くくりにしていじ
めの加害者とするような内容になっているが、そのようなことはないと学校では判
断し、この遺書を、根拠の見えないものと考えている」とのコメントを出した。

・・・


渋谷美穂さんの書き残した言葉を読みましたら、
涙が止まりませんでした。。。


酷すぎる。
携帯に書いていたその時の渋谷美穂さんの気持ちを思うと、どれほど
辛かったことか・・・

携帯電話に書かれていた文面を見たときの親御さんの気持ち。
計り知れません。。。

「お父さんがいじめにあったらどうする」の言葉。。。
涙が出ます。。。


死をもって訴えかけた渋谷美穂さんの思いを、学校側はきちんと向き合って
受け止めてあげないといかん。絶対に。

・・・心よりご冥福をお祈りいたします。。。


--------

私の最愛の彼女。。。
あんまり言わないでよ、ってあの世から言うかも知れませんが。。。

生前、
不登校のときがあったと聞いていました。
手首には・・・多くの傷がありました。。。
はじめてその腕を見たときは、誤ってガラスでも割ったの?
と聞いたことを覚えています。

彼女は、う~ん・・・と言いながら、
いきさつなどの話を聞いたときには、可哀想で可哀想で涙が止まらなかった。
(内容は伏せておきます)

だから、よくその腕を擦ったものでした。
もうこれからはそんなことやっちゃ駄目、親から貰った体なんだからと
話をしたりしました。

彼女は、「わかった」と笑顔で答えました。

彼女から、我慢に我慢を重ね、辛かったときがあったと何度か聞いたことが
あります。

そんな辛いときを乗り越えてきた彼女の過去を知って、
もしかしたら、彼女に対する愛情以上に・・・
私は、このコを幸せにしないといけないという義務感があったようにも思います。

心の中で人一倍苦労してきた彼女。
これからというときに、この世を去らないといけなくなった彼女。

「人生暇つぶし」なんて言っていたけど。
そんな彼女は、私と出会ったときには、
親分肌で、世話好きで、とてもやさしい彼女でした。
言葉では言い表せないくらい、色んな辛いことがあったのだと思いました。

「ずっと、おって~よ(ずっと、いてよ)」
ってよく亡き彼女はそう私に言っていました。

私と一緒に居たら、世間なんか怖くないと言ってました。
彼女が私宛てにくれた手紙の最後には「おるよ、ずっと。」
って書いています。。。その手紙を見るたびに涙が出ます。

私が、「転々としてきたので、年賀状、少ないんだよね」
っていったら、亡き彼女は正月に実家から4通も5通も年賀状を
送ってきた可愛げ溢れる彼女でした。

そんな可愛らしい彼女でさえ、とても辛かった時期があって、それを
乗り越えて来ました。

・・・

自ら死ななくても、この世を去らないといけないときには、
嫌でも去らないといけなくなってしまう。。。
だから、このブログ(スピリチュアルな記事)を見られた方は、
死なないでほしいんです。

そう言っている私ですが、100%生き抜くんだという自信は正直いって
ありません。

自分で死ぬなんて、恐くてできないというところが本音です。

恐いというのは、
1つは、渋谷美穂さんも書き込みで残していた言葉と同じで死というものへの
恐怖、もう1つは、生き抜かないともしあの世があったらって思うとできない
の2つからです。

・・・

渋谷美穂さんも死ぬのは恐かった。
でも、それでもこの世を生きることよりも死を選んだ。

それだけ、人は心に傷を負うと、死の恐怖よりも辛いものなのです。

でも、心を傷つけたほうは、そんなに深刻に思っていないかもしれない。
だから、ぬかに釘といいますか、言葉の暴力を振るう言っても分からない者
へ言い聞かせるというよりも、私は、

今、渋谷美穂さんと同じような苦しみにある方は、どうか
「負けないで」「今が全てじゃないよ」と伝えたいです。

・・・

今夜は、彼女に話しかけてから寝ます。

今記事を読み返しまして。。。
彼女は・・・あの世という世界が本当にあったなら、絶対におるわ!
と改めてそう思いました。
「おるよ、ずっと」とか「ずっと、おって~よ」と言っていた彼女。
それに、事故の前の月の5月に、私が死んだら、居酒屋幽霊のように
出てきてあげるとか、こういうふうに出てきてあげる(髪を寝ている
私の顔にパサパサと当てながら・・・)などと言ってましたから。


あの世が本当にあったなら・・・
まだ、あの世に逝ってから1年6ヶ月ですから、亡き彼女にも色々と
事情(あの世でやるべきこと)があるかも知れませんが、いじめ自殺
でこの世を去った方を見て見ぬ振りをする彼女ではないので、何かし
ら出来る範囲でお手伝いをしているんじゃないかなぁと思っています。

このような話も聞いていますから[霊視してもらった際の、亡き彼女の
あの世での様子]

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8 コメント

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Unknown (yoko)
2007-11-26 15:24:00
彼女さんの想いを私が分かるわけもありませんが、ただひとつ、akiさんと一緒に過ごした時間は本当に心穏やかに幸せを感じておられたのだろうなという事だけは分かります。
色々な葛藤や悲しみを抱えていたからこそ優しい女性で、そんな不安はakiさんといる事で溶けていったのでしょう。
「ぼちぼちね」と言ってくれ、絶対に裏切ったりはしないと信頼している彼氏といる事が、どれほど彼女を勇気づけただろうかと思います。好きとかそういうのを越えた関係なんだと、日記を読んで感じました。
Unknown (管理人)
2007-11-27 08:11:48
yoko様、コメント有難うございます。

暖かい言葉をかけて頂き有難うございます。私も振り返ってみますと、亡き彼女は生前、少なくとも一緒に過ごした日々の中で安心して私を頼ってくれていたと思います。私自身も彼女に対してそうでしたから。居てくれるだけでホッとしていました。お互いがお互いにという感じでしょうか。

yoko様のお察しの通り、好きとかそういう気持ちを越えた関係だったと思います。それがまた、とても居心地が良く、素の自分で居られたので、とても幸せでした。

だから、たとえ今はもう見えなくても、本当に精神世界が存在するのかどうか分からなくても、この世で彼女の手をひいていたときのように、こちらから何か出来ることはないかなぁと思い、「話しかける」「情報を伝える」ということをしています。気休めかも知れませんが。

・・・まぁ、私も何だかんだいいながら、ぼちぼち頑張っていきます。また、yoko様のブログ「交換日記」へ寄させていただきます。

有難うございました。
生きること (sea)
2014-03-22 12:21:53
ブログを拝見致しました。ただただ、涙が溢れてきました。私も今、生きることに難しさを感じて生きてます。家族もいる。仲間もいる。でも、何故か通じ合うことができない。相手の欲するものを与えられない。逆に、求めていることを与えてもらえない。そんなことなんて当たり前のことなんでしょうが、私はひどく寂しさを感じています。自分なりに考えて、自分が強くなればいいんだ。そして、目標は自分が相手の欲するものを与えられる人間になりたいと考えてます。しかし、いざそのように振舞いたくても、我慢の連続だったり、我慢するために物事の考え方が歪んだり、あえて他人と接触することを避けたりしてしまいます。そして、今回もまたいい行いができなかったと涙が出てきます。いつか江原啓之さんの著書を拝見させてもらったことがあります。江原さんは現世は修行の為に、また、魂を磨くためにあるとおっしゃっていました。そして、自殺は骨折り損の行為で、再びこの世に生を受けても同じ課題に直面すると言ってました。しかし、私は自殺者だけでなく、最後まで生き抜いた人にもクリアできない課題があれば、それは引き続き繰り越されると感じました。自分では一生懸命に生きていますが、考えれば考えるほど空回りし、前進できていません。まず、我慢っていうことに陥ること自体、変えないことには始まらない様に思いますが・・・いざ、考えを変えようとしても思考はどこからともなく心にある考えのようで参考書で解き方を学ぶようなことはできないです。苦しいです。自分を変えようとしても何をどのように努力すればいいかわかりません。
管理人様のお意見をお聞かせください。
Unknown (管理人)
2014-03-22 22:38:43
seaさま、コメントありがとうございます。

家族も居て、仲間もいるのに、空虚感というのでしょうか、その何か満たされない思いが今のseaさんの心境を創りあげているというのが現状のように思います。

そのポカンっと開いた空間(穴)を埋めようと、相手に対して出来る限り求めるものを与えて、その見返りとして自分自身の求めている心を埋めたい・満たされたいと欲しているようですが、そのために「我慢して・・・」「我慢に我慢を重ねて・・・」、自分自身の真の心・性格・自分らしさまで押し殺して、相手には、その相手がまず欲するものを与えようとするという行為自体、これは確かにseaさんにとっては、まさに我慢は試練ではなく、単なる「苦」でしかないと、コメントを読んでいてそう感じました。「我慢っていうことに陥る・・・」それは、これだけ思い詰めてしまうと、陥ってしまうことと思います。

自分を変えよう・・・ですか。。。今の自分自身を大きく変える必要があるのかなぁ、と私はコメントを読んでそう感じましたよ。

seaさんが、コメントで書いたこれだけ相手に対して何とかしてあげようと思っている心を持っているだけで十分ではないでしょうか。そして、自分が心の中で求めているもの(通じ合うことなど)は、相手を思う気持ちを持って接していれば、徐々にseaさんの思いも伝わるように思います。

それは、昨日と今日のような短い時間では無理でしょうけど、いつかはご自身の中に立ち込めている深い霧も晴れるときがきっと来ることと思います。

確かにお手本やガイドブックのような書籍や的確で的を得た指導などが出来るという人など居ないと思います。

それは、何故か。それは人それぞれ、今まで培ってきた感性や生きてきた過程の中で今の自分という存在を形成してきた出会いや学びが違ういますので、一人一人違った感性・性格・性質を持っており、みんな違う生命体だからです。十人十色という諺通りですね。

しかし、それでも尚、seaさんの心の奥底にある何か満たされない、通じ合えないという思いを解決するためには、私は「(常に、相手に)何かしてあげなければいけない」という姿勢は持ちつつも、自分自身が心の奥底から幸せを感じたり、満たされ感を得たりするためにやるべきこと、思うことは、今、どうしたらいいのかと思い悩む自分自身を褒めてあげることだと思いますよ。

感受性が豊かな人ほど、あれこれ考えてしまいがちです。しかし、それは、それだけ思いめぐらす能力に長けているということです。そして、その中から、相手への思いやりの心も出てくるわけで、それが今のseaさんのように更に頭の中をグルグルと巡らすと「自分自身どうしたらよいのか」「自分は、何を求めて、何をしようとしているのか・・・」と空回りし始めるのだと思います。

そうして、気づく、気づかないは別としまして、何とかしようとしている自分自身を追い込んでしまい、そして疲れ果ててしまう。。。それが、今のseaさんの姿ではないでしょうか。

そこで、短い一言で言いますと、「相手も大切だけど、まずは自分自身を思いやる」「自分(個性)を大切にした上で、相手と対峙する」ことが先決ではないでしょうか。

確かに、seaさんがおっしゃるように、「死=修行を終えた」だけではないと思います。道半ばで寿命・宿命にて途中で死を迎え、それが後々の課題として、また持って生まれてくる(輪廻転生)もあるかと思います。

それは1度や2度の生まれ変わりではなく、何十回、何百回の転生を通しての課題として挑み続けている魂もあるのではないかと、私もそう思います。

一生(一代の生)だけでは完結しないことを課題としている場合も考えられるわけですが、では今何を、どうしたらよいか、ですよね。

私は、「今は、目の前の試練をただひたすら乗り越えよう」「ただ、今の置かれた環境・立場・状況の中で、生き抜いて行こう」という思いが、私の心の中で定まっています。そのような心の持ちようで生きています。

色々な人から、色々な言葉をもらって、それらを心に秘めています。

「置かれた所で咲きなさい」
「人生暇つぶし」
「頑張らない、でも諦めない」
「今、ここ、自分」
がそれらです。

深く考えることで、解決の糸口が見出されたり、理路整然となったと感じたりすることもあるでしょう。

しかし、seaさんのように出口が見えず、苦しむことだって大にあると思います。

そこで大切なのは、やはりそこまで考えて悩み苦しんでいる自分自身を「やるねっ!」「自分って偉いな」と褒めてあげることから初めてはいかがでしょうか。

そしていくうちに、更に相手にもseaさんのお互いが理解し合いたいと願う気持ちだって、相手に深く伝わるようになることと思います。焦りは禁物です。何事もぼちぼちと一歩づつですね。
管理人様、ありがとうございます (sea)
2014-03-22 23:28:13
管理人様のお言葉で張り詰めていたものが、少し楽になったように思います。広い社会の中で生きていくに当たり、どのような形で自分は社会に貢献できるのかと考え、また、自分の存在そのものがちっぽけ過ぎることを感じて苦しくなることがありました。私は今まで自分のなす行動を気にしすぎ、そして、代価を求めてきたように思います。もっと長いスパンで人の役に立てる人間になれるよう努力したいです。お言葉、ありがとうございました。
Unknown (管理人)
2014-03-23 10:29:31
seaさま、コメントありがとうございます。

seaさんの周りに対する気遣いや思いやりの気持ちは、とても素敵で素晴らしいものです。その姿勢で相手と接し続けていますと、必ず通じ合えるときがきますよ。

今は、まだどこか違う・・・分かり合えない、通じ合えない、という状況の中にいるのは確かだと思います。しかし、seaさんほど、世の中のみなさんの中で、これほどまでに相手に対して求めているものを与えてあげたいと思う人は、少ないことと思います。

また、その思いから今生きるのが辛く苦しく感じるほど悩まれて、そこまで改善(通じ合えるように、分かり合えるように)にチカラを注ぎ、気持ちも相当使っておられるという人はなかなか居ませんよ。

ですから、seaさんには自分自身を褒める・自愛も大事と感じた次第です。

なかなか相手に自身の思い等が伝わり、相手も心を開くようになり、通じ合えるまでには時間がかかりますが、急いでも解決する問題ではありませんので、一歩づつですね。

お互い、今生かされている、この時間、今を生き抜いていきましょう☆

コメントありがとうございました。またお気軽にお立ち寄りください。
Unknown (Unknown)
2016-08-27 11:11:06
校長のコメントに目を疑いました
こういった認識しかない人物を責任者に置いている教育委員会や本人に厳罰を与えてほしいです
Unknown (管理人)
2016-09-05 00:08:56
この記事を書いたのが、2007年11月24日です。。。

8年9ヵ月前。

そして、新聞に記載される1年前に亡くなられています。

存命であったならば25歳。

事件が起きたときの学校関係者は、今どうしているのでしょう。

親御様は、時間が止まったままだと思います。。。

・・・

当時のご本人の心の中の想いというものは、ご本人しか分からないもの。

しかし、「死」を選ぶというのは、あまりにも悲しく、後戻り出来ないことです。

学校側の怠慢もあったことと思います。また、周りに気にしていた友人もいたでしょうけど、止めることが出来なかったというのが現実。

逝くべき時ではない、若くして亡くなるということは、悲しみしか残しません。

このようなことが無くなる世が来るのかどうか、、、それは、分かりませんが、出来れば、小学校なら6年、中学校なら3年、高校なら3年、この12年間はどうしても、関わりたくない人と出会っても、乗り越えて生きて欲しいと願います。

「学校での同級生との付き合い」
それも1つの社会だと思います。

小学校、小学生では小学生同士の中での世界。
中学校、中学生では中学生同市の中での世界。
高校、高校生では高校生同市の中での世界。

それぞれ、嫌だけど付き合わないと・・・という場面も多々あることだと思います。

しかし、その後、卒業した後には、自由な生活が待っています。

卒業しても絡んでくるようであれば、地元を離れ、都心など違う街に住んで、イチから人生を始めるのもよいでしょう。

大学へ進学したり、社会人となると、自分に合わない雰囲気の集まり、嫌な職場の雰囲気の会社であれば、辞めれば離れることが出来ます。

せめて、高校を卒業するまでは、という義務的な環境の中では、辞めて逃げるのは難しいことだと思います。

その12年間は、何とか耐え凌いでほしいと願います。

その後は、嫌なら付き合わなくてよい、逃げるが勝ちの場合もある、そういう生活が待っています。

そこまで、何とか乗り切ってほしい。ただ、そう願うしかないです。

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