孤影

そんなことばかりではないけれど痛く身に沁みる時がある

「愛してる」

2017-07-16 19:31:29 | 日記




表に出されてることから想像するだけのことだけど



あの小さい二人が 其々に 現実に耐えようとしてるのだろうと思うと



やっぱり涙がこぼれる





お父様



頑張る子どもたちを見て 亡くなった妻を思い 似てると思うらしかった




亡くなった妻の健気さが いたたまれない思いだったのかも知れない  ある日のブログ




自分が そうさせてしまったのじゃないか と




人は、どうしようも取り戻しの利かないところで 自分を責めずにいられない




愛すれば 愛するほど 土中に顔を埋めて絶叫したい そんな辛さが苦しさが、あるのだろうと




悲しさとは、そういうものだ って 私なりの思いから言うなら そうなる




子どもは、親や周り、環境、関わりの多さによって自然にそうなっていくものじゃないか って




そうも思う




聴覚障害の家庭なら 子どもは自然に親の耳になり




視覚障害の家庭なら 目になることが哀しくも不自由でもない普通の生活になる




親は 時々 自責の念に駆らるかもしれないけれど




そこで育つことは、自然なことなのだろうと  私は勝手に思ってる








耐える 超える 信じるを感じて育ってきて 家庭の空気でもあるなら 必然とそうなるかもしれない




「愛してる」 

この二人の子どもの お父様は 何よりも心強い愛を今世で頂いて、お別れをしたという




「愛してる」

には 100年分の多種多様な出来事や人や感情が、詰まってるに違いない





時間の長さではない という意味が痛切に伝わってくる   





顔を見れないのは やはり淋しいけれど















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