あぜ道日記

田舎暮らしの中で、自然や季節の花々、時々お出かけを、写真で綴ります。

上野公園歴史散歩(その3)

2016年10月19日 | まち歩き

上野公園の歴史を巡るツアーは、上野駅公園口を起点に、時計回りで回りましたが、後半は時間が足りなくなりそうで、急ぎ足になってしまいました。
一番ゆっくり見たかった上野東照宮も門から中を垣間見るだけで、ちょっと残念でした。



上野東照宮は1627年(寛永4年)、津藩主藤堂高虎と天台宗僧侶天海僧正により、東叡山寛永寺境内に家康公を お祀りする神社として創建され、1646年(正保3年)には正式に宮号を授けられ「東照宮」となりました。

現存する社殿は1651年(慶安4年)に三代将軍・徳川家光公が造営替えをしたものです。
その後戊辰戦争や関東大震災でも焼失せず、第二次世界大戦にも不発弾を被っただけで、社殿の倒壊は免れ、江戸の面影を現在に残す貴重な文化財となっています。


上野東照宮の参道には、200基以上の石燈籠があり、ほとんどが現在の社殿の建築の年1651年(慶安4年)に諸大名より奉納されたものです。









唐門前の銅灯篭は全48基で、諸大名から奉納されたもので、国指定重要文化財になっています。








手前が唐門、奥に社殿の屋根が見えます。
今年の春に日光東照宮を見て来ましたが、上野にもこんなに絢爛豪華な東照宮があるとは驚きでした。









門でもこんなにきらびやかな金色の輝きです。
1651年(慶安4年)造営の門の正式名称は、唐破風造り四脚門(からはふづくりよつあしもん)で、国指定重要文化財です。
柱内外の四額面には左甚五郎(ひだりじんごろう)作の昇り龍・降り龍の彫刻があり、 毎夜不忍池の水を飲みに行くという伝説があります。
左右に龍の彫刻があり、偉大な人ほど頭を垂れるということから、頭が下を向いている方が昇り龍と呼ばれています。
画像では分かりにくいですが、右が昇り龍、左が下り龍らしいです。









入場料を払えば本殿の外観は間近で見ることはできますが、この日は外側だけでした。
この透塀も国指定重要文化財です。格子から垣間見る本殿も黄金に輝いています。
ここはまた次の機会にゆっくり見ることにします。









上野動物園が見えてきました。








動物園の敷地の中に、国指定重要文化財の旧寛永寺五重塔があります。
この写真は東照宮の参道から撮りました。
1631年(寛永8年)に初建されたこの塔は、第五層のみが銅板葺(どうばんぶき)で、他は瓦葺(かわらぶき)となっており、高さは地上から先端の宝珠 (ほうじゅ)まで36mあるそうです。









噴水広場まで来ました。
ここはかつて寛永寺根本中堂のあった場所です。
根本中堂は 1868年(慶応4年)彰義隊の戦争の際に焼失してしまい、現在は別の場所に再建されています。









寛永寺もゆっくりと見たかったところでしたが、この日は時間切れで、通りから旧本坊表門(通称黒門)を見ただけでした。
上野ならまた行く機会もあると思うので、その時の楽しみにとっておきましょう。


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