FACE project BLOG

~朝鮮学校と私~

『京都・滋賀の民族教育』 報告2

2008年05月20日 08時56分21秒 | 『ふぇいす』
パネルディスカッション『4・24教育闘争から60年』

タルオルムの劇を見終わった人たちは階下に移り、およそ2時間あまりパネルディスカッションに参加しました。実行委員長の仲尾宏さんの挨拶に始まり、支える会・ウリハッキョ上映会実行委・FACEProjectから朝鮮学校への寄附があり、三者から報告がありました。
・洪祥進さん(朝鮮人強制連行真相調査団)
・松下佳弘さん(世界人権問題研究センター嘱託研究員)
・朴道済さん(教育闘争当時の小学生)
途中、当時の小学校5・6年生だったハルモニたちが書いた文章を、滋賀朝鮮初級学校の6年生が読み上げてくれました。あっという間の2時間でもっとお話を聞きたかったという印象が残りました。

洪さんは教育闘争の歴史的な位置づけを話してくれました。「在日朝鮮人にとってのこの100年で大きな2つの出来事は・・・」と切り出し、「関東大震災と阪神教育闘争だ!!」と終始力のこもったお話でした。山口県からはじまった教育闘争には全国でのべ10万人の朝鮮人が参加したそうで、4月24日の兵庫でGHQの指示した閉鎖令を撤回させるに至ったのは相当な運動だったことがわかりました。特に4月3日には済州島で米軍支配に対する民衆蜂起が起きていて、統一か分断かが問われていた時期でした。といっても教育闘争は平和的な運動だったと当時の写真を見せながら解説してくれました。県庁舎前に整然と並んで要求を唱える、そんな運動に対して発砲し暴力をふるったのは日本の警察のほうだったのです。文部省が48年1月24日に出した通達「朝鮮人学校の取扱について」は朝鮮人の民族性を奪い、子どもたちを日本学校に強制的に移すもので、ジェノサイドにあたるとも指摘されました。49年に再び学校閉鎖に追い込まれた後、子どもたちの8割にあたる4万人が日本学校に編入させられたのです。ジェノサイド条約第2条でジェノサイドの定義は、(b)集団構成員に対して重大な肉体的または精神的危害を加えること、(e)集団の児童を他の集団へ強制的に移すこと、とあります。65年通達をはじめ、今日の朝鮮学校に対する処遇の問題は、48年通達の思想を踏襲していて、これは実は国際法ではジェノサイドにあたるのだと教えてくれました。現在日本はこの条約を批准していませんが、洪さんたちはこの条約を根拠に日弁連に人権救済申し立てをしています。

松下さんは京都の朝鮮学校の状況を詳しく話してくれました。48年当時の京都には、
・朝から授業をしていた学校が8校
・放課後または夜間に授業をしていた学校が14校
・教会夜間学校が1校
あったということです。西陣小学校と京都第一朝連初等学校(京都七条朝連国民学院)が大きくて、西陣小では子ども300人と先生10人が学んでいたそうです。第一朝連初等学校は陶化小学校内の特別学級でしたが、陶化小の児童600人中に朝鮮人児童は200人いたそうです。48年に1・24通達が出され教育闘争がおこなわれた後、京都では7校が学校設置認可を受け、9校で特別学級が設置されました。9月までに府が認定した朝鮮人教職員も44人確認されているそうです。
しかし、翌49年の4月から再び市教委は学校明け渡しを迫りはじめ、5月には京都軍政部の意向をうけて府教委が特別学級を不認可にしてしまい、市教委も9月には陶化小の特別学級を閉鎖すると言い出し、月末になると京都第一朝連初等学校を強制封鎖したのです。そのため11月からは、木造アパートの一部を借りて、京都第一朝鮮人学校の自主運営が始まっていくのです。これが今日の京都朝鮮第一初級学校の前身となっています。西陣小学校も50年3月の卒業式まで持ちこたえますが閉鎖され、在校生の多くは日本学校へ編入させられていきます。この学校閉鎖の過程で、京都府知事は文部大臣の認可を受けた財団法人学校をつくることをほのめかしたそうですが、国は財団法人京都朝鮮学園と財団法人大韓民国京都教育会が合併すれば考えると言い出したそうです。結局は無理な話を出しておいて不認可にしたのです。南北分断につけこんで民族教育権をもてあそぶやり口に、戦前の植民地支配と変わらぬ日本の統治姿勢があらわれています。  ソルタン記

つづく。

『京都・滋賀の民族教育』 報告1

2008年05月16日 22時18分25秒 | 『ふぇいす』
5月11日に4・24教育闘争60周年を記念して「<京都・滋賀の民族教育>演劇とパネルディスカッション」がおこなわれました。訪れた300人の人たちで同志社大学の教室は満杯。劇団タルオルムの演劇では椅子を運んでも運んでも足りず、立ち見のお客さんまで出ていました。歴史的な記念日とあって在日朝鮮人の参加者が多くいましたが日本の学校の先生も来ていました。夕食前の忙しい時間なのに子どもと一緒に参加していたオモニの姿を見て、母の日もがんばるオモニに頭が下がりました。パネルディスカッションに先立って行われた朝鮮学校への寄付金贈呈式では、FACE Projectからも気持ちを贈りました。

タルオルム公演『4・24の風』
昨年、ひと・まち交流館で公演していただいたタルオルムの2度目の京都公演でした。しかも教育闘争60周年記念公演の第一弾とあって団員の皆さんも気合入りまくり。1年前は準備やら何やらで落ち着いて鑑賞できなかったので今回初めて通しで見ました。そして心を揺さぶられました。前回この劇を見たときには過去の記憶とか歴史の再認識の大切さとかいうことを感じさせられたものです。今回はソニの感情を通じて在日朝鮮人の存在が放っているものを感じました。朝鮮人はなぜ日本で民族教育をしているのか、どれほどの苦難の道を歩んできたのか。いわば民族の歴史が自分の内にあることに気づいたソニ。特に冒頭のシーンはそんな自分史が済州島4・3事件にまでつながっていくことを沈黙の演技で語っていて余計に心に残っています。私自身がいまたくさんの<ソニ>と同じ時を生きているんだという実感が、教育闘争そして朝鮮学校に対する無知や偏見をなくしていく活動に自信と誇りを与えてくれます。まだ見ぬ<ソニ>のためにも。  ソルタン記

つづく。

京都・滋賀朝鮮学校08年度行事予定

2008年04月20日 15時23分10秒 | お知らせ♪
今年度の朝鮮学校の行事予定です。一緒に参加しませんか?
時間等の詳細な案内は日が近づいたらまたご案内します。


☆京都朝鮮第一初級学校

<運動会>  9月28日(日)

<公開授業> 11月2日(日)

<学芸会>  2月15日(日)


☆京都朝鮮第二初級学校

<運動会>  9月28日(日)

<公開授業> 11月2日(日)

<学芸会>   2月8日(日)


☆京都朝鮮第三初級学校

<運動会>  6月15日(日)

<公開授業> 11月2日(日)

<学芸会>  2月15日(日)


☆滋賀朝鮮初級学校

<ウリハッキョマダン>
       8月31日(日)

<運動会>  9月28日(日)

<公開授業>11月16日(日)

<芸術発表会> 2月8日(日)


☆京都朝鮮中高級学校(創立55周年)

<体育祭>  9月21日(日)

<公開授業>10月26日(日)

<創立事業>11月23日(日)

京都・滋賀の民族教育~4.24教育闘争60周年を迎えて

2008年04月14日 18時24分35秒 | お知らせ♪
☆劇団タルオルム公演「4.24の風」
☆パネルディスカッション
 「4.24教育闘争から60年~朝鮮学校の過去と現在」

5月11日(日)午後2時開始(午後1時30分開場)
同志社大学・今出川キャンパス・至誠館にて

14:00~ 演劇(1回目)
15:30~ パネルディスカッション
17:30~ 演劇(2回目)
18:45  終了予定


☆劇団タルオルム演劇「4.24の風」

1948年を生きた在日1世の差別や貧困の中でも底抜けに明るく
ひたむきに生きる姿を伝統文化であるマダン劇の手法で描く。

・作:金蒼生・金民樹/演出:金民樹

<あらすじ>
済州島からの密航、そして日本へ。民族学校に通う在日3世の
ソニ。「4.24の記念碑を建てる集会」でする討論の練習に没
頭していたのだが...
1948年4月。終戦後の日本を支配しているGHQは祖国の解放後、
雨後の筍のように各地に作られた朝鮮人学校の閉鎖を指令す
る。学校を守ろう、民族の魂を守ろう。戦う人々。
2007年現在。<阪神教育闘争の記念碑を建てる会>の集会場。
当時、闘争に参加した1世を招き、同胞社会の歴史を一つ一つ
刻んでゆく。
当時、GHQの最高権力者マッカーサー宛に日本全国各地から送
られてきた子どもたちの<葉書>を握りしめるソニ。

☆パネルディスカッション「4.24教育闘争から60年~朝鮮学校の過去と現在」

・コーディネーター:水野直樹氏(京都大学教授)
・パネラー:洪祥進氏(朝鮮人強制連行真相調査団 事務局長) 
      松下佳弘氏(世界人権問題研究センター嘱託研究員)
      朴道済氏ほか(当時の証言者)

主催:「京都・滋賀の民族教育~4.24教育闘争60周年を迎えて」実行委員会
   共同代表:仲尾宏(京都造形芸術大学 客員教授)
        孫智正(学校法人京都朝鮮学園 理事長)
連絡先:「朝鮮学校支える会・京滋」・「京都民族教育対策委員会」
住所:〒606-8313  京都市左京区 吉田田中大路町6
TEL:(075)771-5418、FAX:(075)752-1055
――――――

FACE Project活動内容

2008年03月23日 16時32分13秒 | お知らせ♪
<FACE Project活動内容>

FACE Projectは京都・滋賀の朝鮮学校と顔の見える関係をつくっています。
○朝鮮学校の見学会、学校行事に参加&交流
○交流の様子や感想をフリペ『ふぇいす』(年2回)で配信
○朝鮮学校の支援
ベルマーク・書き損じハガキ・使用済プリンタカートリッジを集めています。

FACE Projectは朝鮮学校をとりまく日本社会の問題と向き合う勉強をします。
○朝鮮学校の歴史・現状や日朝関係を知る学習会

<FACE Projectサポーター募集>
年会費として、一口サポート1000円からお寄せください。
 郵便口座 00930-3-121129   口座名 FACE project
サポーターには
○フリペ『ふぇいす』を郵送します。
○メールで朝鮮学校の情報(京都・滋賀)をお届けします。
○ほか朝鮮学校の支援金に充当いたします。

『ふぇいす』第2号 08年3月15日発行

2008年03月16日 21時35分47秒 | 『ふぇいす』
今号の内容は、京都朝鮮第3初級学校創立40周年記念式典、ウリハッキョマダン2007滋賀、映画『ウリハッキョ』、京都朝鮮第2初級学校訪問、インタビュー 保健室の栗山先生です☆

☆京都朝鮮第3初級学校
創立40周年記念式典&フェスティバル―――出店を出しました!―――


 「FACE project」は、2006年朝鮮学校の歴史や現状を伝えるパネル展示会を開
催して以来、継続的に問題に取り組み、交流を続けていきたい、という京都の日
本人学生を中心に2007年1月に結成されました。「FACE」には、問題と向き合うこ
と、顔と顔が見える関係を構築していくことという理念が込められています。朝
鮮学校の問題に対して、客観的にではなく、自分もその問題の当事者だというこ
とに気づくこと、そして主体的に考えられることを目標としています。活動とし
ては、朝鮮学校の歴史や現状を学習したり、実際に朝鮮学校にフィールドワーク
に出かけたり、行事を通して学校との交流を図っていきたいと思います。
 2007年9月9日のチェーサン40周年記念フェスティバルでは、オモニ会の皆さん
との共同作業で、ホッペチヂミのお店を出させていただきました。晴天にも恵ま
れ活気溢れており、自然とお客さんの足はカキ氷の方へ…。店番をしていたらい
い、という考えは甘かったのです。オモニの威勢のいい掛け声とともに、私たち
は必死でホッペを焼き、売り歩きました。努力は実と結び見事完売し、お隣のア
ボジ・オモニから拍手が巻き起こりました。オモニや学生たちと何か一つのこと
をやり遂げた達成感は実に感動的でした。
 ホッペチヂミが完売したこと以上に、「FACE」の理念にある通り、これこ
そが顔の見える関係ではないかと嬉しく思います。私たちは、時に集団やカテゴ
リで物事を見てしまいます。そうではなく、個人と個人の関係性の構築が、確か
な信頼関係に繋がっていくと思います。私も含む日本人学生が、今回初めて自ら
が参加して実感しているはずです。本当に貴重な体験となりました。
 朝鮮学校と言えば、オモニたちの迫力ある掛け声や、大量に購入してくれた酔
っ払いのアボジたちや、かわいらしい子どもたちの笑顔をいつも思い出すことで
しょう。それをきっかけにもっと勉強し、何をすべきかを考えていきたいです。
チョンマル、コマスンミダ。 (Y)


 9月9日澄み渡る空の下、京都朝鮮第三初級学校40周年記念フェスティバル
が盛大に行われました。私はこの式典に参加させていただき、これが初めての朝
鮮学校訪問となりました。校庭には多くの出店と人で賑わっており圧倒されるほ
どでした。
フェスティバルの中で近隣の中学校の吹奏楽部が参加し、演奏していました。彼
女たちは10月に同志社大で行われたフレンドシップコンサートにも出演してお
り、日本学校と朝鮮学校が積極的に交流している姿を見て、このような身近な交
流が日朝友好への一歩として大事なことのように思いました。
 小学校の校舎内を見学させていただきました。校舎は全体的に老朽化が進んで
いるように見えました。そこで朝鮮学校は学校教育法上のいわゆる一条校ではな
く、各種学校という扱いになるということで国・自治体からの補助金がほとんど
でないという話を聞きました。私は日本の法律で子供たちの教育の現場ですらこ
のような不公平なことが行われているとはまったく知らず、また思ってもいなか
ったので朝鮮学校のおかれている現実を目の当たりにして衝撃を受けました。
 この式典を通して、オモニ、アボジたちの子供たちに対する強い愛と絆の強さ
をとても感じました。毎朝、遠くから高速道路を使って子供を学校まで送り迎え
しているという話を聞き、これは日本に住んでいても自分たちの子供に民族教育
を受けさせたいという強い意思がないとできないことだと思いました。日本の中
でお互いが尊重しあい、認め合える日が早く来るように心から願い、それに私た
ちが少しでも協力できればいいと思います。(I)


 今年9月9日に行われた第三初級学校での式典において、オモニ会の方々が出さ
れているお店のお手伝いをさせていただきました。実際のところ、私自身大した
ことはやっていませんが式典の催し物を見たり、統一列車に参加したり、お店を
いろいろ見て回りとても楽しい時間を過ごさせていただきました。学校のグラウ
ンドがお祭り広場に変わり、とてもにぎやかでした。
 私は現在大学で朝鮮半島社会を研究テーマとしているゼミに所属しています。
それも関係して今回参加させていただきました。ゼミを通して昨年はフレンドシ
ップコンサートで朝鮮学校の歴史や第三初級学校についてのパネルを作成したり
、第三初級学校の生徒たちとステージでサムルノリを共に演奏したりと朝鮮学校
や在日朝鮮人の方々と交流を持つことができました。
 私がこのゼミを選んだのには正直なところ深い理由はありませんでした。しか
し、フレンドシップコンサートに参加したことや朝鮮学校や在日朝鮮社会を研究
したことを通じて無知な自分の世界が広がっていったように思います。朝鮮学校
・在日朝鮮社会、今まで触れることのなかった世界に触れ、なんとなく聞いたこ
とがあった「在日朝鮮人・朝鮮学校」という言葉がとても身近に感じるようにな
りました。
日本人の中にはまだまだ「在日朝鮮人」という言葉を聞いて朝鮮という言葉から
拉致や核ミサイルを連想して悪いイメージを持つ人が多くいるように思います。
私はゼミでの調査やフレンドシップコンサート、今回のボランティアを通してあ
りのままの朝鮮学校、在日朝鮮社会に触れてきました。そして実感しました。「
たとえ言葉や文化が違っても同じように笑い同じように感動している。」
 当たり前なことかもしれませんが、フレンドシップコンサートで会場整理をし
ていた時、踊りや音楽ライブなど互いの国の文化をお客さんが喜んで見ている様
子を見て私が感じたことです。お客さんは在日朝鮮人の方だけでなく日本人のお
客さんもいたはずで、コンサートを通じてお客さんが言葉も文化も超えて一つに
なったように思いました。知ろうとすること、理解しようとすることで、きっと
互いに深いつながりが生まれるはずだと感じました。
 だからこそ、色眼鏡で物事を見てはいけないと思います。人は周りの言う言葉
や作られたイメージに振り回されがちですが、そのような先入観を取っ払って自
分のその眼でありのままを見ることが大切で、それが間違ったイメージを壊しこ
れから在日朝鮮社会と日本社会をもっと近づけ、互いが行き来できる関係を作り
出すことにつながっていくはずだと私は思います。(S)



☆滋賀朝鮮初級学校
みんな集まれ!ウリハッキョマダン2007滋賀(9月1日開催)


 はじめて朝鮮学校のイベントにボランティアとして参加させていただいたので
すが、そのアットホームな雰囲気に驚かされました。多くの方は立場や国籍など
が違えば、その集いもまた違ったものになるのかもしれないと思うのではないで
しょうか? 正直なところ私も最初はそう思っていて、イベント自体のイメージ
がつかめずに、どんな風に会場で立ち回ったらよいのかな?と不安でした。
 けれど滋賀の朝鮮学校に到着した途端、その馴染んだ風景に一気に不安が消え
ました。子供の頃に何度も参加したことのある地元小学校のイベントと同じよう
な賑わいで、子供たちやオモニたちがダンスや歌などの練習の成果を発表し、バ
ザーなどの出店の姿を見るとワクワクしました。お祭りは地域の交流のために行
われ、先生方は生徒のために、親御さんは子供たちのために、お祭りを作り上げ
ていることがひしひしと感じられて、大学生になった自分にはなんだかとても懐
かしくなりました。
 けれど、少し注意してみれば日本の一般的な学校のイベントとは違うところも
沢山あることがわかります。子供たちと先生が朝鮮語で話していることからも、
日本にありながら在日朝鮮人の方たちが自分たちの文化や歴史を大事にしている
ということが感じられました。私たちにはわからない、独自のつながりがあるの
だと思います。
 日本人の在日朝鮮人に対する差別は紛れもない真実で、いまの情勢にも伴って
どんどん社会のなかで負けずにたくましく暮らしており、その中で色々な思いを
抱えているのかと思うと自分たちの無知さや現状に憤りを感じます。
 多文化共生という言葉がよく出回っている時代ですが、私たちは本当にそこへ
向かっているのか疑問です。私たちは隣で外国語が喋られている状況でさえ、不
慣れなのですから。
 ボランティアに参加できて、自分の中でひとつ理解が深まったように思います
。こうした機会にもっと多くの方が参加できたら、世の中はちょっと変わってい
くような気がしました。(S)

☆映画『ウリハッキョ』
京都・滋賀7大学10キャンパスで自主上映しました(11/9~12/5)


 冒頭思わず笑ったのは、担任の先生の発表シーンだ。サッカー部の引退試合で
は涙が出た。2時間いろんな思いがあふれたのは、生徒たちの姿と全力で生きてい
た自分の高校時代が重なったからだ。
 でも、ウリハッキョを観て胸が詰まったのは単に懐かしい青春を思い出したか
らだけではない。「祖国の人はみんな目がきれい!」と話しながら修学旅行から
帰国して写真を眺める姿に、生徒たちは普段、日本人の目をどう感じているのだ
ろうかと考えさせられた。
 寄宿舎で先生と生徒が川の字になって漫画を読む姿や、「子どもができました
!」と報告する先生に飛びつくあの子、「いつでも戻ってきなさい」と話す先生
の笑顔に引き込まれる。同時に、彼らのこんなにもいい表情を曇らせるのは他で
もない、私が生まれ育った日本の歴史であり社会であるという点が胸に刺さる。
 灰谷健次郎の小説・太陽の子に「いい人というのは、自分のほかに、どれだけ
、自分以外の人間が住んでいるかということで決まるのやないやろか」という一
節がある。苦労を重ねた1世のハラボジ・ハルモニ、家族や友人、祖国の人々。た
くさんの同胞の思いと共に、ウリハッキョの先生や生徒は生きている。
 今まで何度となく、「歴史を知ることが大事」だと教えられてきた。知るだけ
で終わりなのかという疑問と安易な感想文の結論のようで、あまり使いたくない
言葉だった。しかし、歴史を学び大切にすることは、人を思いやることに直接つ
ながる重要なことであると実感を持った。1世の歴史を大切にすることは、目の
前の3世の友人を大切にすることになるからだ。
 映画が終わるとき、彼らの明るい表情をずっと見ていたいと思った。そのため
に私は、彼らのハラボジ・ハルモニ、祖国の人々にも思いを馳せ大切にする人で
いたい。また、藤代先生と生徒たちのように、互いに尊敬し学び合う関係を築き
たい。ウリハッキョは周りの友人にもとにかく一度観て!とすすめたくなるおも
しろさとパワーにあふれ、歴史と自分の生き方のつながりを考えるきっかけとな
る作品だ。(M)



☆フェイス!京都朝鮮第2初級学校


 3月4日。大学生、院生、留学生、大学講師の7人で第2初級に学校見学へ行
きました。第2初級は右京区の梅津、松尾橋の東のたもとにあります。平安遷都
前には、渡来した朝鮮人がたくさん居住し、灌漑・養蚕など技術交流の盛んな地
域でした。いまは集住地区はないそうですが、右京・西京・中京の子どもたち92
名が通学しています。校長の陳先生が私たちを迎えてくださいました。


 「ようこそおいでくださいました。」「まずは授業を全部見ていただいて、そ
の後でなんでも質問してください。」陳校長は終始オープンに学校を案内してく
れました。低学年の学ぶ教室へと階段を2階に上がると、目の前に朝鮮半島の大
きな地図。子どもたちと先生方のカラフルな手形で彩られています。「6月15日
は学校全体がお祭です。まずはみんなで楽しむのです。」そう話す陳校長の優し
い笑顔に、朝鮮半島の人々とともに統一を喜び楽しむ感慨は、ひとしおのものだ
ろうと感じました。
 学年末ともあって、子どもたちはテストの真っ最中。後ろから覗き込んで邪魔
をしてごめんなさい。算数の筆算、英語の勉強、日本語の授業では日本の童話を
読んでいました。1クラスが多くて10人ちょっと。先生の目は子どもたちひとり
ひとりに行き届いています。特に4学年は元気いっぱいで驚きました。「次はど
こをやるのかな?」先生が言うと、みんなが手を上げて答えようとします。友だ
ちの答えにみんなで笑って先生にどんどん発言して、キャッチボール型の授業は
とても楽しそうでした。
 学校の図書室も見せてもらいました。市・府の補助金には学校図書費の費目が
ないので(国の教育補助金は一切なし)、オモニ会の力で図書を集めています。
畳敷きのコーナーもあってよく整備されていましたが、参加者のひとりから「ウ
リマルの本をもっと読みたいだろうなぁ」と一言。(なるほど、そうかぁ。)親
・先生の思いが伝わる気がしました。
 この学校が開校したのは1965年。75年には中級部が併設されたのですが、近年
の生徒数減少で98年に中級部は現在の京都中高に統合。このとき学校名も京都朝
鮮第2初級学校とされました。
 校舎の4階は中級部併設のときに増築されましたが、いまは音楽室や民族器楽
室、倉庫として使われています。ここでチャンゴ部も練習をしています。ほかに
も、民族舞踊、合唱、芝居など、学芸会でのみんなの演奏・演技は見事でした。
 「民族の言葉・歌・楽器を学んで欲しい。同じ民族で仲良くすること、日本の
人とも仲良くすることを学んで欲しい。」それが陳校長の子どもたちへの思いで
す。第2初級には日本の学校の先生も見学にきます。今年度は西京極小などから
3回来られたそうです。近隣の小学校との交流も盛んで、児童の絵画を交換展示
する取組みもされたそうです。
 陳校長は、前年度までは京都朝鮮中高級学校の先生でした。民族教育の意義を
尋ねると、「国際化社会のなかでは自民族の文化・風習に誇りをもつことが大切
だと思います」「それがあって交流も成り立つ」と言われました。中高の生徒た
ちがサッカーや吹奏楽の大会で活躍し賞をとる姿を見て、民族の心と文化を学び
ながら日本社会で活躍することが子どもたちの夢になってきたと時代の流れを感
じたそうです。10年前、インターハイの出場権が認められていなかった時代には
考えられなかったことです。
 陳校長自身は、日本の小学校に行き、高学年で民族学級の先生の影響を受け、
中学から民族学校に編入しました。「日本人の友だちがたくさんいたけど民族の
ことを学びたかった。民族学校では、それまで以上に友人づきあいの大切さを学
びました。」日本社会にはいまだ在日朝鮮人への偏見や差別があります。「まず
は民族の誇り・自国への自負をもてるようになって欲しい。そして日本で自信を
もって生きていって欲しい。」穏やかでいて力強い言葉に、私も傍観者でいては
いけないとあらためて認識しました。第2の先生方、子どもたち、見学させてく
れてありがとうございました。(S)


 今回私が初級学校を訪問したのは二度目でした。1月には別の学校に訪問に行き
ましたが、前回今回と二つの学校に行って共通して一番最初に感じたこと、それ
は孤独でした。どちらの初級学校も授業はすべてハングルを使われていました。
私は今まで行ったこともハングルを学んだこともないので、授業中先生がどんな
ことを言われているのか、子ども達が何を聞いて笑っているのか、全く分かりま
せんでした。自分が知らないところに一人で放り込まれているようなそんな感覚
を覚えました。自分の今まで19年間生きてきたなかで初めて知り実際見た学校だ
ったので、その衝撃はとても自分の中で大きかったのだと思います。きっとこの
とき感じたこの気持ちはずっと忘れることはないだろうと思いました。
 その言葉以外、例えば掲示物や教室の中、何より子ども達の表情は日本の学校
の子供たちと何も変わらないように思いました。やはりどこでも子ども達は子ど
も達なんだな…と何か安心した自分がいたと思います。
 けれど、その言葉以外にも自分の中で衝撃は大きかったです。まずは校舎など
学校の設備です。私は以前ボランティアとして大学の付属小学校に何回か行った
ことがあります。その小学校の設備があまりにもすごいと思ったので、初級学校
に入った時の驚きはすごく大きかったです。正直に言うとこんな設備の中で授業
が出来るのか。と感じた自分がいました。けれど、冷静になって考えたらどうし
て同じ子ども達でこんなにも差が出来てしまうのだろうと考えました。どうして
同じように毎日学校に行って授業を受けて友達と遊んで時には喧嘩したり悩んだ
りするとは思うけど、同じよう生きている子ども達にこんなに差がある社会なん
だろうと思いました。どうして自分の生きている日本という国はこんなふうなん
だろうと考えると何か溜らない衝動が自分の中に生まれました。
 本当の教育って何だろうと私は思いました。教育改革と言って今国は教育に注
目しているけれど、法で認められていないからと言ってこんなにも差のある社会
が本当に教育のことについて考えられるのだろうかと思いました。
 本当の意味で教育って何なのだろう。
 学ぶって何なのだろう。
 教師を志す自分はこの現実を知ってじゃあどうするのだろう。
 この3つの疑問が先日の訪問から自分の中にグルグル回っています。答えに近
づけるように私はこれからも学び続けたい。と強く思いました。
 第二初級学校の玄関には『世界の友達と仲良くしよう』という目標が掲げてあ
りました。はたして自分が小学生の時、今まで19年間『世界』という言葉を意識
して生きていただろうか、学んできただろうか、そう考えるとこの言葉もまた忘
れたくない感情を私に与えたものだと思います。
 訪問は自分にたくさんの感情や疑問を与えてくれたものでとてもためになりま
した。これからもこんな機会があれば参加したいと思いました。ありがとうござ
いました。(K)


≪インタビュー 保健室の栗山先生≫
第2の保健室には、毎週月曜日と木曜日、栗山先生が通っています。先生のお仕
事を聞きました。
Q.もともと保健の先生だったのですか。
A.公私立学校・養護学校の養護教員を35年してきました。いまは退職後の時間の
一部を朝鮮学校に提供しています。
Q.日本の学校との違いはありますか。
A.公的な保健衛生費がないので、薬品や体温計などはマイグッズを持ち込んでい
ます(笑)。物質的不足はあっても、これまでの蓄積でカバーしています。
Q.日本の学校と同じところは。
A.子どもたちの健康を守る仕事は一緒です。そこに国とか民族は関係ありません
から。
Q.日本の先生は全国でも珍しいですね。
A.私の場合は「素晴らしい成り行き」です(笑)。夫と朝鮮学校長との出会いと
長いつきあいがあってこそです。多くの保健の先生が退職すればさよならですが
もったいない。かといって誰でも民族教育の現場に関われるわけでもない。
Q.理解と信頼関係の深さがあるのですね。ここで先生をされて3年ですか。
A.今年度から保健の授業をしています。全学年に学期ごとに。1学年は歯の話、
高学年はエイズの話という具合です。日本の学校ではクラスが多くてできない。
命のこと身体のことを、子どもの成長に合わせて教えられるなんて、とても楽し
いです。まだまだ続けていきたいです。
すごいパワーですね(笑)。またお話を聞かせてください。今日はありがとうご
ざいました。(S)



FACE NEWS

2007年08月28日 15時34分08秒 | お知らせ♪
■■2007年9月1日(土) 滋賀朝鮮初級学校「ウリハッキョマダン」■■
 
日時:2007年9月1日 12:00~16:00予定
場所:滋賀朝鮮初級学校



FACEはスタッフとして参加します♪


<開催趣旨>
昨年の2006年8月27日に第1回 『みんな集まれ!ウリハッキョマダン2006』を開催しました。
お隣の京都からの参加者を含め、子供から高齢者、在日コリアン、新定住外国人、日本人、しょうがいのある人など様々な立場の人がたくさん集まりました。どて煮、ポップコーン、ごまダンゴ、かき氷、冷やしうどん、チヂミ、プルコギなどの美味しさにますます会話がはずみ、子供たちはアートバルーン、スーパーボールすくい、おりがみ、チェギチェギなどの遊びに熱中しました。ステージでは滋賀朝鮮初級学校の子供たちの発表や津軽三味線、朝鮮舞踊、サムルノリ、和太鼓などの楽しい出し物がありました。
初めて出会った人も、民族や障害などのちがいを認めあいつつ、思いを出し合い聞きあうマダン(広場)となりました。偏見や差別のあるこの社会に生きる私たちがこうしてつながりあってあくことが差別をなくしていくことにつながると実感しました。みんなの笑顔と思いをつないで、一人ひとりを大切にしあえる社会づくりを目指して、私たち実行委員は今年度もマダンを開催します。


・出店…地域自慢お国自慢をはじめとする食べ物や飲み物販売など。
・ステージ発表…サムルノリ、舞踊、歌、三味線、スピーチコーナーなど。
・遊びコーナー…朝鮮半島や日本の子供たちの遊びなど。



【ウリハッキョマダン イベントスタッフ募集】

イベント日時:9月1日(土) 12:00~16:00予定
催し内容:地域の方々による出店・遊びコーナーやステージ発表などを行う。
スタッフ活動内容:当日の受付係(2名を予定)、駐車場警備(2名ずつ交代で計44名を予定)、前日テント設営・終了後片付けなどです。
当日これなくても前日のテント設営だけでも来ていただけると非常に助かります。
是非検討ください。


どんな形でもとりあえず参加していただける方は
8月29日までに

face_project2007@yahoo.co.jp(FACE事務局)

まで名前と参加可能な日・時間を書いて送ってください。
よろしくお願いします。

※前日のテント設営は午前10時から滋賀朝鮮初級学校にて開始ですが、間に合わなくても随時参加可能な時間から来ていただきたいそうです。
また、当日来ていただくスタッフの方は午前10時には滋賀朝鮮初級学校に集合です。当日の動きなど詳しいミーティングがあります。





■■2007年9月9日(日) 京都第三初級学校40周年記念式典・フェスティバル■■

日時:2007年9月9日(日) (雨天の場合9月16日) 11:00~15:30予定
場所:京都朝鮮第三初級学校・運動場

イベント内容:芸術公演、大抽選大会など
売店:チヂミ、焼肉、から揚げ、ビール、ジュースなど


FACEは当日売店スタッフとして参加します!
スタッフも募集中ですので、

face_project2007@yahoo.co.jp(FACE事務局)

まで名前と参加可能な時間を書いて送ってください。






■■ウリハッキョ」京都再上映会■■

7月27日に行いました「ウリハッキョ」京都上映会、DVDの不調から十分にお楽しみ頂けませんでした。
そこであらためて京都上映会を開催します。
どうぞご来場いただきますようご案内いたします。


と き:2007年9月17日(月・休日)PM3:00開演
ところ:同志社大学寒梅館 ハーデーホール
 (http://www.doshisha.ac.jp/access/ima_access.html
入場料:無料
主 催:「ウリハッキョ」京都上映実行委員会
     <朝鮮学校を支える会・京滋  京都民族教育対策委員会>
問合せ:075-771-5418   075-313-8911




映画「ウリハッキョ」上映会in明石

2007年08月02日 17時25分59秒 | お知らせ♪
映画「ウリハッキョ」の反響がどんどん大きくなっていますね!

それにつれて上映会の輪もすごいスピードで広がっています!

兵庫県明石の上映会を紹介します☆


日時:2007年 9月29日(土)
   
   開場 6:30  開演 7:00


会場:明石市生涯学習センターホール(アスピア北館9階)

   上映カンパ 500円
 
主催:総聯明石支部 民族教育対策委員会

連絡者:鄭 相 権 
    c-sankon@ezweb.ne.jp



お誘い合わせの上、ぜひご参加ください!!



映画「ウリハッキョ」上映会in大阪

2007年07月08日 19時30分53秒 | お知らせ♪
★映画『ウリハッキョ』とは?
 
韓国から来た映画監督キム・ミョンジュン〔金明俊〕さんが、「北海道朝鮮初中高級学校」を舞台に3年の撮影と1年6ヶ月の編集を経て完成させた作品(2006年、釜山国際映画祭ドキュメンタリー部門最優秀作品「雲波賞」受賞)。
 
「朝鮮人が朝鮮学校に通う」という平凡な真実を勇敢に実践する姿を描いたドキュメンタリー映画。


日 時:7月21日(土)
     
    1回目 10:30~ 2回目 14:30~ 3回目 18:00~
          ※受付は各回とも30分前から。上映時間131分。


会 場:大阪市立飛鳥人権文化センター大ホール
    (阪急京都線「崇禅寺」下車すぐ。JR・地下鉄「新大阪」からも徒歩10分)
    大阪市東淀川区東中島3-14-32 TEL06-6323-6721
    http://www.city.osaka.jp/shimin/shisetu/02/asuka.html


入場料:鑑賞無料ご招待(お気軽にお越しください)
    『ウリハッキョ』関連グッズも販売します。ご協力お願いします。



主 催:『ウリハッキョ』北大阪上映会実行委員会・北大阪朝鮮初中級学校父母会・アプロハムケ北大阪(北大阪朝鮮初中級学校を支える会)


後 援:在日本朝鮮民主女性同盟東淀川支部・吹田支部 
連絡先:06-6328-6794(学校)


北大阪朝鮮初中級学校ブログ
http://www.kitaosaka-pukse.com/

映画『ウリハッキョ』公式ブログ
http://www.urischool.co.kr/
http://blog.naver.com/ourschool06

映画『ウリハッキョ』日本公式ブログ
http://urihakkyo.blog105.fc2.com/



映画評「シネマコリア」より『ウリハッキョ』 Review 2007/5/5
 
「日韓現代史の象徴でもある「在日」。北海道に実在する民族学校を舞台に、監督と学校の人々の3年5ヶ月を描いた異色のドキュメンタリー。なお、在日コリアンは朝鮮学校を「ウリハッキョ(私たちの学校)」と呼ぶ。 (中略)
 
映画は全編を通して底抜けに明るく、力強く生活する「市井の人々としての在日」を描いていて、口先だけのイデオロギー論だとか、似非反省論だとか、幼稚な政治論争の叩き台にこの作品がなることを拒否しているようにも見えます。膨大な素材を抱えた作品だったゆえ、こういう方向になったという解釈も可能でしょうが、一韓国人から観た「在日」の一面を描いたスケッチと考えれば、なかなか優れたドキュメンタリーになっています。
 
もちろん、民族学校を巡る様々な問題もここかしこに挿入されていますが、日本のこの種の作品でよくあるような、深刻でドロドロした雰囲気は皆無です。これはたぶん監督が民族学校の普通の日常、普通の人間関係を描くことに徹したからでしょう。しかし、映画の中では、生徒たちの明るい表情が連続しているからこそ、一瞬垣間見せる複雑で暗い表情や発言が、テーマの複雑さを表現しているともいえるのです。

撮影チームは、長い撮影の間に、かなり学校関係者と親しくなったようで、日本ではちょっと観る事が出来ないシーンが一杯です。さすがに万景峰92号に乗って北に行った時のエピソードは、学校の生徒に撮影を委託してはいますが、そこで描かれた情景もまた、日本の大げさな北朝鮮報道などでは観られない、貴重なものです。ここにおいて、民族学校の生徒たちが祖国=異国の風景に驚き、日本語と朝鮮語を混ぜて語っているところは、この作品のテーマをもっとも濃縮して象徴していたシーンに思えました。歴史問題をドキュメンタリー映画の素材に選んだ場合、どうしても際どいものでないと評価を受けにくい今の日本では、この『ウリハッキョ』に対して真逆な評価もきっとあるでしょうが、私がこの作品を観終わった時、日本人として強く感じたのは、この題材と同じものを日本人自身もまた撮るべきでもあって、被写体となった民族学校の人々と家族もまた、心の決して明かされることのない部分でそのことを望んでいたのでは?という想いでした。」


『ふぇいす』創刊号

2007年06月29日 01時10分53秒 | 『ふぇいす』
FACE Project のフリペ『ふぇいす』の第1号を発行しました!

カオとカオが見える

モンダイと向き合う


を大事にしていきます。


今号は、劇団タルオルム「4・24の風」公演に関わったFACEメンバーの感想です。

特集記事「フェイス from the ‘Madang’」は、京都朝鮮第三初級学校です。

どうぞご覧ください。


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감사합니다


2007年4月30日(月・祝)、FACE project主催初企画『劇団タルオルム公演―4.24の風』が大盛況に終わりました。たくさんの方が支えてくださったおかげで、このような素晴らしい企画を実現することができたことを大変嬉しく思います。心から感謝申し上げます。また報告が延びてしまったことを深くお詫びいたします。

FACE projectは、京都の日本人学生を中心に2007年1月に結成されました。朝鮮学校との関わりから、日本人の問題としてどのように“向き合って”いかなければならないのか、もっと“顔の見える関係”を広く創れないか、と数人の学生の声から立ち上がりました。朝鮮学校フィールドワークや学習会、行事への参加、バスケ部コーチを通じての交流など、微力ながらも私たちの抱える課題に取り組みつつあります。特に “向き合うこと”のきっかけ創りとして、今回、1948年の阪神教育闘争をテーマにしたマダン劇『4.24の風』を企画しました。マダン劇は朝鮮半島の大衆文化であるのと同時に、役者を観客が取り囲み一体感を創出する演劇形態であります。参加型の要素を持ち合わせたマダン劇は、ある種、観客はその“主役”になれるわけです。これは、私たちが課題とする“自分の問題として考えること=主体的に考えること”とまさに合致していました。そこに描き出される朝鮮学校の歴史と、突きつけられる現状に、私たちはどのように向き合わなければならないのか。劇中の「朝鮮人はまだ闘っている?」というセリフ、阪神教育闘争当時の写真と何ら変わっていない昨今の風景、それらに私たちはどのように応答していけばいいのか。FACE projectメンバーをはじめ、多くの方にとって、考えるきっかけになったのではないかと思います。

イベント企画時から準備、そして当日の運営まで、反省点は多々ございます。たくさんの方にご迷惑をおかけいたしました。しっかりと総括もし、今後の活動に生かして参りたいと思います。FACE projectはこれからも、じっくりと足元を固めて基盤を作り、しかしながらフットワークも軽く、学生ならではの活動を展開していきたいと思います。今後とも末永くよろしくお願いいたします。(Y)


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4・24(サイサ)の風をうけて


 去る4月30日、京都にある「ひと・まち交流館」にて劇団タルオルムによるマダン劇『4・24(サイサ)の風』がFace Project主催のもと公演されました。
 この『4・24の風』は1948年の阪神教育闘争という歴史的事件がテーマになっています。
 僕は『4・24の風』京都公演において劇団の方のお手伝いをする担当になりました。そのお陰で僕はリハーサルを含め合計3回も最前列のド真ん中で鑑賞することが出来ました。しかもタダで(笑)。
 運よく最前列でしかも3回も鑑賞できた僕が感じたこと。それはドン底の状況に陥ったとしても絶対にパワーを失うことのない『熱意』。
 どんなに差別や嫌がらせを受けても、自分たちが朝鮮人であるという誇りは絶対になくさないようにしようとしていた人たちの熱意。
 その誇りを、未来を担う子どもたちに受け継がせるように必死だった朝鮮学校の熱意。
 学生たちや親や教師たちの、絶対に朝鮮学校は消させないという熱意。
 劇団スタッフには当時生まれていた人はいませんが、彼らにはその『熱意』が受け継がれているのです。
 しかし、すべての在日朝鮮人の方が『熱意』を受け継ぐことが出来ているわけではありません。『熱意』のある方がたまたま劇団タルオルムのメンバーになっただけです。
 私たちFace Projectは今まで日本が奪ってきた民族の文化や言葉を取り戻そうとする朝鮮学校を積極的に支え、その『熱意』を私たちと同じ日本の人々にも伝えていくことが何よりも最優先すべき事だと考えています。
 その活動の第1弾として今回は、観客との一体感を創り出すマダン劇を通して、自分自身も主役となってこの問題に向き合ってみました。
 今回、鑑賞に来て頂いた方々には厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。今回の反省を次の活動に活かしていきたいと思いますので、これからもご支援よろしくお願いします。(KI)


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劇団タルオルム マダン劇を見て


『サイサの風』の公演をみて、朝鮮学校の歴史を知り、本当の意味で今の朝鮮学校のおかれている現状を「自分の問題として考える」機会になりました。

「言葉は魂。もう二度と奪われたくない」というセリフがとても印象に残っています。
加害の歴史と向き合いながら、日朝友好に向けて、これから、できる限りのことをしていきたいとあらためて思いました。(KO)


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「マダン劇~サイサの風~」感想


 まずはじめに、このFACE projectの企画に微弱ながらお手伝いすることができ、私の人生がまた少し前進しました。本当にすばらしい出会いと経験をしました。ありがとうございました。
私にとって、このようなイベントの司会はもちろん、主催者側に立って何かをするということ、すべてが初めての経験でした。
 私は、差別・偏見という問題が自分から遠い所(つまり戦争・紛争が起こっている国・地域)ではなく、すぐ近くでも起こっているものなんだと知ったのは大学に入ってからです(恥ずかしながら」。しかし、ただ“知った”だけで、何も“理解”していませんでした。ほとんどが活字の世界であったということもあり、どこか他人事のように感じていたのだと思います。だから、FACE projectの熱い想いに感銘を受け、是非力になりたい!とすぐに思い、私も熱くなることができたのだと思います。ちょっとしたお手伝いのつもりが、最終的に当日イベントの司会の担当を任せていただけることとなり、本当に驚きましたが、今考えると、そのようなチャンスをくれたYさんをはじめ、FACE projectメンバーの皆さんには大変感謝しています。
 正直、朝鮮学校の問題どころか、朝鮮学校の存在すらあまり認識していなかった私が、メンバーを代表して前に立つということが許されるのだろうか?司会という役を私が請け負うことでFACE projectの名に泥を塗るようなことがあったらどうしようとか、様々なことが脳裏によぎりましたが、「(朝鮮学校の問題など)あまり知らないからこそ、やってほしい」というYさんの言葉は、私を前に突き動かしてくれました。
 上記の通り、今まで何かのイベントの参加者の立場でしか行動することがなかった私にとって、主催者側の目線は初めてのことであり、当日一日のための数々の準備は(途中でポンっと入った立場ではありますが)、長期に渡って本当に様々な人たちの協力や想いが熱く存在していて、FACE projectに協力することができてよかったと心から想い、感謝しています。任されたからには責任もって最後まで尽くしたいそんな想いでいっぱいで、逆に空回りしたりと、思い通りにならないこと、うまく伝わらないこともありましたが、必死に自分なりの表現でアクションを起こしたら、人には通じるんだと、様々な人たちのお声から改めて実感しました。
 「マダン劇~サイサの風~」を見にこられている人たちは、様々の立場の人たちがいて、言葉ひとつで、自分が意図してないことが伝わったりします。言葉一つひとつをあんなに慎重に発したのは人生で初めてでした(そのわりにはいたらない点が多すぎてごめんなさい)。この狭い空間の中だけでも様々な人生観が行き交っていて、世の中の広さと、だからこそ顔と顔を向き合わせ、もしかしたら正面からではないかもしれないけど、目の前にある問題に背を向けないということの大切さを知り、それと同時に、私自身の小ささ、無力さも感じました。
 これから私は何をしたらいいのだろう?私に何ができるのだろう?という自問自答は苦痛なことではありますが、それを問い続け、しっかり、社会と自分を見つめ続けるということを怠ることなく、また私の周りにもその大切さを広げて生きたいと感じています。
 何も知らなくても一歩踏み出す勇気と、その行動に対する責任を、もっともっと深く考えていかなければならないということ、「何をどう優先するべきか」選択することへの判断力をもっと身につける、ということが今の私の課題です。
かなり脈略のない私的なことで、ごめんなさい。
以上で感想を終わります。(F)


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京都第三 オモニ会が「対外部」設置!


劇団タルオルム『4・24の風』の京都公演。宣伝活動を進めるなかで、なんと! ハッキョのオモニたちも、情報をあちこちに回し、チケットも売りさばいてくれていました!! それはそれは強力なパワーで、負けてられない、と主催者が元気づけられるほどでした。これがハッキョを支える力を体感、感激しました。
公演が終わった翌日、行きつけのお店で、あるオモニから、京都朝鮮第三初級学校のオモニ会が対外部をつくって、そこがタルオルムの宣伝もしてたんだよ、と聞いて、またまた感激。当校は、今年が創立40周年。対外部のオモニから、メッセージをいただきました。

アンニョハセヨ!チェサミのオモニ会です。いつもご支援・ご協力ありがとうございます!オモニ会では、今年学校創立40周年を迎えるにあたってウリハッキョを支えて下さる方々ともっと関わりを深め、協力してもらおうと今年初めて対外部を作りました(もちろん今までも活動はありましたが)。対外部では、オモニ会の外交窓口としてイベントのお知らせや連絡を中心にいろんな活動を展開しようと考えています。皆さんご協力よろしくお願いします!

今は、オモニ2人での活動とのこと。今度は、ハッキョのイベントを僕らが広げる番! チェサミの記念行事に向けて、そしてハッキョの民族教育を多くの日本人に知ってもらうため、気合いが入りました。(S)


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立命生、朝鮮学校でバスケコーチ


第三初級学校。6月21日。――――毎週木曜日、2時50分になると、女子児童たちが一斉に外に飛び出してくる。週に一度のロング(バスケット)の時間だ。幸いにも、この日は梅雨空を吹き飛ばす快晴だった。
ソンセンニム(先生)が笛を吹く。準備体操が始まる。第三初級では、今年の1月からロングを教えるコーチがついている。立命館大学バスケ部スタッフのMさんだ。この時間になると、大学からグラウンドに駆けつけて、子どもたちと一緒に体を動かす。「イル、イー、サム、サー(1、2、3、4)」「オー、ユク、チル、パル(5、6、7、8)」。Mさんの声につづいて、子どもたちが応える。
体操が終わると、チームわけをして、さっそくミニゲーム。限られた時間なので、ゲームが中心になる。「みんなが楽しむことが一番。」Mさんは笑顔で語る。「基礎練習をつづけたら、もっとうまくなる。」第三初級の子どもたちは運動神経バツグン。ゲームを見守るMさんの目にも余念がない。ゲームが終わると、パスの出し方、受け方の指導が入った。子どもたちも真剣な表情で聞いている。
「Mさんが技術指導してくれるので助かっています。」担当のソンセンニムは少し照れている。「自分が教えても子どもたちが疑うので。」ゲームが終わった後も、シュート練習をする子どもたちがいた。Mさんはそっと横に立つ。ひとりひとりに、フォームを教える。「やってみて。」ボールはきれいな弧を描いて、ネットを揺らした。
大学へ戻るMさんをつかまえて聞いてみた。「大変ではない?」返事は、さらっと返ってきた。「私には、ここに来ることが、普通なんです。」みんなとバスで一緒に帰った日もあったそうだ。そんなMさんが、いま望んでいることは?「早くみんなの名前を覚えたい!」同じ時間を過ごし、心がつながっていく。交流の現場を見て、無限のエネルギーを感じた。


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FACE Projectは他にもこんな活動に関わっています。

○「大阪朝鮮高級学校のグラウンドを奪うな!」署名活動

○朝鮮学校の歴史・現状や日朝関係を知る学習会

○滋賀朝鮮初級学校フィールドワーク

○朝鮮学校などの行事に参加&交流


スタッフ募集中 (^0^)/!! アクセス待ってます!!