仏検が迫っている

もっと時間が欲しい

来年は覚悟を決めて、フランス語学校に通うつもりです。せっかく大学で苦労してるわけだから、ちょっとだけ頑張ってみよう・・。
独り言はこれくらいにして、今日ご紹介の映画はスパニッシュですw(スペイン語もいつかは・・

)

アマロ神父の罪
最近ほんとにガエル作品ばっかりです。彼がカッコいい

っていうだけではなくて、なにか鑑賞後に考えさせられるような作品が多いからだと思います。
この映画のストーリーは、神のみに仕えなければいけない立場の神父が、ある女性に恋をしてしまう・・という話。でも、これだけではなくて神父全体の汚職の問題、例えば権力闘争や資金洗浄などが映画全体を通して描かれています。
最初は「神父の許されない恋」だけを掘り下げた映画だと思っていましたが、もっと広い意味で、権力や神に仕える人の意義など、色んな問題を突きつけられた気がします。レンタル店でのカテゴリは「官能ドラマ」(爆)だったけど、これはれっきとした「社会派ドラマ」だと思います。
ガエル扮する、アマロ神父は前半は純粋な神父として描かれています。
しかし、周りの他の神父の問題や、自分自身の恋愛感情で少しづつ人間が変わっていくんです。劇的に!じゃなくて、徐々に徐々に彼の中の何かが変わっていく様子が印象的でした。

ここからネタバレ注意

アマロ神父の、妊婦への態度は何ともいい難いものでした。
自分の聖職者としての地位が危ぶまれるからといって、養子に勧めたり、ついには中絶させたり・・。もし聖職者が妻帯を持つことが許されたなら、彼女は死ななくて済んだでしょう。
やっとのことで築きあげた自分の地位と、純粋な愛、どちらを選ぶか迫られる姿はとても人間味がありました。いや、選ぶというより「どうやってこの恋の始末をつけようか」ひたすら悩んでいたのかもしれない。でも、聖職者というのは本来相手を傷つけたり、嘘をついてはいけない人たちですよね。そうなると、もはやアマロは形だけの空虚な聖職者になってしまう。聖書から一体何を学んだのか

最後は彼女の葬儀を取り仕切るのですが、これは正直ぞっとしたw
結局、責任は別のものに負わせて自分は淡々と葬儀を進めていく・・。
その時の神父の心境はどうだったんだろう。
アマロ神父を演じたガエル自身も「最低な男だ」と言ってるくらいですから

アマロ神父がどうやって最後の処理をしたのか、製作者自身もきめていないんですよね。司教の力を借りてもみ消したのか、誰にも言わないで嘘をついたのか・・。
アマロ神父は最低なんだけど、誰だって同じ立場にいたら誤ったほうを選ぶかもしれない。映画のなかの話に関わらず、私達は競争社会にいるわけじゃないですか。自分が上に上がるためには誰かを蹴落とさなきゃいけないかもしれないし、嘘をつかなければいけないかもしれない。本音と建前を使い分けて。
だから、どうしてもこの神父のことを「人間味のない非道なヤツだ」とは思えなかったのです。逆に「すごく人間的」と思ってしまいました。
ところでこのDVDの解説でも面白い話がけっこうありました。
例えば、「教会は貧しい場所には少なく、裕福な土地に集中している」
これってすごく矛盾してると思いませんか

あと、この映画の核にもなっている「聖職者の妻帯をもつことの禁止」
ですが、かつては普通に認められていたそうです。
それが資金面の問題やキリスト教への考え方で、いつしか禁止されたのだとか。
宗教が原因で社会問題やお金の問題が出るっていうのは、何ともおかしな話ですね。(今の世界情勢然り

)
前にカナダで、「キリスト教の考え方」っていうのを先生に聞いたんですが、
祈れば罪は無くなる・・(そんな単純じゃないけど)っていう考えがあるみたいですね。だから免罪符なんて出来ちゃったんだ(苦笑)