ペーパードリーム

夢見る頃はとうに過ぎ去り、幸せの記憶だけが掌に残る。
見果てぬ夢を追ってどこまで彷徨えるだろう。

従妹逝く

2017-07-07 03:50:14 | 暮らしあれこれ
170704.tue.

いつも
こんな景色を見ながら
叔母の住む町へ急いだものだ。
今日は
あの子を見送りに行く。

しょっちゅう会っていたわけではない。
事情があって、会う機会の少なかった子だ。
でも、私の小さな従妹。
物静かで、にっこり笑っていた顔しか
思い出せない。
幸薄い、可哀想な子だった、と
親戚の者たちは口にするけれど、
私もつい一瞬そう思ったけれど、
そうだろうか。
あの子にはあの子の幸せがあって
精一杯人生を楽しんでいたに違いない。

泣き出しそうな雲り空だよ、あやちゃん。
ゆっくり空へ上がっていってね。
叔父さんが、きっと、天国で待ってる。

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2 コメント

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美人薄命 (雅蘭洞英齋居士)
2017-07-21 18:33:06
 キコさんの從妹さんだったら、未だお若いですね。
人間の運命は本當に解りません。百歳を越えて、尚、盛んに藝術や醫療に活躍して居る人達も居れば、若くして世を去って行く人も居る。
 浅草に住んで居た子供の頃、觀音樣の側の商店街に油三浦と言ふ呉服屋が有り、其處に綺麗な御新造さんが居た。子供心にも綺麗なお姉さんだなぁ、と思って居たが、何時の間にか見なく成った。二十何歳かで亡くなったのだが、噂に、病弱の上に姑に苛められて、薄幸の一生を終へたさふで、家でも「美人でもあんなに不幸せな人も居るんだねぇ」と母や女中が話をして居たのを、昨日の事の様に覺へて居る。もう七十年位昔の事だが。
合掌 (kikkoro)
2017-07-24 12:04:34
雅蘭洞さま
従妹は45歳、くも膜下出血だったそうです。
1週間意識不明で、そのまま、、、。

その2.5倍も長生きされた日野原先生のような方もおられます。

それぞれに持って生まれた使命があって、
この世での滞在期間が長かろうが短かろうが、
その使命を終え、いのちを全うしてこの世を去るのだと思いたいですね。

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