ミュージック・トリビアの世界

私が見つけた様々なジャンルの音楽の意外な発見。好き嫌いなく、ポップスからクラシックまで幅広く、親しんでもらいたい。

歌劇「椿姫」より「前奏曲」(ヴェルディ)を聴いてみました

2009-01-27 20:05:14 | 歌劇、序曲

 今日、1月27日はヴェルディの命日です。(1901年)

 第1幕への前奏曲:コントラバスからヴァイオリンへと弦が高くなり、ゆったりと奏でている。オーケストラが揺らめき、低音弦に伸びが出てから静かに奏でる。ヴァイオリンに弾みがついた状態が続き、低弦のピチカートと同時に締めくくる。

 第3幕への前奏曲:「第1幕への前奏曲」の回想のようになり、弦が高くなっていく。そして、今度は甘いメロディーからトリルが効くように変わっていく。ヴァイオリンが個々に奏で、ピチカートと掛け合いながら寂しげに終曲。

 アレクサンドル・デュマ原作。フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ台本。

 元々、媚を売る女“La aux camelias”からきた。“Camelias”は椿を意味する。そして、道を誤った女、道を踏み外した女“La Traviata”として移っていった。「椿姫」(トラヴィアータ)は日本で親しまれているタイトル。日本では大島椿に代表されるよう、椿は初春の花ですね。ちなみに椿は花が咲いた後、ポロッと落ちてしまうのは首が落ち、病人の死を意味するのでくれぐれもお見舞には持っていかないように。

 デュマは「三銃士」でおなじみ。父親は「レーモン」(トーマ)のモデルとなった小説「鉄仮面」を書いている。父親は長編でお堅いよう。息子は短編で親しみやすく、対照的。由緒ある父子作家なのだ。

 ただ、ややこしいのは原作と「オペラ」にかなりの差がある。

 パリのヴィオレッタ家では宴席で盛り上がっている。金持ちな娼婦・ヴィオレッタ・ヴァレーを初め、医師・グランヴィル、ドゥフォール男爵、ドビニー侯爵や友人であるフローラが次々に到着、そして、ガストーネ子爵は友人であるアルフレード・ジェルモンを連れてきた。その時、ヴィオレッタは病で寝込んでしまった。病が回復し、アルフレードにお礼を言ってからドゥフォール男爵はアルフレードを敵としてしまった。そうとも知らず、ヴィオレッタとアルフレードは歌い、合唱となってしまった。ヴィオレッタとアルフレードは恋が芽生えるようになった。そして、パリを離れ、近郊で生活するようになった。その後、身分違いからか少しづつ心が離れるようになってしまった。フローラ家ではパーティが盛んだ。またしてもヴィオレッタは病に陥った。グランヴィルが付きっ切りだ。そう、ヴィオレッタは結核だったのだ。アルフレードがやってきたが、時は既に遅し。ヴィオレッタはそのまま息を引き取ったのだ。

 原作はフランス物だが、ヴェルディはイタリア色を加えて書いた。

 これらの「前奏曲」は単独で演奏される。とくに「第1幕の前奏曲」はタンゴ・アレンジとしてダンス音楽のレパートリーになっている。また、第1幕の最初の方でヴィオレッタとアルフレードや仲間たちと飲んで騒ぎながら歌う「乾杯の歌」は飛びぬけて有名だ。正式名は「今夜飲み乾しましょう」

 「リゴレット」が成功した後、先妻・マルゲリータや子供たちを亡くしたヴェルディを支えてくれているソプラノ歌手・ジュゼッピーナ・ストレッポーニと同棲した。ジュゼッピーナは「ナブッコ」でアビガイッレを演じた当時のプリマドンナ。再婚に向けて準備をしたが、同棲が発覚したことが報じられたり、ヴェルディ自身、母親を亡くしたのか難航していた。2人はパリに出かけ、「椿姫」の公演を見て感動したヴェルディはピアーヴェの台本により書いた。ラブ・ストーリーの元祖といってもいいでしょうね。

 1853年、ヴェネツィア、フェニーチェ劇場で初演。だが、大失敗。その原因はヴェルディは「オペラ」本来の常識や原作を覆す現代(19世紀)の設定や服装で演出した。また、役者の不備もあった。つまり、ヴィオレッタは結核なのに肉付きが良いソプラノ歌手を使った。ヴェルディは大衆受けする作品に頭が向いてしまい、聴衆には理解してもらえなかったのだ。第1作目の「オベルト」からオペラ作曲家としての道を歩み、様々な困難を乗り越え、「リゴレット」でやっと地位を確保したと思った矢先のこと。やはり、課題も多かった。

 これまで、ヴェルディの「オペラ」は同郷のドニゼッティやベルリーニと違い駄作。イタリア統一、国民の支援で成功したものがほとんどでいわゆるミーハー作品と扱われた。でも、それが返って目覚めさせたようだ。

 翌年、1854年にはヴェネツィア、サン・ベネット劇場で再演。今度は痩せたソプラノ歌手を起用し、初版に少し、手を加えたりしたことから成功した。その後は世界中に広まり、大正7年には日本でも初演された。ヴェルディの「オペラ」は舞台、音楽共に演出が洗練され、その後は完成度も高く、ようやく、芸術性が認められた。

 劇版も取り上げる演奏家は多い。古い音源だが、伝説のソプラノ歌手・マリア・カラスの名唱となっている。カラスの歌唱はEMIから出ています。音楽が美しいので劇版でも屈託がない。また、イタリア以外の演奏家も結構取り上げています。

 そんな中、非常に興味深いアルバムがあります。

 指揮、ズービン・メータ。国立RAI交響楽団。ヴィオレッタ。エレーリ・グヴァザーヴァ(ソプラノ)アルフレード。ホセ・クーラ(テノール)コーラス・マスター、エマヌエラ・ディ・ピエトロ。ソリスティ・カントーリ合唱団。他(全曲版)(ワーナー)(2000年、録音、パリ)

 メータはヴェルディ、プッチーニなどイタリア作品を好んでいます。「椿姫」は上記の「前奏曲」を1977年にイスラエル・フィル(デッカ)で録音しています。また、劇でも何度か指揮しているのか十八番となっている。メータは大曲や小品、オペラと様々なタイプの楽曲をこなしている。アジア指揮者でありながらヨーロピアン・サウンドに手を抜かない。欧米の指揮者にはないエネルギー。それもクラシックの品格や風格と貫禄を魅せている。

 最近Getした比較的新しい録音なので日本語ライナーから引用します。メータが2000年にパリで録音したことについて書かれています。

 1992年、プッチーニの「トスカ」をオペラに描かれた設定と時代とアクションをそのまま映像化しようという意欲的な試みが提案されたとき、当初はある程度の疑念の声がないわけではなかった。(中略)オペラをテレビの時間の流れ(これはもちろんオペラ自体の時間の流れと違和感なく一体化してしまう)の中で連続して生起する出来事として示そうという。本当の意味でテレビ的なコンセプトに貫かれた初めての試みだった。(中略)ヴェルディの「椿姫」は明らかにその条件を満たしている。これはオペラ史上の最高傑作の1つというだけでなく、まさに現代オペラである。(中略)ヴェルディは「椿姫」を意図的に同時代のオペラとして構想しており、作曲当時の時代と背景としているのではなく、観客や恐らくドラマの演技者が実生活で着ていたのと同じような衣装を用いた。(中略)それも西暦2000年のこの年だって?だって、現代であり得ない物語。(中略)グレタ・ガルボの主演で映画にもなったこの物語はちょっと古臭すぎるんじゃない?(中略)「椿姫」のあとにはプッチーニの「ラ・ボエーム」が現れた。・・・

 現代「オペラ」事情ですが、やはり、エンターテイナーがないと受け入れられないようです。私の解釈ですが「オペラ」離れを食い止める手段なのでしょうね。ヴェルディは当時としては斬新な「オペラ」を切り開いた。その影響がパリに現れ、映像化となった。また、それがさらに広まり、世界中でミュージカルなど舞台劇化していることもある。そして、「オペラ」設定を現代という風に置き換えて上演されているようでもある。また、服装について書かれてますが、普段着によるカジュアル衣装と生活感を表しているようです。言うなればリメークでしょうね。

 そのグレタ・ガルボの映画DVDを見つけましたのでこちらをどうぞ。どうなのでしょう。(見たい気もするが怖いな・・・)

ジャンル:
音楽
キーワード
ヴェルディ ヴィオレッタ アルフレード ソプラノ歌手 プッチーニ ヴェネツィア グレタ・ガルボ リゴレット グランヴィル ズービン・メータ
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