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将棋ソフトに強豪続々

2016-10-14 16:49:37 | 日記

ら ぎょうほう

「人間よりも強いコンピューターソフトを作ることはできないといわれてきた将棋の世界に最近、アマチュア初段者並みの実力を持つ将棋ソフトが次々と現れた。「極」(LOGTEL03・3837・2595)、「永世名人3」(コナミTEL03・3432・5526)、「森田将棋」(ランダムハウスTEL0492・83・5972)などは、油断していると有段者でも手痛い目にあいそうだ。

 チェスの最強ソフトはすでに全日本チャンピオンクラスを寄せつけないほどのレベルに達しているが、将棋ソフトはまだアマチュアの中レベルというのが通り相場だった。将棋はチェスよりも手の選択肢が多く、コンピューターの計算容量が簡単にパンクしてしまうことなどがその理由。

 強くなったのは、人間のように局面ごとに最善と思える手をいくつか選んで、その手だけを深く読みながら指すように改善されてきたからだ。

 駒(こま)の働きや価値、一手の評価をうまく数式で表す技術が向上してきたことが背景にある。場面によって駒得を目指したり、王を詰める手を選んだりと使い分けもできる。

 それでもまだ、能力は十分とはいえない。各ソフトとも最強のモードに設定すると考える時間が大幅に増え、一日がかりの対局を覚悟しなければならなくなる。

 だが、「あと二十―三十年もたてばチェスのレベルに追いつくのでは」と、コンピューター将棋協会会長の小谷善行東京農工大学助教授は予想している。」(1992/11/12 日本経済新聞「将棋ソフトに強豪続々――アマ初段並みの実力に(コンシューマー情報)」)

 人と人の深いコミュニケーションが難しいこの今で、こういう記事を見て、よく私をファンタジーの想像に導く。将棋やチェス、このようなものは子どもの時からずうっと好きだった。このゲームのなかに相手の意識が強く感じる。人並み、あるいはそれ以上の棋力が持つなら、それは人の要素の一部分が揃えたと言えるではないが?今の時代で私たちには生きていく物質な条件はとっくに満たされている、次から求めるのは精神的なもの、例えば、コミュニケーションではないがと思っていた。 私から見れば、私は機械が面白くないと思うのは機械の考えが単純で、変化がないから。もう少し極端に言うと、人と比べたら、機械はそこまで複雑なものではない。でも、もしある日機械が人くらいの複雑のもの考えできるときが来たら、人の様ないろいろなもの背負う必要ない機械は、人よりコミュニケーションあるいは精神的の欲求を人たちに満たしてくれるではないかと期待している。
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