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小樽

2016-10-14 18:19:31 | 日記

ふじい ここ

私が気になる町として紹介するのは、北海道の小樽です。

 小樽を紹介すると言っても、たくさんの事柄があると思います。歴史や文化、地元の人たちの生活や景色など、数多く存在します。紹介できることはたくさんありますが、私は小樽の簡単な歴史を紹介したいと思います。

 まず小樽は観光都市であり、港湾都市でもあります。現在では観光都市として有名ですが、過去もそうであったかと言われると、そうでもありませんでした。

 ではどんな場所だったのかというと、小樽はかつて輸出港として栄えていた地でした。北海道の海の玄関として活躍していたのです。

1899年に小樽の港は国際貿易港として指定され、本格的な整備が始まりました。大正時代末期、小樽は道内最大の商業都市と言われるほど栄えていて、中でも日銀旧小樽支店がある一帯は北のウォール街と呼ばれていました。さらに当時の小樽は札幌よりも小樽のほうが栄えていて、道内最大で20行の銀行がありました。その銀行の多くが色内大通りに点在し、主にこの一帯が北のウォール街と呼ばれるようになりました。

この通りにはいまでも当時の建造物が多く残されており、日本銀行旧小樽支店は金融資料館として内部を見学することが出来ます。

(引用:http://otaruloves.hokkaido.jp/spot/wolltown)

 小樽は20世紀半ばまではその頃に石狩地方で多くとれた石炭の輸送のための拠点でした。その為北海道で初めての鉄道が敷かれたのもこの小樽でした。1920年ごろまではロシアとの交易で栄え、道内では札幌よりも人口が多く、その頃に一番栄えていた函館に次ぐ第2の都市でした。

 1960年以降は国内の石炭需要の低下から道内の石炭炭鉱の相次ぐ閉鎖や、ロシアとの貿易の衰退、太平洋側の港の整備などによって函館は全盛期の輝きを失っていきます。沈香は最盛期だった時代よりも35%も減少してしまいました。

(引用:http://otaruloves.hokkaido.jp/spot/boueki)

 このように過去は貿易で栄え、現在は景観やグルメ、オルゴールなどの特産品で成り立っています。また、かつての関係から、ロシアのナホトカ市とは姉妹都市の関係にもあります。

 私は、こうやって紹介するために小樽を調べるまでは、グルメやスイーツが美味しそうな場所として認識していました。それは今でも変わりません。ですが、こうやって調べてみると、ただの観光地として見ていなかった場所が、なんだか知り合いのように思えてきます。

 私としては、今回のことで以前より小樽に興味が湧き、ぜひ行ってみたい場所になりました。



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