この世界で生きてゆくために

ありふれた毎日を繰り返し、時は過ぎていってしまう。
でも、どんな小さい事でも、優しい瞳で世界を見つめたい

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お付き合い頂いた皆様へ

2008年03月29日 14時41分08秒 | 最終楽章
2008年3月15日、このブログの管理人こと高橋真は、交通事故により逝去いたしました。
友人を代表して、故人に成り代わりここにご挨拶申し上げます。

ありがとうございました。

友人代表:川崎の人 (kawasakinohito@gmail.com)

※何か伝達事項等ありましたら、上記のアドレスにメール願います。
 (@を半角にしてください)
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心の死、自我の崩壊。2.26事件、その3

2008年02月15日 20時21分08秒 | 最終楽章
「パパさん、もう止めてください」
と言う悲痛な声が私には聞こえる。

何が私をそこまで追い詰めたのか?

社会情勢なのか?
両親の老い、自分の加齢という時間の流れなのか?
インターネットの普及という進歩なのか?
そういう外圧なのか。

自分が障がい者であるという負い目なのか?
心を患っているという事実なのか?
そういう内圧なのか。

私はこれまで、張り詰めた糸を引きちぎるようにして生きてきた。
切れてしまうまで自分を追い詰め、そして切れてしまう。
しかし、また結びなおし、また切れるまで引っ張る。
その繰り返しの人生だった。

今回の心の死は、ただの一本の糸ではなく、
外圧という縦糸と、内圧と言う横糸で編んだ布切れを、
まるで引きちぎるように引き裂いた。

理由がひとつな訳がない。

私は今、生き地獄の中で、泥だらけになり生き恥を晒している。
「もう止めて」という、少年少女達の悲鳴を聞きながら。

私の事はもういい。
マラソンにたとえれば折り返し地点をとうに過ぎ、帰路に向かっている。
しかし少年少女たちは、まだ上り坂だ。
もしかしたら競技場でさえ、出ていないのかもしれない。
私の人生は山の頂上を過ぎた。
あとは、惰性で転がり落ちていけばいい。

しかし、君達は違う。
私の生き方の真似をしては、決してならない。


本来なら、生き恥など晒さずに、何度も名誉を挽回できる時期があった。
DBに来た時だってそうだったんだろう。
しかし、私は嘘に嘘を塗り重ね、英雄になってしまった。

光を、その光が強ければ強いほど、私は輝く。
そして足元には、光が強いほど、濃い影が浮かび上がってしまう。
DBのせいではない。
私自身の落ち度なのだ。

私は今、生き地獄と言う底なしの沼で必死にあげきもがいている。
普通、40にもなれば、泥だらけになろうが、沈んで行こうが、
関係なく、進む道が底なのか、天井なのかは、知らないが
みんな平静に沈むものは沈み、浮かび上がるものは浮かぶ。

私が他の40代と比べて違う点といえば、
それは泥だらけになりながらも、必死にあげき苦しんでいる点だろう。

それが乱反射し、時には美しいスペクトラムのプリズム光線を反射し、
キラキラ光る。
DBに来て、私を慕ってくれた人。
エクサのブログに来て、私のブログを読み続けてくれた人。

みんなは、そのもがき苦しみながら、キラキラ光る光に、
他人とは違う、おおきな子どもの私に、何かを感じたのかもしれない。

そして、その感じてくれたみんなに対し、
私は、死んでしまった心の再生を誓う。

まずは、喜怒哀楽の感情を、自らの手で再生する。

本を読んだり漫画を見たり、アニメを見たりドラマを見たり。
音楽を聴いたりして、壊れた心のかけらを結びつける、
そして新しい別の細胞組織から作る、心の「再生医療」に取り組む。

それが、この世界で生きてゆくためにの「最終楽章」なのだ。

始めにも断っておいたが、これは終わりではない。
心の再生という、誰もが通過しなければ生きてゆけないほど壊れた社会の中で、
生きるために、私が実験台となって、心の再生医療を実践する。
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世界にひとつだけの花

2008年02月14日 15時50分03秒 | メルヘン
この記事は一昨年、11月末に書いた物である。
あまりにもショッキングな私のブログになってしまった。
だから一服の清涼剤として、みんなに読んで欲しい。
タイトルは「世界にひとつだけの花」であった。
以下、当時の記事。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ぼくは半分、嫌気がさしていた。
ひねくれていたのかもしれない。

花屋の店先に並ぶ花が、綺麗なのは当然じゃないか。
どの花だって綺麗だから、花屋さんに並ぶんだ。

明日から12月。
だからアスファルトの上を吹きぬける風は刺すように痛い。

ひとりでボヤいていたら
エクサさんという人が立ち止まって、ぼくを見た。

雑草の君だって、二酸化炭素を吸ってくれて酸素を作ってくれる。
だから大切な自然の仲間なんだよ。

そう言ってくれた。
でもぼくはもっと、ひねくれてしまった。

人間のために光合成をしている訳じゃない。

そりゃそうだ、とエクサさんは微笑んだ。
そして、昔に活躍したプロ野球の投手の話をしてくれた。

「草魂」
そうこん、と読むらしい。

雑草のように強く生きる。
ぼくの事を例えにした人がいるんだ、と驚いた。

夕暮れの歩道に傾いた太陽の光が、オレンジ色の空へと染めていく。
誰が忘れたのか、一枚のハンカチが折りたたまれたまま落ちていた。

豊かになると、忘れてしまう事が多いんだよ。
エクサさんが、ポツリと呟いた。

でもエクサさんは、そのハンカチを拾う事もしない。

落とした人が探しに、道を遡って来てくれるカナ。
もったい無いと、違う人が拾って洗濯をし、また使ってくれるカナ。

それとも、雨が降り、泥まみれに汚れて、いつかは捨てられてしまうのカナ。

未来の事は、誰にも分からないんだよ。
そういってエクサさんは、遠い目をして夕日を見つめている。

そうそう、人間の世界でも「花屋に並ばない」花のような人が居ると話してくれた。
憲法に保障された、健康で文化的な最低限度の生活が、どうたらこうたら。

ぼくには、意味がよく分からなかった。
ただ、人間の世界でも格差が広がり、生きてゆけない人。
小さい体に虐待を受ける人。
長い間、がんばってきたのに、ひどい仕打ちを受ける人。

問題は沢山あるらしい。

また風が吹きぬけると、
七色に染まった落ち葉が、アスファルトの上で舞う。

エクサさんは、綺麗だな。
そう言って自分の車へ乗り込み、走り去っていった。
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心の死、自我の崩壊。2.26事件、その2

2008年02月14日 15時45分15秒 | 最終楽章
私には未来を予測する力がある。
正確には、私が買うものが数年後、十数年後に流行り、
私の行う行為が、数年後、十数年後に流行するのだ。

今から30年以上前、電気はアナログ回路が主流だった。
そこに0と1という考え方で構成されるデジタル回路、
つまりコンピューターが民生(一般)に流れ出した。

私は小学生から中学生になるまで、理科が大好き人間で、
中学ではアマチュア無線部に所属していた。
放送委員会にも入り、アナウンサーとして活躍していた。
その時、はじめて「マイコン=マイクロコンピューター」という物を知った。
理系の血が騒いだ。これが将来何かを起こす。私は、そう確信した。
まだファミコンどころか、キーボードのついたパソコンの無い時代。
むき出しの基盤に、トランジスタやICがハンダ付けされ、
入力装置は数個のボタン、出力装置はLEDしか無いマイコンに。
当時コンピューターと言えば、大学の研究機関や銀行などの大企業、
軍隊を含む政府に「汎用コンピューター」しかない時代。
それが30年経った今、小学生でも使えるインターネットの時代を迎えている。

中学生の頃、私は国鉄(現JR)の職員になるのが夢だった。
だが国鉄は東京上野の岩倉鉄道学園の卒業生で近親者にコネがある者、
大学卒業者で非常に優秀で、やはりコネがある者しか入社できない。
私は一般高校に進学し、障がい者になってしまい、鉄道の運転士から夢を
自動車の運転に変更し、免許を取った。
買ったのは経済的な理由もあったが、軽自動車発のAT車スズキアルトを買った。
今や道路を走る車の9割はAT車であり、軽自動車ブームである。

就職し、軽自動車から乗り換えた車は「白いセダン」だった。
その後、ハイソカーブームを向かえ、街中は白いセダンが走りまくった。
白いセダンから乗り換えた車は、スポーツカーだった。
そしてすぐにスポーツカーブームが始まる。
その時、私はすでにワンボックスカーに乗り換えていた。
今はどうだろう、セダンもスポーツカーも売れない。
ファミリーワゴン全盛期である。
そして私は今、スポーツセダンのインプレッサに乗っている。
おそらく近い将来、またセダンとスポーツカーブームが来る。
団塊の世代が子どもの頃の夢、スポーツカーに再び回帰し始めている。

ここまで書けば、私がいかに時代の最先端を読みきっていたか?
お分かりであろう。

さて、私は十数年前から心を患っている。
これから来る時代。
もう来ている時代かも知れない。
それは「心の死」の時代である。

アナログ的な、人間くさい生き方は、今の若者はしない。
感情を失った人間が、ドンドン増殖している。
その第一人者が私だったのかもしれない。

道路はアスファルト、土と言う有機物を排除した道。
山は崩されコンクリートで覆われた街。
その中で人が生きるには、動物的なアナログの心は邪魔になる。
デジタルで割り切れる、無感情な人間の方が生きやすい。
だから人は、特に子ども、もうその親達でさえ感情を失いかけている。

これから来る時代。
もう来ているかもしれない時代。
それは「心が死んでいる時代」
今の私の様に。
体の傷の痛みは感じても、心の傷の痛みは感じない。
そんな人間が、これから爆発的に増殖するはずだ。

しかし、安心したまえ。
そんな私は、今「心の再生」に取り組み始めた。
一度死んでしまった心は、もう生き返らない。
しかし、別の方法で「再生」は出来る。

これから、その再生方法について、後日語っていく。
それは、私の行き方をネイクド、ヌード、裸にして、
みんなに伝えることである。

みんなは、インターネットで世界中から私の生き方。
いや、心の再生方法を見て、読んで学べばいい。
そして、数年後、十数年後、君達が大人になったとき、
一度死んだ心を再生させるんだ。

その為にこのブログはあり、最終楽章を迎えている。
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心の死、自我の崩壊。2.26事件、その1

2008年02月13日 18時07分53秒 | 最終楽章
あらかじめ断っておく。これは決して終わりではない。
俺はお前らを使って、この世界を再生させる。

今日から敬語は無しだ。付いて来られない奴は来なくていい。
気が狂ったのではない。正気に戻っただけだ。

横浜の外気温は摂氏5度を指している。
室内気温は12度。設定を18度にしたから、すぐに温まる。
この季節、私は特に2月に良い印象を覚えていない。

特に中学生の頃から、2月の横浜の空は雪雲がいつも落ちて来そうな程、
垂れ込めていて、足元のつま先から体の芯まで冷え込む。
私は2月が28日しかない理由を勝手に早く「3月」という言葉が聞きたい。
そう意訳しているが、今年も1日長い、嫌な年になった。
4年毎の、この年の2月には何も良い思い出はない。
というより、誰にも触れてほしくない人生最悪の年は、
必ず、この「うるう年」に起きる。

その前兆は今年も前年から在った。
父の二度にわたる入院と、両親不在の年明け。

あの年も、前兆は前年から在ったのだ。
私の人生で、最大に最悪であり、一番触れて欲しくない年。
1980年の2月。
26日。
あの事件は起きた。

あの日、午後7時ごろ、私は「国鉄」大船駅の9番ホームから「転落」した。
そこへ「運悪く」電車が通過する。
私が両足を亡くした瞬間。

若いモンに「自殺」をするなと呼びかけていた私は実は汚れたニセモノであり、
神様から「お前は天国に来るには未だ早い」と文字通り、この世の・・・
「生き地獄」
に突き落とされて、悪夢は始まった。

そのホームに、今は無い国立横浜病院の優秀な外科医師が帰宅していた。
正にまぐれ、奇跡は起きる。死ぬ子どもが命を繋ぎ止めた。


今、産婦人科が激減している。
理由はこうだ。
診療報酬が低い割りに、リスクが大きい。
下手をすれば、死産で訴えられる。


そんなリスクマネジメントを考えるなら、医者になるな!
スティールファンドのような投資信託に金を預けて転がして居ればいい。
雪だるまのように金は溜まっていくだろう。
村上ファンドだって、あれは金儲けとしては「大正解」なのだ。


お前らは、赤ん坊が生まれる瞬間を見たことがあるか?
テレビでもいい、漫画のワンシーンでもいい。

あれが「命の重さ」なんだ。
わかってんのか!クソガキども!!!
おまえ一人生むために、一人の女が10ヶ月も苦しんだ上、
あんな悲鳴を上げて生むんだぞ!
その為にいくら医療費がかかっていると思ってんだ!
そして生まれたばかりの赤ん坊をお前らの年齢になるために両親が、
たとえ片親(私の母は母子家庭である)でも、孤児でもいい。
どれだけの人材がかかっていると思ってんだ!
小学校ひとつ建てる金が、運動場が、校舎が、体育館が、プールが、
どれだけの金かけて造ってると思ってんだ!
中学校だって、高校だって、大学だって、どんな教育機関だっていい。
おまえ一人に、国は億の単位の金をつぎ込んでんだ。
だから一人、人が死ぬと億の単位の保障金、賠償金を求められる。

昔、一般勤労者の平均総収入は2億円だといわれていた。
40年かかって働き続けて、たった2億円しか稼げない。
今は格差社会だから、フリーターやニートなんかは、
私を含めて、どう逆立ちしたって億は稼げない。

お前らが作れる金の可能性としたら、それは「たった一つ」
男だったら愛した女を抱け。
女だったら惚れた男の子を孕め。

私の母は、母子家庭であった。
母は「父(私の祖父)」の顔を知らない。

そして、母の母(私の祖母)は「医療従事者」であり、
産婆だった。
私は、彼女から(彼女達から)命を預かった。
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なにもする気にならない

2008年01月18日 18時28分34秒 | ひとりごと
昨日のブログの更新はありませんでした。

正直言って、なにもする気持ちになれないのです。
鬱の症状ですね。

本当に何もする気持ちになれない。
26日にMOSワードのエキスパート試験があります。

勉強はしているのですが、あんまり頭に入らない。
今日も早寝して、気持ちの回復を待ちます。
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通院

2008年01月16日 21時52分19秒 | 健康
あまりにも疲労感が激しいので、病院に電話し、通院してきました。
血液検査の結果は、前回とほぼ同じ。

目が黄色くなったり、顔に黄疸がでたり、むくみも無し。
肝機能の低下による疲労では無いとの診断でした。

最近の環境はどう?と医師に聞かれて、
「そりゃ疲れるは」
と返されました。

休み休み自分の体を労わらないと駄目みたいです。
と言っても、最近の生活で一番ハードだったのは大阪オフくらい。
あとは、普通に母を父の面会に病院へ車で連れて行くだけ。
母も介護保険の要支援2ですから、食べるためには買い物は私の担当。
仕事も休んで、休めるときは横になって休んでいるんですがね。

深夜のチャットは封印しています。
それから、パソコンの検定試験に向けての勉強は、
一日1時間くらいかな。

本当に、体を休めているんですが、疲労感は抜けません。
次の通院は21日です。
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疲れた・・・

2008年01月15日 21時46分37秒 | ひとりごと
疲れた。

世間様では三連休と盛り上がったようですが、我が家には関係なし。
今日は火曜日で、学校や会社が始まる日のようですが、
そんな事我が家に無縁な話です。

私の疲れが、肉体的なものなのか?精神的なものなのか?両方か?

神経科の先生が言うんです。
「疲れたときには休みなさい」
ええ、私は疲れたときは休んじゃいますよ。

でも、疲れは取れません。

疲れたら休むは、対処療法であり、根治療法ではありません。
疲れる原因を探り、その元を断たない限り、私は疲れ続け、
そして疲れを取るために休み続けなければなりません。

そして、今日は最悪な事に、休んでも疲れが取れません。
もう最悪です。
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成人の日

2008年01月14日 00時33分56秒 | 社会、政治、経済
二十歳を迎えて、成人の日を迎えられたみなさん。
大人入り、おめでとうございます。

これで大手を振ってお酒も飲めます。
体に害があり、他人の健康も害するのでお勧めは出来ませんが、
タバコも吸えます。

権利があれば、当然義務も存在します。
憲法では教育の義務、就労の義務、納税の義務を定めています。

日本と言う豊かな国で平和を満喫するためには、義務も守りましょう。
学校へ行くのは当然です。ありがたい事と思ってください。
二十歳であれば、大学か専門学校生でしょう。
将来の日本を背負うために、いや自分自身の為に勉強してください。

良くニートと言う言葉を最近耳にしますが、あれは「違憲」です。
憲法では、就労可能な年齢は仕事をするか求職活動しなければ、
憲法違反になるわけです。
仕事の種類は問いません。法律に反する犯罪以外ならどんな仕事もOK
そして、働いたら、その収入のうち所得に関する税金を払いましょう。
この国が豊かなのは、沢山の税金が国に納められているからです。

最後に、憲法に記されている三大義務の他に、二十歳以上に義務があります。
それは選挙に行き投票をする義務。

今年中に衆議院は解散が間違いなく行われるでしょう。
今の豊かではあるが、腐りきった官僚政治を続ける自民党に入れるか?
二大政党制の時代(参議院では第一党になった)民主党に交代させるか?
共産党や社民党のような小さくても、より身近な問題を聞いてくれる、
第三の勢力を増やすかは、二十歳以上の選挙権のある皆さん次第です。

私は、今の与党自民党公明党は「民意を反映」していないと思います。
だから選挙で政権交代をするのを、私は望んでいます。
ついでに言ってしまえば、国鉄がJRになったときのように、
全ての国家公務員を今年の3月31日付けで解雇し、
4月1日付けで再雇用すれば良いと思います。
公務員定数は今の十分の一で十分だと思います。

国鉄が無くなりJRになったとき大量の自殺者が出ました。
それは当時の無能な運輸省がさせた事です。
国家公務員を全員解雇再雇用すれば、
今度は国家公務員の1万人以上の自殺者を出すでしょう。
それも仕方ないことだと私は思います>因果応報、自分で蒔いた種

国民一人当たり数百万円の借金を抱えさせた官僚は、
民間企業ならとっくに倒産し、全員が解雇されているのですから。

必要な公務員は、国民の生命財産を守る公務員>警察消防福祉だけ。
それも必要最低限で良いと思います。
薬害を止めるどころか、自分達の身内を守るためにエイズやC型肝炎を
隠蔽してきたような厚生労働省の役人なんか全員再雇用の資格なし。
キャリアに採用された国家公務員ですから有能な人材でしょう。
自分で次の会社を探せば良いのです(民間じゃ当たり前の事)
厚生労働省には、全国の福祉事務所および福祉施設の職員の内、
霞ヶ関に移動を希望する人を再雇用すれば良いのです。

次に必要なのは、国際社会と調和できる力を持つ外交関係公務員。
問題は自衛隊員ですが、これは自衛隊を解散する最高の機会ですが、
私は国民の民意を汲んで、自衛隊は残して良いと思います。
ただし、その民意が「自衛隊で国を守る」意味を理解していると信じたい。

武力で国を守ると言うことは、戦争をするという事です。
専守防衛と侵略戦争との違いは、一般国民のレベルでは同義です。
空から爆弾やミサイルが飛んできて、街が破壊されて人が死ぬ。
市街地戦になれば、サバイバルゲームのプラスチックのBB弾じゃなく、
軍用の実弾が街中を飛び交い、目の前で人が蜂の巣になり血を噴出し、
死んでいく。そんな光景を見て「国を守るために仕方ない」と言うなら、
私は、その民意に「敬意」を表して自衛隊の存続を認めます。

私は日本を守る為に、武力でない方法は山ほどあると考えます。
そのひとつはアニメの輸出。日本のアニメファンは世界中に居ます。
またNPOを始めとした民間の海外支援。

最後に提案なんですが、ニートとか就労できない30代40代の人は、
国が3年間くらい寮生活をさせて税金でまかない、外国語と文化を学ばせる。
そして3年後、世界中の貧困や病気、インフラに悩んでいる各国に、
その3年間国の税金で養って勉強させた人を派遣する。
そうすれば、ニートも就職が出来ない人も助かるし、
国際貢献として、日本が世界一のNPO派遣国家になれば、
誰も日本を武力攻撃しなくなりますし、もし中国や北が日本に侵略すれば、
同盟国は、日本を守る為に、中国や北、侵略しようとする国と戦争をします。
中国だって、北(朝鮮民主主義人民共和国)だってバカじゃないです。
世界を相手に戦争して、勝てるとは思わないしリスクが高いと判断する。

ネット界を見ると、若者の右傾化が激しいです。
ま、自分の国を愛するナショナリズムなら大いに結構ですが、
自分の国を守る為には「武力行使が必要だ」なんて大馬鹿言う人は、
実際に、軍事力で国を守るとはどう言う結果になるのか?
誰が、ミサイルや銃弾の飛び交う戦争最前線に行くのか?
他人事でなく、冷静に考えてみてください。

私は軍事力ではない、知恵と文化で国は守られると信じています。

成人の日。あらたに大人になった諸君。未来の日本は君達が作るんだよ。
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優しい人

2008年01月13日 20時05分36秒 | 友達、恋愛
優しい人(男性)=モテる人。
と言う数式は、実際にはなかなか無いモンです。

私のブログで、かなり以前に次のようなコメントが付きました。
確か「エクサさんのような優しい人を、この世の女性が放っておかない」と

私の唯一の長所は「優しい」事くらいしか無いですね。
特に最近は「優しく」なりました。
歳のせいでしょうか?w

優しさは弱さではありません。
良く勘違いされるのが、強くない男性が「仕方なく」女性に、
優しくしようとして「気を引く」行動を取る事があります。
しかし、これではモテません。

私はこう考えます。
優しさとは強さだと。
自分を殺して相手を生かす勇気ある強さ。
人を思いやる事は、滅私奉公に近いことです。

ただ、ヘラヘラ笑って、みんなに反抗しないよう仲間はずれにされないよう、
気をつけているだけなら、それは優しさとは似て非なるものです。

昨日、私は父を怒鳴りつけました。
これも父の命を救うため、父を怒鳴りつける事なんです。
決して「キレ」て怒って怒鳴りつけたんじゃないんです。
心を鬼にして、父を救いたい一心で怒鳴りつけました。
もちろん、怒鳴った回数より、優しく語りかけた回数のほうが、
はるかに多いことは言うまでもないですが。

私は優しい、同性からも好かれる男性を知っていますが、
その男性は、なかなか女性にモテません。

何故なんだろうと考えた結果、女性は優しさ+(プラス)を求める。
優しさ+を持っている男性はモテますね。

省みて私は、優しさ「-(マイナス)」が多いですw
自分の優しさを壊してしまうような、悪い欠点が多すぎるんです。
まあネットの皆さんには、絶対に私の悪い欠点なんて見えないでしょうね。


話は変わりますが、ネット上で私は「怖い人」って言うイメージがあるようで。
PHATSさんも、最初会うまで「緊張した」とか、
会ってみて、ぜんぜん優しい人なんだなだってw
前回のオフでも、リアルで私にあった一人が、私は怖い人と思っていたようで、
会ってみたら、すっごく優しくて・・・なんて話になりました。

ねえ、私って、会ってみないと「怖い人」ってイメージなんですか?
リアルで会った事の無い、ネットフレンドの皆さんへ質問です。

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いい事がありますように

2008年01月12日 20時56分00秒 | 車、ドライブ
ODメーター77.7km
総走行距離11,000km

何か良い事ありますように。
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父への愛

2008年01月12日 04時22分05秒 | ひとりごと
一時帰宅した父ですが、帰ってからはご機嫌でした。

しかし、夜の11時過ぎに、ストレスが爆発しました。


2回落ちている階段を上り、二階の自分の部屋で寝ると暴れだしたのです。
当然、私は止めました。
実は前回、父が二階に上ろうとして、それを力ずくで止めた兄は、
ぎっくり腰になり、一ヶ月の安静を強いられています。
その時、私は不在で、兄はもう「あきらめて」父を二階に上らせました。
介護保険の要支援2の母が一緒に二階に上がり、父を看て寝ました。

一つ間違えば、父母両親が階段から転落しかねない状態でした。

今日も夜の11時を過ぎて、自分の部屋で寝ると大騒ぎをしましたが、
私は頑として、父を二階に上がらせませんでした。
今も、父が母の部屋に居るか、一階の居間にいるか確認するため、
徹夜しています。

私は悩みました。
父の怪我が酷くなる可能性の高い二階に上げるか?
前回のようにどんなに騒いでも、二階には上がれないと考え直してもらうか?

父は、35年間消防士を務めて、私達家族を養い、今の家を建てました。
そして、父は二階の自分の部屋に、とてもこだわっています。
どうして、そこまで二階の部屋に行きたがるのか?私には正直分かりません。
2回も階段から転落し、下手をすれば一生寝たきり、または死んでしまう、
階段からの転落を去年の9月と12月に起こしているのです。
そして、前回は一ヶ月の入院。
今回は退院の目処さえ立っていません。


私の父への愛は、何度階段から落ちようが、それを助けて
病院に付き添い、医療費と面会介護の負担をして、
父の思い通りの生き方をさせてあげるのが正しいのか?

それとも父が、もう入院するほど、命を落とすほどの怪我をさせない為、
心を鬼にして、父を一階に寝かせ、将来的に部屋を一階にするか?

どちらが、私が出来る父への愛なのでしょう?
私は、今後者を取っています。
世間体の常識では、後者を取るのが常識でしょう。

でも、私は父を愛しています。
だから、二階に上らせてあげたい。
二階の自分の部屋で生活させてあげたい。
しかし、父の足腰の老化、深酒をする癖がある以上、
二階に父を上らせたら、また階段から転落するのは火をみるより明らか。

私が父に出来る愛の形とは何なのか?
とりあえず、今日は夜が明けて、無事に病院に戻れるよう、
最善を尽くします。
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父の一時外泊

2008年01月11日 22時27分05秒 | 健康
ご心配をおかけしておりました私の父が、一時外泊を許可されました。
本日11日の午後5時ごろ、久しぶりの我が家に帰宅。

父は内科ではなく、整形外科なので治るのは時間を待つしかないんです。
で、特に毎日の回診もガーゼを取り替えるくらいで、治療はしません。
ですから、週に一度くらいは気分転換とストレス解消のため、
外泊を許可されました。

第二頚椎(首の骨)の歯突起骨折ですから、絶対安静が義務ですが、
1階の母の部屋のベッドで寝ています。
母は同じ自分の部屋に布団を敷いて、父を看ています。

それから、父も精神的にずいぶん落ち着いてきたので、
病院から家族の泊まりこみ介護もしなくて良いとの回答を得ました。

頭と胸を外装具で固定され、寝たきりの状態で骨が付くのを待つしかない、
非常にストレスのたまる治療ですが、このように外泊したりして、
なるべく気分転換をしながら、骨の治り具合を見ていく予定です。

ただ父は82歳と高齢なため、そして折れた場所が普通の人でも、
なかなか再生しにくい骨らしく、この先はどうなるか分かりません。

分からない事で悩んでも仕方が無いので、とりあえず父の帰宅、
そしてこれから家族が泊り込まないで済むと言う負担の軽減。
父も週末は家に帰られるという安心感で、乗り切るしかないです。

私もがんばらなくちゃ。

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父の様態

2008年01月10日 18時54分24秒 | 健康
主治医から、父の事を聞きました。
芳しくないですね。

安静は2ヶ月。
ただし、自宅への一時帰宅や外泊は可能との事です。

この先、1~2ヶ月の間にレントゲンを撮り、
骨の様子を見るそうですが、高齢な上に、
折れた場所が「第二頚椎歯突起」という治りにくい場所なんです。

2ヵ月後、骨が付いていないようなら、手術で金属を埋め込み、
止める方法もあるのですが、父の年齢が82歳と高齢な上、
首の頚椎に金属を埋める手術ですから、非常に難しい手術です。
頚椎の中の神経を傷つけたら、それで父の命はありません。

今の医療技術ですから、死ななくても人工呼吸器で生き延びるかもしれませんが、
それは、もう二度と退院できない。病院で死ぬのを待つのと同義です。

とりあえず、3月くらいには、もう一度、
どんな方法があるか、話をしましょうと主治医から言われました。

家族の負担と家計の負担は、もう限界状態で、少し私も辛いです。


すみません。どうしても今は明るい話題をブログに書く気持ちになれない。
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大阪オフ帰還報告

2008年01月09日 19時46分20秒 | 友達、恋愛
昨日は、父親の介護で病室に泊り込み、ブログの更新が出来ませんでした。

では、早速大阪オフのお話からしましょう。
まず、家を出たのが午前6時半。
新横浜を7時50分発の、のぞみ61号に乗る予定だったのですが、
早めについたので、みどりの窓口で切符を一本早い新幹線に交換。
7時32分発の、のぞみ7号にのりました。
大阪に入ったのは9時49分定時到着。
11時に、大阪市営地下鉄の恵美須町駅で11時集合なので、
余裕で間に合うと思い、途中の泊まるホテルの長堀橋で降り、
荷物を預けて、ホテルのコーヒーショップで時間をつぶしました。

すると幹事さんからのメールが・・・
合流できないメンバーが居て、30~40分遅れると(汗
仕方ないなあと思い、コーヒーを飲み、さらに時間を待っていました。

で、11時半くらいに待ち合わせの恵美須町駅に行こうとすると、
まだ一人と連絡が取れないとの事。
また、他の二人も遅れている・・・

なんなんだよ、一体。
大阪人って時間にルーズなの?

12時に恵美須町駅についても、集まっているのは8人中5人。
5人の内、ひとりはゲストだったので、集合率50%
そして待つことなんと1時間半、やっと一人(会計係)が到着。
しかし、他の二人はまったく連絡が取れないんです。

11時に出発して、日本橋(大阪のアキバのような街)を歩く予定で、

15時からは、カラオケも予約していました。
さすがに待つことが出来ず、1時間40分遅れの12時40分出発。
まず、コースの削除をマクドナルドで昼食を取りながら話し合い。

日本橋のアニメイトに行き、時間を多大に消費。
二組に別れ、大阪ショールーム(ガチャガチャのお店)と
メロンブックス(同人誌などを置いてある店)に別れ、
私はアニメイトとメロンブックスでお土産と同人誌を買いました。

で、歩いていたら時間が無いので、エクサ先生が3人3人に分けて
タクシー(タクシー代は先生持ち)2台でカラオケに向かいました。

カラオケでは遅れてきた一人と合流でき、最終的に7人でカラオケ。
終了時間は、午後6時の予定が、なんとフリータイム最後の7時まで、
歌いっぱなしw
10代の若さにヘトヘトになってしまったエクサ先生でした。
普通、私はカラオケ行っても2時間。
なのに、余裕で3時間取っていたのに、まだ1時間歌いたいとみんな(汗
もう、3時間を過ぎた頃には、エクサ先生はバテていましたw

そして中学生も居るので、午後7時解散。
二次会はU-18を除いたメンバーで(本当は17歳も居たw)
私の泊まるホテルの近くの地下街の中華料理店で夕飯を食べました。

本来なら、駆け足ではなく、ゆっくり回りたかった日本橋ですが、
雰囲気は味わえたので、楽しかったですし、ネットで知り合った仲間で、
顔も声も見たことも聞いたことも無いメンバーと楽しく過ごせました。

次回は、春休みにアキバオフを予定しています。

次回の課題>集合時間厳守(笑)
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