悠歩の管理人室

歩くことは、道具を使わずにできるので好きだ。ゆったりと、迷いながら、心ときめかせ、私の前に広がる道を歩いていきたい

紙一重

2017-07-14 21:37:39 | 介護

「日経ビジネスオンライン」というサイトがある。
私はここに掲載されている何本かの記事を購読(無料登録)している。
その内の1つ、「介護生活敗戦記」が面白い?というか、身近な話題で読ませる。
記事は、松浦晋也という科学技術ジャーナリスト。
先日、彼の著書『のりもの進化論』を図書館で借りて読んだ。

昨日のテーマは、『果てなき介護に疲れ、ついに母に手をあげた日』であった。
彼は独身で、2014年頃から次第に衰えを見せる母親との生活を続けている。
老いは次第に進み要介護3、痴呆状態も現れ、介護制度を最大限に使い奮戦している。
今回の記事は、とうとう手をあげてしまったかということだが、他人ごとではない。

私もまだ手こそあげていないが、理解力の落ちた母との応酬に疲れ、時に大声をあげる。
その時の自分の興奮状態は、我ながら抑えが利かなくなっており、危ないなと思うほど。

彼は、手をあげてしまいそうな自分を恐れつつ、自らのそそのかしの声を聞いている。
「叩いてしまえば終わりだ」という自暴自棄に自ら落ち込んでしまおうとする時を経て、
ついに、抑えきれなくなり、手をあげて(平手打ち)しまったとのことである。

母親は最初の内「親に手をあげるなんて」と言って抵抗していたが、ひとしきりすると、
「どうして口の中が切れているんだろう?」と、騒ぎのあったことを記憶していない。
ここで彼は、自力介護の限界を感じ、すぐに妹に連絡し、ケアマネージャーと相談した。
そして入所施設探しを始めた。昨日の記事の内容はここまでであった。

彼には、弟と妹がいるが、2人とも介護を直接手伝うことは困難な状況にある。
妹は外国に住んでいるが、定期的に電話で話をしている。
彼はジャーナリストという職業柄、会社勤めではないので、これまでやってこられた。
ホームヘルパーによる家事援助を利用しながらも、母の食事、トイレ介助、洗濯など、
仕事と現実生活との格闘で疲れ切ってしまう時期に到達してしまった。

この記事を読んで、私にもいずれこんな時が訪れるのではないかと、不安になった。

  

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« LINEとぬか漬け | トップ | 物は言いよう »

コメントを投稿

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。