
読書ノートの35冊目は H.A.Luyken のエスペラント原作小説「Pau^lo Debenham」である。
Luyken は 1864年にドイツで生まれ、1885年にイギリスに移住、1904年にエスペラントに出会う。この作品は1912年、Luykenの最初のエスペラント長編小説である。
227ページ、ひとつのまとまった作品としては、私のこれまで読んだものでは最も長いもののひとつである。文章は比較的平易で難しい単語もほとんど出てこない。「文学的に」凝った文体・合成語も少なく、非常にていねいな文章が続く。
比較的易しいとはいえ、最初の方ではあまりスラスラとは読めなかった。-eg-、-et-、-ec- などを多用したり、今ではあまりなじみがないが、かといってとくに工夫したわけでもなさそうな合成語などに慣れるまでに少々時間がかかったのだ。エスペラントが少し「古い」のかもしれないが、少々野暮ったい感じを受けてしまう。
もっともエスペラント文というものはそれほど古くはなってしまわない。100年前の日本文学が現代文学とどれほど違っているかを考えれば、むしろエスペラントはいつまでも新しいといえる。
もう一つ最初の方で話に入り込めなかったのは、少しずつクライマックスに向かっていく手法にもある。冒頭から読者を引きつける書き方ではないのだ。途中で投げてしまう人がいるかもしれないが、私は「読み始めたら何が何でも最後まで読む」タイプなのだ。
ここまで読むと、あまり魅力的な小説ではないように思われたかもしれない。実際、「面白いからぜひ読んでみろ」とは言わないが、それほど捨てたものでもない。
話は Sir Thomas のパーティのシーンから始まる。
「理想的なカップルになるわね、ほら、あの2人の理想主義者たち」 柳で作った庭用の安楽椅子に気持ちよく座っている人の良さそうな太った女性が言った。
「なる?」 気取った年齢のわかりにくい娘が、半ダースもいる他の女性たちがしゃべりだすのを恐れて急いで言った。「私なら『なるかもしれない』と言うわね。」
なかなか文学的情緒のある書き出しだと思う。それともありふれた書き出しと言うべきか?
Luyken は 1864年にドイツで生まれ、1885年にイギリスに移住、1904年にエスペラントに出会う。この作品は1912年、Luykenの最初のエスペラント長編小説である。
227ページ、ひとつのまとまった作品としては、私のこれまで読んだものでは最も長いもののひとつである。文章は比較的平易で難しい単語もほとんど出てこない。「文学的に」凝った文体・合成語も少なく、非常にていねいな文章が続く。
比較的易しいとはいえ、最初の方ではあまりスラスラとは読めなかった。-eg-、-et-、-ec- などを多用したり、今ではあまりなじみがないが、かといってとくに工夫したわけでもなさそうな合成語などに慣れるまでに少々時間がかかったのだ。エスペラントが少し「古い」のかもしれないが、少々野暮ったい感じを受けてしまう。
もっともエスペラント文というものはそれほど古くはなってしまわない。100年前の日本文学が現代文学とどれほど違っているかを考えれば、むしろエスペラントはいつまでも新しいといえる。
もう一つ最初の方で話に入り込めなかったのは、少しずつクライマックスに向かっていく手法にもある。冒頭から読者を引きつける書き方ではないのだ。途中で投げてしまう人がいるかもしれないが、私は「読み始めたら何が何でも最後まで読む」タイプなのだ。
ここまで読むと、あまり魅力的な小説ではないように思われたかもしれない。実際、「面白いからぜひ読んでみろ」とは言わないが、それほど捨てたものでもない。
話は Sir Thomas のパーティのシーンから始まる。
「理想的なカップルになるわね、ほら、あの2人の理想主義者たち」 柳で作った庭用の安楽椅子に気持ちよく座っている人の良さそうな太った女性が言った。
「なる?」 気取った年齢のわかりにくい娘が、半ダースもいる他の女性たちがしゃべりだすのを恐れて急いで言った。「私なら『なるかもしれない』と言うわね。」
なかなか文学的情緒のある書き出しだと思う。それともありふれた書き出しと言うべきか?











