
「読み」の2つ目は、比較的易しい本をたくさん読むことである。「学習」よりも「読書を楽しむ」方に重点を置く。エスペラントが身に染み込んでくる・・・という感じになったらしめたものだが・・・。
学習の比較的初期に私が大量に読んだのは、「Riveroj」という日本で発行されていた文芸誌、「Esperanto en Azio」というエスペラント運動の雑誌だった。どちらも創刊号から取り寄せて読んだ。「Riveroj」は、特に初心者用ではなかったが、比較的易しい物語が多くて楽しく読めた。残念ながら廃刊になってしまった。国際的には同様な雑誌がいくつか発行されている。「Esperanto en Azio」はアジア各地のエスペラント運動に関心があったので読んだのだが、レポート類は小説よりもはるかに読みやすいものである。
「やさしい読み物」でなくても、読みやすくて大量読書にふさわしい本はたくさんある。読んでみないとわからないのが難点ではあるが、日本大会などの出張書店で聞いてみるとアドバイスしてくれる。このブログで紹介した中にもそういう本が何冊かある。
写真は中国・北京郊外の紅螺寺
学習の比較的初期に私が大量に読んだのは、「Riveroj」という日本で発行されていた文芸誌、「Esperanto en Azio」というエスペラント運動の雑誌だった。どちらも創刊号から取り寄せて読んだ。「Riveroj」は、特に初心者用ではなかったが、比較的易しい物語が多くて楽しく読めた。残念ながら廃刊になってしまった。国際的には同様な雑誌がいくつか発行されている。「Esperanto en Azio」はアジア各地のエスペラント運動に関心があったので読んだのだが、レポート類は小説よりもはるかに読みやすいものである。
「やさしい読み物」でなくても、読みやすくて大量読書にふさわしい本はたくさんある。読んでみないとわからないのが難点ではあるが、日本大会などの出張書店で聞いてみるとアドバイスしてくれる。このブログで紹介した中にもそういう本が何冊かある。
写真は中国・北京郊外の紅螺寺












とくに多読は、(精読の癖がつくと余計)実行が案外むずかしいものです。「話や単語がよくわからなくても、先へすすむ」という割りきりが、うまくできないためです(結局辞書ひきひきの精読にもどってしまう)。
多読や多聴がもっと重視されてもいいのではないか、と(英語学習の体験から)感じています。
ここの項目も66000ほどになりました。
先ほども Tutmonda varmiĝo(地球温暖化)の項目をよんでみたところです。
わからない言葉でも、ハイパーリンクで自由にとべるのが利点です。
また既知の項目であれば余裕をもってよめる上、「こういう単語(表現)をつかうのか」とわかります。
「読書」というほどではないかもしれませんが…。